第十五話 王都への馬車旅は、予定通りにはいかない(前編)
ギルドの掲示板の前で、私たちは腕を組んで唸っていた。
「やっぱり、馬車って高いんだな……」
カイルが掲示板から視線を落として、ため息をつく。
「この価格、3人分で金貨5枚って……庶民殺しにもほどがあるわ」
私も思わず眉をひそめた。王都までは徒歩で行けない距離じゃない。けれど、丸一週間以上、魔物も出る街道を歩いていくのは考えるだけで気が滅入る。
「だったら、護衛の仕事を受ければいいんじゃない?」
ミルフィがさらりと提案する。軽い口調だけど、案外本気らしい。
「それができりゃ、苦労しねぇって……」
そう言いかけたカイルの手が、掲示板の端で止まる。
「……あった。護衛の仕事。王都行き、出発は明朝、護衛1名募集」
おお、と私とミルフィの声が重なった。
「報酬は銀貨8枚……悪くないわね」
「ただし、護衛は1名のみ。追加の乗客は2名まで可。ただし、万一の場合の責任は護衛に一任、だと」
「つまり、何かあったらカイルの責任ってことだな!私は一向にかまわんが!」
私は満面の笑みを浮かべて親指を立てる。
「おい、待て。俺一人で全員の命を預かるのか!?」
「戦士枠はカイルさん、魔法使い枠は私。シグイさんは……交渉担当?」
ミルフィが涼しい顔で言う。
「違う! 見習いアニママイスターだ!」
翌朝、私たちは指定された商人馬車の停泊所に向かった。
「お前らか。護衛の奴らってのは」
荷台に荷を詰め込みながら、ガッチリした体格の中年男が声をかけてくる。
「はい。護衛のカイルです。こちらは同行者の——」
「聞いてる。男が護衛で、残りは責任取らねぇ。勝手に荷台に座ってろ」
ぶっきらぼうだけど、悪い人じゃなさそうだ。名前はグレック。喧嘩腰だが、ちゃんと事前にギルドに確認を入れているようだった。
「じゃ、乗せてもらおっか」
私は後ろの荷台にひょいと飛び乗り、毛布の上に腰を下ろす。ミルフィもその隣に優雅に座り、杖を膝に置く。
カイルは馬車の外側、進行方向右に構える。
「こっちは戦闘態勢だってのに……お前らは遠足気分かよ」
「だからカイルさんが護衛でしょ?」
「がんばってね、戦士さま」
馬車がきしむ音を立てて動き出す。
街を出て、舗装の甘い街道をゆっくりと進み始めた。
私は退屈しのぎにスケッチブックを取り出す。
「さて、今日の新作は……いつもとは違う鳥型アニマでも描いてみるか」
鉛筆を走らせ、丸っこいフォルムに、つぶらな目、大きな羽。
イメージは、小さな飛行偵察機。
「よし、おまえは……チュッタ。空の偵察隊ってことで、今度こそおとなしく……」
「おい、それ本当に大丈夫なんだろうな?」
カイルが荷台から私をにらむ。
「信じることから始まるんだよ、アニマとは!信じることから生まれる信頼!これに勝るものなしよ!」
スケッチを指でなぞる。
ふわり、と空気が揺れた。
絵から抜け出すようにして、チュッタが浮かび上がる。
「ピヨッ!」
かわいい声を上げて、チュッタは翼を羽ばたかせ、馬車の上空へと飛び立った。
「おい、今なんか飛ばなかったか!?」
前方からグレックの怒鳴り声。
「風のいたずらかな……」
私は視線を逸らしてごまかした。
こうして、王都への馬車旅が始まった。
馬車が街道を進むうちに、チュッタは自由気ままに飛び回り、ついには森の中へ飛び込んでしまった。
「ちょ、ちょっとチュッタ!? どこいくのよ!」
私は慌てて立ち上がり、馬車の幌から顔を出す。
順調な旅路に突然の爆発が起きたのは、昼過ぎだった。
馬車はちょうど緩やかな丘を越えたところで、昼食のために小休止していた。
そのとき、
——ドンッ!!
という乾いた破裂音が林の方から響き、私たちは思わず身をすくめた。
「な、なんの音!?」
ミルフィが地面にしゃがみ込みながら声をあげる。
「……爆発、か?」
カイルが周囲を警戒しながら立ち上がる。その右手はすでに剣の柄に添えられていた。
「ピヨ!」
空中から、私のアニマ・チュッタが甲高い声を上げながら戻ってくる。
そのくちばしには、なにか金属の破片のようなものがつかまれていた。
「ちょ、ちょっと!? それなに持ってきたのよ!」
ミルフィが飛びのく。
私はすかさず駆け寄って、チュッタのくちばしから破片を受け取る。焦げた金属と、黒ずんだ布切れのようなものがくっついていた。
「……これ、火薬っぽいにおいがする。自作の爆発物、かもしれない」
「ふざけんな、こんなもんが空から飛んできたら……」
グレックが馬車の横から現れて、チュッタをにらむ。
「てめえんとこのペットのせいで、俺ぁ命が縮んだぞ!」
「違う! チュッタは……ほら、あそこ!」
私は指さす。チュッタが飛び去ってきた方向、つまり北の林のほう。
「飛んでいったのを見て、これを拾ってきたの! つまり、何かあっちで爆発が起きたんだよ!」
その瞬間、全員の視線が林のほうへと集中した。
「……たしかに、爆発の音もそっちからだった」
カイルが唸る。
「ったく……勘弁してくれよ。王都行きにこんなイベントいらねぇっての」
グレックが額を押さえて、ぶつぶつ言う。
それでも、数秒の沈黙の後——彼は、ふっと真剣な顔になった。
「だがまあ、放っておくわけにもいかねぇ。こんなもんがそこらに転がってるってのは、次は馬車が爆発するかもしれねぇってことだ」
私たちは思わず顔を見合わせた。
「行くぞ。少しだけ寄り道だ。こっちは運ぶ荷が命だからな」
グレックは短く言って、馬車の蓋を閉じ直すと、林の方向へ歩き出した。
「やれやれ、予定通りに行かないのは、旅の常ってか……」
カイルが苦笑しながら、それに続く。
「まぁ、たまには冒険っぽくていいかもね」
ミルフィが肩をすくめて、後を追う。
「よし、チュッタ。案内してくれ!」
「ピヨッ!」
林の奥へと足を踏み入れると、あたりにはかすかな焦げ臭さと、煙の残り香が漂っていた。
「見て、あそこ!」
ミルフィが木々の隙間を指差す。
その先には、ぽっかりと開けた空間があり、そこには崩れかけた木箱や、飛び散った薬草の束、そして——
「誰か、倒れてる!」
カイルが駆け寄り、身をかがめて様子を確認する。
「息はある。ケガしてるけど、死んじゃいない」
「旅の薬師……かな?」
私は地面に散らばった荷物を見る。細長い瓶、干からびた薬草、火打石——そして、火薬の原料になりそうな硝石や炭。
「自作の爆発物って、薬の調合中に事故でも起きたのかも……?」
そのとき、倒れていた人物がうっすらと目を開けた。
「……う、うぅ……」
「大丈夫ですか!? いま手当てを……」
ミルフィが魔法の杖を取り出し、小声で呪文を唱えると、淡い光が彼女の手から広がり、薬師の身体を包んだ。
薬師は、かすれた声でつぶやいた。
「……た、助けてくれて……すまない。私は薬師のオリバー……調合中に、思わぬ反応が……」
「んで、なんでこんなところで調合していたんだ?」
とカイルが訊くと、オリバーは微かに苦笑して答えた。
「ここから少し道沿いに行ったところの村に住んでいるんだが、前に村で爆発事故を起こしたことがあってね。」
カイルが腕を組む。
「馬車で一緒に運んでやるか? グレック、どうする?」
「……しゃあねぇな。とりあえずその村までは乗っけてやるか。」
グレックは肩をすくめて笑った。
「じゃあ、いったん戻って、馬車まで連れて行こう!」
私はそう言って、オリバーの腕をとる。
オリバーは礼として、いくつかの薬瓶を手渡してくれた。
「このへんの山草で作った薬だ。何の役に立つかは……まあ、試してみてくれ」
こうして私たちは、謎の爆発騒ぎの原因となった旅の薬師オリバーを助け、彼の住む村へ赴くことになったのだった。
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