非常識な勇者の常識
ドラグーン王国の辺境に位置する緑の生い茂った山の麓、
トリス村の入口近くに腰掛けている門番アルスは、どうにかして退屈さを凌ごうと妄想にふけっていた。
村に魔物の大群が押し寄せ、それを全て追い払うだとか。
見回り中に金鉱脈を発見して大金持ちになるだとか。
そんなあり得ないことを考えているアルスの目に1人、トリス村に歩いてくる旅人らしき者が映り込んだ。
アルスはすぐさま自らの装備を確認し、特に問題がないことを確かめると旅人らしき者を観察し始めた。
その者は革鎧と薄黄緑色のマントを装備しており、一般的に旅人や冒険者と呼ばれるような格好をしている。
身長は平均より少し小さく、この辺りでは見かけない珍しい色の髪を携えており、髪の長さからして旅人はおそらく女性だろうとアルスは推測した。
しかし、それよりもアルスの目を引いたのは旅人が背負っている彼女の身長より少し小さいくらいの、それでいてバカでかくてやけに禍々しい盾らしき物と、一歩動くごとにガリガリと音を立てて彼女に引きずられる3つの棺桶だった。
旅人との距離が近づいてくる。
アルスは槍の穂先を彼女に向け、警戒心を表しながら声を上げた。
「そこで止まれ! 何者だ!」
旅人は表情を変えることなく
「ああああ」とだけ答えた。
予想外の返事にアルスは少し狼狽えたが続けて質問をした
「お前、名前はなんだ?」
「ああああ」
ふざけているのか? そう思ったが、彼女の表情はこちらを揶揄っているようには見えないし、武器を取り出す様子もなかったのでもう一度質問することにした。
「なあ、あんた 名前はなんだ?」
「ああああ」
前言撤回。この女は確実にふざけている
「おい、ふざけるんじゃないぞ」怒りを表情に滲ませながら睨みつけると、
「ふざけてなどいない」
女は声色を変えずに短く返答した。
ようやく返ってきたまともな返事に驚きつつも、この女がふざけているわけではないと理解したアルスはもう一度だけ、質問をすることにした。
「なんだ、まともに話せるじゃないか。それで、あんたの名前は?」
「ああああ」
村中にアルスの怒号が轟いた。
しばらくして……
旅人の名前が「ああああ」であり、ふざけてなどいなかったことが判明したあとにアルスはずっと気になっていた事を質問した。
「なんでそんな……でかい棺桶を、引きずっているんだ?それも3つ……」
「縛りプレイだ」
「……どういう意味だ?」
「自らに苦行を課している」
ああああが……女が発した言葉をアルスは理解できなかった。いや、言葉は理解したが意味を理解できなかった。けれども細かい事は気にしていては疲れるだけだと思い、無視して質問を続けた。
「あと…、そのバカでかくてやけに禍々しい盾?はなんなんだ?」
「呪われた大盾だ」
女はさも当たり前かのように答えたが、当然の如くアルスは理解できなかった。「その盾、重くないのか?」とか「なんでそんなヤバい盾を装備しているんだ?」だとか至極当たり前な質問をしようとしたが、おそらくこれも女が言った苦行とやらなのだろうと思い、質問はしなかった。どうせ聞いても理解できないだろうし……
「村に入ってもいいか?」
「……ああ、入ってもいいぞ。ただ、問題を起こすなよ。」
アルスは少し迷ったが、村の中に入れることを許可した。
「名前はなんだ?」
「名前?……俺の名前はアルスだ」
「違う」
「……は?」
「村の名前だ」
いや、主語を使えよ。そう思ったが口に出さなかった。
「この村の名前はトリス村だ」
「そうか……この村の名前はなんだ?」
「え?……トリス村だよ、トリス村。聞き逃したのか?」
「聞き逃していない。……この村の名前はなんだ?」
?????理解できない……いや、こいつが変なことを言うのはこれが初めてじゃないけど。
「なんで何回も村の名前を聞くんだ?」
「人に何回も話しかけるのは常識だろ?……それで、この村の名前はなんだ?」
「………」
無視することにした。もうこいつとは話したくなかったから。しばらく無視を決め込んでいると、女は村の名前を聞くことを諦めたのか、村の中へと入っていった。
日が傾き始め退屈な時間を終えて家に帰ろうとした時、
「おい!アルスてめぇ!よくもあんな****を村に入れやがったな!」
村の住民たちが怒号と共にアルスに押し寄せた。
「は?……え?……どういうことだ?」
アルスは困惑した。心当たりがなかったから。
今日、したことといえば……槍を磨いたり……暇つぶしに草を抜いたり……あとは、変な女が………あった、心当たり。
「まさか……」
「お前の入れた奴が俺の家の金を奪って、どっかに隠しやがったんだよ!」
「俺ん家は家中の壺が割られたんだよ!おかげで楽しみにしてた酒が飲めなくなっちまったじゃねぇか!」
あの女!やりやがった!問題を起こすなよって言ったのに!
アルスが心の中で悪態をついていた時、いつのまにかアルスの正面にいた村長がゆっくりと口を開いた。
「アルス……悪いが…君に村を出て行ってもらうことにした。」
「……ッ! 村長……そんな…」
「理由は……わかるだろう? 荷物はもうまとめてある……気が変わらないうちに、早く出ていきなさい。」
ああ……そんな……ウソだと言ってくれ……
現実を認めたくなかったが、すぐに出て行くことにした。
早くいかないとマズいことになりそうだったし。
真っ暗な森の中、焚き火のそばで俺は後悔していた。
「ああ……クソッ……」
「何があった?」
「アイツの……アイツせいで、村を追い出されたんだ。」
誰でもよかった。誰でもいいから、俺の話を聞いてほしかった。でも……
「災難だな。……アイツとは誰だ?」
「お前だよ!!!お前のせいで!俺は!村を追い出されたんだよ!!」
なんでよりにもよってお前なんだよ。なんでここにいるんだよ。俺は叫びながら近くにあった木の棒を手に取り、頭のおかしい女の頭目掛け振りかぶった。
振りかぶられた棒はそのまま頭に命中し……女の脳味噌を辺りに撒き散らした。……その瞬間、女の体が光に包まれ……
女が平然とした様子で座っていた。
「……お前……なんなんだよ……」
「勇者」
「なんで、何回も何回も村の名前を聞くんだよ……」
「セリフが変わるかも知れないだろ」
「なんで、人の家に勝手に入って、壺を割ったり……物を盗むんだよ……」
「良い装備と、タネが欲しいからだ。」
理解できない。非常識だ。ありえない。
「何……言ってるんだよ、なんで、そんな事するんだよ……タネとか、セリフだとか、意味……わかんないよお前。非常識だよ……」
「何言ってるんだ?当たり前のことだろ。常識ないのか?」