第7話 フィールド効果
ここは人馬迷宮の地下2階層。
高い天井から落ちてくる光が迷宮内に造られている闘技場内を昼間のように明るく照らしていた。
その大きさは、大型レイドモンスターと戦えるくらいの充分な空間が確保されている。
その会場の端では、階層を護る俺の仲間達が戦闘不能に陥り、迷宮内の衛生活動をしてくれている機械人形達が治癒・蘇生処置を施していた。
その中には、仲の良かった槍使い達の姿もある。
ここから見る限りでは、全員が蘇生に成功し、雑兵として元の生活に帰ってくることは難しいかもしれない。
闘技場をぐるりと囲むようにアリーナ席が設計されており、そこにリラックスした姿で女が一人座っていた。
前髪を揃え、左右対称の綺麗な顔立ちをしており、華奢な体型だ。
その姿は、気高く高貴な空気感を漂わしている。
守ってあげたい女子というよりも、気が強く支配欲が強い女王様という感じだ。
そう。俺のような暗くじめッとした雑草が、人生において絶対に関わり合いになることはない美少女だ。
その名は奈韻。
その容姿から、世の男の全員が奈韻の我儘ぶりに振り回されてきたのだろうと容易に想像がつく。
世界に存在する男達のことを、自分に奉仕する奴隷くらいにしか思っていないのだろう。
その女は、俺がここの迷宮を攻略しよううとした際、圧倒的戦闘力でぶちのめしてくれたここの階層主だったりする。
俺達は雑兵。ここを攻略しようとする者達から、命を賭けてここを護ることが使命。
洗脳が解ける前は、反感・疑問をもつようなことはなかったが、普通に考えてみると無償にて命を賭けるって異常すぎる状況だろ。
もし今日を生き残ることが出来たなら、俺が生きた証として、気位が高い美少女に対し、男達が望むごく一般的な『ご褒美』を要求しようと誓っていた。
そして、闘技場内では、女王陛下という者から贈られてきた『宝具』である『老練なる人狼』と正騎士候補達が対峙していた。
人狼の背丈は2m以上。
色あせた浴衣をゆるりと着ている体はよく鍛えられている。
片手には大太刀が握られていた。
その刀身の長さは実に2m以上。
体格がいい人狼が持っていても、その大きさは際立って見える。
老練なる人狼は『宝具』であるにも関わらず、召喚主である俺と同じLevel20。
世界の唯一神である『ラプラス』が定めたという『ことわり』に、そのLevelを縛られていたのだ。
対して、正騎士候補達はLevel29の『ネームド職』。
4対1ということも考慮すると、人狼が勝利することは絶望的。
だが、人狼は『我に任せろ』と言っていた。
俺の経験則で言えば、1対1の環境をつくりだすことが出来れば、まだ可能性はゼロではないが、この状況ではどうしようもない。
それほどまでに今の状況は、絶望的なのが現実だ。
人狼と正騎士候補達との間合いは、距離にして約15m。
その人狼を品定めするかのように、4人の正騎士候補達が立っていた。
・黄金盾士(正騎士候補)Level29(D+)
・蒼穹聖職者(正騎士候補)Level29(D+)
・龍狩槍使(正騎士候補)Level29(D+)
・雷剣士(正騎手候補)Level29(D+)
・通称 : 老練なる人狼
・種族 : 宝具
・職業 : 侍
・Level : 20
・力 : ⁇
・速 : ⁇
・体 : ⁇
・技 : ⁇
・異能 : 一騎討ち、刀技、単独行動
・召喚cost : 0
人狼とのLevel差は『9』。
就いている職業によって伸びていく能力値は変わるものの、『力』『速』『体』の合計能力値には大きな開きがある。
その差は、俺の経験でいえば『異能』でどうこうなるようなものではない。
そう。絶対的な能力を持たない限り、逆転は不可能。
普通に考えて、人狼に勝つ見込みはない。
間合いを詰めてきた人狼と、『限界突破』を果たした俺の姿を見ていた正騎士候補達は、これから始まる闘いについて、くそ舐めきった会話をしていた。
「あの青髪の雑魚。『限界突破』をしたようだぞ。」
「だがよう。所詮はLevel20なんだろ。」
「結局、雑魚だということは変わりないだろ。」
「雑魚はどこまでいっても雑魚。」
「召喚されてきた人狼もLevel20だ。」
雑魚からは雑魚しか召喚できないからな。」
「ぎゃははは。違いないぜ。」
「RARE個体と言えども、雑魚から召喚されてきたものは、所詮は雑魚。」
「俺達と戦うつもりのようだぜ。」
「あの人狼。獣のくせに俺達に刀を向けていやがるぞ。」
「生意気だ。」
「力の差が分かっていないようだな。」
「楽に殺すなよ。」
「手足を引きちぎってやろうぜ。」
「とにかくだ。簡単に殺すんじゃないぞ。」
正騎士候補達からは警戒している様子は見られない。
俺達を殺す行為とは、蟻を踏み潰す程度の存在にしか考えていないのだろう。
人狼がゆっくり間合いを詰めていく。
何か策があるのだろうか。
俺の知識でいえば、人狼の行動は蜘蛛が張り巡らせた網へ自ら飛び込んでいくようなもの。
自殺行為ということだ。
空気が張り詰めていく。
一触即発の事態に陥ろうとしたその時。
人狼が『異能』の力を発揮した。
「我は、フィールド属性『一騎討ち』を発動する。」
人狼を中心に、特定の「フィールド」が闘技場内全体に広がっていく。
【フィールド属性】とは、
それは、最強に位置づけられている『異能』の一つ。
その効果は、戦局を一変する可能性を秘めているからだ。
文字通り一定の範囲に属性効果を持たせるもの。
人狼のステータスの中には、『一騎討ち』と記載されている『異能』が存在していた。
1対1との戦いにおいて高い能力を発揮する効果だと勝手に思い込んでいたが、まさかそれが『フィールド属性』だったとは。
正騎士候補達も困惑した表情を浮かべている。
こちらへ背中を向けていた人狼が、その効果について説明を始めてきた。
「『一騎討』とは『フィールド属性』。その効果は、戦っている相手に対して、一騎討ちを強制する効果をもっている。」
4対1の絶望的な状況であったが、この効果により、1対1で勝負が出来る環境にもっていったってことなのか。
凄ぇぞ、これは。
マジで凄い。
理論的に言えば、100対1の戦いでも勝利する可能性を秘めている効果がある。
これって、規格外の異能じゃないのか。
人狼。お前は上から目線の嫌な奴なのは間違いない。
だが、少しだけ見直したぜ。
少しだけだけどな。
その時である。
―――――――――俺の中に勝ち筋が閃いた。
正騎士候補達に勝利する策を思いついたのだ。
奴等の中に1人、戦闘力が低い者がいる。
もちろんそれは蒼穹聖職者だ。
戦いとは、相手の弱いところから攻めていくのが定石というもの。
この策を使用すれば、俺は生き残れるかもしれない。
絶望感に支配され虚無だった心の中に、マグマが噴き上がってくるよう、とてつもない力が湧き上がってくる。
気がつくと、人狼の背中に向けて叫んでいた。
「人狼。一騎討ちの相手は、聖職者の男を選択するんだ!」
「小僧。お前。何を言っているんだ。」
「人質だ。人質をとるんだ。」
「なるほど。聖職者の男になら、我が簡単に勝てると思っているのだな。」
「そうだ。戦闘力が低い者と『一騎討ち』を行うんだ。」
「そして、その者を人質にするということか。」
「そうだ。これは命令だ。」
「つまり、我がまず聖職者の男を倒す。そして、残りの者達に向けて『こいつの命が欲しかったら武器を捨てろ』と、降伏勧告をするわけだな。」
「人狼。お前。分かっているじゃないか。」
「小僧。お前。結構、悪党だな。」
「この世の中には騙される方が悪いって言葉があるだろ。悪党っていうのは知恵がまわるものなんだよ。」
「そうだな。お前の考えは正しく、そしていいアイデアだ。」
「よし。俺の言う事を聞くんだな。蒼穹聖職者を人質にするんだ。」
「残念ながら、それは出来ない。」
なんだと。
それは出来ないだと!
人狼の言葉を聞いて、『ブチッ』という音が頭の中に鳴った気がした。
怒りに感情が支配されていく。
命よりも大事なものがあるという、なまっちょろい言葉がある。
プライドが大事とか、生きる目的が何とかかんとかだ。
だがそれは、生きていることが前提。
俺は死にたくないんだ。
まだ洗脳が解けたばかり。
ほとんどの記憶は欠落している。
奈韻を見て、美少女に踏まれたいという夢が生まれてきていた。
俺が生まれてきた意味は何なんだ。
だからよう、このままでは絶対に死ねないんだよ!
俺は獣が唸り声を絞り出すように声が響かせた。
「おい。人狼。今、なんて言ったんだ。」
「人質をとることは出来ないと言ったんだ。諦めろ。」
「いい加減にしろよ。俺が死んでもいいのか。いいわけないよな!」
「小僧。お前は、何か勘違いをしているようだな。」
「俺が勘違いをしているだと。」
「我は、小僧、お前の言うとおりにしないわけではない。」
「おい。もっと分かるように説明しろ。」
「つまり、出来ないということだ。」
「出来ないだと?」
「この『フィールド属性』効果とは、1対1で戦うこと。」
「だから何なんだ。それは俺も理解している。」
「そして、この効果が発揮されている『フィールド』においての戦闘には、他の者は干渉することは出来ない。」
「だから、対戦相手に蒼穹聖職者を選べと言っているんだ。」
「そこだ。小僧。お前が勘違いをしているところは。」
「何だと。」
「我は、対戦相手を選ぶことは出来ない。」
「いま何て言ったんだ?」
「我に相手を選ぶ選択権はないと言ったんだ。」
「戦う相手の選択権は、人狼、お前が持っているんじゃないのか!」
「そこが違う。我は戦う相手を選ぶことは出来ない。」
「選べないのか!」
「我が戦う相手。それは、正騎士候補の者達が決めること。」
「お前がきめられないのか!」
「だから、人質の件は諦めろ。」
「くそぉぉぉ!」
「もう一つ。我自身、卑怯な行為は好まぬ。」
人狼は『一騎討ち』をする相手を選べないのか。
だとしたら、戦闘力が上の者と戦わないといけないことになる。
正騎士候補達は、これまでの態度と言葉より、人狼相手に元々集団戦をするつもりは無かったものと考えられる。
つまり『フィールド属性』を使用しなくても、最初から1対1の戦いは変わりなかったということ。
『フィールド属性』の『異能』とは最強なんじゃないのか。
だが、『一騎討ち』の『異能』は最低最弱だ。
なんの意味もない。
価値がない。
ゴミ、屑、俺以下の存在だろ。
人狼の奴については、まだ戦うつもりでいるようだが、まるでこの状況が呑み込めてない。
所詮。奴は召喚対象。
俺が殺されたとしても、他の誰かに召喚してもらったらいいわけだ。
俺達の会話を聞いていた正騎士候補達が笑っていた。
「おいおいおい。蒼穹聖職者の奴。完全に舐められてるぞ。」
「聖職者は戦闘力が低いからな。」
「だけどあんな雑魚に舐められるって、屈辱だよな。」
「八つ裂きにしてやろうぜ。」
「ぎゃははは。いたぶり殺してやろうぜ。」
「先にあの人狼を殺してやらないとな。」
「ここは俺がやるぜ。」
黄金盾士が一歩前に出てきた。
身長は2mを超え人狼と同じくらいだが、体は一回り大きい。
重戦士という言葉が相応しい体格だ。
持っている盾は、自身の体より更に大きい。
四角い顔だけが露出しているものの、頭部も含め全身を白銀の装備品で武装していた。
『挑発』を発動させ、襲いかかってきた雑兵29名に対し『カウンター』を繰り出し、俺の仲間を瞬殺した奴だ。
その表情は自信に満ちあふれ、舌なめずりをしている。
対する人狼は、2mを超える大太刀を持ちながら臆することなく足を進めていく。
老練な人狼と黄金盾士との戦闘が開始された。