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おまけ③


「おかえりなさい」


 そう言われて思わず固まった。

 最近仕事が忙しい。プライベートも幸せなくらい忙しい。おかげて今日雪子が来てくれる日だと、うっかり忘れてしまう程に。


 いや、忘れていない。少なくとも会社を出るまでは覚えていた。だから少しでも早く帰りたくて気ばっかり急いて、そのせいで余計に遅れて。

 更には電車でうっかり眠ってしまって、寝ぼけた頭で帰ってきただけだ。それだけなんだけど……


「ただいま」


 そう言えば雪子がにっこりと笑うものだから、たまらなくなる。

 直ぐに手を伸ばして抱きしめて。

 この距離にいてくれる事が嬉しくて仕方がない。




 ──結局雪子は結納が済むまで俺の実家で預かる。という、母親から無情な決断を言い渡されてしまった。

 折角あちらのご両親から同棲の許可が降りたというのに。


 結納と言っても両家で食事をするだけなのだけれど。ちょうどお互いの都合が付かず、八月に予定している。

 長い……


 今うちの家族は新しい娘を可愛がって遊んでいるらしい。

 俺はそれをタブレット越しに指を咥えて見ているしか出来なくて。申し訳無さそうにする雪子に、俺の方こそ触れたくて構いたくてたまらない気持ちが益々募る。ぎりぎり通勤圏内の自分の実家が恨めしい。


 会えるのは会社と週末のデート……というか、式場の打ち合わせや新居巡りの時だけで。なんとなく仕事くさい。会えるだけで嬉しいのは確かなんだけれど。


 けれど、東京で言うお盆の少し前──七月の終わり。今日は両親と玖美が父の実家へお盆の里帰りの日なのだ。家族が不在の家に雪子だけ留守番というのも居心地が悪かろう。

 その為、その間だけ二人で過ごす権利を勝ち取った。


 母が葛藤の中、雪子にどうするか聞いた時、雪子が「貴也さんと一緒にいたいです」と答えてくれた時は顔がにやけるのを止められ無かった。


『未来の兄貴のお嫁さんなんだから、一緒におじいちゃんちに来ればいいんじゃない?』

 と言ってきた玖美は睨んでおいた。

 

『実は仕事が繁忙期で……』

 困った風の雪子に、得心顔で俺も頷く。

『そうだよ、玖美。俺たちは社会人なんだから』


 そう返せば玖美は頬を膨らませて不満そうにしていたけれど。『雪子さんとお泊まりデートしたかったのに』なんて。

 

 それは俺の科白だよ。

 なんで俺より先に達成しようとしてるのか。


 ……でもこのままだと初めての旅行が新婚旅行になってしまうのか。……まあ、それはそれでいいけど。何も気に留める必要も無いし。


『貴也、分かってるわね。預かりもののお嬢さんなんだから、大事にしないといけないのよ』

『当たり前だろ』

 びしりと言ってのける母親に正面から返す。

 いつもとても大事にしている。


 ……一応最後まではしていないのだ。ヘタレではない。その件に関してはよく耐えていると褒めて欲しいくらいだと思っている。ただまあ手を出していない訳ではないので……


 ちらりと視線を向けると、雪子が俯いて顔を赤らめているのが視界に入り。何となくそれが見れただけで満足してしまった。




「た、貴也? ご飯出来てるよ。食べてきたなら、明日でも……」

「うーん」

 恥じらい身動ぐ雪子を抱えながら思案する。


 首元に唇を寄せていたらくすぐったいようで、逃げようとするものだから腰をしっかりと抱き直す。


「お風呂」

「あ、沸いてるよ」


 少し照れながら口にしている様子は見逃さない。

「一緒に入ろう」

 そう言えば赤くなって固まってしまう理由も分かっている。


 ──後から物凄く怒られた。

 顔を真っ赤にして涙ぐむものだから、罪悪感とは違う感情に振り回されて大変だったんだけど。


 けれど、ごめんと言えば許してくれる、少し単純な雪子。

 とはいえ今日はまだ警戒されてるらしく、先程の問いには、うん、と答えてくれない。だからもう少しだけ、ねだってみる。


「ねえ雪子、何もしないから」

「……え、ほんと?」

 

(あ、駄目だ)


 ほっとした顔でこちらを見上げる雪子に目を細めた。


(まさかそんな風に言われて、あっさり信じるなんて、駄目だろう。……俺はいいけど)


「本当だよ」


 そう言って手を滑らせて雪子の服を剥いでいけば、困ったような顔をしながら、形ばかり手で身体を隠しつつ応じてくれる。


「ねえ雪子、いい事教えてあげる」

「いい事?」


 にっこりと微笑む。


 男の『何もしない』を、鵜呑みにしちゃいけない。

 

「もし、したらどうなるか……」


「何を?」


 落ちていく服を置いて雪子の手を引き浴室に向かう。


 教えてあげる。お風呂でね。




 ◇おしまい◇




お読み頂いてありがとうございました!

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