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第8話 兵法『無中生有』

ここは人馬迷宮の地下2階層にある最後の部屋。

いわゆる階層ボスと冒険者達とが戦う場所として用意された空間であり、扉の外には地下3階層へ通ずる階段が設置されている。

闘技場を囲むように配置されているアリーナ席には1000以上の椅子が並べられており、そこに階層主となる奈韻がリラックスした様子で座っていた。

その者こそが、地下迷宮を攻略していた俺を圧倒的戦力にて征圧し、心に恐怖を刻みこんだ美少女だ。

天井から落ちてくる光が黒髪に反射し、後光がさしているようにも見える。


目の前には、俺は召喚した『老練なる人狼』の背中が岩盤のようにでかく見えていた。

その背丈は2m超。

自身の身長よりの長い大太刀を両手に持ち構え、色あせた浴衣からは極限まで鍛えられた筋肉が見えていた。

そして人狼と対峙している黄金盾士は、更に一回りほど体格が大きく、純白の防具を全身に装備し、自身の体が隠れるほどの大きい盾を構えている。

今、老練なる人狼と黄金盾士との戦いが開始されようとしていた。



・黄金盾士(正騎士候補)Level29(D+)


・通称 : 老練なる人狼

・種族 : 宝具

・職業 : 侍

・Level : 20

・力  : ⁇

・速  : ⁇ 

・体  : ⁇

・技  : ⁇

・異能 : 一騎討ち、刀技、単独行動

・召喚cost : 0



人狼はこの闘技場全体に、フィールド属性『一騎討ち』を発動させていた。

その効果は他の者から一切の介入をうけないこと。

二人のLevel差は『9』。

この能力差は、俺が持っている経験則に当て嵌めると、強力な『異能』を発動させない限り、埋めようがないほど離れている。

逆に言えば、人狼が持つ『異能』次第では逆転可能なギリギリのラインと言えるだろう。

俺に関しては、自身で何かをできる状況ではない。

つまりこの局面では人狼に命を預けるしかないのが現実であることを理解していた。

頼むぞ。人狼。

俺の命がかかっているんだ。

ここは綺麗事を言っている場合ではない局面だぞ。


人狼は大太刀を片手に構え、黄金盾士と一定の距離を保ちながら、円を描くように警戒なステップを踏んでいた。

俺の仲間を戦闘不能に陥れた、盾から繰り出される『カウンター』を警戒しながら、攻撃するタイミングを伺っているようだ。

その時である。

余裕の表情を見せている黄金盾士の体から不穏な光が闘技場内に広がった。

その光に当てられた俺は、黄金盾士に対し怒りのような感情が生まれてくる。

これは奴の必勝パターン。

敵を『挑発』させる効果がある光だ。

気持ちを高ぶらせていた仲間達はこの『挑発』を発動され、あの大盾へ次々と攻撃してしまい、その結果『カウンター』の餌食となってしまった。

人は戦闘時、興奮状態になりやすい。

その状態で『挑発』の効果を受けてしまうと、『怒り』の感情が芽生え、発動した者を攻撃しまうのだ。

まずい。まずいぞ。

人狼に関してもやる気満々のように見えていた。

黄金盾士に攻撃をしてしまったら、無条件で『カウンター』をくらい、雑兵達と同じ運命を辿ってしまう。



その人狼はと言うと、『挑発』の効果を受けたにも関わらず、何食わぬ顔をしながら、軽いステップを刻み続けていた。



黄金盾士の周りを淡々とローリングしている。

そう。何ごともなくだ。

奴が発動した『挑発』の効果が全く効いていないのだろうか。

実際に、その表情を見ると、至極冷静だ。

完璧に感情のコントロールが出来ていやがる。

さすが歴戦の戦士。

お前、結構やるじゃないか。

上から目線のいけすかない性格をしているが、俺の中での好感度が少しだけ上がっちまったぜ。

少しだけだけどな。

対して、黄金盾士の方は少し焦れた表情になっていた。

発する声には僅かに苛立ちが混じっているようだ。



「おい。人狼。なぜ俺に攻撃を仕掛けてこないのだ。」

「『挑発』を発動しているようだな。我にその効果は効かないことを認識するがいい。」

「口の聞き方に気をつけろ。俺はお前より格上の存在なんだぞ。」

「お前ごとき存在が我より格上だと。笑わせるな。お前の発動した『挑発』など、誰でも簡単に対応できるというものだ。」

「おい。この俺を誰だと思っていやがる!」

「お前は自分で思っているよりも大したことはないことを知れ。」

「おい。いい加減にしろよ。Level20の雑魚のくせに、舐めてんじゃねぇぞ!」



人狼は極めて冷静だ。

これまで多くの実戦を積み重ねねてきたものだということが分かる。

戦いには闘争心が必要なのだろうが、常に冷静でなくてはならない。

冷静さを失えば、敵の術中にはまってしまうからだ。

闘争心だけ強い者は、村人Aである俺のような雑魚からすると、戦いやすい相手となる。

人狼の方は、敵と一定の距離を置きながら攻撃を仕掛ける様子はない。

黄金盾士はというと、人狼の舐めた言葉に苛立ち爆発寸前の状態だ。



「人狼。お前。偉そうな言葉を口にしたくせに、ただ俺から逃げているだけではないか。結局のところ、俺が怖いだけのことなんだろ。」

「ふん。我が攻撃をしない理由を知りたいのか。それは、お前達と決着をつける必要性が無いからだ。」

「どういう意味だ。」

「この領域はお前達からすると敵地。ここにながく留まるほど不利になるのはお前達の方ということ。」

「偉そうなことを言いやがって。人狼。お前は俺を恐れているだけなんだろ。」

「我にはお前の『挑発』は効かない。そしてこちらから仕掛ける理由も利点もない。この勝負。既にお前は詰んでいることを知るがいい。」



人狼の指摘は至極正しい。

ここは俺達の領域。

正騎士候補達からすると敵地。

戦う必要性があるのは、正騎士候補達の方。

俺達は守備に徹すればいい環境なのだ。

そして、戦わなければ、黄金盾士の『カウンター』を封じることにも繋がる。

黄金盾士が全身に着けている重そうな装備品を見ると、人狼の速度に追いつくことは出来ないものと想像がつく。

つまり、人狼が攻撃を仕掛けることが無ければ、この戦いは終わらない。

俺達に勝利は必要ない。

負けなければいいのだ。

つまりそれは、俺が生き残ったことを意味するということ。

人狼。お前。マジでやるじゃないか。

俺の好感度が爆上がりだぜ。

Level差『9』の能力差を、人狼の『経験値』により埋め切ったということなのか。

これは、他の者からの干渉も受けないというフィールド属性『一騎討ち』が効果を発動しているからでこそ。

人狼は、俺に舐めた言葉を吐いてきたが、『戦術』というものを理解している。

お前のことを疑ってしまい、謝るぜ。

マジで、すまなかった。

『一騎討ち』。お前の効果も最高だぜ。

『異能』とは、ようは使いかたしだいってことなんだな。

俺は心の中で、力強くガッツポーズをしていた。

戦う意志を見せない人狼に向け、黄金盾士が一歩間合いを詰めながら、腰の剣を抜き始めた。



「人狼。俺がこうなる展開を想定していなかったとでも思っているのか?」

「どういうことだ。」

「この後の展開を予言してやろう。お前は、俺が発動する『挑発』にかかり『カウンター』の餌食になると告知してやる。」

「ふふふ。強がりはよせ。我は冷静だ。そしてお前は大したことはない。」

「俺との力の違いを見せてやるぜ!」

「物事とは、思い通りに進まないことの方が多いものだぞ。」

「人狼ごときが。生意気な。俺の人生は全て思い通りだった。それは今までも、これからもだ。」

「だとしたら、お前は初めて挫折というものを知る事になるだろう。」



叱咤戦が行われる中、黄金盾士はゆっくり間合いを詰めていた。

何かを仕掛けるつもりのようだ。

対して人狼の方は気にする様子もなく一定の間合いを取り、警戒にローリングを続けている。

先に攻撃をした方が、後手を踏む展開。

黄金盾士からの言葉は、冷静に考えてハッタリである可能性は少ない。

何故なら、こうなる展開は容易に想像できるし、実際に『挑発』が効かない敵との戦いを経験した可能性もある。

だとしたら、必ず対応策は用意しているだろう。

嫌な予感がする。

おい。人狼。絶対に負けるなよ。

お前がやられてしまうと、俺が殺されるということを忘れるんじゃないぞ。

まさに一触即発。

緊張感が高まっていく中、黄金盾士がこれまで見せていなかった『異能』を発動する宣言をしてきた。



「俺は切り札、『コンフューズ』を発動する。」



白銀の大盾が怪しい光を放ち始めていく。

だが、俺の体には何か異変のようなものは感じない。

この効果は、不特定多数を対象にした『異能』ではないということか。

人狼を見ると、あきらかにその目付きが変化していく。

何だ。奴に何が起きているんだ。

黄金盾士が得意気な表情をしながら俺に対し『コンフューズ』という効果の説明をしてきた。



「奴は、『混乱状態』に陥ったのだ。」

「混乱状態に陥っただと。おい。人狼。しっかりしろ。」

「ULOLOLOLO」

「フフフフフ。俺に偉そうな言葉を言ってそのざまか。」

「人狼。正気になるんだ!」

「切り札とは最後にとっておくものだ。俺を怒らせた罰は受けてもらうぞ。」



人狼は自我を失い、凄まじい咆哮を上げ続けている。

コンフューズ。

その名のとおり、対象を『混乱』状態に陥れる効果ということか。

人狼の姿を見ると、完全に術中にはまっていやがる。

完全にやられた。

敵の方が一枚うわてだったということか。

人狼。結局、お前は、大口を叩くだけの雑魚。

大口を叩く者。

それは実力が足りていない者の特徴なんだよ。

畜生。こんな奴に俺の命をあずけてしまった俺自身に腹がたつ。

続けて、黄金盾士が『異能』を必殺コンボーとなる使用してきた。



「そして俺は『挑発』を発動する!」



宣言と共に、再び怪しい光が闘技場内へ広がっていく。

唸り声を上げていた人狼から、黄金盾士へ向けて凄まじい敵意が発せられていた。

駄目だ。

あいつ。心神喪失状態になっていやがる。

人狼が大太刀を振り上げながら踏み込んでいく。

敵を真二つにする上段斬りを繰り出すつもりだ。

俺は人狼へ大声を上げた。



「人狼。目を覚ますんだ!」

「ULOLOLOLO」



俺の言葉に反応することなく、咆哮を上げながら大太刀を振り落としていく。

黄金盾士はただ『カウンター』を合わせるだけの状態だ。

その顔を見ると、勝利を確信していることがよく分かる。

クソォォォ。

俺の中にどうしようもない怒りと敗北感が沸いてきた。

人狼の奴。俺に上から目線で偉そうなことを言って、そのざまかよ。

あんなクソ気持ち悪い黄金盾士の笑顔を見せられながら、俺は死んでいくのか!

洗脳が解除されてからの記憶が蘇ってくる。

思い返してみれば、結局、俺は奈韻からおもいっきり踏まれたり、蹴られたりすることはなかった。

奈韻に踏み潰される妄想をしただけで、俺の人生は終わってしまうのか。

悔しい。悔しすぎる。

この後、女神が出てきて、2周目の人生が起きることを期待するしかないのかよ!



人狼が黄金盾士へ向けて大太刀を振り下ろした。



次の瞬間。予期せぬ事態が目の前で起きていた。

――――――――――人狼は、大太刀を振り下ろしていなかったのだ。

当然、『カウンター』も発動していない。

勝利を確信し、攻撃を受けとめる状態にあった黄金盾士はというと、前のめりとなり体勢を崩していた。

重心を前にずらし衝撃に備えていたものの、その攻撃がこなかったためだ。

何が起きているんだ。

人狼は『混乱状態』に陥り『挑発』の効果を受けていたはず。

何で、攻撃を中止したんだ!

人狼が大太刀を振り上げた姿勢をキープしたまま、地面を滑るように移動している。

瞬時に体を入れ替えていた。

黄金盾士は勝利を確信し、油断していたのだろう。

対して人狼は洗練した動きで絶好のポジションを取っていた。

おいおいおい。

これは、人狼が勝ってしまう展開になっているんじゃないのか!

————————無防備になってしまった黄金盾士へ再度大太刀を振り下ろした。



「うぉぉぉぉ」



黄金盾士の凄まじい声が鳴り響く。

黄金騎士の両手がぶった斬られたのだ。

大盾と剣を握っていた手が切断され、ばさりと地面に落ちていく。

黄金盾士は両膝を地面に付き、苦悶の表情を浮かべている。

切断された傷口から落ちる血液が、血の海をつくり始めていく。

このまま何もしなくても、出血多量で奴は死ぬだろう。

俺は一連の動作を思い返していた。

人狼は、相手の術中にはまっていたはず。

そう。混乱し、心神喪失に陥っていた。

なのに、どうしてなんだ。

その時である。

突然、背後から、抱えていた疑問に答えるかのように、女の声が聞こえてきた。



「『混乱状態』に陥っていたはずの人狼が、戦いに勝利した理由。至極簡単なこと。人狼は歴戦の戦士。常に冷静だ。つまり彼には精神的な攻撃は効かないからだ。」



声の主の方へ振り向くと、観客席に座っていたはずの美少女が歩いてきていた。

近くで見ると、無茶苦茶可愛い過ぎる。

というか、オーラがやばいんですけど。

教室にいたら、絶対にカースト1位の存在だろ。

そしてカースト最下位の住人である俺はというと、奈韻のことをエロイ対象として認識するよりも、恐怖心の方が遥かに強く生まれていた。

冒険者だった俺を圧倒的戦力差でぶっ倒してくれた時に刻み込まれた恐怖のことだ。

マジで怖ぇ。

あまりの恐怖に全身の毛穴が緩み切り、腰を抜かし、地面にへたり込んでいた。



「奈韻様。」



奈韻に話しかける機会がおとずれたならば、俺をここの雑兵として戦わしていることに文句を言ってやろうと覚悟をしていた。

だが、実際にとった行動とは、『様』付けをして媚び諂ってしまった。

俺の行動は仕方がない。

この圧倒的圧力には逆らえないだろ。

この習性は、カースト最下位の住民である俺が運命付けられたサガみたいなものなのだ。

恐怖に心が支配され体がフリーズしてしまっていた。

女に興味がないというわけではない。

だが、黒髪麗嬢だけは別だ。

この女はマジでやばい。

この世界に絶対に関わってはいけない奴がいるとしたら、絶対にこの女だ。

奈韻の方はというと、俺が恐怖に震えているのを気付いていないのだろうか。

特に何かを気にするわけでもなく話しの続きを始め、俺は相槌をうつように、へりくだりながら返事をしていた。




「人狼には精神的な攻撃は効かない。『挑発』にも、『混乱状態』にも陥ることはないということだ。」

「つまり、『コンフューズ』にはかかっていなかったと言うことですか。」

「そうだ。兵法の一つに『無中生有』というものがある。」

「兵法ですか。」

「まず一つ。黄金盾士が仕掛けた最初の『挑発』だ。人狼が、挑発されたふりをしなかった理由は、敵が次にどんな策を講じてくるかを読んでいたからだ。」

「人狼の奴。そう言われてみれば、最初に黄金盾士から『挑発』をされた時は、全く動じていなかった。」

「そして切り札の『コンフューズ』を使わせて、『混乱状態』に陥ったふりをしたのだよ。人狼には、最初からこの結果が見えていたということだ。」



そう言うことか。

最初に『挑発』を受けた際、それにかかったふりをしたとしても、黄金盾士はそれほど油断することは無かったかもしれない。

繰り広げていた叱咤戦は、黄金盾士を挑発することが目的。

最後は『混乱状態』に陥ったと見せかけ、黄金盾士の油断を誘ったということか。

人狼は先の先を読み切り、戦術を組み立てていたのかよ。

黄金騎士は嗚咽のような声を上げなら巨体を揺らし、地面に膝を付いていた。

地面に血の海が広がっている。

現在、人狼の異能『一騎討ち』の『フィルード属性』が発動している。

つまり、俺達を見ている正騎士候補は、この戦いに干渉できない。

それは、黄金騎士は出血多量による死が確定したことを意味する。

俺は『一騎討ち』が何の役にも立たないクソのような『異能』だと思っていた。

すまん。俺の早とちりだったわ。

滅茶苦茶使える能力じゃないか。

そもそもだけど、格上相手に奴が勝てるとは思っていなかったんだ。

人狼はというと、何故かこちらに振り向くと片膝を地面に付き、深く頭を下げてきていた。

何をしているんだ。

当然、俺に頭を下げているわけではない。

だとしたら、奈韻へ平伏しているということか。

もしかして、奈韻と人狼は知り合いだというのかよ。

人狼が召喚主である俺に向けて、怒りの籠った声を響かせてきた。



「小僧。何をしている。女王陛下に頭を下げろ!」



女王陛下だと。

それって、奈韻のことを女王陛下だと言っているのかよ。

マジか。

ここにきて、衝撃の事実がやってきた。

俺の人生を無茶苦茶にしたこの美少女が、俺に加護を与えた女王陛下だったのか。

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