第18話 魔倶那 vs 骸骨
唯一神『ラプラス』が創生したと言われる迷宮内においても、時間の概念は存在している。
日中は地上に落ちてくる太陽光と同じ成分が迷宮内を明るく照らし、夜の時間帯になると空間内は暗くなり、暖められた熱が冷めていく。
人馬迷宮の最下層は、暗い闇が広がる夜の時間帯になっていた。
等間隔で建っている街灯から放たれる冷たい光が漆黒の迷宮内を明るく照らし、静かな涼しい風が吹いている。
赤レンガ広場の中央。
イケメンの迷宮主と、丸坊主の階層主が引き連れてきた骸骨3個体とが、対峙している姿があった。
・魔倶那 Level24 狂戦士 迷宮主
vs
・丸坊主 Level20 闘士 階層主
・骸骨×3 Level22 槍士 旅団の兵士
まさに一触即発な状態。
圧倒的に戦力が劣るはずの魔倶那の目は見開いており、口角を吊り上げていた。
狂気に満ちた表情という言葉はピタリとあてはまり、死を間際に感じているこの状況を楽しんでいるかのようだ。
アドレナリンが全開になっているせいで頭がおかしくなっているのか、もしくは、この不利な状況においても勝つつもりでいるのだろうか。
そして、かくゆう俺も魔倶那と同じように絶対絶命な状況に陥っていた。
奈韻から骸骨の1個体を破壊しろと命令を受けており、その命令に背くことは出来ないからだ。
この状況を乗り切るためには、誰かしらと共同戦線をはる必要があるものの、協調性のかけらのない狂戦士という職業を鑑みると、イケメンの迷宮主と共に戦うことは不可能。
俺の横で状況を見守っている佐加貴については信用出来ないこともあるが、俺からの提案に同意し危ない橋を渡る理由がない。
そして、頼りとなる人狼については奈韻からの協力してはならないと言われていた。
つまり、俺の選択肢は単独にて骸骨1個体を倒すしかない一択なのだ。
共同戦線がはれないとなると、俺が骸骨を倒すための最低条件は、その数が減っていること。
消去法で物事を考えてみると、俺の勝ち筋は、戦力が圧倒的に劣る魔倶那に、骸骨2個体を倒してもらわなければならないということになる。
『戦術眼』を発動させ、これから始まろうとしている迷宮主vs骸骨達の戦いについて結果を占ってみたところ、魔倶那が敗北するという当然の結果が出てきた。
だが、奈韻から骸骨を一体倒せと俺にした命令を紐解いていくと、骸骨3個体にチリチリ毛のイケメンが勝利するのではないかと推測できる。
何にしても、俺が動く時は、最終局面。
勝てる可能性が少しでもある状況になってから参戦するべきだろう。
魔倶那は恐れることなく、骸骨達との間合いをゆっくりと縮めていた。
両手に武器はない。
5m程度ある骸骨達を素手で殴り倒すつもりなのだろうか。
余裕綽々で近づいてくる魔倶那を見て、丸坊主の男が上から目線の感じで警告した。
「魔倶那さんよ。強がってんじゃねぇぞ。俺の後ろに控えている骸骨達がお前の目にも見えているんだろ。」
「お前の背後にいる骸骨達のことか。そいつ等は、俺がLevel-UPするための素材だな。」
「いやいやいや。普通に考えて、お前が勝つ見込みは0%だろ。土下座して許しをこうっていうなら、見逃してやってもいいんだぜ。」
「何を言っているのだ。お前は俺を倒したいのではないのか?」
「まぁそうだな。俺は魔倶那、お前を倒したいというのとは少し違うな。素直に迷宮主の椅子を俺に譲るというのなら、見逃してやっても構わないと言っているんだよ。」
「お前。迷宮主になりたいのか。そうか。俺を倒すことが目的ではないということか。まぁ俺にとってはどうでもいいことだな。」
「魔倶那。まぁいいって、どういうことだ。といか、余裕ぶってんじゃねぇぞ。」
「何か勘違いしているようだが、俺は迷宮主という立場に興味がない。」
「ガハハハッ。そうか。そういうことか。いいぜ。いいぜ。だから、俺に土下座してお願いをするなら許してやるぜ。」
「お前に許してもらおうとは思っていない。」
「おい。こら、魔倶那。訳の分からないことを言ってんじゃねぇぞ。マジで、いてこますぞ。」
丸坊主の男は、魔倶那が命乞いをするどころか、上から目線な感じで話してくる反応にいらつき始めていた。
丸坊主の思考は明確だ。
偉くなって、周りからチヤホヤされたいシンプルな欲求であり、一般的な者なら当然の願望だ。
だが、その低俗な欲求は、『真の一軍』である奴には理解出来ないのだろう。
丸坊主のその気持ち、よく分かるぜ。
劣等感の塊である俺にしても、寄ってくる女のことを本当にうざったるく思うイケメン達はマジで嫌いなんだよ!
チリチリ頭の魔倶那が、3階層の階層主へ超好戦的に一歩前に足を出し、掛かってこいというゼスチャーをした。
「俺の方はいつでもOKだ。かかって来な。」
丸坊主の男が号令を上げると、背後に控えていた骸骨3個体が槍を構えながら、魔倶那との間に素早く割って出てくる。
その3個体は逆正三角形のように並んでいたが、前2列の個体が左右に開いて行き、魔倶那をとり囲むような位置についていく。
これはいわゆる『包囲陣形』というやつだ。
数的有利を活かし、同時多方面攻撃によって弱点を突く戦術である。
骸骨達の身長は3m。
手には5ⅿ程度の槍を構えており、対するチリ毛のイケメンは、身長が180㎝overで、武器は持っていない。
リーチが絶望的に違い過ぎだろ。
空気が張り詰めていく。
魔倶那は恐れることなく腰を落とし、ファイティングポーズをとり、骸骨3体は包囲網を縮めている。
自分達の間合いに入ったのだろうか。
3騎の骸骨が一斉に突きを繰り出した。
――――――――――同時に魔倶那も動いていた。
狂戦士はカウンターを当てるつもりなのか、中央の骸骨へ向かい、一気に飛び込んでいる。
素人の俺が言うのも何だが、さすがに無茶過ぎるぜ。
絶対に、リーチの長い槍の方が魔倶那を突き刺すタイミングが早いはず。
俺の予測どおり、魔倶那は骸骨から繰り出された突きに串刺しになってしまっていた。
避け切れなかったというよりは、自分から殺されに行っているような動きをしていたのだ。
槍は、心臓をかろうじて避けているものの、肺がある位置をズブリと貫通している。
だが、溢れだしているアドレナリンが思考をおかしくさせていたのだろうか。
致命傷となる一撃を受けながらも魔倶那は突進を緩めることなく、拳が届く間合いまで突き進んでいた。
血が舞っている。
体に風穴が空いた姿が見えていた。
半死半生のはずの魔倶那が、骸骨の芯となる部位に渾身の拳を叩きこんだのだ。
いかれていやがる。
自分の命と引き換えに骸骨を1個体、倒したのか。
拳を撃ち込まれた継ぎ接ぎだらけの骸骨が、積み重ねていた積木が崩れさるようにバラバラになっていく。
次に俺が目にした映像。
それは、骸骨2個体の槍が、半死半傷になっている迷宮主を、背後から突き刺していた。
まるで処刑台で串刺しになったような絵面だ。
完全に即死だろ。
俺の読みは外れ、魔倶那は敗北してしまったのか。
俺は、奈韻から骸骨1体を倒すように命令されており、魔倶那に2個体を倒してもらうつもりでいた。
俺は骸骨2個体と丸坊主の男を、一人で相手にしなければならないのか。
元々無かった勝ち筋が、完全に消滅してしまったぜ。
突き刺さった槍が体から抜かれると、魔倶那は赤レンガ敷きの地面へ、力なく仰向けに崩れていく。
丸坊主の男が高笑いをしながら串刺しになっている魔倶那へ近づいていった。
「ギャハハハハ。魔倶那さんよ。全然駄目じゃないか。格好いいことを言っていたが、もう終わりなのかよ。」
満面の笑顔を浮かべながら、仰向けになり動かなくなった魔倶那を踏み付けている。
駄目だ。黒髪麗嬢から出された鬼クエストが絶対不可能になってしまった。
骸骨2個体と、丸坊主の男をまとめて倒すことなど、絶対に不可能。
戦術でどうこうできるレベルではない。
腕組をしながら他人事のように戦況を眺めている人狼へ、再度、手伝うように交渉するしか選択肢はない。
「人狼。頼みがある。」
「我に頼みか。陛下の命令で、協力することは出来ないぞ。」
「俺が骸骨を1個体倒す。だがその前に、お前に骸骨を1体倒してもらいたい。」
「なるほど。先に我が骸骨を1体倒し、最後の1体を小僧が倒すというスキームか。」
「そうだ。これは協力ではない。この迷宮に侵略してきた部外者の排除だ。」
「だは、我が、それをする必要なないだろ。」
「どういうことだ。俺が死んでもいいと思っているのか。」
「そういうわけではない。小僧。あれを見てみろ。」
人狼が指さす方向へ視線を戻すと、そこに信じられない光景があった。
殺されたはずの魔倶那が立ちあがっているのだ。
その眼光は鋭く、戦意を全く失っていない。
骸骨2個体は間合いを広げ、槍を構えていた。
踏み付けていた丸坊主の男は隣で腰を抜かしている。
あいつ。不死身なのか!