第二五話 創造の継承
火の揺れる灯りが、石造りの壁にやさしい影を落としていた。
リューンの隠れ家は地下の書庫のような構造をしており、所々に古い文書と魔導具が並べられている。まるで時の流れから切り離された静寂の空間だった。
その中央で、リューンは杖をそばに置き、重々しく口を開いた。
「……では、話しましょう。ジウイくん、君の生い立ちと、ご両親、そして……“創造の力”というものについて」
ジウイが少し姿勢を正す。ミルフィとカイルも静かに耳を傾けていた。
「だいぶ昔の話になります。神話と歴史の境にある、記録にも残りづらい時代——
世界に“ギフト”と呼ばれる能力が現れ始めた頃から、ただ一つ、異質な力がありました」
リューンは卓上の古地図の上に、魔力を帯びた小さな光の粒を指先で浮かべた。
「それが“創造の力”と呼ばれたものです。
この力は他のギフトとは異なり、誰にでも宿る可能性があるものではありません。
いつの時代にも、たった一人にしか宿らず、その人が死ぬことで——次の“選ばれし者”に継承される。そんな特異な性質を持っています」
ジウイはそっと眉をひそめた。
「選ばれ……し者……?」
「そう。創造の力は、“なにもないところから存在を生み出す”ことができる力です。
物質、命、概念、さらには奇跡に等しい現象すら生み出すことができる。ただし、それが許される代償は大きい……。だからこそ、世界はこの力を恐れ、同時に保護し続けてきたのです」
ミルフィが小さく呟いた。
「……それって、アニマを“生み出す”力も、関係してる?」
リューンは頷く。
「アニマたちはジウイくんが“創った”存在……正確には、君の力に呼応して“命を与えられた”存在です。普通のギフトでは、決して成し得ないこと。——君は、おそらく今代の“創造の継承者”です」
ジウイは目を見開いた。言葉が出なかった。
「君の両親は、その力を守る一族の出身です。遠い昔から“創造の器”を導き、見守ってきた一族。だが、彼らの行方が突然絶たれ、君の記憶も封じられた。……なぜか」
リューンはそこで一度、目を閉じた。
「その答えを、私たちはこれから探していく必要があります。だがその前に、ジウイくん。
——君自身が“自分の力と向き合う”覚悟を決めなければなりません」
リューンは手元の灯火に手をかざし、その揺らぎを見つめながら、静かに言葉を続けた。
「……創造の力には、もうひとつの側面があります。
“想像と現実の境を越えてしまう危険”——君は聞いたことがありますか?」
ジウイはわずかに首を横に振った。
「たとえば、ある者が“完璧な守護獣”を思い描いたとしましょう。人の感情も、痛みも、恐れも理解せず、ただ守ることだけを目的とした理想の存在を。だが、その“完璧”は……現実に存在し得るものでしょうか?」
「……それは、想像の中だけのもの、ですよね」
ミルフィが呟いた。リューンは頷く。
「そうです。想像と現実が乖離している場合、創造されたものは現実に適応できず、“歪み”を起こします。その歪みこそが——“黒ずみ”なのです」
部屋の空気がわずかに重くなるのを感じた。
「創造の力によって生み出された“黒ずみ”は、制御できない、理解されないまま、自己崩壊と暴走を始める。意思を持たない混沌として、現実を侵食していく。……過去、ある創造の継承者が、それによって命を落としました。自らが作り出した黒ずみに飲まれて」
「……それじゃあ、今度は……私が……?」
ジウイの声がかすれる。リューンは首を振った。
「いいえ。君にはまだ、選択肢がある。……そのときも、次の継承者は現れました。
その人物は、黒ずみに対抗する“浄化の光”を、自らの力で生み出した。創造の力によって、破壊と対をなす“癒やし”を。
——それが、今もなお残されている“封印”の核心です」
リューンはゆっくりと立ち上がり、書棚の奥から布に包まれた古文書を取り出した。
それをめくりながら、続ける。
「だが、創造の力はあまりにも強大でした。……黒ずみも、浄化の光も、“人”が扱って良いものではない。そう判断した創造者の一族は、力の一部を自ら封じ、王都の地下深くに閉じ込めました。……王都の“封印”とは、その遺構です」
「じゃあ、あのとき出会った封印は……」
カイルが言いかけると、リューンは頷いた。
「すべては“中心”を守るための補強です。……だが、力は完全には消えなかった。やがて、再び継承されたのです。
——ジウイくん、君に」
沈黙が落ちた。ジウイは自分の両手を見下ろしていた。アニマを生み出した手。あの小鳥を描いたときの、温かな衝動。
「私は……そんな、危ない力を……」
「そう思うのも当然です。だが、ジウイ。覚えておいてください。
“黒ずみ”も“浄化の光”も、“創造の力”という同じ種から生まれたのです。何を生み出すかは、その力を持つ者の心に委ねられる。
君が“恐れる者”か、“選び取る者”か……それが、この先の道を分けるでしょう」
リューンの声は、どこか遠くを見つめていた。
それはきっと、過去の継承者の末路を思い出していたのだろう。
「君の命が尽きれば、また誰かに力は継がれる。だから、君の生き方が——次の者の未来を決める。
……それが、“創造の宿命”なのです」
リューンは古文書を静かに閉じると、再びこちらへと視線を戻した。
その瞳には、先ほどまでとは違う、冷たい光が宿っていた。
「ジウイくん。君が創造の力を持っていると知って、狙いを定めた者たちがいる。
彼らは“黒ずみの根源”——つまり、創造の力そのものを奪い、自らの手に収めようとしているのです」
「力を……奪う?」
ミルフィが眉をひそめて訊ねる。リューンは頷く。
「創造の力は、持ち主が命を落とした瞬間に、新たな器へと継承されます。
本来、それは自然に選ばれるもの……誰にも制御できないはずでした。だが、彼らは——
“継承を人為的に誘導する方法”を、ある文献から発見してしまったのです」
ジウイの背筋に冷たいものが走った。自分が死ねば、次に誰かが力を受け継ぐ。それを……敵が、自分の“死”を使って操作しようとしている?
「その方法が確実かどうかは分かりません。けれど、彼らは試すつもりです。
君を——殺し、その瞬間を支配することで、力を我が物にしようとしている」
リューンの声に憎悪の色が滲む。
だがそれは、ジウイに向けたものではなかった。
——三十年前の記憶を思い返すような、深い怒りだった。
「封印の力は、完全ではありません。周期的に“ゆらぎ”が訪れるのです。
三十年前——その最も封印が弱まる時期に備えて、彼らは動き始めました。
王都神殿の破棄。大聖堂の権力構造の改変。表向きは“改革”とされましたが、実際には封印の監視体制を断ち切るためのもの。
継承者が封印とともに埋もれていれば、力は再び眠る。
だが目覚めてしまえば……狩られるのです」
カイルが低くうなるように言った。
「それで……ジウイの両親は……?」
リューンはしばし沈黙した。だが、やがて静かに口を開いた。
「——ジウイくんの両親は、封印の守人でした。君の覚醒を避けるため、君と共に辺境の村に身を隠した。
しかし、封印の“周期”が近づくにつれて、力は目覚めを始めた。私たちはそれを察知し、対処しようと……」
「……でも、間に合わなかった」
ジウイが絞り出すように言う。リューンは黙って頷いた。
「君の力は、完全ではない。今はまだ“アニマ”という形でしか表れていない。だが、封印が解けきれば——
君は“創造の光”を生む存在となるだろう。黒ずみさえ創り出せる、神に等しい力を持った存在に。
そしてその時こそ、彼らが君を狩りに来る」
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