ルインリンゲルブルーメ王国
収納魔法を教わった後、すぐに盗聴防止魔法も教わってトイレからようやく出ることができた。二十分も籠るって……。周りから腹痛女って言われそう。
自室に戻り机の上に先ほど作った魔石とブラックホールから出した地図を置く。盗聴防止魔法を展開して椅子に座るとふわっとリーゼロッテが寄ってきた。
『この数十分で貴女がどれだけ常識外れかよーくわかったわ』
「いや、リーゼロッテさんも人のこと言えませんよ?」
何言ってんだテメーと思いながらも地図をみる。この国の地図というより、世界地図のようなものだ。もとの世界とは字が違うのに普通に読めたけど、記憶が定着してきてるのかな?
『まず、わたしが住んでいるのがここ。ルインリンゲルブルーメ王国』
「るいんりんげるぶるーめおうこく」
なっが!無駄に長いよ!人名も国名も長すぎる!
『王都がこの辺りで北の方面にあるの。南の方は王都よりかはあったかいかな。海に面してるからお魚も獲れるよ』
「お魚!」
お魚かぁ〜。貝とかもあるのかな?ブイヤベース食べたい。
『ルインリンゲルブルーメ王国はどちらかというと夏は涼しいんだけど、冬が長いの。雪も降るから外に出れることが少なくて、社交ができなくなるんだよ』
「あ、思い出した。それで社交の練習として十四歳から貴族子女は貴族学園に入学するんですよね?」
『そう。親ともいちよう連絡は取れるから、子供だけの閉ざされた空間でどんなふうに将来立ち回っていけばいいか知っていくの。試験もしなきゃいけないけどね』
家に家庭教師呼ぶから学校いらないじゃん、と一瞬思ったが意外とちゃんとした理由があった。なるほど、そこで人脈を作るのも手だな。
『まぁ、貴女は行かないと思うけど』
「え?なんでですか?」
『貴族学園は十四歳になる冬に入学して、十八歳になったら卒業するの。だから飛び級しない限り五年間通うことになるんだけど、多分オリーお兄さまと在学期間が被るの。わたしとお兄さま二歳差だし』
「……あ」
オリーお兄さまというのは、オリヴァー・マグノリアさんのことだ。お姉ちゃんの弟のうちの一番下の子で前の世界での依織お兄ちゃんみたいな人だった。
「思い出しました……。他のお兄様も依織お兄ちゃん達にそっくりですね……」
聡美さん、哲也さん、淳太お兄ちゃん、準太お兄ちゃん、依織お兄ちゃんに似た人たちがこの世界にもいた。ていうか本当に瓜二つだ。違う所といえば、こっちの世界ではオリヴィアという今の私より三歳年下の末娘が、マグノリア家にあることだけど。
『なんで違う世界に住んでて血の繋がりもないのにこんなに皆んな顔が似てるのかしら?』
「……すいません、お話の続きを……」
『……あぁ、ごめんなさい。で、周辺国のことなんだけど……』
最後に会った時にされたことを思い出し、気分が暗くなった。思い出さないようにしてたのに、こっちの世界でも同じようなことをされた記憶がまざまざと蘇った。痛い苦しい辛い、と思わず口にしてしまいそうになる。
……私のせいなんだから、泣いちゃ、駄目……。
『迷宮の森アニサトゥムを挟んで東側にあるのが、グラディオーレン王国。ここには獣人しか住んでないよ』
「獣人?」
『獣の特徴を持った人達のこと。森を越えてこっちに来ることがあるけど、忌避されてるね』
こちらの世界では魔法が使えるだけでなく獣人さんもいるらしい。改めて思うけど、ここは異世界だね。
『北東にあるのがクレマティス王国。ルインリンゲルブルーメ王国はこの国としか貿易してないよ。』
「獣人さんは?」
『いないよ。この国と同じ人族しか住んでない。あ、でもクレマティス王国出身の人は肌が少し黒いかも。小麦色みたいな。この国と違って夏が暑いらしいよ』
「ヘぇ〜」
結構近くにあるけど、国によって気候が違うらしい。グラディオーレン王国もクレマティス王国ほどではないけど、この国よりも暑いそうだ。
『北の方面にあるのがザーイデルバスト共和国。エルフが住む国で他の国とはあんまり親交がないかな。あ、エルフはわかる?』
「わかります。耳がとんがってて、寿命がすごく長い……、だったような」
『そう。この国は聖域って呼ばれる所がたくさんあるから、国境を勝手に越えると怒られるよ』
「いや行きませんよ」
地図を指差しながら行われる、第二回リーゼロッテの特別集中講座〜地理について〜。
……必死にくらいつけ!私!全ては香織お姉ちゃんに会うために!
『西側にあるのがグロッケンブルーメ皇国。魔族が住んでるから魔国って呼ばれてたりするよ。隣国のドワーフが住むユーネリアンチェリー公国と同盟を結んでるの』
「魔国……」
出てきた記憶を調べてみると、人族とも獣人ともエルフともドワーフとも違う人種らしい。角やら尻尾やらが生えていて、死んで魔石になると高確率で魔力を多く含んでいるらしい。昔乱獲されそうになった事があるようだ。怖いね。
「でもこんなに大きな国々に囲まれてたら戦争が激しそうですね」
『ここ何百年くらいこの国が戦争に巻き込まれたことはないよ?』
「え?なんでですか?」
『守護の結界があったのと、貴族全員が魔法が使えるのがこの国しかなかったの』
「……おん?」
色々と話を聞いてみると、他の国では貴族のうち三割ほどしか魔法が使える人がいないそうだ。しかし、この国は魔法が使える人が貴族とされている。つまり、他の国では三割なのにこの国では十割が魔法を使えるのだ。
『戦っても勝てるかどうかわかんないから襲われなかったの』
「なるほど……。守護の結界ってなんですか?」
『十数年前までこの国を守っていた聖女の結界よ』
聖女の結界?あ、なんか今記憶がかすったぞ。
うーんと唸っているとリーゼロッテが地図を指差した。人差し指の先にあるのはルインリンゲルブルーメ王国だった。
『歴史の話ね。ルインリンゲルブルーメ王国ができる前、エンデシャントリエリ帝国というのがあったの』
リーゼロッテが本来長い話を色々割愛しまくって教えてくれた。
この世界には何故か聖女がよく生まれる聖地という土地があった。人々は当然自分の利益のためその聖地を奪い合い、戦争をした。そうして最後まで勝ち抜きできたのが、エンデシャントリエリ帝国である。
そして聖女の力を使い、どんどん国土を広げていき、植民地も大量にあったそうだ。初めは聖女を大切にしていたが、どんどん扱いが雑になっていった。
「聖女はどうやって見つけるんですか?」
『聖女にも見えない妖精が見える人のことを妖精の愛し子って言うんだけど……。妖精から聖女の行方を教えてもらうのが愛し子の役目なの』
初代の精霊の愛し子がなんの気無しに、「〇〇のあたりにこんな力が使える少女がいるそうですよ〜」と自国の王に伝えてしまったのが聖地狩りの始まりだそうだ。
『国を作るまではよかったの。でも、問題はそのあと』
「調子に乗っちゃったんですね?」
『そう』
己の力を誇りに思っていた帝国は、聖女が他の国に行くことを恐れた。だから、聖女を閉じ込める塔を作り、そこに監禁した。
『絶対に聖地に生まれるってわけじゃないから、他の国から無理矢理奪ったこともあったらしいの』
「なんて迷惑な……」
今あるクレマティス王国とグラディオーレン王国は昔、エンデシャントリエリ帝国の一部だったらしい。
『迷宮の森アニサトゥムを挟んで獣人を押し込める地区を作ったのが、グラディオーレン王国の始まりよ』
都合の悪い展開にならないように、色々と押し込めていたそうだ。エンデシャントリエリの貴族達も、自国の繁栄に喜んでいた。
『何百年にもわたって聖女を監禁していたから、甘くみたのね。愚王としてよく知られているドゥムコフミュールが聖女リーリエ・ベルローズを怒らせたの』
「なんでですか?」
『リーリエ・ベルローズの家族を殺したから』
家族を守ると言う約束で監禁を受け入れていたにも関わらず、その家族を殺された聖女の怒りは半端ではなかった。
『他にも色々な人達から帝室は疎まれていたからね。徒党を組んで追い詰めていったの』
そのうちの一人が、のちのルインリンゲルブルーメ王国の国王、勇者ヴィクトールだったらしい。
『聖女とその仲間達に捕まった帝室は処刑されたの』
ボロボロになり周辺国から疎まれている状況をなんとかするため、勇者ヴィクトールと六人の仲間達は動いた。植民地を解放し、物資を届け、今までの行いを誠心誠意謝罪して回ったヴィクトールに、王になって欲しいと思う者は少なくなかった。
『国を運営するのも大変だからね。王の肩書はあった方がよかったの』
そして勇者ヴィクトールは王となり、六人の主要な仲間達は七大貴族となった。
「あれ?あと一人はどうしたんです?」
『王も入れて七人なの』
「なるほど」
こうして誕生したのがルインリンゲルブルーメ王国だった。帝国時代よりも国土は小さくなったが、王都は変わっていない。
ふんふん頷いているとあれ?となった。何か引っかかる。
「聖女リーリエ・ベルローズはどうしたんですか?それに、どうしてこの国に魔法が使える人が多いのか、わからないんですが……」
『良い所に気がついたね!えらいよ!』
ニッコニコの笑顔で褒められた。照れちゃうな。
「で、なんでなんですか?」
『表向きの歴史をそうしようって決められたからだよ!』
「……ん?表、向き?」
『うん表向き』
……表向き。表向き!?え、まさか、まだ授業が続くの!?
すでにパンクしそうな頭にまだ負荷をかける気がマンマンなリーゼロッテがにっこりと微笑んだ。
『さ、次は一部の人だけしか知らない本当の歴史についてお話ししましょうか』
……お姉ちゃん!助けて!ヘルプ!ミーッ!
物語において重要な部分なので早めに出すことにしました。長い名前ばかりですね。私も覚えられません。
次は本当の歴史です。