第二二話:風に舞う羽と視線
朝の陽射しが広場に射し込み、冷たい石畳をゆっくりと温めていた。
冒険者の簡易拠点は、昨夜の喧騒を終え、今は落ち着いた空気が漂っている。
その一角、ジウイたちのテントの前で、三人は円を描くように腰を下ろしていた。
ミルフィが小さく息を吐き、スケッチブックを抱え直す。
「——で、つまり。王家に直接、接触するのは難しい。でも何か“知らせる”ことができれば、あっちが動くかもしれない」
カイルが言葉を継ぐ。
「ジウイ、お前のアニマ……創造のギフト。その存在を匂わせるだけでも、王家の誰かの目に留まれば、そこから糸口ができる」
「うん。わたしも、そう思う。できれば、小動物みたいに自然なものがいい。人を傷つけたり、刺激しすぎない形で……」
ジウイは目を閉じ、思考を巡らせる。
やがて、彼女は静かにスケッチブックを開いた。
ページの一枚に、白くふわふわとした羽根の小鳥のスケッチが描かれている。
丸い瞳、短い嘴、羽根の先には金色の点描が光を反射するように描かれていた。
「——じゃあ、この子を」
鉛筆の跡をなぞるように、ジウイが手を翳す。
創造の力が、その小さな線に命を与えた。
すぅ、とスケッチブックから空気が吸い込まれるように流れ、そこに——
ふわり、と羽ばたく小鳥が現れた。
羽根は透き通るように白く、陽光を浴びて虹色にきらめく。
まるで、天上から舞い降りた神の使いのような、神秘的な存在だった。
「ピィ……」
その小鳥が羽ばたいた瞬間、ミルフィの視界に、違和感が走った。
——何かが、“つかんだ”。
小鳥の生まれる瞬間に、どこか見えない“手”のようなものが、その存在に触れた感覚。
視る力が、直感的に警鐘を鳴らす。
(今の……何?)
ミルフィは反射的に目を細め、視界の中の“残り香”のようなものを追う。
だが、それはほんの一瞬で、あとには何も残っていなかった。
「ミルフィ? どうかした?」
ジウイの声に、ミルフィは小さく首を振った。
「ううん、大丈夫。ただ、ほんとに綺麗だったから……ちょっと、驚いただけ」
そう言いながら、ミルフィは内心で警戒を強めていた。
(誰かが——見ていた? あるいは……触れた?)
この鳥のアニマは、王家に届ける“使い”であると同時に、何かを引き寄せる“鍵”でもあるのかもしれない。
ミルフィの背中を冷たい汗が伝った。
視る力が告げる。
今——確かに、何かが「つかんだ」。
それは視線でも気配でもない。
小鳥が生まれる瞬間に放たれた何かに、誰かが“接続”してきた。
それは、ジウイの創造の力に反応したのか。
あるいは——ジウイ自身に、最初から“鍵”としての属性が刻まれていたのか。
「……まずい」
ミルフィがぽつりと呟いた瞬間、その場の空気が変わった。
遠くの空に、わずかな黒点のような異物が浮かび上がったように見えた。
だが誰もそれを、はっきりとは認識できない。
「ミルフィ……?」
ジウイが戸惑いの声をあげる。
ミルフィは振り向くことなく、低い声で言った。
「——つかまれた。創造の力が誰かの感知に引っかかった。ジウイ、あんたは“鍵”よ。絶対に、取りに来るわ。しかも今すぐに」
ジウイが目を見開いた。「とりに来る」——それがどういう意味か、理解するには十分すぎる言葉だった。
「じゃ、じゃあどうすれば……?」
「逃げる。今すぐこの場を離れて、誰にも見つからない場所へ。アニマの創造も、もうしばらく使えない」
「で、でも、この小鳥は? 王家に……って言ってたのに」
ミルフィは即座に指示を飛ばす。
「飛ばして。あの子を王家に。直接じゃなくていい。屋根を伝い、広場を越え、人の流れに紛れながら——信頼できそうな“目”を探して。
伝えてほしい。“外からの光が封印を照らす”って。あとは、連れてきてって、そう伝えて」
ジウイは絶句した。
「そんなの、無理だよ! そんな複雑なこと、言葉も通じないし——!」
だが、その小鳥がくるりと一回転して、ピィッと高く鳴いた。
その仕草には、確かな意志が感じられた。
「……できる、のか……?」
ジウイが呟く。小鳥はもう一度ピィと鳴いて、空へと舞い上がった。
虹色にきらめく羽根が、朝の陽光をすべり、王都の空を切り裂いて飛んでいく。
「よし、走るよ。ジウイ、カイルを——」
「もう来てる」
その声とともに、木陰からカイルが現れた。
剣は抜かれていないが、その目は完全に臨戦態勢だった。
「気配が変わったから見張ってた。話は後。とにかく移動だな?」
ミルフィはうなずいた。「全速力で、人気のない方へ」
「了解」
三人は一斉に駆け出す。
冒険者広場を抜け、裏路地を駆け、迷路のような王都の建物の隙間を縫っていく。
背後には何の気配もない。だが、それが何より恐ろしかった。
見えない何かが、すでに追ってきている——そんな確信が、ミルフィの中にあった。
そして、その背に迫る気配が本格的に“形”をとる前に、隠れきれるかが勝負だった。
建物の陰から陰へ。石畳を踏み鳴らす足音すらも、周囲に溶け込むような静けさ。
だが、沈黙の裏にある異質な気配は消えない。背後から何かがこちらを“見ている”という確かな感覚が、ミルフィの背中を刺す。
「このまま、人気のないスラム街に逃げよう。情報も少ないし、探されにくい」
ミルフィが先頭を切って角を曲がりながら言った。
だが、その言葉に、ジウイが足を止めた。
「待って」
その声に、ミルフィとカイルが振り返る。
ジウイは肩で息をしながら、それでもしっかりと二人を見据えていた。
「アニマを、王城に向かわせたのよね。だったら……私たちも、王城の方に行こう」
「はぁ!? 何言って……ジウイ、今の状況わかってる?」
「わかってる! でも、信じたんだ、あの小鳥を。信じたいの、あの子の目が“ちゃんと見抜いて”くれるって」
「そんなの、賭けだよ。もし大聖堂と王家がグルだったら、そこで終わりよ?」
ミルフィが低く返す。その表情には、焦燥も、怒りも、そして……恐れも混じっていた。
「うん。終わるかもしれない。
でも、それでも王家しかないんだよ。大聖堂は、私たちを……きっと“消そう”としてる。あそこにだけは戻れない」
ジウイの声には、震えが混じっていた。だが、その目は決して揺れていなかった。
「だったら、かけようよ。少なくとも、王家にはまだ“出会ってない”。
知らないからこそ、信じる余地があるんだよ」
沈黙。
ミルフィが、目を伏せた。カイルがゆっくりと顎を撫で、空を見上げた。
そして——
「……わかったよ。お前がそう言うなら、行こう」
ミルフィがため息をつき、肩をすくめた。
「私は、ジウイの“信じたい”に、賭ける。だから絶対に後悔させないでよね」
「ありがとう、ミルフィ」
「まったく……お前らは、俺の寿命を削ることに定評があるな」
カイルがぼやきながら、先頭に立った。
「王城方面へは、裏道を通っていける。急ごう。あの鳥が見つけた“信じられる目”と出会えるといいな」
三人は再び走り出す。
朝焼けが空を染め始めるなか、王都の深部——その中心へ向けて。
風に舞う羽のように、儚く、だが強く。
その背に、確かな希望を乗せて。
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