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29.特別と日常3

 悪いことは、なぜこうも重なるのだろう。


「それは?」

「あ、えっと――」


 あかりはお風呂場から戻ってきた静にテーブルの上の包みについて聞かれ、友達からのプレゼントであることを伝えた。

 さらに開ける時の状況を指定されていると話せば、静もあかりと同じく不思議そうな顔をする。そこで静の疑問に同意する形になったおかげか、なんとか先ほどの発言に触れることなく当たり障りない会話を続けられた。


 単なるその場しのぎだとしても、あかりの胸にひとまずの安堵が広がる。


 はずだったのに。


「? なんだろう」


 いざ開けてみると、両手サイズほどの箱が出てきた。女の子が好みそうなデザインで印字された店名は、どこかで見たことがある気がするもののピンとこない。

 あかりはその中身がとんでもない爆弾であるとはかけらも思わず、何気なくふたを開け、目に映るものを正しく理解した瞬間、後悔した。


「………………えっ?」






 あかりの目に映ったのは――下着だった。






 上下セットらしいそれらは白く、リボンが付いて一見かわいらしい。ところが恐ろしいことに、カップの三分の一ほどのレースが透けていた。大事な部分は見えないようになっているから、少し……いやあかりにとっては非常にセクシーなだけで、普通に使えるものではあるようだ、けれど。


 動きが止まったのはあかりだけだったのか。前方にいる静の顔を見ることはできず、どんな反応をしたのかはわからなかった。


(……な、んてものを渡すの…………!?)


 次第に脳が働き出し、顔から火が出る思いで問題のそれらをばっと後ろに隠す。

 あまりの恥ずかしさに半泣きになって、でも言葉にはなってくれなくて、あかりは静に違うのだという意味を込めて何度も首を横に振った。


 想像の中でなら、友達二人をぽかぽか叩いても許されるだろうか。


「…………大丈夫、わかってる。僕ご飯作ってくるから、あかりはお風呂が沸いたら入っておいで」


 静はそう言うと、あかりの返事を待つことなくキッチンへと移動してしまった。


 わずかな間が空いて、カチャカチャとお皿か何かを出す音がし始める。

 あかりはしばらくそのままの体勢でいたものの、緊張の糸が突然切れて、床にこてんと倒れ込んだ。


(対面式じゃなくてよかった……)


 キッチンにいる静からはあかりが見えないし、リビングにいるあかりからも静が見えない。それがこれほど安心するとは。

 あかりは、静が選んだ部屋がここで良かったと心底思った。





 どのくらい呆けていたのか、気がつけばお風呂の用意ができたことを知らせるアナウンスが鳴っていた。


 トントンと包丁の音までしていて、あかりはお邪魔している身でありながら手伝いもしていないと青くなる。

 しかし今静と顔を合わせるのは無理だ。

 あかりは例のブツをお泊まり用鞄の中に放り込み、心の中で謝りつつ静に先にお風呂をいただくことを伝えると、素早く脱衣所の扉を閉めた。


「中のもの、何でも好きに使っていいから。ちゃんとお湯に浸かって、ゆっくり温まって」


 扉越しにそう言われ、静の優しさにきゅんとする。


 だからこそ、せっかく二人でいられる貴重な時間が、失敗ばかりでうまくいかないのが悲しい。静だって楽しみにしてくれていたようなのに、こんな空気になって残念に思っているのではないだろうか。


 ここはお風呂で気持ちをリセットしよう。

 あかりは心に決めると、寒くないよう暖房のつけられたお風呂場に入った。


(あれ……? シャンプー、私がいつも使ってるやつがある)


 修学旅行の時の残りである、いつもと違う銘柄の石鹸類が入ったトラベルセットを開けようとして、気がつく。

 よく見るとトリートメントも男性ものと女性ものの二種類が置いてあり、女性ものはストッパーがついたままの未使用品だった。さらに、近くにはメイク落としまで。

 あかりのために買って来たのだろうか。荷物を最低限でと言っていたのはこういう意味だったらしい。


 本来なら人の家のものを勝手に使うのは気後れするタイプなのだけれど、あかりが遠慮をすれば静の気持ちをふいにしてしまいそうだ。

 悩んだ末にありがたく活用させてもらうことにした。


 この後静も湯船に入るのだから、普段以上にしっかり、かつ手早く髪や体を洗っていく。

 全体を隅々まで洗い終えると、あかりは水気をある程度絞った髪をヘアクリップでまとめ、体を湯船に沈めた。


「ふう……」


 少し動くたびに、波立つお湯がちゃぽん、と音を立てる。

 家と同じくらいの広さの浴槽、心地の良い温度。そこで足を伸ばせば、あかりの強張りは溶けるように消えていった。


(なんだ。入っちゃえば、そこまで気にすることなかったかも。別に静くんに見えちゃうわけじゃないもんね)


 脱衣所が無い家なら困っていた。けれど実際は脱衣所どころか、お風呂とトイレだって別である。広い家、すごい。


 自宅では十分程度は浸かるようにしているのを、今日は半分ほどで切り上げる。暖房のおかげでむしろ暑いくらいだ。

 持ち込んだバスタオルで全身を拭き、お風呂の中をさっとシャワーで流して脱衣所へ出る。ティッシュを取ってお風呂場へ戻ると、排水溝の髪の毛を取ってゴミ箱へ捨てた。


(手も洗って、と。よし、あとは着替え、着替え……あれ?)


 おかしい。スパバッグの中に入れておいたはずの大事なものがない。

 脈が急激に速くなり、混乱があかりを襲う。


 いや、一旦冷静になろう。


 記憶を辿って昨日を振り返ってみれば、入れ忘れたわけではないと自信を持って言える。なぜなら昨日、わざわざ使い終えた修学旅行のしおりを出して、チェックボックスに印をつけながら鞄の中身を確認したからだ。

 なんならすでに詰め終えていた荷物をもう一度出して、二回も照らし合わせた。そこにはきちんと今ここに無いアレもあった。間違いない。


 ならばなぜ無いのか。


 そうだ、それから鞄にしまい直す途中、母がごそごそするあかりの様子を見に来て、これはいらないんじゃないかとタオルや服を横に除けだして――


(それだ!)


 静の家にもあるだろう、と借りる前提で話す母に、それは悪いと頑なに拒んだ覚えがある。原因があるとすれば、そこで詰め漏らした可能性しか思い当たらない。


 よりによって、なぜアレなのだ。シャンプーだったら何の問題もなかったのに。


「っくしゅん!」


 とっさに口元をタオルで隠して、さらにもう一回くしゃみをする。

 ずっと裸のまま濡れたタオルをまとっていたせいだろう、ぶるりと震えて体が冷えてきたことを自覚した。


 早くなんとかしないと、とも思うのに、お風呂前と同じものを身につけるには抵抗がある。

 どうしたら――そうあかりが途方に暮れていると、外から控えめに声がかかった。


「あかり、大丈夫?」


 びくりと肩が跳ねる。

 静が無断で開ける人ではないとわかっていても、つい前をタオルで隠してしまった。


「だ、だいじょ……っくしゅん!」


 駄目かもしれない。

 このままでは風邪を引きそうだ。


「どうしたの? 何か取ってほしいものとかある?」

「う。え、と……」


 取ってもらうにしても、鞄に入っていないのだからどうしようもない。

 ここは諦めて先ほどと同じものをまたつけるか、つけずに出て洗濯機を貸してもらうか、それとも外に買いに――


(あっ)


 …………あるではないか。


 あかりは気づいてしまった選択肢に頭を抱えた。

 こうなったら、どれを取っても微妙な思いをするのだ。もう潔く静に白状しよう。


「あの、ね。お願いがあるんだけど……っ」


 もとよりぐらつきかけている決意が壊れてしまう前に、あかりはその場の勢いで事情を口にして、静にあるものを持って来てほしいと頼んだ。


 その後、ノック音がしたのでわずかにドアを開け、その隙間から顔を出した箱を受け取る。お礼の言葉が蚊の鳴くような声になってしまい、聞こえていたかが不安だ。


 ――まさか、これに助けられることになるとは。


 あかりはふたを開けて、中身をそろそろと広げてみる。

 肌に馴染む白さのブラジャーとパンツ。中学生になって自分でも服を買うようになっても、一度として選んだことのないデザインの下着が目の前にあった。


(静くん、どこまで見えたかな)


 できることなら声を大にして言いたい。

 いつもこんな刺激的な下着をつけているわけではない、と。


 しかしそんな弁明ができるはずもなく、静だってされても困るに決まっている。


 あかりはこれからつける下着が静に知られている、という羞恥で死にそうになりながら、透けるレースが胸の大事な部分をギリギリまでしか隠してくれないことや、パンツの布面積が慣れたものよりずっと少ないことに心の中で悲鳴を上げつつ、やっとの思いで服を着替えたのだった。




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