第11話 俺は見苦し。それがどうした。
ここは人馬迷宮の地下2階層。
1000以上の席が確保されたアリーナ状の空間が広がっている、冒険者が最後の敵と戦うために設計された、いわゆるボス部屋と呼ばれている闘技場だ。
天井が高くとられており、大型レイドとも戦えるほどに充分な大きさが確保されている。
闘技場の端では、黄金盾士の『カウンター』効果により壁まで吹っ飛ばされてしまい半死半生となった俺の仲間達が、機械人形達の蘇生治療を受けていた。
闘技場内の中央には黒髪麗嬢と呼ばれる美少女が立っており、蒼穹聖職者が展開させている青空から落ちてくる光に、後ろで束ねている長いポールテールが、キラキラと光っている。
その後ろ姿はまさに神。
全世界の男達が歓喜する映像が、いまそこに存在していた。
ムチっとしていない体は大きな減点項目であるものの、それでも世界TOP10にはいくらいの可愛さは余裕であるだろう。
その美少女を中心に、土で硬められた地面が陥没し、蜘蛛の巣形状に亀裂が走っている。
奈韻の足元には正騎士候補の一人、雷剣士が割れた岩盤にめり込み、白目をむき泡を吹いていた。
自身のことを世界最強であるみたいな言葉を口にしていたが、容姿のスペックが俺とたいしてほぼ同等であるお前ごときが、世界最強であるはずがないだろ。
これからは、俺と同じカースト底辺の住人であるという事実を自覚して、生きていくんだな!
とはいうものの、奴は自身で口にしていた言葉のとおり、とんでもないスピードの持ち主であった。
俺の知識に当てはめると、対人戦は相当な実力だったものだと想像がつく。
だが結果だけを見ると、全くやる気を見せなかった奈韻に、なすすべもなく敗北してしまった。
うむ。黒髪の魔人が油断しているのではないかと無駄に心配しておりましたが、それは全面的に勘違いでした。
人狼が戦いの様子を余裕の表情を浮かべながら見ていたのは、そういうことだったのか。
分かっているのなら、教えてくれよ。
そして、奈韻と対峙していた正騎士候補3人はというと、黄金騎士の大盾に隠れるように、密集陣形を敷いていた。
その周囲には光のオーラが展開されている。
黄金盾士が発動させた『結界』に、蒼穹聖職者が『バフ』をかけているのだ。
その防御力はというと、Level40の者からの攻撃をも凌ぐことが出来ると言っていた。
その言葉が本当だとしたら、その攻略は実質的に無理。
そして奴等には嘘を吐く必要性もない。
ハッタリである可能性は低いものだと考えられる。
とはいうものの、やる気の無い様子にも関わらず、鬼神のような強さを披露する奈韻の姿を見ていると、期待せずにはいられない。
雷剣士については、治癒・回復され戦線に復帰したとしても、奈韻との圧倒的実力差を考えると、さほど問題ないだろう。
雑魚の俺だから分かることだが、雑魚はどこまでいっても雑魚だからな。
正騎士候補達は亀のように動かない。
奴等も打つ手なしの状態なのだろうか。
いや。びびっているだけなのかよ。
俺に見せていた上から目線の態度は、どこに行ったのでしょうか。
笑いが止まらないとはこのことだぜ。
気が付くと俺は、ゲラゲラ笑いながら身を固めている正騎士候補達へ毒を吐いていた。
「お前達の気持ちがよく分かるぜ。速値が『50』超えという雷剣士が、瞬殺されちまったんだ。恐怖して当たり前だ。もう降伏しちまえよ。その後、俺がお前達をフルボッコにしてやるぜ。」
背中を向けていた奈韻が綺麗な顔をこちらに向けてきた。
あれは駄目な者を見る時の目だ。
視線で罵倒されている感覚に陥る。
美少女が、汚物を見るようなその視線。
この映像。実に良い。
恐怖の存在ではあるものの、やはり美少女はとてもいい。
そもそも俺は、外見第一主義だ。
そう。女は性格なんてどうでもいい。
見た目だけ良ければいいのだ。
この映像も、俺の秘蔵コレクションに加えさせてもらいます。
今の俺。世界の男達に嫉妬される対象にいるのだろうな。
だがこの『ご褒美』は、死の境界線を何度も渡りかけた者だけに与えられる特権なんだ!
おいそれと簡単に貰えるものじゃないんだぜ!
至極幸福な時間に浸っている中、隣にいた人狼が、不意に見下すような言葉を吐いてきた
「小僧。何故、お前が威張っているのだ。」
「人狼か。急になんだよ。別に俺が何をしてもお前には関係ないことだろ。」
「我は、お前のその態度と言動が見苦しいと言っているのだ。」
「ああ、そうだよ。俺は見苦しいよ。それがどうしたって言うんだ。」
「自分が見苦しいことをしていると認めるのか。最低だな。」
「お前に『最低だ』と言われても全然嬉しくない。逆に不快だぜ。」
「何を言っているんだ?」
やはり、俺の言っていることが分からないのか。
所詮、人狼だな。
こいつには、俺達人類の男達が、美少女に『君は最低だな。』と言われたい欲求があるということを永遠に理解することはないのだろう。
とはいえ、こいつは俺が生意気なことを言っていい相手でもない。
格上となる黄金騎士に勝利した実力者だ。
そして『単独行動』の異能により、召喚主である俺の命令を聞くことはない。
だが、俺の幸せの時間をぶち壊してくれた人狼に対し、押されきれない怒りがこみあげてきていた。
俺は迷宮攻略中、黒髪麗嬢にぶっ倒されてしまい雑兵になってしまった。
奈韻は俺の人生を無茶苦茶にしてくれた女。
人狼。お前は知らないのだろう。
―――――――――――――奈韻から罵倒してもらう権利が、この俺にはあるんだよ!
静かに底知れぬ怒りに体を震わしていると、正騎士候補達が奈韻への対応策について話しを再開し始めた。
「あの女。いま体術を使用していなかったか。」
「それはつまり、銃士ではないということか。」
「銃士と見せかけて、実は武道家なのかもしれないな。」
「あの魔銃はフェイクだということもある。」
「ここは全ての可能性について想定するべきところだろう。」
「すべての可能性か。」
「接近戦にも強く、更に銃士だという想定だな。」
「何にしても警戒するに越したことはない。」
「2人は俺の盾に隠れていろ。」
「魔弾対策だな。」
「黄金盾士。もう少し女との間合いを詰めることが出来ないか?」
「問題ない。」
「俺の距離に入ったら『perfect distance』を発動することにしよう。」
「縮地を使うのか。」
「そうだ。」
「俺は『バフ』をかけ続けておこう。」
俺の距離に入ったら『perfect distance』を発動するだと。
『縮地』という言葉より、その効果は一定の間合いに入ったら距離を詰めてくる効果を発動する攻撃であるのだと予想がつく。
というか、なんで技名が横文字なんだよ。
普通に『縮地』でいいじゃねぇのか。
気に入らねぇぜ。
無駄に横文字を使っているんじゃねぇよ!
そもそも龍狩槍使っていう職業名って何なんだ。
Level29のお前ごときが、Level50以上に位置づけられる龍を狩ることが出来るとでも言うのかよ!
無性に腹が立ってきた。
俺は村人Aだが、カースト上位の奴等が嫌いなんだよ。
奈韻を見ると、ジリジリ間合いを詰めてくる正騎士候補達を気にする様子もなく、緊張感なく動かないでいる。
『縮地』には有効射程距離が存在するものと考えられる。
一定距離を空けることが、その対策となるものの、当の本人からは移動する様子が見受けられない。
間合いは10m程度に詰まった頃合いだろうか。
―――――――――――奈韻が両手を上げ、正騎士候補へ銃口を向けた。
小細工なしに正面から『魔弾』を撃ち込むつもりなのかよ。
Level40の攻撃を防ぐ結界が張られているんだぞ。
その防御値が実際にどれくらいのものかを試すつもりなのか。
いずれにしても、距離をとるべきだろ。
奈韻が両手の引き金を引いたようだ。
―――――――――――魔弾が発射された音が迷宮内に静かに響いく。
発射音は2回。
両手の魔銃から2発ずつ発射されたのだろうか。
魔弾の弾道であるが、村人Aの俺には当然見えない。
正騎士候補達に攻撃があたった様子もない。
やはり盾に弾かれてしまったのだろうか。
どうなったんだ。
次の瞬間。
黄金盾士の盾が地面に落ちた。
2mを超える巨体の戦士が呻き声を上げ、その両腕から血が流れ始めている。
魔弾が黄金盾士の盾を貫通していたのだ。
マジっすか。
圧倒的過ぎる勝利じゃないですか。
正騎士候補達はLevel40の攻撃をも防ぐと言っていたが、その言葉はやはりハッタリだったのか。
もしくは、奈韻の攻撃力がそれ以上となる。
奈韻の様子と、人狼の余裕な感じ。これだけ見て判断すると、後者の方に該当するのだろうか。
だとしたら、黒髪令嬢はLevel41以上の『B』級になってくるぞ。
おいおいおい。人類の最高到達地点はLevel40ではないのかよ。
その理屈で考えると、奈韻は人間ではないということになってくる。
そうだ。人間ではないと考える方がいい。
美少女であるが、俺にとっては悪魔なような存在。
俺の中に、男として『ご褒美』を求めている欲求と、絶対に関わり合いなっては駄目だという恐怖が混在していたのだ。
何にしても、これだけは確信できる。
奈韻は圧倒的暴君。
Level29のネームドごときが策を講じても、黒髪の魔人の前には小細工でしかない。
戦術によっては多少のLevel差は逆転できる。
だが、暴君の前では無駄の一言。
俺のステータス画面には『女王陛下の加護』という言葉が刻まれている。
これって、生態系の底辺に暮らしている住人が、大出世したことになるのではなかろうか。
控えめにいっても、今の俺は最強に近い存在なのだろうか。
俺のステータス
・種族 : 人間
・職業 : 復讐の召喚士
・年齢 : 17歳
・Level : 20
・力 : 10
・速 : 10
・体 : 15
・異能 : 召喚D、戦術眼D、鑑定D
・状態 : 支配、洗脳解除
・特殊 : 女王陛下の加護
・経験 : 0/10000
・cost : 36/12+24
実際の俺の能力値はLevel9の『F』級並み。
Cost値が高く、強力な個体を召喚することが可能であるものの、その強力な召喚個体を持ち合わせていない。
まさに正真正銘の雑魚。
だが、俺は最強に近い存在だ。
なんだ。この超圧倒的な優越感は。
やべぇぜ。これは。
正騎士候補達が小物に見えてきたぜ。
実際に力関係でいえば、奴等より『女王陛下の加護』を持つ俺の方が遥かに上だしな。
地面に膝を付いた黄金盾士に続き、龍狩槍使と蒼穹聖職者も手に持っていた武器を地面に落していた。
それぞれが、奈韻の『魔弾』に撃ち抜かれている。
Level29の『ネームド職』達が、まるで相手にならねぇじゃないか。
奈韻の方はというと、相当の余裕がある。
マジですか。
黒髪令嬢はこれほどまでに強いのか。
腹の底から笑いが込み上げてくる。
俺は両手の拳を天へ突き上げ叫んでいた。
「正騎士候補といっても、全然たいしたことがないな。おい。分かっているんだろうな。この後、俺がお前達をボコボコにしてやるからな!」
気が付くと、正騎士候補達3人が一緒に地面へ倒れていた。
気絶してしまっている。
正騎士候補の背後へ人狼がまわりこみ、抜いていた大太刀を振り下ろしていたのだ。
ちょっと待て!
格好よく決め台詞を叫んだ俺の言葉を聞く前に気絶したら駄目だろ。
人狼の奴。空気を読んでくれないかな。
俺の1番いい場面なんだぞ。
底辺の住人が下剋上に成功した宣言をしたところなんだぞ!
人狼が大太刀を鞘に戻しながら、気絶した3人へ静かに『峰打ち』をしいたことを告げていた。
「安心しろ。峰打ちだ。命まではとっていない。」