第2話「陽葵もフロイトを見た」(全6回)
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翌日、母親は自ら学校に電話を入れて陽葵に学校を休ませると、午前中は少し前に母親自身が陽葵のために購入した通信教材を自分でやるように促し、昼過ぎになると陽葵を車に乗せ、大名古屋大学へ向かった。
前夜、陽葵は同大学の教授であり、精神科医でもある浜井徹を訪ねることに否定も肯定もしなかったが、
「否定しないってことは、行ってもいいってことだな」
と言って、その場で父親が、浜井に電話を入れると、彼は翌日は朝から大名古屋大学にいて、講義は朝と夕方なので、午後一なら時間があるとのこと。意外にも浜井も陽葵に興味を示したので、さっそく翌日の訪問となった。
「陽葵、お父さんが言うから、浜井先生のところにも行くけど、昨日の高師匠の言葉も思い出してね。あなたが見ている人の顔は、あなたの脳が勝手に作っているウソの映像で、そんなのホントは存在しないの。大人になると自然に治ることもある、って師匠はおっしゃってたでしょ。だから、今のあなたは、変なものが見えることを、子供っぽくて、恥ずかしいことと思わないといけないのよ」
母親は運転しながら、そう言うと、片手を伸ばして、陽葵にそっと触れると、トントンと優しく叩いた。
返事を促された気がして、陽葵は、
「は」
と小さく声を出したが、返事はそこで止まってしまった。母親は言葉を続けた。
「お母さんはね。陽葵に、目上の人に逆らわない、聡明で素直な、誰からも好かれる女性 になってほしいの。簡単に言えば、幸せになってほしい、ってことかな。
陽葵、聞いたことない?生きている時に悪いことをすると、死んでから地獄で苦しんだり、次に生まれ変わった時には昆虫とか家畜とかになってしまい、人間として生まれ変われないとか。
でも道標教の教えは、そんな誰にも分からない死後の世界なんかじゃなく、現世で仏になる、つまり幸せになるための教えなの。何やかんや言ったって、お父さんも道標教の信者のはしくれだから、見た目には幸せに見えるでしょ。そう、あの人だって決して不幸じゃない。
そして、私は何より陽菜にも、幸せになってほしいの。分かるでしょ」
陽葵は、小さくうなづいた。
やがて車は、大学の校内に入り、外来者駐車場に入った。車を出た母親と陽菜の二人は、駐車場入り口へと向かい、そこにある校内案内図に目をやった。二人が向かう、
大名古屋大学文系研究室棟
は駐車場を出て、すぐの場所に建っていた。