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21.懺悔7


「僕があかりに、深澄についてできるだけ言わないようにしてたこと」

「あ……!」


 もしかして、くらいのレベルで感じていたことが当たっていたとわかり、あかりは目を丸くする。

 その反応を肯定と捉えたのか、静はばつが悪そうに目を逸らした。


「嫌な予感がしたんだ」

「嫌な、予感?」


 静が自嘲の笑みを浮かべ、頷く。


「もともと深澄は、僕と境遇が似てる。それに加えて考え方とか仕草が年々僕に似てきてるって周りのみんなに言われてて」


 実際僕も少しそう感じてる、と続ける静に、つい先ほどあかりも同じようなセリフを言ったことを思い出す。

 深澄と話している時もそうだった。外見や性格ではなく、考え方や気遣いの面で、時々静が重なるのだ。


「それが嫌なんじゃない。嬉しいとも思う。でも、あかりが今高校生だってわかった時、同じ高校に深澄が入学してて……どうしても不安になった」

「なんで、って、そっか。深澄くんと会っちゃったら、静くんとの時間が消えてたかもしれない、よね」


 そうだ。やはり危なかったと改めて思う。

 王子の噂を聞き流していて、本当に、本当に良かった。


「それもあるけど」


 静は繋いだ手に、ぎゅっと力を込めた。


「僕と好みまで似てる深澄が、僕と同じようにあかりを好きになるかもしれない――そう考えたら、深澄にもあかりにも、お互いの情報は渡せなかった」

「え」

「それにあかりも、僕に似てたら深澄に惹かれるかもしれないし。それが嫌だった」

「……っ」


 言葉にならない。予想外すぎる心配だった。

 歳が近いから僕より弊害が少ないし、とこぼす静に、胸がきゅうっと締め付けられる。


「弟にまで嫉妬して……はあ。この間から格好悪いな、僕」


 静がため息を隠すように、片手で口元を覆った。


(……静くんに似てたって、それは静くんじゃないのに)


 あかりが好きなのは、ただ一人「静」だけだ。


 似ているからといって他の誰かを好きになれるとは思えないし、現に初めて会った時からずっと、ただ静だけを見てきた。

 それを知っていてなお不安になってしまうほど――静も、あかりが好きなのだ。


 あかりの胸は、この人が愛おしいという気持ちでいっぱいになって、今にも溢れ出しそうだった。


「静くんはいつだって格好いいよ」


 そう言って、顔を覗き込む。

 きっと今、あかりの瞳には静への想いが滲んでいるに違いない。


「静くんに会ったら、私は静くんしか好きになれないよ」


 いつかの静がくれた言葉だ。

 もらったあかりがどれだけ嬉しかったか、静に少しでも伝わったら良いのに。


「……ありがとう」


 やわらかな笑み。

 あかりは安堵すると同時に、眼鏡で倍増されたキラキラに胸を貫かれ、思考が鈍った。


(え、と、だから、後は)


 静を慰めるだけでは足りない。

 不安にさせる原因を取り除かなければ。


「ちょっと待ってね」


 あかりは静に断ると、空いた手と同じ側の肩にかけていた鞄のファスナーを開ける。ところが半分もいかないうちに肩ひもが滑って、ひじまでずり落ちてしまった。


 さすがにこの状態から片手で中身は取り出せない。


「あの、静くん……」


 仕方なく繋いだ手を離してもらおうと、あかりが見上げる。静は意図に気がつかなかったのか、すぐに自分の空いた手を使って鞄を直してくれた。


「わ、ありがとう」

「何を出したいの?」

「えと、スマホを」


 あかりの突然の行動に不思議がるわけでもなく、鞄を支えて手伝ってくれる静が優しい。

 加えてほんの短い時間でもあかりを離す発想にならないらしいとわかって、あかりは赤面するしかない。


「じ、実はさっき、深澄くんが相談相手になってくれるって話になったの。でも静くんに嫌な思いさせたくないから、やっぱりお断りするね」

「相談……?」


 あかりや静の事情を知った上で相談相手になってくれる人物が今のところ他にいないとしても、それで大切な人を苦しませるくらいなら一人で悩む方がよほど良い。

 せっかく提案してくれた深澄には悪いし、あかりとしても断るのは少々、いやだいぶ、惜しいけれども。


「それ、深澄が言い出したの?」

「? うん。いつもの友達には言えないことも多いだろうからって」

「…………あかりも、それ、受けたんだ」


 取り出したスマホを静が持ってくれたので、ありがたくロックを解除する――はずが、静にひょいと遠ざけられた。


「へ?」


 目がスマホから手を伝って、静の顔に辿り着く。

 彼は納得がいっていないような、難しい表情を浮かべていた。


「静くん?」

「たしかに悩みを自分の中だけで完結しないで、とは言ったけど……」

「うん?」


 静が何かを言っているのはわかるのに、あかりがよく聞き取れないほどその声は小さい。


「なんで深澄なの。相談なんて、僕にすらなかなかしてくれないのに」

「え。えと」

「あかりのことは僕だけが知っていたいし、一番知ってるのは僕がいい。あかりのことを、他の男から聞くのは嫌だ」


 これは、もしかして。

 拗ねているのだろうか。


 あかりがぽかんとしている間に、静が首を振って「……でも」と続ける。


「深澄が言いたいことも、わかる。僕に蒼真がいるみたいに、あかりにだって僕以外にも相談相手がいた方がいい」


 不服そうな顔は変わらない。

 それでも静は、そっとスマホを返してくれた。


「深澄の話、断らなくていいよ。ただ、僕が深澄にも嫉妬するってことはちゃんと覚えてて」

「…………はい」


 受け取って、遅れてやってきた恥ずかしさに頬が染まる。

 いくらあかりが誰にも揺らがないと表明しようと、関係なく身内にも妬くと宣言されれば照れるに決まっている。

 もし逆の立場ならあかりも恐らく嫉妬してしまうので、あまり浮かれるわけにはいかないけれど。深澄と会う時は気をつけよう。


「あと、これも」


 今度は静がポケットからスマホを取り出す。

 あかりと違い片手で難なく操作されたそれは、ある画面を表示した状態で目の前に差し出された。


「――っ!!」


 あかりは息を呑み、動きが止まる。


 なぜなら、そこに映っていたのは――深澄とあかりが社会科準備室で撮った写真だったのだから。


(け、消してって言ったのに……っ!)


 やはり生返事を信じるのではなかった。よりによって静に、不細工な泣き顔を送るなんて。


「それ、なん、」

「深澄が送ってきた。羨ましいだろって」


 静の言葉で、深澄の行動に今さらピンと来た。

 写真を撮ったのは、初めから静に送るためだったのだ。

 静の写真がほしいとあかりが言えないなら、静が話題に出すよう仕向ければ良いとでも思ったのだろう。荒療治が過ぎる。


「あの、消し」

「羨ましい」

「え」

「羨ましいから、僕とも写真撮って。深澄だけずるい。……それとも、僕とは嫌?」

「じゃない! けど」


 多少直したとはいえ、会ってすぐに泣いたと気づかれる有り様なのだ。素敵度の増している静と並んで撮れる状態ではない。

 かと言って今は撮れないと伝えて、また話題に出せなくなるのも嫌である。


 葛藤するあかりに、静の穏やかな声がかかる。


「じゃあ、明日以降なら良い?」

「……うん、それなら」


 わがままで申し訳なくなるけれど、好きな人との思い出を残すのだから、できるだけかわいい自分でいたい。

 あかりは明日から、さらに身だしなみに気を遣おうと心に決めた。






 その後、なんと静は深澄があかりに自身の写真を送ったことまで承知しており、自分のスマホに入っている分も送るから、代わりにあかりの写真もほしいと真剣にお願いしてきた。

 恥ずかしいのであかりの写真を送るのは少し抵抗があったけれど、今日だってあかりの都合で一緒に撮れずにいる。その頼みまで譲歩してもらうのはさすがに気が咎めた。


 という訳で、どうしてかピンポイントでリクエストされた学園祭の写真を始めとした、送っても問題なさそうな分をいくつか選んで送信した。その間、当然のように片手は繋いだままである。

 あかりとしても無事眼鏡姿の静を手に入れられて、概ね満足だった。


(でも、よかった。思ったより静くん、嫌な気持ちになってないみたい)


 深澄への嫉妬のことではなく、あかりが懸念していた例の五年間に触れた時の反応のことだ。

 送り合ったものにはその時期の写真も多かったのに、見た限り特に苦しむ様子はない。これならまた話題にしても、それほど問題なさそうだ。


「あれ? そういえば静くん、寄りたいところがあるって言ってなかった?」


 既読の下にある時間が目に入り、あかりは静が深澄を先に帰した理由を思い出す。

 しかし静は「あー……」と口を濁した。


「……ごめん、あれ嘘なんだ。本当はどこかに寄る予定はなくて」

「そうなの?」


 スマホを受け取りながら、静の言葉に驚く。

 ならば今日はもうあまり一緒にいられないのか。このまま帰って終わりだなんて、寂しい。


「あのままだと、あかりと二人きりになれなそうだったから。僕以外の男と仲良さそうにしてるのも見たくなかったし、とりあえず深澄を帰したかった」

「う。……そ、そっか」


 ここに深澄がいれば、嘘をつかれたと怒ったかもしれない。けれど、結局口説かれたあかりに怒りなんて微塵も湧かなかった。


「あ、ええと、静くんはまた用事を切り上げて来てくれたんだよね? あんまり引き止めるのも悪いし、そろそろ帰った方がいいかな」

「僕のことは気にしなくていいけど、そうだね。ずっと外で話してたから、あかりが冷えてる」


 両手をぎゅっと温めるように包まれて、心臓付近が熱くなる。


「行こうか」


 信号が青に変わったからと、恋人繋ぎに直した静に手を引かれた。

 その少しだけ後ろを歩きながら、思う。


(静くんを、私も喜ばせてあげられたらな)


 静と初めて会った時から、あかりは静にたくさんの幸せをもらっている。

 大人になった静と再会してからはさらに拍車が掛かり、静は自身の言葉通りあかりを本当に大切にしてくれる。


 反面、あかりは何ができているだろう。

 長い間静を一人にしていたこともあり、そばにいるのが傷を癒す最良だと思っていた。けれど静からもらう気持ちの方がずっと大きくて、あかりは他にも何かしたいという気持ちがどんどん強くなる。


(……あ! そうだ)


 唐突に、あかりの頭にある計画がひらめいた。


 それは考えれば考えるほど良い案に思えて、あかりは衝動のまま静の隣に並んだ。


「静くん、あのね。今度私と」

「うん?」

「デート、……しませんか」






 ――思い切って伝えた言葉に、静はひどく驚いた後、とても嬉しそうに笑った。




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