本当の歴史
質問、人間の脳は一人につきいくつですか?答え、一つです。
……無理!これ以上は無理ぃ!
異世界の少女に憑依してまだ半日、展開が早すぎる。もう少し遅くてもいいと思うのは私だけか?私だけなのか!?
『まずね、聖女はリーリエ・ベルローズじゃないの』
……歴史改変!不遇な身の上をぶんどった相手はどこのどなたでございましょう!?
『リーリエ・マグノリアとベルローズ・マグノリア。この二人が本来の聖女だよ』
「……マグノリア?」
マグノリアってこっちの世界のカオリ姉の家名じゃなかったっけ?
少し混乱する頭を抑えて記憶を確認する。うん、やっぱりお姉ちゃんの家名だ。
『聖女と聖騎士を多く排出する家があってね。そのうちの一つがマグノリア家なの』
「なんでリーリエさんとベルローズさんの名前がガッチャンコしてるんですか?」
『色々とあってね……』
その色々をよく聞くと、どうやら聖女は二人いるのが当たり前なそうだ。
「ならどうしてさっき歴史を教えた時に聖女は一人しかいないみたいなこと言ったんですか?頭が混乱するんですが……」
『あらやだ。そんなこと一言も言ってないよ?』
確かに言っていないがそういうニュアンスで話していた。むーと膨れっ面でいるのを無視してどんどん解説は進む。
『まぁ、勝手にそう解釈してもらえるようにできてるのよ。で、聖女一人一人に役割があってね。守護の聖女となんとかの聖女って言うんだけど』
「後半ふざけてません?」
『覚えてないの』
「覚えてないってなんですか!?そこは大事ですよね!?」
憤っていると呆れたようにこっちを見られた。
『なら貴女、ストーカークソ野郎の名前と顔を覚えてるの?』
「覚えてますよ!あやつの名は、……あ、れ?」
思い出せない。顔も名前も。どんなことをされたのかは覚えてるのに、姿形が黒いクレヨンみたいなものでぐっちゃぐちゃに塗りつぶされている。
「な、にこれ……」
『わたしの身体に憑依してからアイツのことを思い出すことがどれくらいあった?慣れない環境だっていう理由だけじゃ、説明できないくらい頭に思い浮かばなかったでしょ?』
……そうだ。思えば、前の世界での自殺の直前の記憶も、事件の前後の記憶も、ストーカークソ野郎関連の情報だけ全くと言っていいほどない。しかもそれを疑問にも思っていない。
「……おかしいです。なんで、私……。だってっ、こんなに、アイツのことが憎いのに!」
『魔法を使って記憶を封印されたって線が濃厚だろうね〜。……チッ、ほんっとーに、腹が立つなぁ』
イライラとした顔でリーゼロッテが吐き捨てる。舌打ち付きだ。私も思わずしてしまった。なるほど、魔法ね。……ふぅーん。
「……でも、なんででしょうね。もとの世界では魔法なんてなかったのに、あっちの世界の記憶も封印されてるなんて……」
『わからないけど、言えることといえば相手が貴族でかなり高位の存在ってことだね。人の記憶を封印するってかなり難しいことだし』
「……クソが!覚えておいて欲しくないことなんかすんなよ!腹立つ!死ね!」
ダンッと拳を机に叩きつけて口汚く罵った。ふーふーと大きく深呼吸をして心を落ち着かせようとするが、全く怒りは治らない。
『……もう一人の聖女のことも忘れてるなら、ストーカークソ野郎と何か関係があるのかもね。幸い、他のことはちゃんと覚えてるからなんとか見つけられそうなんだけど……』
「……聖女。リーゼロッテさん、教えてください。覚えてること全部。私、覚えます」
さっきまで全部覚えるなんて無理だと思っていたが、やらなければ復讐できない。なら、全力で覚えてやろうではないか。
……絶対に見つけ出して地獄に突き落としてやる!
怒りにメラメラ燃えながらお願いすると、笑顔で答えてくれた。貴女は天使様だよ。いや、悪魔様か。
『聖女リーリエとベルローズは双子でね、生まれてからすぐに王家に盗られたの』
塔の中で過ごしながら、聖女の勤めを果たしていた二人は仲が良かったそうだ。性格も歪むことがなく、それなりに幸せだったらしい。
『ある日、聖騎士マクシミリアンが二人のお目付け役になったのが日常が変わった瞬間ね』
「聖騎士……?」
聖騎士というのは聖女を守る神に認められた者のことだそうだ。聖騎士に選ばれたマクシミリアンは二人と一緒に聖花の行進という旅に出た。勿論、王家からの監視はあったが四人の中はぐっと深まった。
「一人増えてません?」
『リーリエさんとベルローズさんの召喚精霊ね。ちなみにリリーベルだよ』
「えっ!?」
なんと、リリーベルはこの世界に召喚されるのが二回目だったらしい。なんか妙に当時の事に詳しいなとは思っていたが、驚きだ。
『その後も割と平和だったんらしいけど……。リーリエさんとマクシミリアンさんがお付き合いを始めたの』
「はっちゃけてますね」
一年くらいは無事に付き合えた。だが、リーリエに縁談が来たのだ。そして最悪なことに、相手はエンデシャントリエリ帝国の王太子だった。
『最初は断ったんだって。自分には心に決めた人がいるって。名前は言わなかったそうなんだけど、閉じ込められている聖女が交流できる人って限られてたから、相手がバレたの』
「……うわぁ〜」
マクシミリアンが解雇されるならまだ良かった。だが聖女に断られた王太子は怒りのままにマクシミリアンを殺してしまったらしい。
『それでやめときゃいいのに馬鹿王太子は死体をわざわざバラバラにした挙句、魔物の餌にしたの。発想がクズよね』
「ラブラブカップルに割り込んだのは自分でしょうに……」
事を知ったリーリエは怒り狂った。そして塔から抜け出し、マクシミリアンの実家ダンデライオン家に単身突撃した。
『ちなみにダンデライオン家はレオンハルトの実家だよ』
「レオンハルトの!?」
恋愛上級者レオンハルトはなんと、マクシミリアンの血縁者だそうだ。ご先祖様もリア充だったんだね。
『話を聞いたダンデライオン家はもちろん怒って王宮に乗り込んだの。その時に一緒にお供したのが、マクシミリアンの従兄弟、ヴィクトールよ』
ヴィクトール!勇者とかなんだとか言われてた男!こんな所に!
『無事に帝室の奴等をとっ捕まえた後、リーリエは自分の命と引き換えに一部の人以外から聖女に関する記憶を消すの』
「記憶を消すなんて物騒な!リーリエさんは私たちの敵ですよ!」
『気になるとこそこなの?』
こっちが記憶を封印されて困っているのに!記憶を消すなんて!リーリエさんは被害者だけど!酷い!
「ん?記憶を消すと封印するの違いってなんですか?言い方が少し違うだけですか?」
『人がするか神に連なる者がするかの違い。人にすることができるのが封印。神に連なる者がすることができるのが記憶の消去。貴女、“願い人”って知ってる?』
「願い人……?」
『代償と引き換えにどんな願いも叶えてくれる者のことなんだけど……。こっちの世界では結構有名だけどそっちではそういう伝説とかないの?』
代償と引き換えにどんな願いも叶えるって、それ悪魔って言いません?大丈夫ですか?
「……私が住んでた所では願い人じゃなくて“鬼灯様”っていう古くから伝わる昔話みたいなものならありましたよ。贄の少女と引き換えに、村の安寧を約束してもらうっていう……」
『“鬼灯様”……。願い人とは呼ばれてなかった?』
「少なくとも私の周りでは聞いたことがないです」
うーん。でも私の住んでる所の周辺って結構変な昔話が多かったしなぁ。神無月神社とか殺人屋敷とか祠とか。
「で、願い人と何か関係があるんですか?この話」
『リーリエが命と引き換えに頼んだ相手が願い人だったの。願いが叶えられた後、リーリエはすぐに死んで骨も残らなかったらしいよ』
「なるほど」
願いを叶える引き換えにこっちが痛い目をみる感じらしい。関わりたくないな。
『願い人に関わると碌なことにならないから、もし現れたとしても無視しなさい。あっちが勝手にこっちの願いを叶えることなんてできないそうだから』
「許可制なんですね。了解しました」
……ということで来ないでね!願い人さん!私リーゼロッテに怒られたくないから!目の前に現れたら頼っちゃうと思うから!絶対欲望を抑えるの無理だから!
ひとしきり祈っていると歴史の授業が再開した。聞き流すことがないようお祈りは一旦中断する。
『リーリエが死んだ後残ったのは悪を討ったベルローズとヴィクトール達だけ。リーリエと聖女の歴史は綺麗さっぱり忘れ去られたの』
残されたベルローズは、救世の聖女として担ぎ出された。ヴィクトール達は、勇者一行として人々の賞賛を得た。
『どちらかというと、帝室を討つために一番活躍したのはリーリエなの。人の手柄なんて盗りたくなかったベルローズは、リーリエ・ベルローズと改名してなんとかもう一人の聖女の名前を残したの』
家名ではなく名前の方にリーリエの名前を持っていくあたり、仲が良かったのだろう。余りの不憫さにため息が出た。
『後はあまり変わらないんだけど……。歴史的にいえば今の七大貴族は勇者一行の仲間の子孫なんだけど、本当は少し違うの』
「どういうふうに違うんですか?」
『ダンデライオン、マグノリア、ティーゲヘルツ、フェーレンビルネ、ボーデンヤパナシエ、ヴィントベツヘレム、ドナーラプス。これが本当の勇者一行のメンバーの家名よ』
「……待ってください。いま、今、覚えています」
……長い長い長い長い長い長い長い!長いよ!長すぎるよ!よく覚えられるよね!そんなの!ちょっと待って!
うんうん唸りながらようやく覚える。よかった。リーゼロッテの記憶引き継いでて。じゃなきゃ色々と詰んでたよ。
『この七つの家はよく聖女や聖騎士を排出する有名な家だったの。でもね、今まで自分の娘や息子が帝室に使い潰されるのをずーっと見てきたわけだから、怒りがすごかったの』
帝室が滅びた後、問題になったのは自分達が英雄と呼ばれていることだ。このままいけば、それなりの地位を得ることができる。だが、力を生まれながらに持つ子孫は、慢心して同じ過ちを犯すのではないのかと、英雄達は考えた。
『悔しくて苦しい思いをしてきた自分達のことは信用できるけど、自分達の子孫のことは信用できなかったの』
「あぁ、確かにですね。もとの世界でも今まで一緒に頑張ってきたのに、力を持った途端裏切るクズがいつでも数多にいましたし」
将来のことも考えた英雄達は、自分の分家筋の者達に英雄の座を譲った。英雄の座を譲られた者の子孫が、今の七大貴族だ。
『ヴィクトールは勇者として有名になりすぎたから、別の人に英雄の座を譲ることができなかったの。だから、妻を娶って新しくルインリンゲルブルーメという王室を作り、国を立ち上げたの』
それが、ルインリンゲルブルーメ王国が誕生した本当の理由だ。ちなみに、ヴィクトールの生家ダンデライオンは同じように英雄の座から距離を置いた。
『本物の英雄達は自分達が譲った本来の地位についた者達を監視するため、裏七大貴族として今の地位に収まったの』
一番爵位が下の男爵だといらぬ苦労をするので、裏七大貴族達は子爵となった。低い地位につくことで下々の苦労を知り、どのようにこの国を裏から支えていくかよく考えられるように。
『マグノリア家は残った聖女の資料を自分の屋敷に隠し、王家でも子孫達に聖女と妖精の愛し子の本来の役割を教えなかった。これでこの国の建国話は完成したの』
裏七大貴族の存在意義にそぐわない思想を待つ者がいたら、その人には歴史の事実を教えず、跡を継がせることもしなかった。また七大貴族の監視も行い、聖女が安心して活動できる国作りに邁進した。
『だけどね。聖女を粗雑に扱ったことに神さまが怒ったのか、リーリエとベルローズ以降何百年も現れることはなく、今に至るわけ』
「なるほど……。だから魔法の習得の時、お姉ちゃんも相手の魔力量が数値化できるって言ってたんですね」
『そういうこと』
……裏七大貴族……。本当の歴史は復讐の役に立ちそうだね。しっかり覚えておかないと。
それからも色々とリーゼロッテに教わった。聞いてるうちにぽんぽん思い出していく。
そして、リーゼロッテが聖騎士であることを知った。じゃあ私も漏れなく聖騎士じゃん……。嘘ぉ。
晩御飯までたっぷり話し、パンクしそうな頭でご飯を食べた。味はしなかった。
晩御飯を食べた後は、歯を磨いてお風呂に入った。
……やめて!お風呂入るの手伝おうとしないで!一人で入れるから!心は六歳じゃないから!羞恥心があるから!
側近とお風呂の攻防戦をしてから出てきた私は、初めての環境に疲れ切っていた。
……明日。明日頑張るので、ちょっと寝させてください……。
ベットに横になった途端泥のように眠った私は、その夜不思議な夢を見た。
ルインリンゲルブルーメ王国の本当の歴史。なんとかの聖女と封印された記憶、そして願い人。これがのちの展開で結構大事な部分となっていきます。
次は祷の夢の中での出来事です。