第十六話 王都への馬車旅は、予定通りにはいかない(後編)
オリバーを馬車に乗せてから、小一時間ほどで、私たちは山あいにぽつんと存在する小さな村へと到着した。
「ここが……オリバーの村?」
馬車から身を乗り出したミルフィが、控えめに言っても“のどか”すぎる景色に目を丸くする。
「人の気配、あんまりないな……」
カイルも眉をひそめる。
木造の家が十軒ほど並ぶだけの集落。井戸のそばで老人が水を汲んでいたが、それ以外に動くものはほとんどなかった。
「ま、旅の途中でこんな鄙びたとこに寄るのも悪くないだろ。今日はここで一泊ってことでいいか?」
グレックが馬車を止め、荷台からひょいと降りる。
オリバーの家は、村の外れにある少し傾いた屋根の古い家だった。彼を無事に家族に引き渡すと、私たちは今夜の宿を探すことになった。
——といっても、宿屋と呼べるようなものはなく、オリバーが教えてくれた空き家に泊まることとなった。
家は、かつて誰かが住んでいたであろう気配をかすかに残していたが、今は埃と静けさに包まれていた。とはいえ、屋根が抜けているわけでもなく、薪も少し残っていたので、野宿よりはずっとマシだった。
夕方になると、私たちは三々五々に村の中を歩き、情報を集めることにした。
「さて……何か分かればいいけど」
私は、井戸のそばで水を汲んでいた老婆に声をかけてみた。
「爆発? ああ……あれはまた薬師の坊やのせいだろう。前にもやらかしたことがあるからねぇ」
老婆はあっさりと答えたが、それ以上のことはよく知らない様子だった。
一方、カイルとミルフィは、村の外れにある畑で草を束ねていた中年の男に話を聞いていた。
「年内に大きな礼拝があるって話を聞いたよ。王都の大聖堂でな。行商人が教えてくれたんだが、ここ数年では類を見ない大きなもんになるとか……理由までは聞いてねえけどな」
「大聖堂の礼拝が“今までにない規模”って……何か意味がありそうだな」
カイルはぼそりとつぶやいた。
それ以外は、本当に人が少ないせいもあって、あまり有力な情報は得られなかった。
夜になると、空き家に戻った私たちは、拾ってきた薪で暖を取りつつ、それぞれが聞いた話を共有した。
「爆発は事故だったにせよ……オリバーの言うとおりなら、火薬の扱いに慣れてなさそうだったよね」
ミルフィが言う。
「王都の礼拝の話も、行商人伝いってことだけど、ちょっと情報が粗すぎて何もわからないよ」
私は小声でつぶやく。
朝の空気はひんやりとしていて、昨日の爆発騒ぎが嘘のように静かだった。
私たちは、オリバーが案内してくれた空き家で一晩を過ごし、グレックが提供してくれた食材で、簡単な朝食をとったあと、村のはずれにある彼の家を訪ねた。
オリバーは、昨日の疲れをまだ引きずっているようだったが、顔色はだいぶよくなっていた。
「昨日は本当に助かったよ。あのままだったら、今頃……」
そう言って、苦笑するオリバーに、私は率直な疑問をぶつけた。
「で、その……昨日くれた薬なんだけどさ」
「うん?」
「何の薬かわからないと、さすがに怖くて使えんのだが」
「ああ、なるほど」
オリバーはポンと手を叩いた。
「そうだよね、すまんすまん。説明してなかった」
彼は棚の奥から、昨日と同じような薬瓶を三つ持ってきて、私たちの前に並べた。
「まず、これ。薄い緑色のやつは《気付け薬》。意識を失った仲間がいたら、鼻の下にかがせればすぐ目を覚ます。ただし、効き目が強いから、眠ってるだけの人に使うと怒られる」
「なるほど……使いどころに注意ってやつね」
ミルフィがメモを取りながらうなずく。
今度使ってやろうとニマニマしていると、カイルにジト目で観られていることに気が付いた。
こいつ陽気な大型犬のわりには、こういう時鋭いのよね。使いどころに注意だわ。
「次に、この琥珀色のやつは《傷薬》。ただの治癒薬よりは即効性があるけど、量が少ない。切り傷や火傷程度なら一発で塞がるはず」
カイルが瓶を持ち上げて光にかざす。「……魔法より早そうだな」
「で、最後のこの黒い瓶。中身は……まぁ簡単に言うと煙幕だね」
「煙幕?」
「地面に叩きつけると、もくもくって煙が出て、視界が遮られる。獣に襲われたときとか、逃げたいときに使えるよ」
「それって、もしかして……」
私が聞くと、オリバーは苦笑しながら頷いた。
「そう、昨日の爆発は、これの調合中に……ちょっと分量を間違えてしまってね」
私たちは顔を見合わせた。
「まぁ、効き目は保証するよ。さすがにもう、あんな風には爆発しないはずだ」
オリバーはそう言って、薬瓶のラベルに小さく書かれた印を指さした。
「使うときは、この印を上にして投げてね。逆さだと……うん、まぁ、そのときはそのときで」
「怖っ!?」
私とミルフィが同時に声を上げると、オリバーは「冗談だよ、冗談」と言って笑った。
こうして私たちは、少し頼りないが確かに役立ちそうな薬を手に入れ、再び王都を目指して進む準備を整えるのだった。
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