第14話 優越的立場を愛する男
奈韻からの命令を受けた俺は、迷宮主へ会うため、老練なる人狼と共に人馬迷宮の最深部となる地下4階層へ降りてきていた。
現在の時間帯は夜。
暗い空間が広がる中、目の前に広がる赤レンガ敷きの広場へ街灯が光を落とし、高く取られている天井の石板が僅かに見えている。
雑多な雰囲気の地下3階層までとは異なり、雑兵達の姿は見えない。
緑が風になびく音、虫の鳴き声が静寂の時間に流れてくこんできてくる。
広くとられている赤レンガ広場の向こう、ここから500m以上離れた位置に間口の広い2階建ての邸宅が佇んでいた。
外壁は白い塗り壁に仕上げられ、1階中央に両開きの木製扉となる玄関、そして縦長の格子窓が左右対称に等間隔で配置されている。
古い建物ではあるが、綺麗な状態で保管されていることが見て分かる。
俺達の後ろを追うように、最下層の地へ地下1階の階層主がこの最下層へ降りてきた。
その男の名は佐加貴。
背丈はモブな俺と比べて同じくらい。いや少し奴の方が低いか。
細目が印象的で容姿は平均以下。
まるで俺の劣化版のような奴だ。
俺が村人Aならば、佐加貴は村人Bという言葉がピタリと当てはまる。
人狼からの情報では、迷宮主により強制的に『限界突破』を果たしLevel20へ引き上げられた者で、奈韻の存在については認知していないらしい。
その佐加貴が俺を視認すると、フレンドリーな笑顔を浮かべながら自己紹介を始めてきた。
「僕の名前は佐加貴。第1階層のフロアーマスターだ。よろしく。」
「俺は水烏。第2階層のフロアーマスターだ。」
村人Bの佐加貴はこちらへ視線を送りながら、俺の隣に立ち向こうの方向へ顔を向けている人狼のことを気にしている様子だ。
背丈が2m以上あり、限界まで鍛えられている体付きをしてる人狼は、俺達のような人種からすると出来るだけかかわり合いになりたくないような奴である。
モブの立場からすると、天敵みたいな存在なのだ。
ビビって当然なのだろう。
仕方がねぇ。
適当に紹介だけしてやるか。
「俺の隣にいる人狼のことが気になるのか。こいつは俺の召喚個体だ。危害は加えない。気にしなくてもいいぜ。」
「その人狼が、水烏の召喚個体なのか。凄く強そうだな。見た感じ、Level30近くはありそうだ。」
「ああ、そうだな。それくらいの戦闘力はあるのだろうな。」
「へぇ。水烏は『召喚士』なのか。こんなHigh-Levelの個体を召喚できるって、相当凄いんだな。」
「凄いって、俺がかよ。いやいやいや。べつに凄くなんて全然ないだろ。」
なんだ、この優越的立場の満足感は。
マジで気持ちいいじゃないか。
もっともっと、俺のことを尊敬してくれ!
佐加貴は俺の情報を引き出そうとしているようにも思えるが、特段敵意のようなものは感じない。
現在、周囲に広がる闇の中に潜行させ警戒にあたらせている影斥候の存在にも気が付いていないところを見ると、やはりこいつはモブ。
村人Bに認定済みであるが、その判断に間違いはなかったようだ。
Level20以上の『D』級なのだろうが、佐加貴は間違いなく雑魚。
俺達の存在自体を無視しているように見受けられる人狼は、佐加貴を一度だけギロリと睨み圧力をかけたせいか、細目の階層主は一定の距離を保ったまま、それ以上は近づいてこない。
佐加貴は人狼の存在を気にしながらも笑顔を絶やさず、更に探りを続けていれてきた。
「水烏は、Level29の『ネームド職』を4人も倒したんだろ。凄くなんかないと言うけど、全然そんなことはないと思うよ。」
「あいつ等を倒した件か。俺は階層主としての仕事をしただけだ。」
「ということは、水烏はLevel29以上の実力があるってことなのかい。」
「フッ。俺に倒されたんだ。別にたいした奴等では無かっただけのことだろ。」
「え。あの正騎士候補達は全員が『ネームド職』だったはず。かなりの手練れだよ。」
佐加貴は、俺の言葉を聞いて目を大きく開いている。
いい反応をしてくれるじゃないか。
あの正騎士候補達は俺なんかが手に負えるような奴等ではなかった。
実際には奈韻がお散歩感覚で軽くぶっ倒したのであるのだがな。
うむ。俺がそれをしたという既成事実については、最大限に活用させてもらうぜ。
この俺という者は、優越立場をこよなく愛する男なのだ。
出来るだけクールを装いながら、軽く片手をあげて見せた。
「俺は人に褒められることが苦手なんだ。もうその辺で、俺が凄いって言う件については勘弁してもらえないだろうか。」
「ごめんごめん。水烏は、人狼の他にも強力な召喚個体を持っているのかよ。」
「それについては言うことは出来ないぜ。企業秘密っていうやつだ。」
「強力な召喚個体を揃えた『召喚士』は最強だって聞くけど。水烏は本当に凄いんだな。」
「いやいや。召喚士が最強なわけではない。俺が少しだけ他の奴等より強いだけのことだ。」
俺のハッタリを聞いた村人B相当の佐加貴は、細い目を更に丸くしていた。
―――――――――同世界に生きる住人である男のマウントを取ることに成功したぜ!
カースト下位となる3軍の中にも、順位付けは存在する。
いい感じだ。
そうだな。このまま3軍リーグの頂点を目指していくのも、結構有りかもしれないな。
マウントを確実にするための決め台詞について言葉を探していると、人狼が迷宮主のいる邸宅へ向かい歩き始め、焦れた様子で先に行くと告げてきた。
「小僧。我はあの屋敷へ、先に行っているぞ。」
召喚個体のはずの人狼が、上から目線の言葉を吐きつけてきた。
その様子を見ていた格下の佐加貴は、再び細い目を丸くさせている。
おい。人狼。召喚主の立場を考えて喋ってくれよ。
俺の面子が丸つぶれじゃないか。
想定外過ぎる状況に、どう取り繕っていいか全く分からねぇ。
俺は、佐加貴から逃げるように、人狼に続き屋敷の方へ歩きだした。