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23.その手を2

 駅に向かうと思っていたのに、静が歩き出したのは反対方向だった。

 こちらに進んで、あるのは静たちの家だ。

 一度立ち寄ってから食事に行くのか、それとも歩いて行ける範囲にレストランがあるのか。どちらにしても、あかりは静についていくだけだ。


(……お祝いしたいって言ったの私なんだから、本当は私がリードするべきだったんだけどな)


 今回は学校が終わってからのデートのため、一緒にいられる時間はあまり多くない。だからこそ食事だけでは足りない気がして、何か他にも静を楽しませる計画を立てるつもりでいた。


 ところが静は、食べに行くお店の名前や場所を、何度聞いても当日まで内緒だと言って教えてくれなかったのだ。


 お店がわからなければ、出発すべき時間も遊ぶのに適した場所もわからない。これでは計画が立てられないと伝えても、「一緒に過ごしてくれるだけで充分だから、あとは全部僕に任せて」としか返してくれない。

 どうやら何か考えているのは静も同じだったらしい。


 誘っておいて、祝われる当人に準備を任せる、という謎な状況にとてもそわそわするものの、一番大事なのは静が喜んでくれるかどうかだ。本人が任せてほしいと言うのなら、邪魔をしないのも一つの贈り物かもしれない。

 そうやって無理やり自分を納得させると、あかりはせめてもの足掻きに自らの準備に力を入れ、とうとうこの日を迎えることになったのだった。


「あかり、こっち」

「こっち?」


 静の家に行くのとは違う道へ誘われ、首を傾げる。この辺りに良いレストランなんてあっただろうか。


 不思議に思っていると、静はなぜか曲がってすぐの時間貸し駐車場に入っていった。


「し、静くん? あれ?」


 駐車場。

 となれば、当然そこにとめられているのは車である。


 静はあかりの戸惑いに目元を緩ませると、一台の黒いセダンの前で止まった。


「今日はこれで移動しようと思ってる」


 そう言って触れたのは、特別車に詳しいわけではないあかりでも知っている車種だ。

 取り出したキーでロックを解除する静に、あかりは言葉が出なくなった。


(……静くんが、運転するの……!?)


 ――ご褒美だ。静の運転する車に乗せてもらえるなんて、ご褒美以外の何物でもない。


 やはり静はデートの目的をあかりの誕生日と間違えているのでは、という疑いがますます強くなった。


「慣れない靴だから、あんまり歩かせたくなかったんだけど……嫌だった?」

「い、やなはず、ないよ」

「そっか、よかった。安全運転を心がけるから、安心して」


 微笑みながら助手席のドアを開けられ、どうぞと促されるままに席に座る。

 静はあかりのシートベルトを着けてからドアを閉め、運転席側に回った。


「え、と。あの、びっくりが追いつかない、です」


 エンジンをかけたり、車の設備をいじる姿をただ見ていることしかできないあかりに、静が顔を綻ばせる。


「びっくりさせたかったから。と言っても僕じゃなくて、叔父さんの車なんだけど」

「そ、なんだ」

「うん。格好つかなくてごめん」


 そう言いながらも楽しそうな静に、あかりの胸が甘く痛む。


 静が格好よくない時なんてない。

 今だって運転席に座っている姿がとても様になっている。少なくとも、リラックスして運転できるほどにはこの空間に慣れているようだ。


 ひざかけを後ろから取ってあかりにかけたり、座席の位置や空調、音楽を気にかけたりと、気遣いも細やかで完璧と言って良い。普段から同乗者がいなければ、こんな発想は出てこないのではないだろうか。

 一体誰を相手に経験を積んだのか、少々気にかかった。


「免許、いつ取ったの?」

「高校卒業してすぐの頃。前にあかりが『車は家から目的地までまっすぐ行けるのがいい』って言ってて、それを聞いた時から絶対取るって決めてたんだ」

「……よく覚えてるね。じゃあ私、きっかけ作っちゃったんだ」

「きっかけどころか、今日あかりが乗ってくれてやっと目的も果たせるよ」


 目的を果たす、とは。

 意味がわからず尋ねると、静が補足した。


「車で送り迎えしてくれた、って言われてたお姉さんが、羨ましくて。僕もずっとあかりを乗せたかった」

「え。……え? まさか、それが免許取った目的じゃない、よね……?」

「? 目的だし、動機だよ」


 カーナビをいじり、静が履歴から目的地を選択する。

 その動作を眺めるあかりは、まだ先ほどの返答に固まっていた。


(静くんのことだから、たぶん本気だ)


 嫌なわけではない。

 ただあかりの発言に対する静の受け止め方が、認識していた以上に重かったために慄いているだけだ。


「……静くんは、私の何気ないセリフをあんまり真剣に考えない方がいいと思う」

「どうして? 僕としては、あかりの何気ないセリフこそ気にしたいのに」


 そう言って、アレンジした髪に静の手が触れる。

 耳に指が掠り、そこから熱が広がった。


「……本当に、かわいい。写真、撮っていい?」


 細められた目が、あかりをうっとりと見つめる。

 あかりはますます恥ずかしくなって、耐えきれずに顔を隠した。


「駄目?」

「じゃ、ないけど。ちょっと待ってほしい、です」


 わかった、と隣で頷いた気配がして、あかりは少しだけ与えられた猶予に胸を撫で下ろした。


(静くんに撮られると、いつも自分じゃ見たこともない顔してるんだもん)


 薄くとはいえ、化粧をしているから顔には触れない。

 あかりは窓の外に顔を向けて、首に冷たさの残る指先を当てた。


 ――写真について触れた次の日から、あかりと静は写真を撮り始めていた。


 二人での時もあれば、一人での時もある。今はまだ特別どこかへ出かけたりしていないため、一人を撮る方が多い。

 タイミングは対照的で、あかりが数日に一度勇気を出してお願いするのに対し、静は毎日不意にスマホを取り出しては撮り始める。それも一度に何枚も撮るので、あかりは早くも枚数制限を設けていた。


 写真の交換も進んでいる。

 それに伴って、スマホを持ち始めた中学生の頃のあかりや、高校二年の静の学校での様子など、お互いの思い出を本当に少しずつ共有できるようになった。


 これからの話も楽しいけれど、これまでを知れるのも楽しい。


 深澄に吐き出したように、「そばにいたかった」という思いが消えることはきっとなく、この先も醜く羨んでしまう時は来るだろう。それでも、静の話す過去には、いつもどこかにあかりの気配がある。

 そのおかげか、以前に比べれば、あかりの苦しさは薄まりつつあった。


(もうそろそろ熱、治まったかな)


 また静が好きだと一目でわかるような表情を残されてはたまらない。

 あかりは努めて冷静に静の方を向いた。


「……っ!?」


 どくん、と心臓が大きな音を立てる。


 駄目だ。

 ハンドルに肘をついて優しくあかりを見ている静を見てしまえば、勝手に心が反応してしまう。やはり静は世界で一番格好いい。


 あっという間に顔色の戻ってしまったあかりに、静は微笑んで言った。


「……僕といて、赤くなってくれるあかりが好きだよ」

「っ、お、落ち着かせてくれる気がないよね!?」

「あ、ごめん。赤くなってない時も、全部好きだった」


 そこを問題視しているわけではない。






 その後、静は恥じらうあかりを写真に収め、あかりも仕返しに運転席にいる静を撮った。

 ようやく満足して静が車を発進させたのは、二人が車に乗り込んでから実に十分以上経ってからのことだった。




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