第15話 真の一軍
奈韻からの命令で地下2階の階層主になった俺は、迷宮主へ会うために最下層まで降りてきていた。
その迷宮主がいるという屋敷の玄関となる両開きの木製扉をくぐると、吹抜けから落ちてくる暖かい光がエントランスホールの床に敷き詰められた大判の石を明るく照らしている。
壁天井は薄灰色の塗り壁に仕上げられ、正面には2階に昇るための幅広の階段が併設されていた。
古い建物であるものの、手入れが行き届いており、埃っぽさや不快なにおいのようなものは一切しない。
ホール内には120cmの背丈である機械人形達が俺と人狼を出迎えてくれており、そのまま迷宮主と会うための部屋へ誘導してくれていた。
ちょっと待て。屋敷内にメイド嬢の姿が無いのは何故なんだ!
人の気配がないこの殺伐とした機械的な空気感。
俺の本能がメイド嬢がここにはいないと警告音を鳴らし始めていた。
何何だ。この訳の分からない状況は!
思い描いていた想定と180度、いや540度ほど違う展開になっている。
巨大なハンマーで頭をぶっ叩かれたような精神的ダメージを受け、放心状態になってしまっていた。
前を歩く人狼の背中を見ながら歩いていく周囲では、機械人形達がメイド嬢がするはずの仕事をせっせとこなしている。
俺は奈韻の命令で嫌々ながらここへきた。
もう一度言うが嫌々ここへ来たのだ。
だが、この邸宅を遠くから見た時に、男に免疫がないプニッとした体型の可愛いらしいメイド嬢が俺に上目遣いをしながら媚びてくる未来が見えていたんだ。
その野望を叶えるため、短い時間の中でメイド嬢の一挙手、一投足まで想定し、何千回以上の数となるイメージトレーニングを積み重ねていた。
その惜しまなく積んできた俺の研鑽、努力、準備が無駄になってしまうのかよ。
有りえねぇ。
騙された感が、マジで半端ねぇ!
期待をさせて落とすそのやり口。マジで怒り心頭だぜ。
地中深くに眠っているマグマがドロドロとうごめいているような感覚に陥っていく。
俺の怒りは爆発寸前。
迷宮主がハーレム嬢を囲っているというのは有名な話であり、メイド譲として身の回りの世話をさせているのだと思っていた。
ゴスロリ衣装の女子達が俺を出迎えてくれないのは何故なんだよ。
はらわたが煮えかえっている状態のまま、機械人形の案内で、幅広の階段を昇り迷宮主と会うための部屋に通されていた。
部屋は木製の床に壁一面が本棚となっていた。
反対側の壁に等間隔で配置されている縦長の格子窓からは赤レンガが敷き詰められた静かな夜の広場がよく見える。
部屋の中央にはクラシカルな8人掛けのテーブル席が用意されており、謁見の間というよりは仕立てのいい会議室といった感じに内装は仕上げられていた。
ここまで案内してくれた機械人形は部屋に入ることなく玄関方向へ戻っていく。
古びた色の浴衣を着ている人狼は、俺の存在を無視するように部屋の端に立ち壁にもたれかかっている。
俺はどうしたらいいのだろうか。
一応階層主だし、偉そうな感じを演出しながらテーブル席に座るべきところなのか。
今更ながらに思うことだが、俺は迷宮主に会うためにここへやって来た。
メイド嬢のことばかりに気を取られてしまい、初対面となる迷宮主への対策を全く練っていなかったことに気が付いたのだ。
どうする、俺?
初対面となる相手にはインパクトを与えることが大事であると聞いたことがある。
歌舞伎者のように、常識を逸脱した行動をとるべきところなのだろうか。
いや。そんな大胆かつ非常式なことをやる勇気は、小心者の俺が待ち合わせていない。
戸惑う俺を置き去りにするように、後から入ってきた村人Bの存在である佐加貴が、慣れた様子で適当な席に座っていった。
おいおいおい。佐加貴より俺の方が、完全に小物となってしまっているじゃないか。
大物感を演出したいところではあるが、最善の行動というのがさっぱり分からねぇ。
俺という者は、基本指示待ちの男なのだ。
知らない場所に来て緊張し、誰からの指示がない状況にうろたえていると、闇に忍ばせていた影斥候の一個体が何者かが俺のいる部屋へ接近してくる気配を察知した。
この足音と歩幅。
年齢は若い。俺と同じくらいか。
身長はかなり高いように思われる。
残念ながら、プニっとした体型のロリ巨乳メイド嬢ではない。
もしかしてだが、キツめの性格であるが実は男に甘え下手なだけの家庭教師系なのか。
だが俺の最後の望みとなる願望は簡単に崩れさることになった。
部屋の扉が勢いよく開くと、男が入ってきたのだ。
砂の城が崩れるように、俺の野望が消滅していく。
その者は、背が高く、チリチリ毛をしており、そしてかなりのイケメンだ。
まるでファッションモデルのような男である。
細身の服を着ているせいで、体が鍛えられていると見て分かる。
まさにイケている男の代表格。
俺達3軍の天敵である奴だと本能が告げていた。
このイケメンは間違いなく1軍。
それも、おそらくだが『真の1軍』だ。
カースト上位の陣取る1軍集団の中にも、順位付けというものが存在する。
1軍の9割以上となるほとんどの奴等は群れをつくりたがり、優越的立場をとろうとする。
つまり、1軍の大半は、『真の3軍』である俺と思考そのものはさほど変わらない。
だが、ごく稀に『真の1軍』に属する者が存在する。
俺達一般人とは違い、優越的立場に無関心であり、女のことがウザイ存在だと本当に思っている奴だ。
真のイケメンとは、生まれながらの勝ち組であり、努力することなく女の方から勝手に寄ってくる。
もう一度言うが、『真の一軍』は優越的立場にも、ハーレムにも無関心。
愛する女は1人だけでいいとか意味不明なものの考え方をするマジでいかれた奴なのだ。
男だったなら、媚びてくる女は全て受け入れないと駄目だろ!
―――――――メイド嬢がいないのは、このイケメンが原因であると直感した。
真の一軍であろう空気感を漂わせているチリチリ頭のイケメンと視線が合っただけで、俺は本能的にうつむいてしまっていた。
全身が発汗し始め、心拍数が跳ね上がっていく。
蛇に睨まれた蛙の気持ちがよく分かる。
まぁ本当に蛙になったことなんて無いんだが、そういうことにしておいてくれ。
恐怖で震えている俺を見つけたイケメンが、尖った声で質問をしてきた。
「お前が青髪の水烏か。」
「はい。俺が水烏です。」
「そうか。俺は迷宮主の魔倶那だ。」
「よろしくお願いします。」
やはりこいつが迷宮主なのか。
そこはまぁいいとして、俺の名前を知っているのは何故なんだ。
奈韻から情報がいっているとでもいうのか。
反射的に壁にもたれている人狼へ視線を送ると、素知らぬふりをしている。
お前。俺の護衛役として付いて来たんだろ。
ここは魔倶那から発せられるプレッシャーを何とかしてくれよ。
同じモブの佐加貴については、堂々とテーブル席に座っていた。
村人Bのくせに大物感を漂わせていないか。
軽いパニック状態になっている時である。
外から怒鳴り声が聞こえてきた。
「魔倶那。出てこい。俺と勝負しろ!」
席を立ちあがり、2階の窓ガラスから外を見ると、体格のいい丸坊主の男が赤レンガ敷きの広場にいた。
その背後に何やら物騒な奴を連れている。
あれは、俺達人類の敵、骸骨。
大きさにして3m。
手に5m級の槍を装備している。
その数は3個体。
死霊は、『双星の旅団』という謎の組織の配下のはず。
何故、人類の敵である骸骨を丸坊主の男は従えているのだ。
俺は反射的に『戦術眼』を発動していた。
・魔倶那 Level24 狂戦士 迷宮主
・丸坊主 Level20 闘士 階層主
・骸骨×3 Level22 槍士 旅団の兵士