現状
これからの人生設計が決まったら早速話し合いである。一日や二日で復讐が終わるはずがないので、この世界について知らなければならない。
とりあえずパパパッと乱れた姿を整えて居住まいを正す。その様子を伺っていたリーゼロッテが口を開いた。
『で、どれから知りたい?お姉ちゃんについて?』
「いや、まず貴女の家族構成について教えて」
正直こっちの世界のカオリ姉のことは知りたいが、本当に知りたいが、今必要なのは別の情報である。それは今度寝物語にでも聞こうと思う。
……そんな時間があるといいんだけどね!
『家族……?お姉ちゃんとリリーベルかな。レオはまだ恋人だったし』
「いや、リリーベルさんが誰なのか知らないからおいとくけど、カオリお姉ちゃんは本当の家族ではないでしょ?他は?」
『……え、じゃあもういないよ?』
そんなわけないでしょ!?と心から思った。バッと片手を大きく広げ、部屋を指す。
品よく整った調度品の数々に、今私が使っているベッドの布、そして先ほど見た記憶の中で食べていた食事を思い出す。
……貴女絶対お金持ちでしょ!
「こっっんな大きな部屋に住んでて親がいないなんて嘘でしょ!?明らかに貴女お嬢様じゃない!保護者とか同居人とか血の繋がった人とか、いないの!?」
『あっ、あ〜!いるいる!この家に一緒に住んでて血の繋がった人達、いたはず!』
「いたはずって何!?」
がっくしだ。リーゼロッテは馬鹿だった。誰を家族と考えるのかは自由だが、今はちゃんと答えてほしかった。
そこではたと気づく。何気に血が繋がってるはずなのに家族認定されていない奴等もどっこいどっこいではないのか。大丈夫か、グランディフローラ家よ。
『えーと、フーベルトゥスお父さまにイングリートお母さま、えー、うーん……。あ、お兄さまが二人、あ、いや、三人!』
「あぁ、うん、そう」
誰か一人忘れられてたぞ。どんまい。
『一番上は確かコンラーディンお兄さま、それに双子のヴァンツェンツお兄さまとフリートヘルムお兄さま、……だったよね?』
知るかぁ!名前長えよ!と言いそうになった。言う前にどんどん思い出してきたけど。
予想していた通りグランディフローラ家は家族らしい交流を全くしていなかった。いや、リーゼロッテを除いて交流はしていた。この家族が全員揃うのは朝食の時間だけである。嘘じゃあん。ハブられてる。
そんでもって部屋から出たら駄目だと言われていたらしい。また誘拐されるわけにはいかないと。でも記憶にある限りでは誘拐される前にも閉じ込められていたような気が……。
リーゼロッテは特に痛くも痒くもなかったらしい。強すぎる。鋼通り越してもはやオリハルコンの心臓だ。もとから家族と思っていなかったとしても強い。
「えぇ……。何も思わなかったの?」
『だってもとからだし、今更じゃない?』
どうやら完全に家族仲が冷め切っている。いや、どっちが悪いのかといえばあっちなのか……。記憶を引き継いだのはいいが、家族に関して全くと言っていいほど情報がない。
一番上の兄とは四歳、双子とは二歳離れていて、どちらとも話をすることが滅多にないそうだ。話せよ。せめて今日は天気がいいですね、とか会話をしろ。朝の挨拶だけして終わらせるな、ご飯を無言で食べるんじゃない。そしてお前らも内輪だけで盛り上がっていないでリーゼロッテにも声をかけろ。よくわからん注意だけをするんじゃない。それは命令であって断じて会話ではない!
もはや頭を抱えてしまう程だ。これもう同じクラスの全然話したことがない興味ない人のレベルだ。次元が違う。お互い特に興味も悪意もないのがより悪い。無視じゃなくて眼中にないのだ。仕方がないのか仕方なくないのか。
「ちょ……、リーゼロッテさんこれ放置子って言うんだけど知ってます?」
『カオリ姉が怒り狂ってたから知ってる。でも正直言って欠片も興味がない人達に時間を割くよりも、お姉ちゃんに褒められるために勉強する方が性に合ってるんだよね』
わかる。正直言って興味ない人のために時間を割く必要性を感じない。すごくわかる。
リーゼロッテにとったらあの人達は他人だそうだ。お金もかけてもらって、不自由なく生活させてくれるし、感謝していて文句もないけれど、でもやっぱり家族とは言えないそうだ。
『わたしの家族はカオリ姉とリリーベルだけだよ。貴女が仲良くなりたいなら、別に止めないけど』
いや、利用できるなら利用しようと思っただけで、別に仲良くなりたいとは思っていません。仲間に引き入れるチャンスを虎視眈々と狙いつつ、極力会わないように行動しますよ。
さて他には何を質問しようと思っていると、あることに気がついた。先ほどから出ているリリーベルという人は一体誰なのだろう。
聞いてみると嬉々として答えてくれた。
『リリーベルはわたしの召喚精霊だよ。白銀髪に青系統の目の色をした、耳がとんがった男の子、覚えてない?』
召喚精霊って何?と思いながら記憶を探ると、出てきた。
召喚精霊は魔力量が豊富でなければそもそも召喚できず、しかも神界に波長が合う精霊がいないといけないらしい。リーゼロッテはたまたま魔力が豊富でリリーベルと波長が合ったらしく、比較的簡単に召喚できていた。本当はもっと大変だそうだ。天才なんだね。
……他にも聖騎士やら聖女やら気になる単語は出てきたけど、言いたいことが一つある。リーゼロッテ、貴女大人でも難しい召喚術を二歳やそこらで簡単に操ってるのはおかしいと気づけ!馬鹿!
若干疲れつつ家族構成を聞き終わったあとはリーゼロッテの普段の生活について教えてもらう。こちとら庶民なんで!貴族の生活なんて知らないので!
『えーと、わたしは特に何も用事はなかったかな?お部屋からだちゃ駄目って言われてたから、側近の人達とかには廊下で待機してもらって、リリーベルと本読んだりお話ししたり。週に三回ぐらいは孤児院に行ってたよ』
人がいないとすごく楽、と言ってるがそれはいいのか。建前でもリーゼロッテのことを心配しているなら護衛ぐらい部屋の中にいさせた方がいいのでは……?
『あ、そうだ。いいこと教えてあげる』
「なんですか?」
『リリーベルね、身代わり魔法が使えるの!』
おん?
『身代わり魔法っていうのは、わたしの姿形を完璧に複写して喋らしたり動かしたりすることが可能なすごい魔法なの!だからお昼間に家をこっそり出てもリリーベルがいればわかんないの!わたしはそれでお姉ちゃんに会いに行っていたし!』
……うん。
『だからね、リリーベルが帰ってきたら協力を取り付けましょう!そうすれば復讐がすごく楽になるし!あら?リリーベルったらどこ行ったのかしら?おーい……』
「タンマァァァァァァアッ!」
『え』
え、じゃねえよこらぁっ!となりつつ私は焦った。おおいに焦った。すごく焦った。何故って?
……リリーベルさんはリーゼロッテのことが大好きだから!
ラブの方ではない。ライクの方だ。でも私はライクの意味で尋常ではないくらい相手を好きな人を知っている。誰かって?私である。
何でもかんでも私を基準にしてはいけないのは百も承知で言おう。大好きな子が、酷い目にあって自殺した挙句、その身体が知らない奴に乗っ取られました。酷いことをしてきた人達は本人に庇われており手出しできません。さあ、どうする?
……死ぬ!復讐する前に殺される!軽くて半殺し!今ここに八つ当たりにちょうどいい人材が!誰だ!?私だ!
ということで力説した。身振り手振り鼻息荒く全力で拒否した。でも、だって、は聞き流し言いくるめた。渋々納得してくれたのでほっとした。
……お前にとったら兄妹みたいなもんかも知れねえけどなあ!私にとったら今あったら何してくるかわかんない畏怖の対象だ!覚えとけ!
ぶつくさ言いつつも許可は貰った。今後も会わない方針でいこう。そうしよう。
ある程度の情報は入ったので着替えることにした。ここは倉庫かな?と思うような衣装部屋に入り服を漁る。
……お貴族様の服ってなんかマリーアントワネットみたいなやつを想像してたんだけど、違ったね。
シンプルだけどセンスはいい服ばかりだった。もとの世界でも見たことがあるようなシャツやスカートもあった。ドレスは何着かあった。こっちはちょっと想像していたのと似ていた。こんなにいらねえだろ。
まあ型が同じでも生地とか刺繍とかが段違いだけど。この白シャツとか食べ物の汁こぼしたらって思うと怖いよ。
『こっちお姉ちゃん』
奥の方を見ると、リーゼロッテに似合うであろうドレスやら普段着やらがあった。どうやらカオリ姉が貢いでくれたらしい。懐かしい。私もよく貰っていた。
服を選んだあとはさっさと着替えた。本当は貴族の子女は側近に着替えを手伝ってもらうらしいがこんな服一人で着れる。結構です。リーゼロッテだって一人でできてたし。
ついでに腰まであった髪をバッサリ肩より上まで切った。邪魔だし、売ればお金になるそうだ。この際使えるものはどんどん使おう。そうしよう。
気持ちも新たに私はリーゼロッテと側近を引き連れ食堂へと向かった。
リーゼロッテも精神力が強いですが、祷も人のこと言えません。どっちもオリハルコンです。
次はグランディフローラ家とのご対面です。