第9話 悪党属性とは
ここは階層主が戦うために設計された部屋。
大きくとられた空間は、20m以上の高さがありそうだ。
アリーナ形状の闘技場中央。固められた土の上には地の海が広がっていた。
人狼との『一騎討ち』にて黄金盾士の両手が斬り落され、出血していたせいだ。
その黄金盾士との戦いに勝利した人狼は、2m以上ある巨体を丸め、片膝を地面に付き頭を下げていた。
忠誠を誓う騎士のような姿をし、俺に横に立っていたここの階層主である奈韻へ頭を下げていたのだ。
通称、黒髪麗嬢。
一切の装備品が無いラフな服装をしているが、むさ苦しい迷宮内にもかかわらず、気高く気品に満ちたお姫様のような美少女である。
俺はというと、刻まれていた奈韻への恐怖が蘇り、金縛りの状態で地面へ尻もちをついていた。
その間抜けな俺の姿を見た人狼が、獰猛な獣のように怒りを滲ませてきた。
「小僧。何をしている。女王陛下に頭を下げろ!」
人狼の奴。今、なんて言ったんだ。
女王陛下だと!
女王陛下と言ったのか。
迷宮主からの洗脳が突然解けた際、俺のステータスには『女王陛下の加護』というものが追記されていた。
そして、『限界突破』をし『転職』を果たした際、女王陛下という者から『老練なる人狼』という召喚カードが贈られてきた。
その正体が、奈韻だったのか。
この人馬迷宮を攻略した俺達パーティを、圧倒的戦力差で全滅させた女。
命をかけてこの迷宮を護るための雑兵に俺を陥れた女。
―――――――――――――そう。俺の人生を滅茶苦茶にした女だ。
洗脳が解けたのは奈韻のおかげなのかもしれない。
だが、それでも、俺には、黒髪の美少女に奉仕してもらう権利、ご褒美を貰う権利があるはず。
機会があれば、クソ文句を言う覚悟をしていたが、実際にとった行動とは、媚びへつらってしまっていた。
いざ黒髪の魔人を前にすると、俺の小さな反逆心よりも、心の奥底に深く植え付けられた恐怖心の方が圧倒的に勝っていたのだ。
カースト順位が最下位である俺は、生態系の頂点に君臨する女王陛下に従う習性ももった生き物。
普通に考えて、俺のちっぽけな覚悟が体に染みついた強い者に媚びる本能に勝てるはずがない。
そんな極小市民である俺に対し、人狼は殺気を散らつかせてきていた。
俺はお前の召喚主なんだぞ!
俺達は仲間であり、味方なんだろ。
唸り声をあげる人狼を制するように、奈韻が黒髪をなびかせなら手を上げた。
「人狼。構わん。水烏を威嚇しなくていい。」
さすが奈韻様です。
俺が雑魚で殺す価値が無いことをよく分かっていらっしゃる。
それに引き換え、人狼の奴。
俺のことを何だと思っているんだ。
心の中で文句を並べていた時である。
闘技場内にて起き始めている異変に気が付いた。
なんだ、あれは!
―――――――――――――見上げると、地下2階層の天井内に青空が広がっていたのだ。
もう一度言う。ここは地下2階層だぞ。
何故、こんなところに青空が。
ヤバい。ヤバすぎる。
奈韻からの恐怖により緩んでいた全身の穴が、更に緩んだ気がした。
とんでもなく嫌な予感がする。
俺は尻餅を地面についた体勢をキープしたまま、周囲に他に異変が起きていないか、キョロキョロと見渡した。
おい。ちょっと待て。
何で、そんなことか起きているんだ!
切断されたはずの黄金盾士の両腕が体に引っ付いていたのだ。
―――――――――――――蒼穹聖職者が、黄金盾士の治癒を開始している姿がそこにあった。
現在、人狼が『一騎討ち』のフィールド属性を発動しているはず。
その効果とは、他の者は戦いに干渉することが出来ないこと。
何が起きているんだ!
人狼の奴。俺に無断でフィールド属性『一騎討ち』を解除してしまったとでもいうのか。
人狼。女王陛下と仰ぐ奈韻に対し、ひれ伏すの態度をとることはお前の自由だ。
だが、敵が完全に戦闘不能な状態に陥るまでは、戦いは終わってないんだぞ。
腰が抜け、地面にへたり込んでいるままでいる俺は、その姿勢をキープしたまま、怒りをぶちまけるように人狼に向けて叫んでいた。
「人狼。お前。なんで『フィールド属性』を解除したんだ!」
「小僧。何を言っているんだ。」
「あれを見ろ。蒼穹聖職者が、黄金盾士に治癒・回復をしているじゃないか。」
「我は『フィールド属性』を解除していない。」
「ああん。いい加減なことを言ってんじゃねぇぞ。お前。『一騎討ち』のフィールド属性には、他の誰も干渉出来ないと言っていたよな!」
「その通りだ。」
「だとしたら、お前の言っていることは辻褄が合わないじゃないか。」
「小僧。何故、こうなっているのか、分からないのか。」
「どう言うことだ。何が言いたいんだ。もったいぶってないで、早く説明しろ。」
「天井に青空が広がっているだろ。」
「それがどうしたんだ。」
「小僧。相当勘が悪いようだな。」
「俺のことはどうでもいいんだよ。質問に早く答えろよ!」
「蒼穹聖職者が、我が発動している『フィールド属性』に『干渉』しているだけのことだ。」
「『フィールド属性』に干渉しているだと。」
「つまり、蒼穹聖職者も『フィールド属性』を発動していると言うことだ。」
「つまり、それは、人狼が発動している『一騎討ち』に、蒼穹聖職者の『フィールド属性』が干渉したということなのか。」
「だからそう言っているではないか。」
「ちょっと待て。なんでそんな事態になっているんだ!」
「小僧。お前のLevelが低いからだ。」
「俺のLevelだと?」
「我は召喚主である小僧と同じLevelだからな。」
「干渉されたのは、俺のせいだということなのか。」
「召喚主は自身のLevel以上の個体を召喚出来ない。」
「分かっている。だから、人狼は俺と同じLevel20なんだろ。」
「そして蒼穹聖職者はLevel29だ。」
俺のせいなのか。
俺のLevelが低いせいで、聖職者の奴に『フィールド属性』が干渉されてしまったというのか。
気が付くと、既に黄金盾士の切断された両手の治癒が完了していた。
予測していない事態に、怒りがこみあげてくる。
何とかこの状況を打開しなければならねぇぞ。
人狼はというと、漆黒麗嬢に片膝を地面に付き頭を下げたままの体勢をキープしている。
お前。奴等が治癒していていた様子を、指をくわえて見ていたのかよ。
奈韻に頭を下げているような余裕はないはずだぞ。
というか、この状況はヤバイ。ヤバすぎる。
奴等を倒したとしても、延々と治癒・回復されてしまう状況になっている。
持久戦において、最も重要な要素は回復・治癒だ。
『一騎討ち』の『フィールド属性』は通じない。
俺が不安に押し潰れそうになっている中、空気を読まない人狼が、マイペースな感じで奈韻に謝罪の言葉を喋り始めた。
「陛下。こんな雑魚相手に手間取ってしまい、申し訳ありません。」
「いや。Level29相手にLevel20である君が圧倒したんだ。大したものだと思っているよ。」
「有難うございます。」
「ここから先。彼等の相手は、私がすることにしよう。君達はそこで見学していてくれ。」
「陛下、自らですか。」
2mを超える人狼が、地面に膝を付き、頭を深く下げた体勢をキープしていた。
奈韻1人で、Level29の正騎士候補達の4人を相手にするのか。
全員が『ネームド職』なんだぞ。
Level30でも相手にするのは厳しいだろ。
だがその時、俺は恐ろしい事に気付いてしまった。
奈韻の両手に『魔銃』が握られていたのだ。
この世界には最強に位置づけられている職業が存在する。
その一つが『銃士』。
その武器は『魔銃』。
つまり、奈韻の職業がそれに該当する。
生成した『魔弾』を『魔銃』から発射し敵を撃ち抜く。
その速度は音速を軽く超え、貫通力が極めて高い。
『銃士』の戦闘力は本人のLevelに関わりなく、Level30以上の戦闘力があるとされている。
だが、欠点もある。
それは『魔弾』の生成が極めて難しいこと。
逆に言えば、『魔弾』を素早く生成し、『魔銃』を器用に扱うことが出来れば、無条件で相当の戦力となる。
何故、人狼が、敵を前にして無防備な体勢をキープしているのか不思議に思っていた。
正騎士候補達も、顔を強張らせ、身を固めている。
今までになく緊張しているようだ。
そうか。そうか。そういうことだったのか。
奈韻は『銃士』だったのか。
戦闘力は最低Level30。
人類の最高到達点であるLevel40と同等だってこともありえるぞ。
正直、それがどれくらい強いのかは想像がつかねぇ。
だが、俺が圧倒的有利な立場にいるってことは理解したぜ。
うぉぉぉぉぉぉぉ。
何だか急に元気になってきたぜ!
地中深く眠っていたマグマが爆発するように、生きる活力みたいなものが体の中に湧き上がってくる。
俺は、敵より強い立場になったら、急に強気になる『悪党属性』なんだよ!
俺って、全然、焦る必要がないじゃん。
よぉし。よぉし。よぉし。
ここから先は、超強気に行かせてもらうぜ!
ふと気が付くと、奈韻が可愛らしい顔を歪めていることに気が付いた。
その視線の先は、地面に尻もちをついた体勢をキープしている俺だ。
なんだろう。
俺。何かしたのだろうか。
―――――――――――――まるで汚物を見るような視線を送ってきている。
とてつもなく軽蔑されている感じだ。
俺はようやく自身が大失態を侵していることに気が付いた。
あまりの恐怖に全身の穴というもの全てが開きっていたのだ。
そう。俺は漏らしていたのだ。
ズボンのその部分が完全に濡れている。
それだ。その視線だ。
俺が欲しかったものは、それなんだ!
美少女から汚物を見るような視線を送られ、幸せな気持ちが湧き上がってきていた。
あ、有難うございます。
洗脳が解け、初めて『ご褒美』を頂きました。
何度も心が折れかけたけど、生きていて良かったです。
報われました。
うおぉぉぉぉぉ。
俺は心の中で雄叫びを上げていた。