「噓つき陽菜」(5)、父との会話
5
「行かない!」
その声の大きさに、陽葵自身が驚いたが、前にいる高道官の表情に変化はなく、横の母親も怒るというよりも、高に対して申し訳がなさそうにしているように見えた。
「何も急いで決める必要もない。そうだ、一度、お父さんにも相談してみてはどうかな。行くと決めたら、今度はお父さんと一緒に来てくれてもいい。お父さんには、私が久しぶりに会いたがっている、と伝えてくれると、うれしいな」
高の言葉の後、陽葵と母親は、教団を後にした。母親は、ほとんど何もしゃべらなかったが、家に着く直前、
「それじゃ、お父さんに相談してみようね」
とだけ、言った。
家に帰ると、陽葵は居間で待たされる形になり、母親だけ父親の部屋へと向かった。陽葵が居間にいたのは数分だったが、やがて母親が、
「まったく、あの人だけは何を考えているのか、分からないわね。陽葵、お父さんがお話があるそうだから、行って来なさい。よ~く相談するのよ」
ぶつぶつ言いながら戻って来て、陽葵を父親の部屋へと促した。
父親の部屋は、陽葵の家とは別棟になっていて、母親によれば、小説家である父親が小説を書く専門の部屋で、あまり近づいてはいけないことになっていた。だが、実際の父親にはそんな様子はなく、陽葵は父親に招かれ、父親の部屋でお菓子を食べながら、父親のいろいろな話を聞くことが何度もあった。陽葵は父親の話を聞くことが、決して嫌いではなかった。
陽葵が部屋に入ると、父親は何故か、恐竜のおもちゃを持ち、それを目の前に掲げて、動かしていた。
「お父さん?」
と陽葵が呼び掛けると、
「お、陽葵。悪い悪い。今、ピリ湖にいる恐竜ピッシーがどんな動きをしていたのか、うっかり忘れてしまったので、思い出していたところだ・・・。まあ、そんなことはいい。さあ、座った座った」
肩書は童話作家という、父親の言葉で、陽葵は机の目の前にある、いつもの長椅子に腰を下ろした。
「何でも陽葵、陽葵には、人の顔の上とかに、別の顔が見えるそうだが、本当か?例えば、お父さんの顔の近くにも、何か顔は見えるのか?」
高と同じ質問だった。陽葵はしばらく考えた末に答えた。
「お父さんには、お父さんと同じ顔をした、おじさんが見える。お父さんにそっくりなので、時々、どっちがお父さんなのか、迷うこともある。でも、こっちに見えるお父さんみたいなおじさんは、陽葵の脳が嘘をついてるんだよね」
陽葵がそう言うと、
ハハハハハ
父親は大声で笑い出し、あまりに笑い過ぎて、そのまま椅子からコケ落ちた。
「面白いじゃないか。陽葵。面白い。そんな面白い特技を、無理に治す必要などあるものか。お父さんが保証する」
立ち上がりながら、父親がそう言うと、
「でも私、間違って、柚ちゃんに、ひどいことを・・・」
陽葵は、暗い表情でそこまで語ったが、父親が、
「確かに、他人に対する思いやりは必要だ。でも、間違ったのは君の不注意で、間違いは糾せばすむことさ。覚えておきなさい。人にとって一番大切なのは、ありのままの自分を愛せる自分になる、ということだよ」
と、陽葵を諭すように、そう言うと、
「ちょっと、あなた。あなたは高師匠のご提案を断る気なの?」
と言って飛び込んで来たのは、母親だった。




