第2話 禁呪の覚醒
「ポヨ?」
「お、目ぇ覚めたか?」
スライムのレネは意識が戻ると辺りをキョロキョロと見回し始めた。
「ああ、屋敷な。追い出されちまったんだよ」
「ポヨォ……」
レネは父上に焼かれた俺の左腕に気付いて心配に思ってくれたのか、ベロベロと舐めてきた。
「ハハ。大丈夫大丈夫。こんなことでくたばりゃしねぇよ。……というか悪かったな。俺のせいでとばっちり受けちまって」
「ポヨ! ポヨポヨ!」
心配ない、ということだろうか。
レネは俺の腕の中でプルプル震えていて、弟のマーベルに痛めつけられた傷もある程度癒えているようだった。
「なあレネ、聞いてくれるか?」
「ポヨ」
「俺、魔法の才能が無いんだとさ。笑っちまうよな、賢者の家系に生まれたってのに。それで追放までされちまってよ」
「ポヨ……」
屋敷で保護している時もそうだったが、レネは俺の言葉を理解している感じだった。
丸く愛らしい姿のせいもあってか、ついついこうして話かけてしまう。
「ただ、俺は別に今の状況を悲観しているわけじゃない。むしろ名家のしがらみも無くなって好都合だと思ってる」
「ポ?」
「もし俺が王家と関わって力を付けたら、そこからやろうと思ってたことなんだがな。お前みたいに知性を持った魔族もいるなら、そいつらと会って話をしてみたいんだよ」
「ポッポヨ!」
レネは興奮しているのか、またも俺の腕の中でバウンドしている。
何とも可愛らしい。
この世界には大きく分けて3種類、人族と魔族、そしてシャドウという魂を持たない魔獣が存在している。
人族の中で魔族は悪だと伝えられ、魔族の根絶こそが人族の為すべき悲願であるとされていた。
だが、俺はレネとの出会いを通じてその教えに疑問を持っていたのだ。
魔族の中にも対話ができる者がいるのではないか?
意思の疎通ができるのではないか?
そして、本当に魔族は悪なのか、ということだ。
現にレネは人族の言葉を話せないまでも、こうして俺の話を素直に聞いてくれている。
だから、俺は魔族と会って話がしてみたいと思う。
まだまだ俺は魔族のことをよく知らない。
カーベルトの屋敷は追い出されてしまったが、逆に考えれば人間領に留まらず外の世界を見てみるチャンスだ。
そう考えれば、今の状況も決して悪いものではない。
――最後にリリアと話せなかったのは心残りだけどな。
俺は心の中で独り呟き、自嘲気味に笑う。
「でな、今後どうしようかって思うんだが――」
「ポヨ!」
俺が話し始めると、レネは興奮気味に返事をしてくれた。
***
「おい、逃げたぞ! 追え!」
その声を聞いたのは王都から離れて数日が経ち、隣町に向かう道中でのことだった。
草むらから様子を遠巻きに窺うと、何人かの屈強そうな兵士が慌ただしく散っていく。
――あれは……、護送用の魔導車?
兵士たちのいた場所には魔力で動かすことのできる護送車が止まっていた。
しかも、護送車の脇には王宮のものであることを表す印が刻まれている。
「逃げたのは魔族の小娘一匹だ! 何としても捕まえろ!」
「――っ!」
兵士の内の一人が大声で叫ぶ声を聞いて俺は思わず息を呑む。
魔族だって?
それに女の子?
なぜそんなものを王宮に運ぶのか気になって考え込んでいると、服の端をレネが引っ張ってきた。
「ポヨー!」
「な、なんだ。どうしたレネ?」
レネはこっちへ来いとでも言うように、草むらの奥へと向けて跳ねていく。
導かれるままに草むらをかき分けていくと、そこには角を生やした女の子がうずくまっていた。
――魔族、だ。
「ぐ……、うぅ……」
「おい、大丈夫か!?」
女の子は整った顔立ちを歪ませながら呻き声を上げていて、近寄るとその理由が判明する。
女の子の足を矢が貫いており、その足からは俺たち人間と同じ赤い鮮血が流れていた。
レネが心配そうに女の子の周りを飛び跳ねている。
――っ、兵士にやられたのか?
「お、おぬし、は……?」
女の子は一瞬ビクッと怯えた表情を浮かべるが、俺が兵士たちとは違うことに気付くと警戒しながらも話しかけてきた。
――この子、人の言葉を……。
「待ってろ、今処置する」
俺は矢を折って引き抜き、女の子の足に布を巻きつける。
これでとりあえずの止血にはなるだろう。
困惑した表情を浮かべている女の子の首に、黒い金属製の首輪が取り付けられているのを俺は見つける。
――奴隷錠。
魔族の力を強制的に封印し、拘束するための魔導具だ。
「なあ、君は――」
「おい、その小娘をこっちに引き渡してもらおうか」
振り返ると、先程の兵士たちがいた。
金属製の武具に身を包み、明らかに戦闘慣れしている様子が見て取れる。
後ろには魔道士風の男も三人ほど見えた。
「引き渡したとして、この子の安全は保証されるのか?」
「これはおかしなことを。魔族にそんな配慮は必要ないだろう。庇い立てをすれば貴様もただでは済まさんぞ」
「……」
なるほど、理解した。
引き渡したが最後、生きるにせよ殺されるにせよ、この子はろくな目に遭わない。
しかし、女の子は立ち上がり、足を引きずりながら兵士の方へと歩いていく。
「お、おい」
「手当てをしてくれて、礼を言う。だが、おぬしまで巻き込むわけにはいかん」
女の子は俺の方を少しだけ振り返る。
髪の色と同じで赤く、綺麗な目だった。
「ったく、隊長が先に行ったから楽しませてもらおうと思ったのによ。手間取らせやがって!」
兵士は近くまで来た女の子を蹴り飛ばし、足を踏みつける。
矢で貫かれ、俺が手当てを施した部分だった。
「ぐ、ぁあああっ!」
――っ!
「ポヨォ!」
「あーあ、今度は逃げられないようにもっと痛めつけておくとするかぁ。んでその後は、と。へへっ」
兵士が下卑た笑いを浮かべる。
俺は立ち上がろうとするが、兵士の一人から剣を突き付けられた。
「それ以上動けば、どうなるか分かるな?」
「くっ……」
――どうする?
もしここで魔族を庇うために歯向かったとなれば、俺自身も敵として扱われるだろう。
しかも兵士たちは武装していて隙がない。
向かっていったとなれば、本当に殺されるかもしれない。
そうまでして魔族を庇うのか?
……。
…………。
――くっくっく。何を迷ってるんだよなぁ、ベゼル・カーベルト。魔族と対話したいなんて言ってる人間が、この状況を見捨てていいわけねえだろ……!
俺は突き付けられた剣に抗うようにして立ち上がった。
「まさか我々エルムア師団に逆らう気か?」
「ああ。見過ごすなんてできない」
俺が言い放つと、兵士たちは一様に面倒くさそうな表情を浮かべていた。
「やれやれ、無駄な戦闘はしたくねぇんだがなあ」
「……おい、そいつ。ベゼル・カーベルトじゃないか? 家紋を焼かれ賢者の屋敷から追い出されたっていう」
「ああ、そういえば何日か前にそんな話あったなぁ。ならいいか」
ため息をつきながら、剣を構え直す兵士。
「家紋を失ったクズなら、殺しちまっても構わねぇよなあ!」
ああ、コイツはヤバいかもな。
せめてレネや女の子が逃げる隙だけでもつくれるといいんだが……。
そんな考えがよぎったその時、レネが俺と兵士との前に躍り出る。
「お、おいレネ」
「ああん? 何だこのスライムは。邪魔するんじゃねぇ!」
マズい。
兵士がレネに向けて剣を振りかざした。
レネは知性を持つとはいえ、強さは普通のスライムと変わらないんだ。
あの兵士の一撃を受けたら……。
――くそっ、何か無いか……!
そこで俺は自身が授かった魔法に思い当たり、咄嗟に使用を念じる。
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【禁呪・チートマジック一覧】
●強化魔法
・対象:スライム
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藁にもすがる思いで俺はレネに魔法をかけた。
魔法でレネのダメージを少しでも軽減できれば……!
そう思ってのことだったのだが、そこから先の展開は予想外のものだった。
「ポヨー!!」
俺の魔法で激しく発光したかと思うと、レネの体がどんどんと膨れ上がっていく。
「え?」
「な、な……」
一番驚いたのは剣を振り上げていた兵士かもしれない。
最終的にレネの体は俺の背丈の10倍以上はあろうかというところまで巨大化していたのだ。
「こ、この魔法は……!」
なぜか女の子が驚きの声をあげている。
そして、レネはボヨンと震えたかと思うと、兵士の頭上に向けて大きく跳躍した。
「ポヨォ!」
「ちょ、ちょっと待……、のわぁああああああ――!」
その周りにいた兵士たちも巻き込み、巨大化したレネがのしかかる。
「ぐげ……」
レネの下敷きになった兵士たちが白目を剥く。
「き、貴様、何をした!?」
残った兵士も困惑顔だ。
いや、無我夢中で魔法を使用しただけなんだが……。
「く、くそったれが! おい、ドラゴンを喚べ!」
「で、ですがドラゴンは制御が難しく、我々にも襲いかかる可能性が……」
「構わん! あんな化け物を相手にしてたらどのみち全滅だ!」
兵士の一人が魔道士風の男たちに向けて叫んだ。
そして、魔道士風の男たちが集まり魔法を唱えると、突如そこには竜の形をした黒い影が現れる。
魂を持たない魔獣、シャドウだった。
――っ、召喚魔法か!
シャドウは異界から現れる魔獣だとされており、使役した者の魔力によって強さと形を変えると言われている。
その中でもドラゴンのシャドウは驚異的で、熟練の冒険者パーティーを壊滅させるほどだ。
通常では召喚することすら難しいとされているが、複数の魔道士が詠唱することで喚び出したのだろう。
「ポ、ポヨ……」
巨大化したレネでもさすがにドラゴンのシャドウは荷が重いかもしれない。
と、不意に俺の目の前に青白い文字列が現れる。
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スライムの使役により戦闘勝利。
新たなチートマジックを会得しました。
【禁呪・チートマジック一覧】
●強化魔法
・対象:スライム
●攻撃魔法
・極大黒炎魔法【新規】
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「な、何だコレ?」
極大系の攻撃魔法だって?
確か魔族の中でも最上位のウィザードしか扱えないとされている魔法だったはずだ。
――グォルガアアアアア!
「チッ、迷ってる暇はないか……!」
ドラゴンのシャドウが暴れ回り、女の子の方に狙いを定めていた。
俺は滑空する竜に手の平を向け、会得した攻撃魔法を使用した。
「極大黒炎魔法!!」
瞬間、辺り一帯の大地が揺れたと思う。
凄まじい轟音と共に黒炎が湧き起こり、巨大なドラゴンのシャドウを飲み込んでいく。
――グギャアアアアアア!!
一際大きな雄叫びが響き渡り、シャドウは跡形もなく消滅する。
屋敷で父上が使っていた火炎魔法とは比較にならない威力だった。
「な、なんですか? コレ……」
あまりの破壊力に、魔法を放った俺自身も呆然とするしかなかった。