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廃村

 その場を離れる前にひとつやり忘れた事があった。


「なあ、さっきあいつらを縛る時に取り上げた武器だけど、持って行かないのか?」


 身体の主は疑問を口にする。


(にゃあは剣にゃんて使えにゃいにゃ。……メツは使えるのかにゃ?)


 最後の問いには何処か馬鹿にした様な雰囲気が漂う。

 くそ! いちいち癪に障る奴だな! またつねってやろうか!


(にゃあ!? お願いだから止めてにゃあ!)


 先ほどの経験を反芻して興奮が甦って来る。

 ふひひっ。嫌がっている相手をつねるのはさぞかしいい気分だろうなあ?

 記憶を頼りにまだ感覚の残る指をつねる形に動かして弄び、相手の反応を確かめる。


(にゃあ!? 真性のヘンタイにゃあ!?)


 そして、狙った様に冷めた態度で話題を戻す。

 まあ、お前がいらないって言うのならいいよ。


(にゃ? メツ。急に冷めにゃいで欲しいにゃ)


 僕の態度の落差に驚いたのか、それとも本当はつねられるのに喜んでいて、期待しているのか?

 それこそヘンタイだな。


(メツ。全部きこえてるにゃ! にゃあはヘンタイじゃにゃいにゃ! 喜んでた訳にゃいにゃ!)


 もしそうなら期待に応えるのもやぶさかではないが。……つねりたければ何時でもつねれるんだから、そろそろ本題に戻るか。


(何時でもじゃにゃいにゃ!)


 方角を見定めて森の中へと歩き出す。背の高さもちぐはぐな木が幾つも重なって伸びていて密度が高い。成長途中で立ち枯れたモノや低木も多く。歩きにくい場所だった。

 木漏れ日に照らされていて明るさは十分だが、まったく知らない場所なのが不安を煽る。身体の主は大丈夫だと言っていたが。


 木の幹をトカゲらしき生物が素早く登る姿が見えた。それにつられて上を見ると、何者かがジャンプし、枝葉を盛大に揺らす様子が目に入る。季節は何時頃なのか不確かだが、枝に鈴生りの果実が色とりどりにキャンバスを彩る。


 森は生物に溢れ、動きと音の洪水だった。奇妙なのは、所々に土に埋もれた、動物の白骨らしきものが散見される事だった。どれもとうに肉は朽ちた様だが、年代はかなり古いモノに思えた。近づいてみても特に匂いもしない。踏みしめると鳴り響く軽快な音が奇妙さを助長する。

 古さのためか分からないが、白骨には欠損が見られるモノが多く。何者かの襲撃を思わせた。


 茂みの側を通れば、驚いた小さな虫たちが飛び出して行き、羽音を震わせる。その辺りの幹も目を凝らせば、擬態した昆虫が幾つも張り付いている様だ。

 足元を賑わす落ち葉も一枚ひろい上げれば、小さな虫が慌てた様子で逃げ出していく。だが、また奇妙な事に、それらを狙う動物の姿が見える事はなかった。自分の存在を恐れて現れないだけかもしれないが。


 木を登れる生き物だけが残っている……? そんな訳ないか。


 しばらく歩いていて気になった事がひとつ。

 何かが木や低木にぶつかっている? 腰と言うか、尻の上あたりに何か……?


「なあ、……さっきから尻の上あたりに刺激があると言うか、何かが周りの物にぶつかってる感じがするんだけど、何だこれ?」


 身体の主は興味なさそうに気怠げに答える。


(メツ。それは多分、尻尾じゃにゃいかにゃ。尻尾はにゃあが動かせにゃいから知らにゃいにゃ。……もしかして、気付いてにゃかったのにゃ? ぷぷぅ)


 口に手を当てて、こちらを嘲笑う様子がありありとイメージ出来た。

 こいつ! ほんと癪に障るな!

 まあ、いいや。とりあえず確認してみよう。


 立ち止まって後ろを向き、尻の辺りに手を伸ばす。


 すると――。


 柔らかな毛に覆われた何かに触れた。これが、尻尾か――!

 手で握って動きを試してみる。先ほどまでは、どう動かしているのか意識も出来ていなかった――と言うよりも存在じたいを知覚していなかった。

 初めての感覚に驚きつつも、新鮮な興味をそそられる。


「んん? これ、どうやって動かすんだ? こうかな?」


 視界にある尻尾の辺りの空間を意識しながら動きをイメージしてみる。


 ひょいっ! ひょいっ!


「おお! 動いた!」


 今までになかった器官が意のままに動く様には感動を覚える。


「あれ? でも、今は見てないと動かしにくいな……。それに、これ。自由に動かせたら何の役に立つんだ?」


 こちらを小馬鹿にした様な声が響く。


(メツは想像力が貧困にゃ。尻尾があれば、より速く動けたり、色んにゃ動作が有利ににゃるにゃ!)


 力説されてしまった。これの使い方については追い追い考えるか。まず見ないで動かすのに慣れないとダメだし。


 尻尾の存在に気付いたせいか、他の部分が気になる。

 手を見ても肉球らしきものはなかった。足も靴を履いているからないのだろう。

 後は――。


(にゃ? さっきからお腹をまさぐってにゃにしてるのにゃ?)


 疑わしそうな声がかけられるが、別にやましい事をしている訳ではない。


「複乳なのか確かめようと思ってさ」


 大慌てで否定される。そこには好奇と侮蔑が同時に存在する様に思えた。


(メツはやっぱりヘンタイだったにゃ!? そんな所に乳首が幾つもある訳にゃいにゃ! ……もしあったらどうするつもりだったのにゃ!?)


 言われて考えてみる……。つねる……、のは何か嫌らしい感じがするな……? 指で――弾くとか?


(にゃあ!? どっちでも一緒にゃ! 正真正銘のヘンタイにゃあ! うううう。にゃあは複乳じゃにゃくて良かったと心から思うにゃ!)


 そこまで嫌悪感を丸出しにされると逆に清々しいな。


 そんなやり取りを続けながら進んでいると、身体の主が不思議そうな声を上げた。


(この森、やっぱりおかしいにゃ……)


 不思議がっているだけではなく、警戒も感じられる。

 どうしたんだ?


(間違いにゃい、動物の分布がおかしいにゃ。……木の上からは、鳥や猿とかの賑やかにゃ声や動きが見られるけど、地上にはネズミやトカゲ、リスみたいにゃ小さにゃ生き物はいても、大きにゃ奴がまったくいにゃいのにゃ……。普通の豊かにゃ森の環境にゃったら鹿や猪にゃんかも現れるはずにゃ! それに、メツも気付いてたにゃ? 地面に埋もれた白骨、この数の多さも異様にゃ。鋭い傷痕がある物も多いけど、人が狩りをしたのにゃらその場に捨てられてるのはおかしいにゃ。獲物は集落に持ち帰るはずにゃ!)


 確かに奇妙な事ばかりだな。……先ほどの自分の想像を振り返ってみるが、当たりだったのか?


「それにしても、ネズミとか良く気付いたな。どうやって探したんだ? 視界は僕の動きで制限されるはずだろ?」


 笑いを堪える音がクスクスと漏れ出す。


(にゃ。それは秘密にゃあ。メツも精進するといいにゃ)


 訳が分からないな。しかし、視野いじょうに警戒範囲は広大なのか? 迷わない理由もそれか。どうやっているのかは不明だが。

 耳や鼻の可能性もあるけど……。どうにも同じ器官を共有してはいるが、感覚の鋭敏さには差違がある様だ。あの男たちの発した音や匂いも僕の方が遅れて感知した。


 まだまだこいつにも謎が多いな。


 更に森を進むと、前方に木々の途切れた開けた土地が見えて来た。幾つもの建物が目に入る。


「なあ。さっき見た集落は、あそこじゃないか?」


 足を踏み入れた瞬間に、そこは生者の領域ではない事が分かる。人の姿など見えるはずもなく、森の賑やかさと比べるとまったくの無音だった。


 地面には幾つかの足跡が残されてはいたが、何時ごろつけられたモノかは判然としない。


 村の家々は壁面が苔むしていて、部分的に朽ちた木材が崩れ落ち、骨組みが露出した姿からは人の営みなど想像できるはずもない。

 屋根の隙間を突き破って伸びる大きな木を見るに、この村が打ち捨てられてから相当な年月が経っている事がうかがえる。同様に、屋根には土が堆積しているのか、短い草が繁茂していた。

 時折ふく風が土埃を舞い上げる。人の営みが長らくなかった割には、地面は剥き出しの土が多く。植物は少なかった。


 この廃墟の様子を見た後では、あの足跡はごく最近つけられたと予想できる。もしかするとあの男たちか、仲間が残したのかもしれない。


「なあ、酷い状況だよな……。あいつらは、ここから来たのかな? ボロボロの家の中に寝泊まりしてた拠点があったとか……?」


 身体の主はしばらく沈黙して何かを探している様子だったが、おもむろに口を開いた。


(その可能性は低いにゃ。……足跡は幾つかあるけど、どれも村の外から続いているにゃ。あいつらが、ここを通ったとしても、滞在してたとは考えにくいにゃ)


 少し奥に進むと小さな広場に出て中央に古めかしい井戸が現れた。井戸の石造りの壁も苔むしていて、昔はしっかりと立っていたと思われる屋根は崩れ落ち、その支柱と共に、地面に転がっていた。

 壊れた滑車が土に半分うもれた姿で見つかり、赤錆に塗れた金属部品が鈍い光を放つ。ロープや水桶は完全に朽ちてしまったのか見当たらなかった。


 そして、その広場から右手を見ると、一際おおきな石造りの建物が見えた。奇妙な事に、その入り口へ向けて、点々と幾つかの足跡が続いている。


(メツ。あの建物、集会所とか教会、そんにゃ場所の可能性があるにゃ、何か情報がみつかるかもにゃ。……それに、続いている新しい足跡がある。ごく最近に誰かが入って行ったのは間違いにゃいにゃ! この足跡、深く地面に沈んでいて、輪郭も普通の靴と違うにゃ。多分、足跡の主たちはそれにゃりに良い武装をしているはずにゃ、何処かの国の正規兵かもにゃ? 中でも特に立派にゃ奴が一つ、これは集団のリーダーのかにゃ? ……あそこに入るのに少数だけど整然とした隊列を組んでいて、急いでいる様子もにゃく足跡に乱れもにゃい。統率された士気の高い集団にゃ?)


 足跡からそんなに色々と分かるのか……。ここに武装した集団が入ったのだとすると、中で鉢合わせる可能性があるな。あの三人組と比べての良い武装だとしたら、もっと重装備と言う事か? 戦うとなると厄介そうな相手だが……。


 教会だとすると宗教的なシンボルが壁の装飾とか屋根にありそうだけど、見当たらないよな? 集会所かな?


 それで、……入ってみるのか?


 慎重さを感じさせる、だが、勇ましい言葉が返って来る。


(心を決めて、行くしかにゃいよ、メツ。にゃあ達に今、必要にゃのは、この場所の情報にゃ。あの中に誰かいるのか……、いにゃかったとしても、何か手がかりがあるはずにゃ!)


 分かったよ。行ってみよう!


 続く足跡を注視しながら、慎重に歩を進める。入り口の大きな扉はやはり半分くちかけていたが、まだ機能している様だ。風で軋んだのか、それが僅かに開いて内側へ誘う。


 意を決して、重い扉を押し開けた。

 蝶番と木材が軋む、嫌な音が響き、徐々に内部の様子が露わになる。

 入り込んだ一筋の光が暗い屋内を照らし、舞い散る埃の白い輝きを可視化する。扉の動きに伴った気流が埃をゆらゆらと運んでいく。


 一歩踏み込んだ瞬間に、何か奇妙な匂いが漂った。

 何だろうか? 鼻を突く臭気。何らかの化学薬品か、もしくは匂いのきつい花か……?


(うううう。酷い匂いにゃ。これは、安っぽい香水の匂いにゃね。質の悪い不純物だらけの。……でも――!)


 身体の主は他にも何かに気付いた様だ。しかし、香水? ここに女性でも居るのか?


(メツ。心して、他にも匂いがするけど、これは――比較的あたらしい血の匂いと死臭にゃ!)


 その言葉に息を呑む。

 死臭だって!? それって、死体が腐ったりして放つ匂いって事か!?


(他は埃と黴の匂いにゃね。とにかく注意しにゃがら奥へ進むにゃ)


 奥へ進むと言っても、こう暗いと視界が確保できないんじゃ……?

 だが、その懸念はすぐに払拭された。暗がりに入ると一度、何も見えなくなったが、徐々に黒と灰の世界が現れ始めたのだ。


(メツ。にゃあが猫にゃのを忘れてるにゃ? にゃふふぅ! 暗い場所でもこれくらいは見えて当然にゃ!)


 へえ。便利なもんだな。

 目に入った暗い世界には、並んでおかれた長椅子の列が続いていて、その奥には祭壇の様な物が見える。椅子はやはり半分くちていて、座れそうにないし、祭壇も崩れて原型は何か想像するしかなかった。だが、聖人か神らしき巨大な像が置かれていて、その頭部と伸ばされていたであろう腕が崩れて床に転がっている。

 祭壇の両側にかけられたタペストリーらしき残骸は朽ち果てて、その紋様は一切よみとれない。

 壁には他にも巨大な壁画が描かれている様だが、それも掠れ、崩れ落ち、内容を知る事は出来なかった。

 祭壇の前には、祈るための場所があり、そこに並べられた蝋燭は溶け落ちてはいるが、当時のままの姿の様だ。


 教会だったのか? 外の様子からは想像できなかったが、装飾は朽ちて剥がれてしまった可能性もあるな。

 しかし、窓がないのは何故だ? 窓があれば昼間ならここまで暗くはならないだろう。


 更に祭壇に近づいてみると、真ん中に何らかの動物の白骨が転がっているのが見えた。

 これは――生贄に捧げられた供物……?

 黒ずんだ血もおぼろげでそこで何が行われたかの痕跡を示すだけだった。

 だが、奇妙な事に、その黒ずんだ血痕の一部には、鋭い刃物で削り取られた様な直線的な跡が見えた。


「何なんだ……ここ? 見た感じだと何かの邪教の祭壇の様な……?」


 身体の主は落ち着いた様子で答える。こちらは先ほどから心臓の鼓動がうるさいくらいなのだが……。同じ身体を共有していてもこうも違うものか。


(みんにゃ崩れ落ちてて分からにゃいにゃ。でも、邪教と呼ぶのは性急にゃ。正当にゃ宗教でも生贄を捧げるモノはたくさんあるにゃ)


 そう言う物なのか?

 身体の主は何かに気付いたらしく声でその場所に近づく様に促す。


(メツ。あの祭壇の隣の机。にゃにか置いてあるにゃ)


 慎重に近づいてみると、長い石造りの机の上には、一冊の本が置かれていた。表面にはべったりと黒ずんだ血糊が染み込んでいて、乾いて皺だらけになっている。血がついてから長い期間が経っているのか、表面は埃で覆われている。表紙は半分くろずみで隠されているが、そこには、何らかの宗教的シンボルが見て取れた。


(これは――! 抵抗の聖者の絵にゃ、リベール正教のシンボルにゃ! ここは、リベール王国と関係する土地にゃのにゃ?)


 リベール王国?


 宗教書の隣には精巧な細工が施されたロザリオの様な物が置かれていたが、貴金属で出来ていそうなそれも、隅々にまで黒ずんだ血がこびりついていた。


 これとか綺麗に洗浄したら高く売れそうだな……。


(メツ。俗っぽすぎるにゃ! こんにゃ場所でもそんにゃ事を考えてたら将来は盗賊ににゃるにゃ! 注意にゃ!)


 酷い言われ様だな。ただの素直な感想なのに……。


 あれ? この宗教書の表紙、良く見ると、埃が一部はげていて、丸い形がついてるな……。誰かが最近、触ったのか?


 そんな事を考えながら、置かれた宗教書を手に取ったら、奇妙な事に、下から書物がぴったりと嵌るくぼみが現れた。下敷きになっていた場所には、奇妙な出っ張りが一つ。


 そして――。


 暗い廃屋の空気を怪しく震わせる音が響く。


 何だ!? この音は!? 石が擦りあって鳴っている様な……!

 その音の在処を探し、首を左右に振る。


 あそこだ――!


 祭壇の隣に見えた石の壁がずり上がって行き、奥への通路が現れ始めていた。

 そこからは強烈な腐臭が漂う!


「うっ!」


 身体の主はまだ落ち着いた様子で、こちらの身を案じて来た。


(大丈夫? メツ。吐きそうなの? これだけ酷い匂いがしたら仕方ないね……。でも、奥へ進むよ……)


 容赦のない言葉に背筋に震えが走る。この奥には一体なにがあると言うのだろうか――。

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