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17. 戸惑いから始まって


 河村君が真摯だ。

 ずっと優しいのだ──



 いや、学生時代から、にこやかに声を掛けてくれる人だったし、元々気を遣ってくれる人だったけれど。なんだろう……

 甘い……といえば良いのか……


 こんなに世話を焼いてくれる友達──は、初めてなのだ。そもそも男友達なんてほぼいないし……


 うーん。


 河村君の研修期間が終わり、会う機会はぐっと減ったかと言われると、そうでもない。


 部署が違うけれど食堂は同じなので、顔を合わせれば挨拶をするし、まだ続けているらしい彼女設定で周りに紹介するものだから、曖昧に笑って誤魔化したりして、自然と仲は途切れない。

 

 帰りの時間が合えば一緒に帰る事もある。

 驚いた事に最寄り駅が同じと知った時は大分バツが悪そうにしていたけれど、「この辺家賃安いもんねえ」と同意すれば、「それだけ?」と目を丸くされたのをよく覚えている。


 それから安堵して、物足りないような、不安げな顔をしていたのは……何でだかよく分からなかった。


 そのうち休日に遊びに誘われるようになって……学生時代は、こんなに仲良くなるなんて思わなかったなあ〜なんてしみじみしていたら、家にお邪魔したりもしてしまった。


 流石に仲の良い友人とは言え、男の人の家に入るのはなあ、なんて躊躇っていたら、何もしないよと呆れた顔で笑われた。


『そもそも前に家に上がった時、あれだけ無防備に寝てたくせに、今更何を心配してるの?』


 そう言われればぐうの音も出ないし……


(まあ、それもそうか……あんまり深く考え無い方が……いいよね。女性に不自由してないって言ってたしね)


 そんな流れで家に上がって手製のご飯をご馳走になったりして。

 それでも緊張していたら、河村君がタブレットを持ってきて、何故か妹さんと話す流れになってしまった。


 明るく可愛い妹さんの名前は、玖美(くみ)ちゃん。玖美ちゃんは画面の向こうで目を白黒させた後、花咲くような笑顔で喜んでは、沢山話をしてくれた。

 とっても可愛くていい子だった。


 玖美ちゃんは私たちの二つ下で只今大学二年生。

 歳も近くて話しやすい。気付けば私はずっと笑っており、いつの間にやらその場(・・・)の空気にすっかり馴染んでしまったのだった。


 その後河村君に貸して貰う予定だったDVDを一緒に観て、帰りは家まで送って貰う。

 

 なんだか私ばっかり色々として貰っている気がするので、ご飯を奢ると訴えれば、お家ご飯がいいから何か作ってくれと言われ食材を持って行って。作って一緒に食べて……を繰り返して……

 そのうち何かお礼をしたい意思表示をすると、ご飯を作って欲しい、が定番になっていった。

 

 河村君と過ごす時間。

 かれこれ二か月は経っただろうか。


 一外に出掛ける事も、家で過ごす事も当たり前になった頃、職場で呼び止めた誰かが今の関係をなんて言うのかを、改めて教えてくれた。




「ねえ、三上さんて河村さんと付き合ってるんだってね?」


「ああ……はい。そうです」




 河村君が女性からのアプローチを避ける為の仮称。

 何となく言い出し辛くて聞けないけれど、未だ継続中なこの扱いは、いつまでか……

 呼び止めた女性は探るようにじろじろと私を眺めた後、ふっと溜息のようなものを吐いた。


「河村君から半同棲なんだって聞いたわ。ご家族にも紹介してあるって」


 えーと、そこまででは……

 泊まった事は無いし、多分牽制の為に関係を誇張してるんだろうけど。家族だって会ったのはタブレット越しだし、それも妹の玖美ちゃんだけだ。


 ただ玖美ちゃんがご両親に私の事を話した……とは聞いている。


『えっ? 偽物の恋人の事、まで?』

『へへー、嘘つくの下手で。最初黙ってたんだけど、ばれちゃった』

『わあ……』

 

 玖美ちゃんに嘘をつくのが嫌で、話したのは私だ。

 つまりこれは、私が自分で言ったようなものなのだけど……


 息子に偽物の恋人がいるなんて、ご両親は困惑しているんじゃないだろうか……なんて戸惑っていると、


『パパもママも怒って無いけど、雪子さんに会いたいって言ってるから、今度家にも遊びに来てー!』


 という明るい声が返ってきた。


 軽率に引き受けたお詫びをしたいと、河村君にその事を話せば、何故かとても嬉しそうにしていたので、思わず首を捻ったのを覚えている。


(両親に説明出来て、ホッとしてるのかな?)




 ──まあ、あると言えばそんな謝罪の予定だけなのだけど……

(本当のところは、会社では言えないものね……)

 何故か込み上げる寂しさを噛み殺し、曖昧に笑って誤魔化す。

 すると目の前の女性は視線を逸らし、諦めたように口にした。


「結婚間近なのね」


「ええ!?」


 思わず飛び出た頓狂な声に慌てて口を手で塞ぐ。


「あ、あのっ。そこまではまだ……というか、ごめんなさい私、急がなきゃいけなくてっ」


 訝しげに眉を顰める女性に慌てて取り繕い、踵を返してその場を後にした。


(違う、違う。プロポーズなんてされてないもの……それ以前に……)




「付き合って……無い」




 ぽとりと落とした言葉は耳によく響いた。

 そうだ、自分たちは……いつの間にか距離が縮まり仲が良くなっただけの、ただの友人、なのだ……


 どうしてか胸が塞いで、くしゃりと歪みそうになる顔を口元をひき結んでやり過ごす。

 

(私たちって、何なの……)


 そして……


 河村君の何者でもない自分を、どうして悲しいと思うのか……私もいい加減、気付いてしまった。


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