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25.その手を4

 食事は大満足だった。


 前菜から始まり、スープやパン、魚、口直しのシャーベット、そして肉。どれもこれも食べたことのない料理ばかりで、とてもおいしかった。

 飲み物も、カクテルと名がつくだけあって単純な味のドリンクではなく、使われているグラスが洒落ていることもあり見た目もお酒に近かった。特にブドウを使ったものは赤ワインを飲んでいる雰囲気まで感じられ、大人になった錯覚までしたほどだ。


 最初はコース料理を予約していると聞き、食べきれるだろうかと不安もあったのだけれど、静はあかりの胃の大きさを考慮し、できるものは事前に減らすようお願いしてくれていた。

 おかげでお腹が満たされているものの、はち切れるほどにはなっていない。この後はデザートだそうなので、最後までおいしく味わえそうでほっとしている。


 あかりはメインの皿が下がり、テーブルが整ったタイミングでちらりとバッグを見た。

 プレゼントはいつ渡そうか。

 食事の前とは違う緊張で体を強張らせるあかりに、静が声をかけた。


「ねえ、あかり。お願いがあるんだけど」


 珍しい切り出し方に、あかりは目を丸くしながら頷いた。


「いいよ。なあに?」

「……内容を聞いてないのに、いいよって言ったら危ないよ」

「だって静くんのお願いだから。叶えたいに決まってるよ」


 どうしても無理なことなら、静はあかりに願わない。

 きっとできる範囲なのだろう、という推測は案の定当たっていた。


「じゃあ、僕に誕生日おめでとうって、言ってほしい」

「え……あれ? ごめん、私言ってなかったっけ」


 祝うつもりが、一番大切な言葉を伝え忘れていたとは。実際の誕生日が今日ではないからか、失念していたようだ。


 改めて、あかりはきちんと気持ちを込めて、静に言った。


「静くん、誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう」


 どうしてだろう。

 言い終わって、あかりが泣きそうになった。


 静はあかりの言葉を噛みしめるように目を閉じる。

 そして少しの沈黙の後、静かにまぶたを持ち上げた。


「やっと聞けた。五年前から、ずっと聞きたかったんだ」

「五年前……あ、そっか。私静くんに誕生日を聞いてなかったから、知ってるって思われないように気をつけてたんだった」

「うん、まあ、隠せてはいなかったけどね」

「え!」


 予想外の答えに驚くと、静の表情が緩んだ。


「誕生日だってはっきり言われなくても、『生まれてきてくれてありがとう』なんて言われたら、さすがにわかるよ」


 そうでなくても祝われたばかりだったからね、と付け加えられ、納得する。静の立場ならあかりでも察していたに違いない。

 おめでとうとさえ口にしなければ大丈夫、などと思っていた自分の迂闊さに、あかりは思わず頭を抱えたくなった。


「あかりに会えない間、あかりの行動の意味がわかるたびに、どれだけ僕を大事に想ってくれてたのかもわかったよ。そうやって誰かのために動けるあかりを、僕は本当に尊敬してる」

「そんけい、って、そんな大層なものじゃ……。それに静くんこそいつも私のためにいろいろしてくれてるよ」


 尊敬というならあかりだって同じだ。

 そう思ったのに、静は苦笑いを浮かべて首を振った。


「僕は結局、僕のためだから。失くして、焦がれて、自分の感情と向き合ううちによくわかった。僕はあかりが考えてるほど『出来た人間』じゃないって」


 静が立ち上がって、あかりのそばへと数歩近づく。


「ほしいものは手に入れたいし、手に入ればもう二度と手放したくない。手放さない。そう決めた」

「う、ん……?」


 静の言葉はどこか抽象的で、掴みどころがない。

 それでもあまりに真剣な瞳があかりを捕らえるから、何か大切なことを伝えようとしているのだと理解できた。


 静が、あかりの手を取り片膝を立てる。


「僕はあかりがほしい。これからのあかりをずっと隣で見ていたいし、これからの僕をずっと見ていてほしい。あかりを、心の底から愛してる」

「……っ」


 空気が違う。

 これは、まさか。






「――僕と、結婚してください」






 言葉を失う。


 これで何度目だろう。息ができなくなるほどの衝撃を受けるのは。


「ゆっくりでいいから、息を吐いて、吸って」


 静は、こうなるとわかっていたかのようにあかりの背を優しく撫でてくれる。

 なんとか言われた通りにすると、心臓がほんのわずかに落ち着いて、呼吸が戻った。


(返事、を)


 そう思うのに、今度は涙で視界が揺れる。


 告白してもらった時の比ではない。

 喉が詰まって、声にもならない。


 頬を伝う前に当てられたハンカチを、あかりはただ目を閉じて受け入れた。


「……あかりはいつも泣いてるね」


 優しい声だ。

 あかりはゲームではない静に出会って初めて知った、この低すぎない声が好きだ。


「紗緒里さんに聞いて、驚いた。あかりは普段あんまり泣かないって」


 それは正しい。

 あかりだって戸惑っている。静が関わると、何ひとつ取り繕えない自分に。


「泣かせたくないのに、泣いてくれて嬉しいとも思うんだ。あかりが泣くのは大体が僕のせいだから」

「っち、が」

「無理しないで。落ち着いてからでいいよ。……こうやってすぐ泣いちゃうくらい、あかりの心が僕でいっぱいなのが嬉しいんだよ。僕も同じだ。初めてあかりを見た時から、僕の真ん中にはずっとあかりがいる」


 あかりの真ん中。

 そこには当たり前のように静がいて、これでもかというほど幸せを振りまいてくれている。

 あまりに大きくてあたたかなそれが、もし静にも存在すると言うのなら、あかりも静の幸せをほんのわずかでも増やせているだろうか。

 

「僕はね、あかりに会うまで誰かに好きになってもらえるなんて思ってなかった。両親にすら愛してもらえなかったし、そういうものとは無縁なまま生きていくんだろうなって漠然と思い込んでた」

「……っ」


 絶対に違う、という意味で首を横に振った。

 あまりに悲しいことを言うものだから、ますますあかりの涙が止まらなくなる。


 そんな心境を感じ取ったのか、静が笑った。


「うん。違った。叔父さんも蒼真も深澄も、仲間のみんなも、他の人たちも、僕が驚くほど僕に優しい。あかりが色付けてくれた世界は、本当に鮮やかだ」


 僕が待ってたのはあかりだった、と小さく聞こえる。


「どう思われるかも大切だけど、何より自分がどう思ってるのかが大事なんだってあかりに教わった。誰かの好きが消えてしまうのを怖がるより、僕は自分と相手を信じて進みたい」


 自分と相手を信じて、進む。

 静はあかりに教わったと言うけれど、あかりこそ今、静に教わっている。


 いつかを恐れて遠ざけるのではなく、その恐れごと受け止めるのだと。


(静くんは本当にすごい)


 あかりも静のようになれるだろうか。

 いつか静に新しく好きな人ができるまでそばにいる、と覚悟するのではなく、静の想いを信じて、“一緒に”幸せになれる人に。


 すぐには難しいかもしれない。

 けれど。


 ――あかりの涙は、もう止まっていた。


「……私、最初に会った時ね。静くんに好きな人ができても、私が彼女になっちゃったら、優しいからその人を諦めちゃうんじゃないかなって思ってたの」


 ひどい声だ。

 喉が震えて、聞くに堪えない。


 それでも静は愛おしそうに笑う。


「それはどこの僕の話?」

「ふふ、ね。五年も探して待っててくれるほど一途な人なのに、全然知らなかった」

「そうだよ。あかりは僕のこと、まだ全然知らない。もっと知って。僕から逃げられないって、わかって」


 ほしいものは手に入れて、放さない。

 そうしたいのが他でもないあかりなのだと静が言ってくれるのであれば、あかりは静を信じて、その手を取ってみたい。


「……でもね、当たってたところもあるんだよ」

「例えば?」


 内緒話をするように、耳に口を近づける。


「静くんと結婚する人は、幸せになれるってところ」


 静が息を呑んで、すぐさまあかりの顔を確認する。

 その瞳に映るあかりが、少しでも綺麗に笑えていれば良い。


「私も愛してます。……よろしく、お願いします」



 ――あかりも、静の手を放したくはないのだから。






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