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四大精霊銃物語  作者: 鹿嶋 雲丹
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第一話 毒盛る執事

 柔らかな朝日が、美しい庭を照らし出す。

 朝露輝く、濃い緑。

 そして、赤、白、ピンク……色とりどりの薔薇が、競い合うように可憐に咲き誇っている。

 豪奢な香りがほのかに漂う、広大で美しい庭。

 そして、その庭に相応しい、歴史ある大きな屋敷。

 朝日が顔を出すその前に、既に屋敷内では使用人が働き始めている。

 家人の、朝食や外出の準備の為だ。

 短い黒髪の若い男が、白い手袋をはめながら歩く。

 すらりとした体型、整った顔立ち。

 男は、この家の若き執事であった。

 執事の仕事は、屋敷内の雑用、敷地内の庭の管理等広範囲に及ぶ。

 調度品に埃がついていないか、床は美しく磨きあげられているか。

 男は廊下を足早に歩きながら、それらをチェックしている。

 そして、なにか気がつく事があれば、すぐさま近くにいるメイドにそれを改善するように指示を出していた。

「おはようございます」

 執事の男は調理室を訪ね、いつものように朝食のチェックを始める。

 それは料理の味つけだけではなく、皿やフォーク等の食器も対象だ。

「今日も完璧ですね」

 執事は味見を済ませると、シェフに笑顔と共に賛辞を送った。

 シェフは、嬉しそうな笑みを浮かべてペコリと頭を下げる。

 調理室の次に向かうのは、家人である二人の娘の世話係の所だ。

 スクールに通う二人の娘の、ファッションチェック等を行うのだ。派手になりすぎず、彼女らの好みに合うかどうかだけではなく、髪を整える櫛やアクセサリーが清潔であるかなどを入念にチェックする。

 執事は娘の世話係とのすり合わせを終え、銀色の懐中時計を確認した。

 朝の紅茶を淹れる時間だ。

 執事は、口元ににやりと笑みを浮かべた。


 朝は、優雅な紅茶の香りで目を覚ます。 

 この家の朝の慣例である。

 執事は軽くドアをノックし、紅茶を載せた盆を手に部屋に入った。

 十五歳になる、この家の女主人の次女エリーの部屋だ。

 エリーは寝相がとても悪く、高級羽毛の掛ふとんは、いつもぐちゃぐちゃになっている。

 かちゃり、サイドテーブルにティーカップとティーポットを置き、執事は未だ眠っている娘に声をかけた。

「エリーお嬢様、おはようございます」

 ぐちゃぐちゃになった掛ふとんを丁寧に畳みながら、執事は朝の挨拶をした。

 だが既にその頭の中では、次に起こす長女の事を考えている。

「……おはよお……ゼロ……」

 執事の細く高い背にだらりと体を預け、エリーは甘ったるい声で執事の耳元で囁いた。

 この行為はモーニングティー同様、毎朝の慣例であった。

「おはようございます」

 背中の体温と感触をさして気にも留めず、“ゼロ”と呼ばれた執事は慣れたようにエリーの体を優しくベッドに戻し、ティーカップに紅茶を注ぐ。

 白い湯気と共に、茶葉の香りがエリーの部屋中に広がっていった。

「今日も、いい香りね……」

 エリーが欠伸をしながら、気だるそうに言う。

「ありがとうございます」

 朝の紅茶の茶葉選定は、執事の担当である。ゼロは、国内の高級茶葉をブレンドするなど、独自のアレンジもしていた。

 その後ゼロは無言でエリーに会釈し、部屋から退出する。

 次は十七歳になる長女アニーの部屋だ。

 こちらも、妹エリーに負けず劣らずの寝相の悪さを誇る。

 ゼロは、ぐちゃぐちゃの状態で床に落ちた高級羽毛の掛け布団を拾い上げ、畳み直してアニーの足元に置いた。

「おはようございます、アニーお嬢様」

 エリーと同じ紅茶を、アニーにも淹れる。

 いつものように一通り朝の挨拶を済ませ、ゼロはアニーの部屋を出た。

 そして、おもむろに白手袋を外し、グイッと口元を拭う。

 一方的に押し付けられた、濡れた唇の感触が毎度の事ながら気色悪い。

 だが、その不快感は一切面に出さない。

 この気色悪い朝の恒例儀式も、女主人キャシーのものに比べればまだ可愛らしいものだからだ。

 いつ、こいつらの息の根を止めようか。

 屋敷の若き執事たるゼロは、毎朝それを考えている。

 毎朝淹れる紅茶の、フレーバー選定。

 そのフレーバーに、わずかな毒を盛る。

 体調に異変が出てきたら、解毒用の薬を盛る。

 なるべく、生きたまま……苦痛を末永く与える。

 それがこの家の執事、ゼロの日課だった。

 この行いが良いことだとは、ゼロとて思っていない。

 だが、この家人に好き放題されて、なにもしないというのは到底我慢ならなかった。

 罪には、罰を。

 この毒は、罰だ。

 甘美な罪に対する、甘い罰。

 毒を盛ることは、罪になる。

 家人がゼロに対し罪を重ねるように、ゼロは家人に対し罪を重ねる。

 こんなことを繰り返していて、死後の自分の魂がよいところに行けるとは思っていない。

 ゼロの最終目標は、この屋敷にとりつく怨霊となる事だった。

 恨みを晴らし、死後この屋敷を独占する。

 その日だけを楽しみに、ゼロは日々働いていたのであった。

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