第2話「陽葵もフロイトを見た」(2)
陽葵と母親が訪れたのは、学生らしき若者が出たり入ったりをしている雑然とした部屋で、部屋の奥が仕切られていて、その1つ1つに名札が掛けられていた。
母親は、その中に、
浜井徹
の札を見つけると、その入り口に座っていた女性に、
「あの、夏井と申しますが」
と声をかけた。
すると、その女性は、それを承知していたのか、二人に、
「夏井様ですね。奥にどうぞ」
と声を掛け、仕切りの部屋へと二人を案内した。
「申し訳ありませんが、まずは直接、子どもさんの話を聞きたいので、お母さんは入り口の席でお待ちください」
中から声をかけたのは、一見、学生と区別ができないくらいの、若い男性だった。ここで再び、母親が女性に案内されて仕切りの外に出ると、その男性・浜井徹が陽葵に声をかけた。
「陽葵ちゃんだね。先輩、あ、君のお父さんから話は聞きましたよ。さあ、座ってください」
陽葵が部屋に入ってすぐのイスに座ると、
「何でも君は、人の顔の上とかに、別の人の顔が見えるんだってね。ならば、私の顔の上にも、誰かの顔が見えるのかい?」
また、同じ質問だ。
陽葵は少しがっかりした。がっかりして黙っていると、
「そうか、見えない時もあるんだね。でも、無理しなくていい。少し疲れてて見えないのなら、しばらくすれば、また見えるようになるからね」
黙っている陽葵に浜井がそう言うと、
「陽葵はもう、見たくないの。見えると、お母さんが心配するし、お友達を悲しませる。早く、大きくなって、見えないようになりたいの」
陽葵は突然、ふてくされたように言った。浜井は少し驚いたようだったが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「陽葵ちゃん、君は誤解してるね。先生は断言するよ。見えることは恥ずかしいことでも、悪いことでもない。それどころか、先生は、素晴らしいことだと思うよ」
それを聞くと、陽葵は浜井の目をじっと見つめて言った。
「でも、見えてるのって、陽葵が作ったウソなんでしょ。ホントは何もないんでしょ」
それを聞くと、浜井は少し考えるような表情の後、今度はゆっくりと、陽葵を見ながら尋ねた。
「陽葵ちゃん、もう一度、聞くよ。僕の頭の上にも、誰かの顔が見えるかい?」
すると、陽葵は呆れたように答えた。
「あなたの頭の上に見えるのは、お髭をいっぱいはやした、オジサンよ。日本の人じゃない、知らない外国のオジサンよ」
すると、
「おおお、そうか」
と、その答えがよほど気に入ったのか、浜井が目を輝かせた。