6.繋がる
『おはよう』
朝起きてその連絡が届いていて、あかりはもう一度ベッドに倒れ込んだ。
よかった。
心配していたゲームオーバーではなかったことが判明して、力が抜けてしまった。
深い安堵で、昨日うとうとするだけだった体が急速に眠気を訴えてくる。
これから学校があるのでもちろん起きるけれど。
昨日、母がメッセージをくれた通りあかりが帰ってくると、机の上に御守りが置いてあった。
静と会える条件は今でもまだわからない。
ただ、会えるようになったきっかけは御守りだったように思う。だからあかりは御守りが届いた日とできるだけ同じように行動することにした。
そして寝る準備をして、それをいつも通り枕の下に入れて会えますようにと祈って眠った結果、次の日ーーつまり今日、静からの連絡が届いていたのだ。
(これ、昨日送ってくれたのがいっぺんに来てる?)
おはようの前に、『着いたよ』『あかり?』『大丈夫?』『暗くなるから帰る。あかりも気をつけて』『おやすみ』が同時刻に並んでいた。
まるで送った側が圏外にいた時のようだけれど、この都会で外や家にいてずっと電波が届かないなんてありえるだろうか。
そしてそれはあかりにも言える。
もし向こうにも同じようにメッセージが一気に届いていた場合、『着きました』『用事があるようなら気にしないでそちらを優先してください』『今日はもう帰りますね』『おやすみなさい』と表示されているはずだ。
もしかして、御守りをそばに置いておかなかったから、ゲームの世界との繋がりが切れてしまっていたのだろうか。だからメッセージを送信も受信もできず、会うこともできなかった。
それこそお互いの世界が圏外になってしまったかのように。
ただ今までも、日中は家に置いてあったはず。ということは夜に関係するのだろうか。
夜、眠る時に御守りがないと静には会えない?
こうした推測も、あかりだけができるものだ。
静は自分がまさかゲームの世界に生きているとは思ってもみないだろうし、あかりが別の世界の人間だなんてことも考えもしないはず。
約束を忘れていただとかそんな違和感しかない言い訳は不審に思われるだけなので使えない。
それに不可抗力とはいえ約束を無視する形になってしまったというのに、あかりの心配をしてくれて、文面からは怒りも感じられないのだ。そんな優しい人に、どう謝ったら良いのだろうか。
(あああ、どうしよう……!)
何とメッセージを送ったらいいのか悩むうちに時間が過ぎてしまって、結局何もしないまま学校に着いてしまった。
これでは既読スルーしたみたいになってしまう。さすがの静もそれには嫌な気分になって、やはりお試しで付き合うのは無しに……なんてことになったらあかりは今すぐに泣ける自信がある。
「あかりおはよー。それ、鳴ってんのあかりのじゃないの?」
「あ、おはよ……ってうわ! ほ、ほんとだ!」
靴を履き替えているところで友達と会って、電話が来ているのを教えてもらう。
慌てて画面を見れば、ーー静だった。
「中庭に寄ってくる!」
「遅刻すんなよー」
静かなところで彼の声を聞きたくて、すぐに人気のないところを頭の中で弾き出し、走り出す。
着くまでに鳴り止んでしまうのが怖くて、周りに人がいなくなったところで軽く息を整え震える手で通話ボタンをタップした。
『ーーあかり?』
涙腺が壊れてしまった気がした。
たった一言、名前を呼ばれただけで、先ほどまでのぐちゃぐちゃとした気持ちが吹っ飛んで、心が静一色に塗り替えられる。
『もしもし?』
「……もし、もし」
静がもしもしと言うだけでかわいく思えてくる。重症だ。
あかりはできるだけ泣いていることを悟られないようにしたかったけれど、反射的に鼻をすすってしまった。
『泣いてる』
「な、……泣いてます」
『うん。また僕が泣かせてる?』
あかりは自分が勝手に泣いているだけだと言いたかったのに、静の優しい声を聞いているだけで口をついて出る思いがあった。
「会いたい……」
もう会えないかと思った。
昨日だって、静に会いたかった。
叶うなら毎日だってその姿を見ていたい。
わがままで欲ばりな気持ちが溢れて、胸に収まりきらなくなっていく。
けれど。
『ごめん、今から授業がある』
戸惑うような静の声に、あかりは唐突に我に返った。
そうだ、何を言っているのだろう。
こうして消えるだとか会えなくなるだとかを知っているのはあかりだけで、静から見ればあかりは約束に来なかったくせに次の日には朝から会いたいだなんて言い出す常識知らずでしかない。
百歩譲って相手が自分のことを好きだったなら話は変わるかもしれないけれど、あくまでも仮の彼女にしてもらっているのはあかりの方だ。
「そう、でした。ごめんなさい。忘れてください」
それなのに、静に突き放されたと痛む胸が、あかりを苦しめる。
一度仕切り直そう。
頭を冷やして、改めて連絡をーー
『だから学校終わったら、迎えに行ってもいい?』
「む、え?」
『昨日会えると思ってたのに会えなかったから、なんて言うか……あかりの顔が見たい』
「!?」
考えもしなかった甘い言葉に、あかりは情報処理が追いつかない。
涙は驚きのあまり止まってくれたけれど、代わりに顔が火を噴きそうになっているのがわかった。
電話の向こうであかりがどんな反応をしているかなんて気にならないのか、いつもの無表情が想像できる声で『あ、チャイム。じゃあ後で』と言って通話は切られた。
静の向こうにもう一人、慌てたような男の子の声が聞こえたのは、もしかしたら蒼真かもしれない。
あかりも自分の方のチャイムが鳴っていたので、ふらふらと教室へ向かった。
◇◇◇
昼休み、学校にいるうちに自分の学校名と、念のため駅からの道もトークアプリで送っておいた。
本当に来るのだろうかと思うと緊張して、今日も授業をあまり聞けていない。いくら予習しているからとはいえ、一度誰かにノートを見せてもらった方が良いかもしれない。
恐る恐る校門を出て、歩いている生徒たちが振り返る方をあかりも見てみれば、そこには姿勢良く立つ静がいた。
「あ、あかり」
こんなに格好いい他校の人がいたら、女の子に声をかけられてもおかしくない。逆に静が可愛いと思う人を見つける可能性だってある。
それなのに、静はすぐにあかりに気がついて近くへ来てくれた。
「静くん、あの」
「学校お疲れ様」
「あ、ありがとう。静くんも、お疲れ様でした」
「うん」
会いたいと言って、会いに来てくれる。
嬉しい。昨日までの悲しみや恐怖があったから、この幸せが本当に尊いものだと思えた。
「……それが見たかったのかもしれない」
「え?」
それ、とは何だろうか。あかりは周りを見回して見るけれど、特に変わりばえするようなものは見当たらない。
ふっ、と上から息がもれた気配がして静を見ると、今までで一番はっきりとその顔に笑みを浮かべていた。
ーー心臓を、掴まれる。
「僕、あかりが僕を見て笑ってるのを見るのが好きみたいだ」
そう言って、動けないあかりの手をとって歩き出す。あかりもつられて足を動かした。
「こうすると、恋人つなぎって言うらしいよ。知ってた?」
静が指と指を絡めて、あかりの目線になるよう持ち上げる。
嬉しいのと恥ずかしいのとで混乱した頭では、うまく言葉を返せない。思わずうつむいてしまって、けれどそれが静には頷いたように見えたらしく、友達に聞くまで知らなかったと続いた。
これは静の言った不適切な接触に当てはまるのではないか、とは思ったけれど、あかりは口に出せなかった。
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