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第十九話 観光気分で大聖堂へ

王都の朝は、地方の村とはまるで違う。

大通りを行き交う人々の声、石畳に響く車輪の音、どこかの屋台から漂ってくる甘い菓子の匂い。

昨日までの旅の疲れが、街の喧騒に溶けていくようだった。


「うわぁ……にぎやかだねぇ」

私、ジウイは湯気の立つスープをすすりながら、ふと見上げた。


冒険者広場の炊事スペースのすぐ近くで、カイルが残ったパンをあぶっている。

ミルフィはその横で、乾燥果実を刻んでいた。


「王都の朝は、やたら腹が減るな」

カイルが言うと、ミルフィが小さく笑った。

「食べてばっかじゃなくて、今日はちゃんと動く日でしょ? 大聖堂、見に行くんだから」

うん、と私は頷いた。


この王都の中心、城に並ぶほどの存在感を持つ大聖堂。

白い石造りの荘厳な建物で、空に向かって伸びる尖塔は、まるで神様に手を伸ばしているみたいだった。


朝食を済ませた私たちは、荷物をテントにまとめてから、王都の中心部へと向かった。

城と貴族区画を囲うようにして広がる大聖堂地区は、王都でも特に格式高い雰囲気がある。

石畳は磨かれ、街路樹の剪定もきっちりされていて、何より空気が澄んでいる気がした。


「すご……でか……」

私はスケッチブックを抱えて見上げた。

これが、大聖堂……。


天を突くような塔、幾何学的な美しい窓のステンドグラス、そして門に彫られた精密なレリーフ。

スケッチブックを広げ、私はその壮麗な姿を鉛筆でなぞり始める。


一方、カイルとミルフィは、私の少し後ろで歩きながら、大聖堂の外周をぐるりと一周していた。

「妙な様子は……特にないな」

カイルがぼそりとつぶやく。


「道の配置、巡回兵の数、見える範囲の警備体制も、全部普通。たぶん祭事の準備段階って感じね」

ミルフィが冷静に言った。

二人とも、こう見えて「もしものとき」のために、場所の構造を頭に入れておこうとしている。


だけど、今のところは——

「……特に変わったところはない。違和感もないし、結界の歪みとかも感じない」

ミルフィは小さく首を振った。

「なら、今日はただの観光ってことでいいだろ」

カイルが少し肩の力を抜いたように言った。


しばらくして、私のスケッチも終わる。

「できたー!」


そう言って見せた大聖堂の絵は、我ながらよく描けていた。

絵の中で尖塔がぐっと空へ向かって伸び、光がステンドグラスに反射して輝いている。


——私はまだ知らない。

この尖塔の下に、長い間封印されていた“もの”が眠っていることを——。


スケッチを終えた私がスケッチブックを閉じると、ミルフィがふと口を開いた。


「ねえ、ジウイ。カイル。……この機会に、王都の権力構造も少し把握しておかない?」


私とカイルは顔を見合わせた。


「急にどうした?」

カイルが訊ねると、ミルフィは周囲を軽く見回し、少し声を落として続けた。


「これだけ大規模な祭礼があるなら、それを主導する“大聖堂”と、もう一方の最大勢力“王家”との関係は重要になる。

もし内部で対立や利害の衝突があるなら、私たちが巻き込まれる可能性もあるし……逆に、どちらかの側につけるかもしれないでしょ?」


「なるほど、策士だな」

カイルは感心したように言った。


「ううん、普通の警戒だよ。正面からぶつかるより、流れに乗る方がずっと楽なの」


そこで私たちは、大聖堂近くの広場にある茶屋に入った。地元の人や旅人が休憩するような、気取らない店だった。


テーブルに着き、飲み物を注文すると、ミルフィがさりげなく店主に話しかけた。


「このへん、最近すごくにぎやかですよね。やっぱり、あの祭礼の準備?」


「おお、ああ、そうさねぇ。年内にやるって話らしいけど、いつもの祝祭とはケタが違うよ。王族関係者が何人も呼ばれるとか」


そこでミルフィが一歩踏み込む。


「……ということは、王家と大聖堂、協力関係なんですね?」


店主の顔がわずかに曇った。

周囲を見回し、少し声を潜める。


「……あんた旅人か。まあ悪いことじゃないがな。正直、王家と大聖堂の仲がいいとは言えねぇよ。今度の祭礼も、実は“王家の頭越し”で進んでるって話もあるくらいだ」


「えっ、王家が反対してるの?」

私が驚いて聞くと、店主は首をすくめた。


「そこまでは知らんけどな……ただ、あんなに厳しい検問を王家が許可したってことは、よほど“大聖堂の動き”が気になってるんだろ」


ミルフィは静かにうなずいた。


「つまり……王家の権威にとっても、あの祭礼はただのお祭りじゃないってことか」


茶屋を出た後、私たちは人通りの少ない路地に入って、軽く情報を整理した。


「祭礼が大きくなるってことは、それだけ大聖堂の“力の誇示”になる。信仰は民の心をつかむからね。……下手をすると、民衆の支持を王家から奪うことにもなりかねない」


ミルフィの口調は慎重だったけれど、その内容は鋭かった。


「王家が黙って見ているわけがないってことか」

カイルが腕を組む。


「うん。でも今は、まだ表立った対立にはなってない。つまり、“水面下で揺れてる”状態だね」


私はごくりと唾を飲んだ。


大きな力と力が、表では礼拝や祭りに姿を変え、裏では静かにぶつかり合っている。

その只中に、私たちがこれから入っていくんだ。


昼をすぎても空は青く澄みわたり、王都のざわめきはどこまでも続いていた。

大聖堂を後にした私たちは、ひとまず情報の糸口を探すために、王都中央図書館へ向かうことにした。


「大聖堂がこれほどの祭礼を企画しているってことは、信仰の力を拡大しようとしてる可能性が高い。でも……本当に気になるのは、王家が何を知ってるか、だよね」

ミルフィが言った。


「黒ずみの封印とか、創造の力とか……王家には昔の伝承がどう伝わってるんだろうな」

カイルも頷く。


「いきなり王城に忍び込むわけにもいかないし、まずは安全で真っ当な手段ってことで、図書館ってわけだ」

ミルフィが軽く笑った。


王都中央図書館は、石造りの壮麗な建物だった。

重厚なアーチの門、磨かれた白石の外壁。

壁を這う蔦すら、古の知恵を見守るかのように静かだった。


「わ……きれい……!」

図書館を前にして、私は思わず足を止めた。

荘厳な入り口、回廊に連なる列柱、そして高くそびえる天窓付きの塔。

まるでそれ自体がひとつの芸術作品のようで、スケッチ欲が爆発しそうになる。


慌ててスケッチブックを取り出した。

「悪い、ちょっと……スケッチさせて! これは逃せない!」


カイルが頭をかき、ミルフィがため息をつく。

「またか……」

「まあ、ジウイらしいっちゃらしいな」

カイルは笑って肩をすくめた。


「じゃあ私たちは、先に蔵書を見てくるね。王家の伝承とか、宗教関連の古記録が見つかるといいけど……」

「スケッチ終わったら来てね!」

ミルフィはそう言い残し、カイルとともに図書館の中へと入っていった。


私は、静かに門前にしゃがみこみ、塔の先までを見上げながら鉛筆を走らせた。

線を引くたびに、何百年もの知が降り注いでくるようで、胸がじんと熱くなる。

(この場所が、わたしたちの次の手がかりをくれるかもしれない……)


そう思いながら、私は筆を止めなかった。

こうして、静かな図書館の前で、ひとつの「知」への探求が始まった。


読んでいただきありがとうございます。

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毎日3回程度投稿しています。

最後まで書ききっておりますので、是非更新にお付き合いください。

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