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35.再会1


(あれ、電話かな?)


 ポケットの中でずっと震えているスマホに気づき、あかりは一緒に電車に揺られていた静に断って、そっと画面を確認をした。


「……あの、静くん?」

「うん?」

「静くんって、私のお姉ちゃんと知り合いだったっけ……?」


 ついそんな質問をしてしまったのは、バイブの原因が電話ではなく、電話かと勘違いするほどの量のスタンプだったからだ。

 送信者は姉で、既読になった今も連投が止まらない。スタンプの直前には、『あの男はやめときな!!!』という一文がある。察したくないけれど、恐らく、静のことだろう。


「知り合い、と言えば知り合いかな。一度会った時、簡単に自己紹介はしたから」

「あ、警察で」

「……うん」


 その短い相槌に気遣いを感じて、あかりは顔を上げ微笑んだ。


「でもそれきりだよ。先輩……万智さんが連絡役を買って出てくれたから」

「そう、なんだ」


 万智といえば、あの日夜道から警察まであかりに付き添ってくれたお姉さんだ。静のレストアラーとしての先輩であり、静いわく詠史に片想い中の女性でもある。

 さらに言うと、今はなんと姉の友人だ。

 もちろんあの日の前から知り合いだったわけではなく、後日母と一緒に万智の家へお礼に伺った際に、仲良くなるきっかけがあったと聞いている。


 そんな彼女がまさか静の悪口を姉に吹き込むとも思えず、ますますなぜこんなメッセージが送られてきたのかがわからなくなった。


「お姉さんが僕のことを何か言ってたの?」

「う」


 何か言っているどころの騒ぎではない。

 しかし、それを直接伝えるのは憚られた。


「……そういえば、あの日お姉さんは僕を知ってそうな感じだったな……」

「えっ」


 意外な事実に驚く。

 警察以外に、どこかで接点があったのだろうか。


「まあ、ただ僕を見て驚いてたってだけなんだけど。今思うと警戒されてた気もする」

「静くんとしてはあの日が初対面だったんだよね?」

「……うん。考えてみても、やっぱり会った覚えはないかな」

「そっか。じゃあ、なんでだろうね」


 二人して、出ない答えに首を傾げる。

 その間にもメッセージは届いていて、あかりは仕方なく思ったことをそのまま打って返した。



◇◇◇



「あっ、おーい! こっちこっち」


 大きく手を振る男性は、飲み物を持ってやってきた静とあかりを見て、朗らかに笑った。


「声が大きい。他のお客さんに迷惑だよ」

「おっまえ……記念すべき再会に心躍らせるオレへの第一声がそれかよ! この薄情者!」


 相変わらず仲が良い。

 静に促されて席に座りながら、あかりは懐かしさに口元を緩めた。


「あー、こほん。……久しぶりだな、あかりちゃん」

「はい。お久しぶりです、蒼真くん」


 照れ臭そうにあかりへ手を差し出すその人は、静の相棒の蒼真だった。

 あかりも初対面の時と同じこの場所で、初対面の時と同じように手を握り返す。今回はすぐに離したからか、蒼真が静にはたかれることはなかった。


「……くうー。いいよな、年下の女の子から呼ばれる君付けは。なんかこう、グッとくるっつーか」

「蒼真、デレデレするな」

「うおっ、なんだよ。冗談だろーが」


 途端に冷たさを増す視線に蒼真がたじろぐ。


 そんな二人のやり取りに、五年が経って外見が変わっても、蒼真の中身はそれほど変わっていないのだと安心する。いや、成長はしているだろうから、根底は変わっていないと表現した方が良いだろうか。

 年末の今日こうして会うまで、楽しみの陰で抱いていた緊張が、少しだけ解れた気がした。


「しっかし半年かそこらでずいぶんかわいくなったよなー。あっ、いや前もかわいいとは思ったけど」

「ありがとうございます。そう言う蒼真くんも、さらに格好よくなりましたね。大人の男性って感じで素敵です」


 蒼真にとって、あかりと会ったのは約五年半も前のことだ。その間に静同様背が伸びて、髪型も服装も洗練された彼に比べれば、あかりの変化など微々たるものに違いない。

 社交辞令に素直な感想を返せば、蒼真は驚いた顔をしてからじわじわと頬を染めた。


「うわー、新鮮……」

「……あかり。蒼真は褒められ慣れてないから、簡単にそういうこと言っちゃだめだよ」

「え」


 真剣に諭され、目を丸くする。

 どうやら仲間内では、ゲームと同じような扱いが今も続いているようだ。ムードメーカーは大変である。


「余計なこと言うなよ静。つか、あかりちゃんまた敬語になってるぞ。もっと砕けていいって言ったろ」

「でも、もう同い年じゃないですし……」

「関係ないって。相棒の彼女なんだから、堅っ苦しいのはナシ! だろ?」


 今度こそ、と小さく続いて、はっとする。


 以前は彼女だと思われても頑なに否定した。事実本当の彼女ではなかったのだから、当然である。

 けれど、今、あかりは真実静の彼女だ。そうなるまでに、静がどれほど苦労したのか――そのすべてを知っている蒼真の言葉は、確かな重みを感じさせた。


「……うん。ありがとう、蒼真くん」


 静を大切に思う人。

 その人にはっきりと頷けることが、あかりは嬉しくてたまらなかった。





 

 その後、静のあかりに向ける甘すぎる表情に衝撃を受けるという最早定番の流れを終え、蒼真は鞄の中から分厚い何かを取り出した。


「深澄から聞いて持ってきたんだ。あかりちゃん見たいだろうなと思ってさ」

「これは……?」

「写真だよ、写真。コイツもともと積極的に撮るタイプじゃなかったけど、あかりちゃんがいなくなってからはもっとひどくなってさ。その分オレらが撮るようにしてたんだよ」


 ほら、と手渡されて最初の方を開いてみると、アルバムには高校生の静たちが映っていた。


(わあ、レストアラーのみんなもいる……!)


 静や蒼真だけでなく、あかりが一方的に知っている顔もある。静や深澄のスマホに入っていたデータより、ずっとたくさんの思い出がそこに詰まっていた。

 気になる写真を見つけるたびに二人が次々と当時を語ってくれるおかげで、あかりも楽しみながらアルバムをめくることができた。


「そうだ、今度他のヤツらとも会ってやってよ。静の好きな人がどんな子なのか、みんな興味津々だからさ」

「! わ、私も会ってみたいけど……憧れの人たちだから、緊張する」


 大好きなゲームの、思い入れのあるキャラクター。その基となった人達だ。純粋に会いたいと思う自分と、会っても良いのかと戸惑う自分がいる。


「ははっ、憧れって。みんなただの一般人だって」

「……何人か普通と呼べない人もいるけどね」


 静の言葉に、蒼真も「……たしかに」と頷く。

 思い浮かべているのは、規格外の頭脳を持つ理香子や、執事の綾人だろうか。あかりからすれば静はもちろん、蒼真や紗南だって普通ではないのだけれど。


(実際のみんなは、どんな人達なのかな)


 怖いような、わくわくするような、不思議な気分で彼らに想像を巡らせる――その寸前で、そうだゲームとは違うのだと慌てて思考を止めた。


「あ。これ、初めて眼鏡作った時のやつだな」


 ぺらぺらと、反対側から自身も懐かしそうにアルバムを進めていた蒼真が、とある一枚を指差した。あかりは反射的にその指の先にある写真に注目する。


「……!」

「高三の時だから約四年前か。わっけぇなー」


 制服を着た静が、今日とはまた違う眼鏡をかけ、無表情でどこかを見ている。こちらも恐ろしく似合っていた。


「そういや、あかりちゃんはなんで静が伊達眼鏡かけるようになったか知ってるか?」

「! 蒼真」

「なんだよ、別に隠すことじゃないだろ」

「オシャレ……だからじゃないの?」


 意味深な質問に、二人を交互に見て首を傾げると、蒼真がニヤリと笑った。


「女避けのためだよ」

「えっ」


 思わず隣にいる静の眼鏡を凝視する。

 すると当然かけている本人も視界に入り、そのあまりの格好良さについ胸がきゅんとしてしまった。


「……逆効果なのでは……?」

「と、思うじゃん? それがさ、実はこれ特別製なんだよ」


 蒼真がテーブルに身を乗り出し、小声で続ける。


「境界の欠片が埋め込んであって、いわゆる認識阻害の効果があんの」

「に……!?」


 驚いて静に目で真偽を問えば、数秒の後、観念したかのように頷かれた。


「……人に声をかけられることが、急に増えた時期があったんだ。それまでもなかったわけじゃないけど、学校とか本部とか、行く先々で待ち伏せされるようになって」

「そ、れは……大変、だったんだね」


 なぜこの話を静がしたくなさそうだったのかがすぐにわかった。ストーカー……とまではいかなくとも、誰かに付き纏われた経験があったことを、あかりに聞かせたくなかったのだ。

 あの夜のような思いを静もしていたのかと思うと、心が痛くなる。


「あかり、心配しないで。尾けられても撒くのは得意なんだ。だから触られたり、家にまで押しかけられたりしたことはないよ」

「そうそう。なまじ躱すのがうまいせいで、静よりオレらの方がハラハラしてたくらい。そんで見かねた詠史さんにアドバイスもらって、眼鏡を作ろうってなったわけ」

「そうなんだ……」


 気を遣われているのか、真実なのかの判断がつかない。どちらにしても、眼鏡が必要になる程度には困っていたのは間違いない。再会してからも眼鏡をかけたりかけなかったりしていたのは、その時々に合わせていたのだとやっと理解した。


「静くんが怖い思いをしたんじゃないなら、いいんだけど……。もう四年も前の話だから、聞いても私にできることがないのが、なんて言うか」

「もどかしい?」


 蒼真に問われて、こくりと頷く。

 静はあかりを何度も助けてくれたのに、あかりが静にしてあげられることは少ない。あかりだって蒼真たちのように、大変な時に助けになれる存在になりたかった。


(ううん。遅いかもしれないけど、これからそうなろう)


 静にとっての、頼れる人になる。具体的に何をどうしたら頼ってもらえるかはわからないにしても、まずは自分のすべきことを一つひとつ着実にやっていきたい。

 まさか考え事に気を取られている間、静がじろりと蒼真を睨んでいたとも知らずに、あかりは一人決意を固めた。


(……ん、あれ?)


 ふと、あかりの頭に先ほどの話題の疑問が浮かぶ。

 視線は無意識に眼鏡へと吸い寄せられ、素早く静に察知される。


「どうしたの?」

「あ、えっと。阻害されてたわりに、待ち合わせとかで困ったことがないのはなんでかな、と思って」


 そう、あかりは静を見つけられなかったことがない。それどころか、眼鏡をかけた静を、一緒にいた深澄よりも先に見つけてすらいる。

 かと言って眼鏡の効果を疑ってもいなかった。なぜなら、眼鏡をかけずに学校の前で待っていてくれた際はたしかに女の子に囲まれていたのに、毎日のように駅などで立っていても、話しかけられているところを目撃した覚えがないからだ。そして外で会う時、大抵静は眼鏡をかけている。


「そりゃ、静があかりちゃんに見つけてもらいたがってるからに決まってるじゃん」

「あ……」


 そうだ、境界の欠片が叶える願いは、込めた側と手にした側で共通していなければならないのだった。

 静が話したいと思う相手には、自然と効果が出ないようになっているのだろう。便利だ。


「だから、たぶん再会する前のあかりちゃん相手にも効果はなかったんだよ。おかげで静が陰から見守るとか言い出したあたりから、こっちの胃が痛かった」

「それは……私が蒼真くんの立場でもそうかも」

「だろ!? しかも直接姿を見せたって聞いた時はマジで血の気が引いたからな。ほんっとうまくいってよかったよ」

「……わかってる。蒼真には一番感謝してるよ」


 静がそう言いながらまっすぐに蒼真を見つめると、蒼真は一瞬固まった後、顔を赤らめる。


「こんのド直球男……! そういうとこだぞ!」

「? 何が」

「くっ……あかりちゃんはわかるよな!?」

「うん、わかるよ蒼真くん……!」


 静の人たらしは健在のようだ。

 さらにあかりには、ここに甘い微笑みがオプションでついてくるのだから、抗えるはずがないのも自明の理なのである。

 お礼を言っただけなのに、と納得がいっていなさそうな静を横目に、あかりは蒼真ともう一度固い握手を交わした。




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