8.コーラー
五月ももう終わる頃。
本編では新しい仲間、松岡紗南が加入する。
次のボスに有効な火属性の術を得意とするアタッカータイプの女の子で、静の隣のクラスに所属している。加えて紗南が蒼真の幼なじみということもあって、静も比較的最初の方から面識だけはある。
けれど紗南は自分がいじめのターゲットになっていることを蒼真に隠していたために、問題が悪化するまであまり話すことはなかった。
レストアラーになるストーリーはこうだ。
静と蒼真が様子のおかしい紗南を訝しみ、聞き込みをしていじめられている現場を目撃するところから始まる。
紗南は自分でなんとかするから手を出さないでと宣言するのだけれど、もちろん二人は放っておくことはできない。
集めた情報から、もともといじめられていた子は他にいて、その子を紗南が庇ってターゲットが移ったと判明。何か力になれることはないかと悩んでいたところに時間の停滞が発生し駆けつけると、絶望から異形を喚び出してしまっている女の子と戸惑う紗南がいた。
紗南に助けてもらったにも関わらず、仲良くしてまたいじめの対象が自分に戻ってくるのを恐れた女の子は、自分も紗南のいじめに加担してしまう。
紗南はそれには何も言わず、主犯とその周りに真正面から立ち向かうのだ。
それを面倒に思って主犯がまたターゲットを女の子に戻したことで、助けてくれた人を裏切ってまで得た平穏を失い、主犯に対する怒りと、何より弱い自分に対する怒りで異形を喚び寄せることになる。
(そしてその女の子を助けるために覚醒する、強くて優しい人。静くんは今回、紗南ちゃんを好きになるのかな)
「あかり、何見てるの?」
初めて手を繋いでから、一緒に歩く時は基本繋がれるようになった手。
慣れる日は来ないのではないかとあかりが思っていることも知らず、静はするりとこなしてしまう。語られていないだけで、実は彼女がいたことがあるのかもしれない。
あかりが立ち止まったことで静も一歩先で振り返った。
渋谷の街中にある巨大なスクリーン。
そこに移るニュースは、近頃急速に増えている事件を報道していた。普段通りの生活をしていたら、次の瞬間唐突に怪我をしているというものだ。
人によって切り傷だったり打撲だったり様々ではあるのだけれど、局所的に起こり一人から複数人の被害が出るらしい。
今のところ死人はおらず、世間では事件の印象からカマイタチ事件と言われている。
「大丈夫。あかりは僕が守るから」
繋がれた手に力が込められる。
あかりが怖がっていると思って、安心させようとしてくれているのが嬉しい。
ありがとうと笑って返せば、静は頷いた。
静が守ると言ってくれるように、この事件は異形が起こしているものだ。
そもそも異形は反転世界から境界を破ってこちら側へ来てしまう化け物ではあるけれど、その方法には種類がある。
一つは自然発生した穴を通ってくる方法。
こちら側というより、反転世界側に原因があるのではないかとレストアラーの本部では考えられている。実際反転世界に行ったことのある人はいないので、あくまでも推測だ。
これによって時間の停滞を引き起こす異形を『野良異形』と呼ぶ。
もう一つは人間の絶望によって召喚される方法。
こちら側の人間が何らかの理由で絶望し、誰かを傷つけたい、殺したいと思うほどの深い憎しみを爆発させることで、反転世界との境界を破ってしまい、協力者ーー異形を喚び出してしまう。
本人は素養持ちではないので時間の停滞を認識することはできないけれど、時間の停滞中に召喚者と異形が繋がっているのが見える。
現れた異形は破壊活動を行い、憎しみを向けられた人間とその周囲が傷を負う。そして駆けつけたレストアラーが異形を送り還して境界を塞ぎ、被害を受けた人たちを修復し終える前に時間の停滞が終わってしまった場合、カマイタチ事件が発生してしまうことになるのだ。
静たちは異形を送り還す力を持つ者を送還術師と呼び、絶望から異形を喚び出す人のことを召喚術師と呼んでいる。
(コーラーについて、静くんたちはまだよくわかっていないはず。次のボスを倒すとヒントが出てくるんだけど、まさか私が教えるわけにもいかないし)
あかりが下手に動いてしまえば、ストーリーが変わってしまう危険性がある。
それが良いことなのか悪いことなのかを判断できないため、あかりはあくまでもモブの立ち位置にいなければならない。
「ごめんなさい、止まっちゃって。えっと、今日は本を買いに来たんですよね」
「うん。叔父さんが資料として使えそうなものを適当に選んで来いって」
「それはまた、ずいぶんざっくりとした注文ですね……」
静と話しながら本屋に着く。
静の叔父はリンク相手にもなっている人で、レストアラーの先輩でもある。静に最初手ほどきをしてくれるのはこの人なのだけれど、いつも自分の部屋にこもっているかと思えば本部でパソコンを操作していたり、何かと謎が多かったりする。
資料というのは何に使うのだろうか。
店内は広く、時間がかかるかもしれないからと静は別行動を提案してくれた。
せっかくの本屋なので、あかりも問題集や小説、集めているマンガの新刊をチェックしたい。
階を移動してそれぞれ気になる棚をゆっくりと眺める。
(図書館にも行くけど、大きい本屋さんはやっぱりわくわくする)
文芸書は予約して待てば借りて読むことができるので、店員さんや出版社のポップを読んで気になるものがあればスマホのメモに残しておく。
参考書は最新のものが良さそうなら買う。今日は二冊手に取った。
マンガは母も好きで読んでいるタイトルが出ていたので、迷わず参考書の上に乗せる。念のため間違って二冊買ってきてしまうことを防ぐために、母にメッセージを送った。
レジに並んで本を出して、鞄から財布を取り出す。会計を済ませて静の様子を見に行こうと歩き出したところで、後ろから呼び止められた。
「あの、落としましたよ」
「え、あ!」
後ろに並んでいたお姉さんが差し出してくれたのは、あの御守りだった。
危ない、落として失くしたりしたら大変だ。
「ありがとうございます、大事なものなんです」
「そうでしたか。よかった」
にこりと笑ってレジへ向かうお姉さんに頭を下げ、しっかりとしまい込む。
またやってしまった。
以前母が持っていってしまって静に会えなくなった時から、できるだけ身につけるようにしていた御守り。首から下げるにも少し大きく、パスケースや財布に入れるにもかさばり、鞄につけて静に見られるのもまずいため、鞄の内ポケットに入れていたのに財布を出す時に引っかけてしまったらしい。
ちなみに静はスマホのストラップにしている。少し使いにくそうな気がしないでもないが、いつも一番近くにあるので合理的ではある。
他のキャラクターはポケットだったり鞄だったり様々だ。もちろん支給元の本部は使いにくいと文句を言われている。
「あかり、お待たせ」
「!」
ジッパーを閉めたところで静に声をかけられて、びくりと体を震わせてしまった。
さっきの、御守りを見られてはいないだろうか。
恐る恐る静を見上げるけれど、特に驚いている様子はない。あかりはこわばった体から力を抜いて、笑顔を繕った。
「私も今ちょうど買い終わったところなんです。探させちゃいましたね」
もっと気をつけなければ、同じ御守りを持っていることに不審がられてしまう。
あかりは静とは反対側に持ったスクールバッグの肩ひもを、ぎゅっと握った。
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