第二七話 新たな拠点
ゴン、ゴン……。
控えめながらも、確かに木の板を叩く音が床下から響いた。
私たちは即座に身構えたが、リューンはそれを制するように手を上げた。
「心配いりません。仲間です」
床の一部をずらすと、小さな梯子のある隠し扉が現れた。そこから現れたのは、フードを深く被った若い女性だった。
「遅くなりました。ルートの見回りで手間取りましたが、今なら安全に通れます」
「ご苦労。王城近くの拠点まで案内を頼みます」
リューンの言葉に頷いたその人は、地下通路へと私たちを促した。
その地下通路は、ひんやりとした空気に包まれ、壁には苔のようなものがこびりついていた。
けれど、足元にはしっかりとした石畳が敷かれていて、誰かの手で整備されていることが分かった。
長い年月の中で風化しながらも、この通路は脈々と使い継がれてきたのだろう。
前を進むリューンが、ぽつりと呟く。
「この通路は、王家がかつての戦乱期に用意した脱出路です。今では、我々が密かに使っています。大聖堂側は存在すら知らない」
「本当に……王城のすぐ近くまで通じているの?」とミルフィが問いかける。
「ええ。途中で分岐もありますが、今日は最も安全な経路を使います」
かすかな明かりを灯したランタンの火が、通路の壁に影を揺らす。
その揺れが、私の心の中にざわめきを呼び起こした。
——創造の力。
リューンから聞いた話が、頭の中で繰り返される。
黒ずみも、光も、すべては「創造」の力から生まれたもの。
私は、神に似たその力を持っている。
けれど、それは人を救うことも、壊すこともできてしまう。
だから封印され、だから隠されてきた。
私の中の力は、いったい何のためにあるんだろう。
守るため? 壊すため? それとも、まだ知らない何かのため?
答えは出ないまま、私の足は石畳を踏みしめ続ける。
ふと、後ろを歩いていたカイルが、私に声をかけてきた。
「……怖いか?」
その声に、私は少しだけ笑ってしまった。
「うん、ちょっと。でも、それだけじゃないの」
「それだけじゃない?」
「うまく言えないけど……知らなかったものを、知るって、怖いけど、なんだか少しだけ前に進める気がするの」
「……そっか」
カイルはそれ以上言わなかったけれど、その無言に、私は少しだけ安心した。
どこまでも続くような地下通路。
けれど、その先にあるものを信じて、私は歩き続ける。
何が待っていても、自分の力を、自分の意志で正しいことに使いたいと思った。
長い通路を抜けた先に広がっていたのは、想像していた隠れ家とはまるで違う、立派な屋敷だった。
高い天井に磨かれた床、壁には控えめながらも品の良い装飾が並び、玄関ホールには大理石の柱まである。
窓から見える外の風景も、下町とは明らかに異なっていた。整えられた並木道と石畳の通り。
ここが貴族区画であることを、言葉にせずとも私たちは理解した。
「すご……ここ、ほんとに隠れ家?」
ミルフィが目を丸くして言うと、リューンはうっすらと笑った。
「王家の協力がなければ、こうした場所は用意できません。とはいえ、絶対に安全ということはありません。いずれここも見つかる可能性はあります。ただ私の同志たちもおりますので今は安心してください。」
それでも、ひとまずは安全な場所にたどり着いたという安堵が、みんなの肩から少しずつ力を抜いていった。
一人ひとりに個室が用意され、私たちはとりあえず荷物を置きに部屋へ向かった。
簡素だが清潔なベッドに、造りの良い机と椅子、小さなタンス。窓からは街灯に照らされた夜の街が見える。
着替えを出すでもなく、私は荷物をベッドの横に置いて、ふと深呼吸をする。
今朝まで、こんなことが起きるなんて、思ってもみなかった。
そして再び集まったのは、広々とした談話室だった。
季節柄使われていないが、年季の入った立派な暖炉があり、冬場にはこの暖炉が温もりを届けるのだろう。
リューンが静かに私たちを見渡し、言葉をかけてきた。
「さて、ジウイくん。話はまだ途中でしたが……次に何を知りたいですか?」
その言葉に、ミルフィとカイルが同時に私の方を向く。
無言のまま、私の返事を待っていた。
でも——
ぐぅうぅぅ……。
私のおなかが、空気の読めない情けない音を立てて鳴った。
ボッと顔が熱くなる。思わず俯いた私は耳まで真っ赤だろう。
ミルフィが吹き出しそうになりながら言う。
「……それが次に知りたいこと、ってわけ?」
「ご、ごめん……でも、ほら、ほっとしちゃったっていうか……」
両親が生きている。
それだけで、ずっと張り詰めていたものが緩んで、体が空腹に気づいてしまったのだ。
「いや、いいと思う」
カイルが苦笑しながら椅子にもたれかかる。
「ちゃんと食べて、寝て、それからまた考えようぜ。ジウイには……たくさん詰め込みすぎてるからさ」
私はうなずいた。そうだ、私だけじゃない。ミルフィもカイルも、みんなそれぞれに疲れてる。
なのに私が無理して突っ走っても、いいことは何もない。
リューンが、再び穏やかな口調で言った。
「敵に君の存在が感知されたのは確かです。しかし、ここは今時点では知られていませんし、簡単ですが、認識阻害の術も施しました。しばらくは、この拠点に潜伏しましょう。話す時間も、まだたくさんありますから……まずは、夕飯にしましょうか」
「……はい」
私は笑って答えた。
ようやく、自分の声が少しだけ軽くなった気がした。




