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第二九話 安全な作戦

食後の談話室にて。紅茶の香りがまだ空間に残っている中、ジウイが一息つくと、カイルがテーブルに肘をついて前のめりに聞いた。


「……で、リューンさん。俺たちはこれから、どう動くんだ?」


その声に、場の空気が少しだけ張りつめる。

ミルフィが静かにカップを置き、ジウイも顔をあげた。


「このまま隠れて過ごして、また次の拠点に移る? それとも……どこかで仕掛けるのか?」


カイルの問いは、子供じみた焦りではなかった。これまでの旅と戦いで培われた、現実的な判断があった。


リューンは目を閉じ、一度息を吐いてから、穏やかに口を開いた。


「……現状、我々はまだ『証拠がない』という壁の中にいる。

大聖堂の原理主義派が、創造の力の継承者を狙っているのは間違いない。王家の情報網も、彼らの動きと資金の流れを追っている。しかし……」


彼は指を一本立てて、ゆっくり左右に振った。


「決定的な証拠がない。

手元にあるのは、状況証拠と、いくつかの証言。そして“起きてしまったこと”だ。」


「……証拠がなきゃ、裁けないのか?」カイルが唇を噛んだ。


「大聖堂は、民衆にとって“祈りの場”であり“信仰の象徴”でもある。

それを国家として真っ向から批判すれば、民心が割れる。

敵は“原理主義者”であって“大聖堂そのもの”ではないからこそ――我々は“個人の暴走”として処理する必要がある。」


「つまり……狙うのは“大聖堂”じゃなく、“その中に潜む連中”ってことですね?」と、ミルフィ。

「その通り。」リューンはうなずいた。


「こちらから攻勢に出るためには、少なくとも“捕らえ、裁けるレベルの証拠”が必要だ。

それがなければ、王家の名をもってしても、彼らに正面から手を出すことはできない。」


沈黙が流れた。


ジウイは、紅茶のカップを両手で包み込んだまま、静かに言った。

「じゃあ……その証拠を、探しに行くんですね。」


リューンはその言葉に、微笑を返した。

「可能なら、その通りだ。

ただし動くには慎重さが必要だ。……ジウイくん、君は創造の力の継承者だ。

本来であれば、もっと安全な場所にいてほしいくらいだよ。」


「でも私、守られるだけじゃ嫌です。」

ジウイの言葉に、ミルフィがうなずき、カイルは「当然だろ」と笑った。


また沈黙が続いた。


ジウイは静かに顔を上げ、ほんの少しだけ笑って言った。

「じゃあ、私が……おとりになればいいんじゃないですか?」


その言葉に、空気が張り詰めた。


「……は?」

カイルが真っ先に反応し、声が一段低くなる。


「それが一番早いでしょう?」ジウイは真剣な顔だった。「私が姿を見せれば、向こうは必ず動く。捕らえようとする。そこで証拠を……」


「却下ですね。」

リューンの声は冷静だったが、明らかに強く、硬い。


「そんなの、だめよ!」ミルフィが被せるように言った。「ジウイ、あなた正気? 自分が標的になるなんて……!」


「私は、みんなに守られてるだけじゃ……」ジウイが言いかけたところで、


「守られてろ!」と、カイルが珍しく怒気を含んだ声を上げた。

「お前がどれだけの力を持ってるかなんて関係ない! その力が欲しくて近寄ってくる連中に、わざわざ自分から餌になるなんて……バカかよ!」


ジウイは言葉を失った。カイルが本気で怒っているのがわかった。


「……おとりになるなんて、“相手の手に自分から飛び込む”ようなものです。」リューンが静かに補足した。

「君がどう思おうと、我々にとって君は“希望”なんだ。そんな無謀な策を許すわけにはいかない。」

「そして、私にとってはあなたは大切な親友の宝なんです。」


「でも……」

「でも、じゃないわ。」ミルフィが席を立ち、ジウイの前に来て、両手でジウイの手を取った。


「あなたが動かなくても、私たちが動くわ。証拠をつかむ方法はある。だから、お願い――自分を危険にさらすようなこと、考えないで。」


「あなたが動くとき、それはたぶん創造の力でしか、成しえないことがあるときよ」


ジウイは、二人のまっすぐな目と、リューンの静かな視線に囲まれて、言葉を失った。

自分はもう、子どもではないつもりだった。けれど――自分を守ろうとするこの人たちの強さが、胸に沁みた。


「……ごめん。ちょっと、焦ってたかも。」


ジウイはようやく、苦笑いを浮かべた。


「その気持ちはわかります。」リューンが微笑んだ。「でも戦いというのは、感情だけで勝てるものじゃない。時に、動かずに待つことも、戦術のひとつです。」


その言葉に、カイルがぼそっと言った。

「動かずに、ってのは苦手だけどな……。ま、今だけは我慢するか。」


「ジウイ自身が囮になるのではなく、アニマを囮にするのはどうかしら?」

そう言ったミルフィに、カイルが目を見開く。「……どういう意味だ?」


「……この前、アニマを出した瞬間に敵に感知された。つまり、アニマを描いた――それだけで、敵は反応したでしょう。だったら、ジウイがどこかでアニマを描いておいて、そのアニマを街のどこかに出せば……何か動きがあるかもしれない」


「……なるほど。本人が表に出なくても、アニマを出せば、敵は“動く”。そう読んだのですね」とリューンが小さく呟く。


「この前も、私が描いた直後に、何かがアニマを掴んだって気づいたよね。たとえ小さなアニマでも、敵は見逃さない……気がする」


「逆にいえば、ただアニマが“存在する”だけでも、やつらは監視してくる可能性がある」とリューンが口をはさむ。「それなら、あえて目立つ場所にアニマを出して、周囲の動きを観察する……というのは、十分に価値がある」


「でも」カイルが眉をひそめる。「ジウイがアニマを描いたことで、前は感知されたんだよな? じゃあ、描く時が一番危ないってことになる」

その言葉に、リューンはうなずいた。

「……だから、描くならば“最も安全な場所”で行う必要がある。敵の干渉が一切届かず、こちらの動きも完全に秘匿できる場所でなければ」


「そんな場所あるの?」ジウイが不安げに聞くと、リューンは静かに頷いた。

「――王城の奥。王族しか出入りを許されていない、特別な封印空間がある。かつて“創造の力”をもつ者の避難所として築かれ、厳重な対策が施された区域だ」


「そんな場所が……」ミルフィが息をのむ。

「王家は、創造の力の一族と浅からぬ縁を持っている。そして現在も、私の“保護活動”を理解している王族がいる。その協力のもとで、ジウイの安全を確保し、敵に一歩先んじる動きを取る」


「つまり、ジウイが安全な場所で描いたアニマを泳がせて、敵を釣ろるって作戦になるわけね。」ミルフィが確認するように言う。

「そういうことだ」

静かな決意を込めて、リューンがうなずいた。


ジウイは少しだけ目を伏せ、それから顔を上げて言った。

「……小動物でも、私の力は届いてる。それが誰かを守る役に立つなら……描きます。ちゃんと」


その目に宿る光は、かつての戸惑いや迷いよりも、少しだけ――強く、まっすぐになっていた。


読んでいただきありがとうございます。

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毎日3回程度投稿しています。

最後まで書ききっておりますので、是非更新にお付き合いください。

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