第2話「陽葵もフロイトを見た」(4)、その名は「フロイト」
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絵を描いたのは、浜井ではない。
浜井の言葉に、陽葵はよるべを失い、体の力が一気に抜けて、倒れそうな衝動を覚えた。浜井はそれを見て、慌てて言葉を続けた。
「これを描いたのは、僕なんかより、よほど有名な人さ。陽葵ちゃんは、柴原葵さんっていう人を知らないかい?」
陽葵は、その名を、どこかで聞いたような気もしたが、思い出せなかった。
「柴原葵、今や、御主人である帝国大学教授・柴原達夫氏とのペアで、超能力実験や最先端の超能力開発で、マスコミにも時々取り上げられている人気者さ。この絵は、2年ほど前に、テレビで超能力の検証番組を放映した時、彼女に僕の鑑定をしてもらい、描いてもらったものだ」
陽葵は浜井の言葉を必死に理解しようと、黙って話に聞き入っていた。と、突然、浜井から質問が投げかけられた。
「さあ、だとしたら、こっちの写真は何だと思う?」
黙っていると、浜井は再び、モノクロ写真のコピーの方を、陽葵の顔に近づけた。陽葵は驚いたが、頭は真っ白で何も浮かばない。浜井は続けた。
「何と、彼は、陽葵ちゃんは知らないかもしれないが。二十世紀初頭の精神分析医、ジークムント・フロイトなんだよ」
「ジーク・フロイド?」
陽葵はもちろん、ジークムント・フロイトは知らなかったが、自分が見ている映像の人物に名前があることに驚いた。
「もっとも、彼女が描いた人物がジークムント・フロイトだったことが、逆に出来過ぎた話として受け取られ、当時はどちらかと言えば懐疑派を増やす結果になってしまったんだが、僕には彼女がウソを言っているようには思えなかった。それに不思議な話だが、僕は子供の頃からフロイトにシンパシーを感じていて、だからこそ今の精神分析学の道に進んだのだから、僕の背後にフロイトがいても、それに違和感はなかったよ」
そこで浜井が改めて陽葵を見ると、陽葵は話には聞き入っているが、それを理解しているかどうか、浜井には確信が持てなかった。
「ゴメンネ、難しい話をして。でも、僕は陽葵ちゃんのお陰で、長年悩んできたことに、ようやく一つの答えが出せたことがうれしいんだ。それは、柴崎葵さんが言ったこと、見ていたものは、事実ということだ。ただ、疑問は深まったよ。彼らは何者か?彼らは何のために、そこにいるのか?いるだけで、その目的は果たされているのか?考えてみれば、研究すべきことは増えるばかりだ。でも、僕には、それも喜びなんだ」
浜井の言葉を聞いて、何故か陽葵までが、ワクワクするような気持になった。何とも言えぬワクワク感。それが、浜井との面接を経て、陽葵が得たすべてだった。
浜井はその後、母親を呼ぶと、母親に陽葵を3か月に一度くらい連れてきてほしい、と提案した。母親は、それに承諾したが、浜井は、陽葵の現状については、
「心配はいりません。今のところ、特に問題はありませんね」
としか言わなかった。




