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7.相棒ともやもや

 初めて静と手を繋ぐことができた日、前日の予定を埋め合わせるように勉強をした。

 もともと用意して持ち歩いていた静用のテスト対策ノートも渡せた。テストを作る先生によって多少の範囲や傾向は変わるけれど、それを覚えてくれれば少しは点数を稼げるはずだ。


 試験で高得点を取ると、今静に付いてしまっている悪いイメージを緩和することができる。早い話、魅力が上がる。

 序盤は魅力を上げにくいので、是非このテストで頑張ってほしい。


 あかりにできるのは陰からのサポートくらいしかない。そういう意味でも、試験期間前にもう一度会えて良かった。



◇◇◇



 だいたい一週間ほどの試験期間が終わり、同時に集中してほしいので会わないようにしていた我慢も解禁になった。

 今回は連休明けとは違って連絡はきちんとできていたので、寂しくはあったけれど怖いと思うことはなかった。


 今日は久しぶりに静と会う約束をしている。

 いつもの店に着き二階へと上がれば、そこにいたのは静とーー


「あ、もしかしてあかりちゃん? 初めまして、オレ蒼真。コイツの友達なんだ」


 五十嵐蒼真。

 静の最初の仲間にして、最高の相棒。


 まさか目の前でこの二人が揃っているところを見られるなんて、と感動するあかりによろしくと握手を求める手が差し出される。


「よ、よろしくお願いします。蒼真、くん?」


 静と同じようにくん付けで呼んでいたあかりは、手をそっと伸ばして呼び方の確認をした。そう呼んでも良いかという問いかけのつもりだったのだけれど、蒼真の方は名前が合っているかの復唱か何かだと思ったらしく、「おう!」と答えてあかりの手を掴んでぶんぶん振った。


 芸能人二人を前にしているような気分になったあかりは、ついそのまま蒼真をまじまじと見てしまう。

 さらさらの黒髪にイケメンの静に、校則に反しない程度のブラウンに染めたほんのりイケメンの蒼真。静の時も思ったように、ゲームでは表せない人間味があって、間違いなくここに生きているのだと実感できた。


「つかなんで敬語? 同い年なんだからもっと砕けていいのに……おわっ」

「ひゃっ」


 唐突に横から手をとられ驚きに声を上げると、静が目を細めてあかりを見ていた。つまり手を握られている、と認識したところで心拍数が上がって顔が赤くなってしまう。

 それをあまり見られたくなくて目を伏せた。


「いてー。静、お前いきなり叩くことないだろ」

「あかりにずっと触ってるから」

「握手くらい良いだろ! つーかお前、ほんとあかりちゃんのことになると表情変わるよな」


 二人の会話はいくらでも勘違いしてしまえそうな内容だ。あかりはゲームのリンク相手のことを思い浮かべ、静は無意識で女の子に優しくできるのだと自分に言い聞かせる。


「とりあえずあかりちゃん座って座って」

「なんで蒼真が仕切る……」


 蒼真に促されて静の横に座る。

 あかりと二人の時にはしない不満そうな表情をもっと見たくてちらりと見上げると、静はあかりに気がつかず蒼真と軽い口論を続けていた。

 あかりといるからではなく、相棒がいるから表情が豊かなのだとわかっているため、二人の仲の良いやり取りを見られてとても嬉しい。

 いつもと少し違う静をついかわいいと感じてにやついてしまう口もとを、とっさに手で隠した。


「あかり、ごめん。いきなり蒼真連れてきて。どうしてもついていくって聞かなくて」

「だって見たいじゃん、静のかわいい彼女」

「え」


 彼女?

 もしかして蒼真はあかりのことを本当の彼女だと思っているのでは、と背筋が冷える。

 もうすぐ三人目の仲間、紗南が加入する頃だ。もちろん静の恋人候補である。

 そんな時期に仲間の蒼真に勘違いされていては、自然に紗南に「静には彼女がいる」とイメージを植え付けてしまい、最悪機会を潰してしまいかねない。


 どうにか蒼真にもお試しであることを説明して、内緒にしてもらわなければ。


「見るだけならもう済んだだろ。テストで一夜漬けしてるんだから帰った方が良いんじゃないか」

「長居はしないからさ、そんな邪険にすんなよ」


 しかし二人に割り込める気がしない。

 ゲームでほとんど話さない静が最初から蒼真にこれほど気を許していたなんて知らなかったし、広く浅くの交友関係だった蒼真が深く信頼を寄せているように見える。


 このまま二人の様子を眺めていたいのだけれど、蒼真にお願いをしなければならない。どのタイミングで話そうか考えるために、一旦テストで疲れた脳に糖分を補充することにする。


「私、甘いもの買ってきますね」


 男子二人に声をかけてから、スマホを持って一階に下りる。

 静たちにもいるか聞いてくればよかったと思いながら注文の列に並んでいると、鞄を持った蒼真もやって来た。


「あのさ、ちょっと話してもいいかな。静にはオレはもう帰るって伝えてあるんだ」


 改まった態度が少し怖い気もしたけれど、願ってもないチャンスにあかりはすぐさま頷いた。






 列から外れ、だんだんと暑い季節が近づく外に出る。そろそろ衣替えの時期だなと思っていると、蒼真が口を開いた。


「ごめんね、いきなり。オレさ、結構最近なんだよな、ちゃんと静と仲良くなったの。あいつすげーいいヤツでさ。だからオレも何か力になりてーなーって思ってるんだよね」


 何が言いたいのかよくわからず、あかりは相づちを打つだけにしておく。


「この間の連休明けくらいに朝会ったら、なんかすげー元気なくて。聞いてみたら彼女と連絡が取れないって言っててさ」

「あ……」


 御守りが手元になく、静の世界と繋がらなかった時のことだ。

 あの後、結局静がその話を蒸し返すことはなく、二人とも触れられないでいた。聞かれてもあかりには答えられないし、静もわからないのだろう。二人同時に、お互いにだけ圏外になる理由が。


 静は今、あまり負の感情をあかりに見せてくれないけれど、もしかしたらあかりが思うよりずっと重く受け止めているのかもしれない。

 あの現象を防げるのは、恐らくあかりの持つ御守りだけ。これからはもっと御守りの扱いには気をつけなければと強く思う。


「まあその後目の前で電話かけられてやばいセリフ聞かされてやっぱコイツすげーわって思ったわけなんだけど」

「あれ、聞いてたんですね」


 やはり電話の向こう側に聞こえたもう一人の男の子は蒼真だったのだ。ついでにもう一度あの「顔が見たい」を思い出して赤面してしまう。


「まさか騙されてるんじゃないかってちょっと心配してたんだけど、あかりちゃん実際に見たら安心したわ。君、静のことめっちゃ好きでしょ」


 にか、とイイ笑顔を向けられ、あかりは目を逸らす。頬の赤みは治まっていないので、蒼真に気持ちを隠せてはいない。


「今日も不機嫌だけどさ、あれ多分久しぶりだから二人で会いたかったんだと思うよ」

「あの、それなんですけど」


 これ以上勘違いされて女の子の邪魔になっては困る。そう考えて、あかりが静に一目惚れしたこと、断られたけど無理やりお試しで付き合ってもらっていることを説明した。


「えー? 静オレに彼女って言ってたけどな……」

「お試しって響きが良くないからかもです。あと、彼女扱いしてくれるって言ってたのを守ってくれてるのかなと」


 まさか相棒にまで本当に彼女だと思わせているとは、静は本当に律儀だ。それならばあかりもきっちり条件を守らなければ。


「彼女って言ってしまうと、静くんの出会いの機会が少なくなってしまうと思うんです。だから対外的にはいないってことにしておいてもらえると助かります」

「なんか……ややこしいことしてんな。あかりちゃんはそれで良いの? 浮気OKって言ってるようなもんじゃね?」

「浮気じゃないですからね。私は静くんに幸せになってほしいんです。好きな人ができても私がいたら邪魔になってしまうので」


 その時には、身を引くと約束した。

 きっとその時はたくさん苦しむとわかっている。

 そしてその時がいつか必ず来ることも。


 そもそも同じ世界に生きていないのに、望んだって手に入るわけがないのだ。


「変なことをお願いしてごめんなさい。私が言うのもアレですが、静くんのことよろしくお願いします」


 レストアラーとしても、友達としても、仲間としても。

 あの戦いが現実ならば、ゲーム以上に蒼真はサポートの要だ。静はもちろんみんなを守ろうとするだろうから、蒼真たちにも静を守ってほしい。

 やり直しはできないのだから。


「んー、とりあえず二人が納得してるんならわかった。静のことも任された」

「はい、ありがとうございます」

「ほら、ずっと敬語になってるよ。じゃあオレそろそろ帰らないと静に怒られるから行くわ」


 そう言って上を指さす蒼真の視線を辿れば、二階席の窓からこちらを見下ろす静がいた。ちょうど窓の横の席だったからずっと見られていたのかもしれない。

 なぜか先ほどよりも眉間にしわが寄っているような気がする。待たせすぎてしまったのだろう、早く戻らなければ。


「またな、あかりちゃん」

「はい、また」

「けーいーご! バイバイだろ?」

「ば、ばいばい……蒼真くん、ありがとう」


 あかりが口調を崩せば、蒼真は満足そうに笑って帰っていった。






「おかえり」

「た、ただいまです。ずっと待たせちゃってごめんなさい」


 蒼真と別れた後、レジで注文もせずに上へ戻る。目標は達成できたし、それより静の様子が気になったからだ。

 静は心なしかむすっとしながらスマホをいじっていた。


「蒼真と何話してたの?」


 スマホを置いて、あかりを見る。

 先ほどまで座っていたのは静の隣だったけれど、蒼真がいないので二人きりだ。その上で隣に座るのは本当の恋人でもない限り難しい。

 あかりは少しためらった後静の前に座り、正直に話した。


「……ということで、静くんは私が彼女だって言わない方がいいと思います」


 途中からはっきりわかるくらい不満な顔つきになった静。何か怒らせてしまったかと内心びくびくしながらあかりは説明を終えた。


「ん、わかった」


 そう言いつつ納得した顔をしていない静は眉を下げるあかりを見て、頬杖をつく。


「今日は久しぶりに会ったんだよ」

「え? あ、そうですね」


 唐突に話題が変わって戸惑うあかりにもう片方の手を伸ばす。


「あかりは僕に会いに来てるのに、蒼真とばっかり仲良くしてた」


 最初に買った飲み物に添えていたあかりの指に、静の指が触れる。息を呑むあかりをそのままに、静はあかりの指に自分のそれを絡ませていく。


「なんだろう。なんか、もやもやする」


 見つからない答えを探すように絡ませた指を眺める静に、あかりは顔を真っ赤に染めてされるがままになるしかなかった。

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