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34.イブの過ごし方2

 ケーキを食べ終わり、片付けも終えてリビングに戻ると、つけっぱなしだったテレビがきれいなイルミネーションを映し出していた。画面端に出ている数字が、そろそろ帰らなければならない時刻を告げている。

 それらをぼうっと眺めていると、後ろから静の声がかかった。


「やっぱり、本当は見に行きたかった?」


 振り向けば、静の目線はテレビへと向かっていた。どうやら行きたそうに見えたらしい。


「ううん。私は静くんと一緒にいられたら、何をしてても楽しいから」

「……!」


 これは本心だ。

 それに、そもそもイブに料理とケーキを二人で作って食べたいと希望したのはあかりだった。

 実は今日の計画を立てる際、静はクリスマスデートらしくイルミネーションを見に行こうかと誘ってくれていた。しかしまた散財されてはたまらないあかりは、静と家でゆっくりしたいとお願いしたのである。

 了承までに少し間が空いたものの、方針が決まってから積極的に詳細を詰めたのは静なので、てっきり賛成してくれたとばかり思っていたのだけれど……。


「え、あ。ごめんね、もしかして静くんは行きたかった?」


 あかりを誘った時点で、いろいろとプランを練っていた可能性は大いにある。なぜそれに気がつかなかったのか、と青くなりかけたあかりに、静がとろけるように微笑む。


「僕も同じだよ。あかりといられるなら、本当にどこだっていいんだ」

「そ、っか。……ありがとう」


 意識して言ったセリフではないものの、同じように返されると非常に照れる。

 あかりは頬を染めて目を逸らした。


「……そんなかわいい顔してたら、危ないよ」


 ふわ、と横から静の両腕が回り、軽く抱き寄せられる。急な熱に心臓が跳ね上がった。


「あ、危ないって、何が?」

「僕があかりの嫌がることをするかもしれないって話」

「……うん?」


 よくわからない。

 静がそんなことをするはずがないのに。


(って、あ! これか、だめって言われたの)


 ほんの数時間前にされた友達の注意を思い出す。絶対的な信頼は、時として静を苦しめることにもなる、のだとかなんとか。


「……あれ?」


 ちょっと待ってほしい。

 その助言が今当てはまるのだとしたら、つまりまさに今、静はあかりに手を出したがっているという意味になるのでは。


(そ、そんなわけないよね!)


 なんとも自意識過剰な発想に、あかりの顔がさらに赤くなる。

 きっと例の会話のせいでつい思考がそちらに引っ張られてしまっているだけで、静はまったく別の話をしているに違いない。ここで見当違いなことを言って、あかりが意識しているのを知られるのは非常に恥ずかしかった。


「あかり? どうかした?」

「えっ! あ、えっと」


 一部心の声が漏れていたようで、心配した静が顔を覗き込んでくる。

 友達とどんな話をしたのかだけは知られるわけにはいかない。そうやって焦るあかりは、往々にして口を滑らせる。


「されたらっ」

「ん?」

「さ、されて嫌なことは何かって話を、お昼に友達ともしたなぁって、思って」

「ああ、あの二人と。そうなんだ」


 危うく「されたらどうか」と言いかけて、急遽修正した。何をと聞かれても答えられる自信がない。


「……それ、正しくはきっと『僕にされて嫌なこと』だよね。なんて答えたのか、できれば僕も聞きたいな」


 ごまかそうと必死なあかりと違って、静は相変わらずの鋭さで言葉に隠された部分を暴いてくる。元々の質問は一応隠せているにしても、なぜ言っていないのにわかるのか。

 あかりは内心慄きながら答えた。


「静くんにされて、嫌なことはほとんどないよって」


 これは、帰り際まで悩んだ末、実際に二人に出した答えでもあった。

 

 あくまでも「ほとんど」なのは、もし静があかりを好きでなくなったとしたら、その限りではないだろうからだ。

 そういった例外を除けば、静があかりに嫌なことをするとはやはり思えないし、その静のすることをあかりが嫌だと感じるとも思えない。早い話、静になら何をされても良かった。


 ――例え、それが「そういうこと」であったとしても。


(……っ!)


 行き着いた思考に思わず赤面したけれど、幸い静がとん、と額をあかりの肩に乗せたために、ギリギリ目撃されずに済んだ。


「……もう、本当…………」

「え?」

「……。そう言ってもらえて嬉しい。でも僕としては、少しはあるっていう嫌なことの方も知りたい。プレゼントされるのが好きじゃなさそうなのはわかるけど」

「そ、それは静くんが限度を知らないから! だめではあるけど……嫌じゃ、ないよ」


 こう言ったらまた困ったことになるかもしれない。そう思いつつも、プレゼントを贈ろうとしてくれる気持ち自体は嬉しいのだと伝えておきたかった。


「静くんが私にしたいとか、してあげたいって思ってくれることなら……たぶん、全部嫌じゃない」


 静のあかりを思っての行動なら、不快なわけがないのだから。


 そんな気持ちで静の頭に頬をすりつけると、静はあかりを包む腕の力を強めて体を起こし、ゆっくりと目を細めた。


「それは――こういうことも?」

「え、……んっ」


 急に近づいた顔に驚いて反射的に仰け反ろうとするも、いつの間にか後頭部に回っていた手に阻止される。次の瞬間にはくちびるに何かやわらかいものが当たっていた。

 それが静のものだと気がつくまで、あかりは何が起こったのかわからなかった。



 ――キスを、されている。



 理解した途端、急激に鼓動が速くなった。

 頭の後ろがじんと痺れて、思考が滲む。


 数分にも感じられるような数秒が過ぎ、ようやく静が離れたかと思えば、間を置かずにまたくちびるが触れた。


「ふ、っ」


 声が出てしまって、あかりは恥ずかしさに全身が熱くなる。こんな自分を見ないでほしい。ぎゅっと目を閉じ、無意識に静の服を握った。

 その手で静の胸を軽く押し返してみるものの、静は止まらず三回、四回と次第にリップ音を立てながら合わせていく。短く、長く、まるであかりのくちびるを丹念に味わっているかのように。

 足の力が抜けて床に座り込んでも、ソファに押しつけるようにして繰り返された。


(いき、できな……っ)


 このまま続けたら、二つの意味であかりの心臓は止まってしまう。とうとう迎えた限界に、あかりは涙を浮かべながら顔を背けた。


「……っ、も、っだめ」


 なんとかそう絞り出したところで、やっと静が動きを止める。


 いつ消したのかテレビはついておらず、リビングに二人の乱れた息遣いだけが響いて、それがまた落ち着かない気分にさせた。

 静の腕はまだ、あかりを閉じ込めるようにしてソファに沈んでいる。


「ごめん、止まれなかった」


 いつもより艶っぽい声にぞくりとする。

 見られたくない思いより、あかりをどんな表情で見つめているのか知りたい気持ちが優って、恐る恐る静の方を見た。


「……っ」


 紅潮した静は、壮絶な色気をまとっていた。

 衝撃で腰が抜けてしまいそうだ。目の奥にくすぶる熱はまだ消えず、あかりがほしいと求めているのがわかる。


 想像していたのと全然違う。

 もっと激しくて、もっと熱い。


 知らないうちに体が震えた。

 それが怯えたように見えたのか、静がそっと視線を外した。


「勝手にして、本当にごめん。こういうのは結婚してからにしようと思ってたのに……」


 何かを逃がすように、ふーっと長い息を吐く静に、あかりは浮かんだ疑問をついそのまま声に出した。


「どう、して?」

「どうしてって……そんなの、箍が外れるからだよ。今だって、もうすぐ送らなきゃいけない時間になるってわかってても、頭の中じゃどうやったら泊まってもらえるかを計算してる」

「……っ」


 驚いた。

 どうやら友達の言う通り、静は我慢をしていたらしい。それも、かなり。


「……その。静くんて、そういう欲みたいなの、あんまりないのかなって思ってました」

「まさか。あるよ、少なくとも人並みには」


 当たり前のように否定されて、胸のドキドキが鳴り止まない。動揺して視線が泳いだ。


「だ、だっていつも紳士と言うか、二人きりでいてもくっついたりぎゅってするくらいで、き、キスとかする素振りもなかったし」

「たしかに最初は一緒にいられるだけで満足してたけど……わりと早いうちから、とっくにあかりに触りたくなってたよ」

「さわ……」


 その中に、キスだけではなくそれ以上のことも含まれている気がして、あかりの顔が真っ赤になる。


「あかりを好きな気持ちとしたい気持ちはセットだから。さっきのじゃ全然足りないくらいには飢えてる」

「あ、あれで!?」


 信じられない。

 ファーストキスどころか、最終的に何回したかもわからないというのに。


「それくらい我慢してきたってことだよ。でもあかりが嫌だったなら、しばらくしない……ようにする」


 静がものすごく辛そうな表情で言う。


 そんな顔をされたら、嘘でもしたくないなどと言うわけにはいかないではないか。


「嫌じゃ、ないです」

「無理しないで。怖がらせてまでしたいわけじゃない」


 誤解されている。

 あかりは穴があったら入りたい思いで、自身を閉じ込める腕の片方に顔を埋めた。


「怖くない。……静くんにされて、嫌なことはないって……言ったよ」


 驚きはしても、恐怖や嫌悪感なんて欠片も抱かなかった。そう言いたかったのに、実際口に出してみると、まるでまたしてほしいとお願いしているようだった。

 誘っているつもりはなく、かといって間違っていないのだから取り消すわけにもいかず。


 図らずも、サインとなってしまった殺し文句に打ちのめされた静に、あかりはぎゅうと強く抱きしめられることとなった。


「……ああもう、帰したくない……」

「!? っええと、今日はお母さんに帰るって連絡しちゃってて、ですね」

「…………」

「あの、ごめ――」


 今日は夜勤の日ではないから泊まれない。

 静も知っているはずの予定を口にしてみれば、わかってるから聞きたくないと言わんばかりに口でふさがれたのだった。



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