第13話 村人Aと村人B
人馬迷宮は、地下4層で構成されており、それぞれの階層に街が存在していた。
衛生設備については、古代技術で造られたと言われている120cm程度の大きさである機械人形達がメンテナンスをしてくれている。
黒髪の美少女から階層主に指名された俺は、この迷宮主へ会うため、老練なる人狼と一緒に最下層となる地下4階層まで降りてきていた。
血圧が上がり、体が震え、暑くもないのに手のひらが汗ばんでいる。
階層主として迷宮主に会う為にここまで来たものの、小心者の俺としてはとてつもなく緊張していたのだ。
階層主に指名され、嬉しい気持ちがあるものの、それは『3』くらいのもので実際には『9997』の割合で不安な気持ちに支配されていた。
目の前には、赤いレンガ敷きの広場が広がり、遥かその向こうに間口に広い2階建ての邸宅が佇んでいる。
物凄い権力をもった貴族が暮らす屋敷のような重厚なつくりになっていた。
現在の時間設定は夜。
最下層の天井は鳥が自由に飛べるほどの高さが確保されており、暗い空間に広場に立っている街灯が、赤いレンガへ光を落としていた。
綺麗に整えられた植栽からな虫達の声が聞こえてくるほど、静かな時間が流れている。
地下2階層のごちゃごちゃした感じと異なり、人の姿がない。
最下層には雑兵がいないのだろうか。
寂しいこの空気感が落ちつかない。
だが、その気持ちとは裏腹に、遠くに佇む格式が高い雰囲気の建物を見て、とてつもなく気持ちがはずんできていた。
あの邸宅内には、『メイド嬢』達が絶対にいるものと俺の本能が告げていたからだ。
一般的なメイド嬢とは、戦闘力が無茶苦茶高く美人であることが定番だ。
ドジ系であるとか、高貴な身分を隠しているとか、クノイチというのが量産品になってくるだろう。
絶対条件は、やはり『眼鏡』を装備していること。
そして、もう一つ重要な要素がある。
それは、もちろん『メイド服』のデザインだ。
メイド嬢たる者、清楚でなければならない。
エロを強調するような露出度が高い服装はNG。
真面目に家事作業をこなしている彼女達のことを、酔っ払いの親父が喜ぶキャバクラ達と履き違えてはいけないのだ。
膝上スカートや胸の谷間が見える服装なんかは、あり得ないほどの超論外。
間食をとり過ぎてしまい少しだらし無くなってしまった『ぷに』っとした体型を隠そうとしているものの、逆にそれがエロを強調させてしまうような服装、その演出、世界観までこだわることが出来るならば、上級者、達人の域に達っしているといえるだろう。
心臓から高鳴る鼓動が聞こえてくる。
そうだな。俺のエロイ目に恐怖するメイド嬢の姿もいいかもしれないぜ。
僅かに残っている記憶の中に、腹黒のメイド嬢の有無について同士なる者と論議を交わしたことがあったが、俺としては圧倒的な無し派である。
純粋無垢で世間知らずのメイド嬢である本来の姿から、かけ離れ過ぎているからだ。
どんな性格にしても、結局のところ、男に免疫のないプニプニ女子が顔を真っ赤にさせながら上目遣いにアプローチしてくる姿が最終到着地点。
やはり最初は何かを感じ取った俺の方から悩み事を聞いてやらないといけないのだろうか。
やれやれだ。女っていう奴等っていうのは、まったくもってうざったるい存在だぜ。
遠くに見える屋敷で出迎えてくれるであろうメイド嬢に対する攻略法について思案していると、地下3階層へ昇る階段に繋がる通路の方から、誰かが歩いてくる気配を感じた。
周囲に潜行させていたcost 2の『影斥候』から、警戒を促すアラーム音が聞こえてくる。
後ろを付いてきていた人狼へ視線を送ると、同じようにその気配に気がついていた。
近づいてくる者について知っている様子の人狼が、その者の正体について教えてくれた。
「接近してくるこの気配。おそらくだが、地下1階の階層主のものだろう。」
「人狼。お前は近づいてくる気配のついて、その正体を知っているのか。俺と同じ階層主がこちらへ歩いてきているというのか。」
「そうだ。我はこの迷宮内のある程度のことなら把握している。各階の階層主は全員がここに呼ばれているはずだからな。」
「マジかよ。全員がここに集合するなんて、そんな話聞いてねぇぞ。」
「お前が知る知らないは、重要なことではないだろ。」
「ああ。そうだよな。所詮、下っ端の俺なんて、その辺に落ちているゴミのような存在だからな。」
「第1階層の階層主についての情報を教えておいてやる。その男の名は佐加貴。小僧。お前とは違い『女王陛下』の加護を持たぬ者だ。」
「おいおいおい。老練なる人狼さんよ。俺が自分で口にしたゴミだという言葉を、適当に流してんじゃねぇよ。美少女に適当にあしらわれのは有りなんだが、お前がそれをするはNGなんだよ!」
「小僧。お前、何を言っているのだ。」
「いや。そうだな。すまん。話を続けてくれ。」
「うむ。それでは話を続けさせてもらうとしよう。佐加貴は陛下の存在自体を知らないことを把握しておけ。」
「マジかよ。その佐加貴という男は階層主なんだろ。どうして奈韻様のことを知らないんだ。意味不明だぜ。」
「小僧。陛下は人類史上最強のお方だ。お前の小さな概念ごときで理解できるはずがない。」
人類史上最強か。
人類の最高到達点はLevel40と言われているが、奈韻についてはLevel41以上という可能性がある。
いや。きっとそうなのだろう。
そうでないと、いろいろ説明がつかないからな。
小さな概念と軽くディスられた件については、俺は心と器量その他諸々と本当に小さい男だ。
そもそも奈韻については、何でも有りなチート的存在だしな。
そうはいうものの、あれだけの実力と美少女であるにもかかわらず、その存在を他の階層主は知らないことにも違和感がある。
俺から奈韻に質問もできないし、その理由を確かめようがない。
続けて、人狼からの声が聞こえてくる。
「正騎士候補達を倒した者は小僧。お前だということになっている。つまり、話を適当に合わせておけ。」
「何だって。正騎士候補達を倒した者が俺だってことになっているのかよ!」
「そうだ。陛下がそう言われていた。そこに真実など必要ない。」
「奈韻様こそが、正しいってこのなのかよ。本当に何でも有りなんだな。」
「小僧。陛下の存在は絶対に知られないようにしろ。」
「了解した。」
「もう一つ。佐加貴は、自身の力で『限界突破』を果たしていない者であることも覚えておけ。」
「佐加貴は、俺とは違うのか。もしかして、他の誰かに強制的に『限界突破』をさせられたっていうことなのか。」
「そうだ。小僧と同じLevel20以上ではあるものの、第1階層と第3階層の階層主は数合わせの者達だ。迷宮主の『魔倶那』が強制的に『限界突破』をさせた者。所詮、佐加貴達は偽物の『D』級だ。」
偽物か。
奈韻も『限界突破』は自らで果たすことが大事みたいなような言葉を口にしていた。
俺は、更に『限界突破』を果たしLevel30以上になれそうな言い回しもしていたかな。
奥から近づいてくる足音がはっきり聞こえるくらいなったところで、人狼は話を中断していた。
そう言えば、俺は『聖女』に、正騎士候補達は『獅子』により、強制的に『限界突破』をさせられたのだと聞かされた。
その佐加貴という男は、ここの迷宮主の手で強制的に『限界突破』を果たしたということか。
もし人狼の話が正しいのなら、階層主の気分しだいで、Level20の『D』級が大量生産できる状況だということになるのではなかろうか。
足音の方向から、男が姿を現した。
背丈は俺くらいだろうか。
平均よりも低い。
顔の造りもそれほどでもなく、綺麗に前髪が眉毛のラインで揃えられていた。
そして、滅茶苦茶細目だ。
初級冒険者が定番で装備する革の防具セットを身に着け、腰に剣をぶら下げている。
見た目のスペックは俺の方が若干上。
俺が村人Aだとしたら、この佐加貴は村人Bに該当するだろう。
苦労をしたことがない世間知らずのお坊ちゃんという印象だ。
好感のもてるいい奴じゃないか。
早速といった感じで、村人Bの佐加貴が笑顔をつくり挨拶をしてきた。