第12話 世界への反逆。俺の選択権。
地下迷宮の2階層にあるボス部屋に、清々しい風が吹いている。
1000以上のアリーナ席が確保されている闘技場の端では、人馬迷宮の衛生活動をしてくれている機械人形達が、戦闘不能な状態に陥った俺の仲間である雑兵達に蘇生治療を施していた。
今しがたまで慌ただしかった空間に、静かな時間が戻り始めている。
俺の目の前には、正騎士候補達4人が地面にぶっ倒れ気絶していた。
黒髪の美少女との戦いに完全敗北したのだ。
その女の名前は奈韻。
今しがたまで戦っていた雰囲気がまるでなく、セレブ限定で飼うことができる犬を連れながら優雅に散歩を楽しんでいるような空気感を漂わしている。
知らない者からすると、世間知らずのお姫様のように見えるかもしれないが、その素顔は圧倒的な暴君であり、俺に『老練なる人狼』を送ってきた女王陛下だ。
その実力は人類の最高到達地点であるLevel40超えとなる『B』級であるという疑惑が生まれていた。
俺にとっては恐怖の対象であるが、体の中に溢れ出してくる欲求がその女に絶対服従したいと獰猛な獣のように唸り声を上げている。
両手からは、持っていたはずの魔銃は既に消えていた。
スレンダーバディと分かるペランペランなその服装に隠し持っているようには見えないが、Level30以上の者が使用可能となる『造形系』の力を使い精製したものだったのだろうか。
まぁ何にしろ、その件についてはそれほど重要なものではない。
そう。俺としては、贅肉がほぼほぼ無い不健康なその体の方がとても気になっていたのだ。
世間一般の常識では、プニッとしているボディをし上目遣いをしながら甘えてくる女子が可愛いらしいというもの。
奈韻に教えてやりたいところであるが、カースト最下位の住人である俺にそんな権利は当然に無い。
更に付け加えると、暴君に対し生意気な言葉を吐く行為を俺の『負け犬本能』が拒絶していた。
そして、今の俺には、やるべきことがある。
それは、気絶した騎士候補達を半殺しにしてやらなければならないこと。
俺達のことをゴミ扱いしていたからだ。
さて、どうしてやろうか。
とりあえず、気絶から目を覚ました時、動けないように拘束しなければならないだろう。
あれこれ楽しいことを想定しながら一歩二歩と足を進めた時である。
大太刀を鞘に戻した人狼が、俺の行く手に立ちはだかってきた。
でかい。背丈が2mを越え、その体はアスリートのように鍛えられている。
そして俺を見下ろしながらギロリと睨んできた。
「小僧。何をするつもりだ。」
「何って。正騎士候補達をボコボコにしてやるつもりに決まっているだろ。」
「見てのとおり奴等は既に戦闘不能な状態になっている。」
「俺にやめろと言うつもりなのか。」
「そうだ。もう決着はついている。無粋な真似は辞めておけ。」
「俺の中では何も終わってないんだよ。奴等がしたことは許されることではないだろ。」
「許されないこととは、小僧の仲間のことか。」
「そうだ。あいつ等は俺の仲間を虫けらのように惨殺したんだ。運良く蘇生が成功したとしても、その事実と、俺の感情は変わることがないんだぜ!」
人狼の奴。召喚主であるはずの俺を無茶苦茶威圧しているのは何故なんだ。
地下2階層を護る雑兵の内の29名が、黄金盾士により戦闘不能な状態にさせられた。
そのことに関しては、敵対関係にあることを考えるとやむを得ないところもある。
だが奴等は俺達を楽しみながら殺そうとした行為は許せることではない。
綺麗ごとという文字は俺の辞書にはないのだ。
立ちはだかる人狼を避け先に足を進めよとした時である。
正面に立っている後ろで黒髪を束ねている美少女と視線が重なった。
無表情に俺を見ている。
俺の防衛本能が自身の足を止めたタイミングで、不意に到底受け入れられない言葉を口にしてきた。
「水烏。忘れてしまっているようだが、正騎士候補達の彼等と同じように、君も『聖女の騎士候補』として、ここを攻略しようとしていたではないか。」
ハンマーで頭をおもいっきり殴りつけられた気がした。
今、奈韻は、何て言ったんだ。
俺が『聖女の騎士候補』だっただと。
どういうことなんだ。
黒髪令嬢が冗談を言っているようには思えない。
俺は人馬迷宮を攻略しようとしていた記憶は残っているものの、それ以外のものはいまだ欠落したまま。
だとしたら、本当に騎士候補だったということなのか。
放心状態になってしまった俺に対し、奈韻が追い討ちのような言葉を口にしてきた。
「もう1度言おう。君は『聖女の騎士』と呼ばれる候補生だったと。」
その言葉は淡々としており、無駄な感情が入っていないもの。
だが、俺の心を斬り裂くには充分な威力のあるものだった。
底辺の住人である俺が、聖女の騎士と呼ばれている候補生だっただと。
ありえない。
カースト順位最下位の俺が聖女の騎士候補だなんて。
もうそれは別人格だろ。
思考が別次元に飛んでしまっている俺に、奈韻からの言葉が続けて聞こえてくる。
「水烏がここを攻略する前。『十三都市』にいた時の話だ。自力でLevelを『19』まで引き上げた君は、聖女に支配・洗脳されてしまっていたのだ。」
「俺は聖女に支配・洗脳されていたって。そんな馬鹿な……」
「そして、聖女は君を『強制的』に『限界突破』させたわけだ。」
この迷宮を攻略しようとする前。世界の中心にある『十三都市』にいた時の俺は、聖女に支配洗脳され、強制的に『限界突破』をさせられ、騎士候補になっていたっていうことなのか。
目の前に地面が見えている。
いつの間にか、膝から崩れ落ち四つん這いになっていたのだ。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
思考がまとまらない。
奈韻の言葉。自身の過去が受け入れられねぇ。
俺の疑問に答えるように、奈韻がゆっくりと話しを続けていた。
「世界の法則を一つ、君に教えてあげよう。」
「世界の法則ですか。」
「他人の力で『限界突破』をした者。その者はもう2度と『限界突破』をすることが出来なくなる。」
「えっ。どういうことですか。」
「支配洗脳されてしまった君は、聖女の力により『限界突破』を果たしてLevel20となった。だが同時に、『聖女の騎士』となるLevel30への道は閉ざされた。君は可能性を失ってしまったということだ。」
「俺はLevel20となり聖女の騎士候補になったものの、聖女の騎士になる可能性を失ってしまったと言っているのですか。」
「そうだ。だから、君は聖女に捨てられたのだ。」
奈韻の言葉が、遠い世界の出来事のように聞こえてくる。
だが、その話は現実なのだろう。
でも、どうして『限界突破』を果たした俺が、聖女に捨てられないといけないはめになったんだ。
聖女の騎士になるにはLevel30が条件なはず。
奈韻の話のとおりだとしたら、Level19の俺を無理矢理『限界突破』させると、Level29が天井になってしまう。
だがそれは、聖女が強制したことなんだろ。
疑問に答えるように黒髪の美少女からの声が聞こえてくる。
「ごく稀な話をしよう。Level19からLevel30まで、Levelが一気に跳ね上がる者がいるという。」
「『E』級から『C』級まで一気にですか。」
「聖女と獅子は、見込みのある者を片端から支配・洗脳し、強制的に『限界突破』させているのはそのため。」
「だが、俺はLevel30になることは出来なかった。」
「聖女達が欲している人材は、人類の最高到達点と言われているLevel40の『C++』まで行くことが出来る者。」
おいおいおい。
ちょっと待ってくれ。
強制的に俺を『限界突破』させたのは、その聖女なんだろ。
勝手に人を『限界突破』させておいて、Level30の『C』級まで上がらなかったからという理由で、俺を切り捨てたってことなのか。
そもそも、俺がLevel30になる可能性を潰したのはその聖女なんじゃないのか。
俺の扱い。酷過ぎるぞ。
ここに倒れている4人の正騎士候補達も、俺と同じ境遇だっていうのかよ。
同じ失敗作なのかよ。
信じられない話しではあるが、奈韻からの言葉は全ての辻褄が合っている。
そもそもだが、嘘を吐く必要性がない。
俺の本能も、その話が真実であると直感していた。
自然と涙が溢れでてきていた。
自制心が崩壊していく。
心がズタズタだ。
もう立ち直れないわ。俺。
「水烏。君がここに来た目的。それは、迷宮主を倒すことが出来れば『限界突破』を果たすことが出来るという噂があったからだ。だが、それは自らの力で『限界突破』した者に限られる話。君達に可能性は無かった。」
「聖女に切り捨てられたにもかかわらず、俺が迷宮を攻略をしようとした目的。それは未練がましく『聖女の騎士』に成りたいためだったわけですか。」
「そうだ。そこの正騎士候補達も、君と同じ目的でここへ来たのだろう。騎士候補としてここへ来た君も、彼等と同じような言動をしていたと記憶している。」
聖女に切り捨てられたにもかかわらず、支配洗脳されたままの俺は、聖女の騎士になるために、この迷宮を駄目元で攻略しようとしていたのか。
というか、俺を粗大ゴミのように捨てたのなら、支配洗脳は解くのが常識ってものだろ。
聖女のやつ。マジでゴミだな。
過去の俺。かなり可哀想なのではなかろうか。
というか、俺が奴等と同じような態度をしていたって本当なのかよ。
俺は、倒れている正騎士候補達と同じ穴のむじなだったということか。
脱力状態になっている俺に、更に言葉が聞こえてくる。
「水烏。今しがた君は、自らの力で『限界突破』を果たした。」
「はい。俺は自らの力でLevel20になりました。」
「そして、人馬迷宮からの洗脳も解けているはず。支配についてもまもなく無くなり、自由になることが出来るだろう。」
「俺が自由に。」
「これまでの君は、地上でも、地下迷宮でも支配され続けてきた。だが、私の加護を受けている限り、何者からの洗脳・支配を受けることはない。」
俺のステータス
・種族 : 人間
・職業 : 復讐の召喚士
・年齢 : 17歳
・Level : 20
・力 : 10
・速 : 10
・体 : 15
・異能 : 召喚D、戦術眼D、鑑定D
・状態 : 支配、洗脳解除
・特殊 : 女王陛下の加護
・経験 : 0/10000
・cost : 36/12+24
今の俺は、『女王陛下の加護』を受けているものの、洗脳が解けていること、そして自身の力で『限界突破』を果たした事実を理解していた。
奈韻の話が本当なら、俺は自由になれるのだろう。
だが、うまい話には裏があるという。
黒髪の暴君が、生態系の底辺に生息する俺に、自身の加護を無償提供するはずなんて、絶対に無いはず。
何か裏があるはずだ。
俺は反逆する。
そうだ。反逆だ!
俺は自由になる。
支配する奴を全員ぶっ倒してやるぜ。
今の俺に怖いものなんてない。
―――――――――――――この世界。全てに反逆してやるんだ!
とはいうものの、俺の立ち位置は黒髪の暴君の存在を無視できる状況ではない。
まずは奈韻の出方を探るべきところだろう。
俺は言葉を選びながら、立ちはだかる暴君へ恐る恐る質問をしてみた。
「奈韻様。俺はこれからどうしたらいいのでしょうか。」
「私のために尽くせ。」
私のために尽くせだと!
おいおいおい。奈韻さんよ。
今しがた俺は、お前に反逆すると誓いをたてたところ。
歪んだこの世界に反逆する男なんだよ!
尽くすはずがねぇだろうが!
俺様は自由を手に入れるんだよ!
とにかくだ。自身の欲求に忠実にに行き、暴利を貪ってやる!
だが、俺の誓いとは裏腹に、心の奥底からとてつもなく幸せな気持ちが湧き上がってきていた。
凄く気持ちいいです。
高貴で高慢ちきな美少女に命令されるって、ありえないくらいの『ご褒美』ではないか。
うぉぉぉぉぉ!
なんだ。これのエナジーは!
体の奥底から生きる渇望が溢れ出てくるぞ!
奈韻様。有難うございます!
もっと、俺に命令して下さい!
「承知しました。奈韻様のために尽くすことを約束します!」
俺は洗脳されたわけではない。
この答えは、絶対的な俺の意志だ。
カースト最下位に生きる男の定め。それは、高貴で可愛らしい女の奴隷になることが運命づけられているということ。
四つん這いの体勢から顔を上げ、黒髪の美少女の姿が視界に入ったその瞬間。
俺の中に稲妻が走った。
まさに衝撃的プラズマが全身に駆け巡ったのだ。
壮大すぎる野望が芽生えていた。
その太ももだ。
美少女と『絶対領域』が掛け合わさたとき、そこに無双というものが生まれてくる。
—————————奈韻の絶対領域を見るまでは、絶対に死ぬことが出来ねぇぜ!
履いている服装が、パンパンの状態で足を組んで座ってもらえると、まさに神映像だろ。
そうだ。
この映像を妄想し、この野望を描いた俺は神。
次のステージに突入したことを実感したぜ。
とまっていた脳が活性化されていく。
ボロボロだった心は、既に修復されていた。
以前の俺よりもpower upして復活したぜ。
Uooooooooo!
新しい俺の爆誕だ!
俺は心の中で咆哮を上げている中、黒髪の暴君が俺に頼み事をしてきた。
「水烏。君に一つ頼みたいことがある。」
「はい。なんでしょうか。」
「君は、今から人馬迷宮の地下2階層の階層主だ。」
「え。どういうことですか。」
「君がここの階層主になったと言っている。」
「俺がここの階層主になったのですか。」
「君はLevel20なのだろ。もうその資格がある。」
「でも、俺。すごく弱いです。」
「君には老練なる人狼がいるじゃないか。」
老練なる人狼か。
格上となる正騎士候補相手に圧倒的な勝利をした奴だ。
先の戦闘では『刀技』も披露していないところを見ると、まだまだ余裕があるのかもしれない。
こいつがいれば心強いし、同じ階級の奴よりも戦闘力が高いのは事実。
だがしかし、俺が召喚した個体ではあるが、召喚主の言う事を聞かないいけすかない奴。
こいつは駄目だ。
もっと、俺にはもっと他にいい召喚個体が必要だろ。
問題は、奈韻にどうやって俺の考えを伝え、新しい『宝具』を貰うかだな。
そうだ。新しい『宝具』を貰うことにしよう。
出来れば俺にだけ従順な巨乳女子が有難い。
「奈韻様。俺から一つお願いがあります。」
「君が私へお願いをする権利は無い。」
「俺に、権利は無いのですか。」
「そうだ。あるわけないだろ。」
「はい。そうでした。思い違いをしておりました。」
「二度と勘違いをするな。」
「有難うございます。もっと俺を叱って下さい。」
「ん。君は何を言っていのだ?」
「すいません。今の発言は忘れて下さい。」
「…。まぁいい。水烏。それでは今から、迷宮攻略者を撃退した報告を、最下層にいる迷宮主へしてこい。」
「迷宮主への報告を、俺がするのですか。」
「君は階層主になったのだろ。これは義務であり命令だ。」
「いや。でも。ちょっと待って下さい。少し考えさせてもらえませんか。」
「君に選ぶ権利。拒否する権利。質問する権利。全ての権利は無いと言ったばかりだぞ。」
「そうでした。俺に断るという選択権はありませんでした。」