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20.懺悔6


(静くん、なんだかちょっと変……だよね)


 どこがどう変なのか、と聞かれるとうまく言葉にできない。ただ弟である深澄に向けるには、静の目は少々複雑な色を帯びているように感じる。

 今だって、深澄が信号を渡り終え人に紛れて見えなくなると、目を細めて息をついていた。


 あかりには深澄の、深澄にはあかりの情報を最低限しか話していなかったことといい、今の様子といい、もしかして静は二人の接触をあまり喜んでいないのだろうか。


 だとすれば、深澄に相談する約束をなかったことにしてもらった方が良いかもしれない。

 そう考えていると、静にするりと手を繋がれた。


「あかり……」

「うん?」

「って、言った」


 静の言っている意味がわからず、瞬きをする。


「深澄が、あかりって名前で呼んだ」

「……あれ? ほんとだ」


 静に指摘されて、初めて違和感の正体に気がつく。ずっとアンタと呼ばれていたのにさらっと下の名前で呼ばれたからしっくりこなかったのか。


 謎が解けてすっきりしながらも、今度はどうして静がそう言ったのかがわからなくなる。

 深澄は静でさえ名前で呼ぶのだから、あかりが呼び捨てにされていてもあまり不思議ではない気がするのに。


「それに、僕が来なければ深澄にあかりを送られるところだった」

「えっ。そんなことないと思う、けど」

「……あったよ。少なくとも、深澄は」


 そうだっただろうか。


 あかりは記憶を遡ってみる。すると、先ほど深澄が「今日は静がいるから先に帰る」と言っていたのを思い出した。

 それがイコール「静と会わなければあかりを家まで送っていた」という意味になるのかはわからない。けれど、きっと途中までは一緒に帰るつもりでいてくれたのだろう。またもや気がつかなかった。


(でも、そうなると私の行動って……)


 迎えの時間を知らせず、連絡を無視し、あまつさえ他の人と帰ろうとしていた。

 これではまるで、あかりが深澄といたかったから静に連絡をしなかったみたいではないか。


 とんでもない仮説が出来上がって、あかりの顔がさっと青褪めた。

 静の様子がおかしいのは、完全にあかりのせいだったのだ。


「静くん、あの、連絡しなくてごめんなさい! ちょっと込み入った話に気を取られてて……っ」

「込み入った話?」


 そんな深い話をするほど、という呟きが、あかりが重ねた言い訳によって掻き消される。


「そう! だから、静くんと帰りたくないなんて絶対、絶対思ったりしてないからね!」


 とにかく誤解を解かなくては、と焦るあかりでは、普通この言い方が逆効果であると思い至らない。

 幸いあかりが静しか見えていないのは眼鏡姿を見た時の反応からも改めてよく伝わっていたので、静が悪い意味で受け取ることはなかった。


「うん、わかってる。……ところで、深澄と学校で会って話すのは今日が初めて?」

「深澄くん? 学校じゃなくても初めてだよ」

「……そう。その、もしあかりが嫌じゃなければ、何を話してたのか聞いてもいい?」


 いいよ、と反射的に答えそうになり、寸前で口をつぐんだ。


 良いわけがない。

 深澄との会話は静には教えられない内容ばかりだ。


 深澄の誤解と決意はあかりが勝手に話すべきではないし、あかりの懺悔はすでに深澄が昇華してくれた。そして深澄にしたお願いは――できるだけ知らないでいてほしい。


(あとは、写真? 深澄くんのおかげで多少話せる気にはなったけど……さすがにまだ心の準備が)


 そうして消去法で残ったのは、今静を忙しくさせている原因についてだった。


「薬のこと、とか」

「薬?」

「睡眠改善薬。私が普段から使ってたって、静くん知ってたんだね」


 全然気づかなかった、と笑顔を作る。


「待って。それ深澄は知らないはずだけど……まさか叔父さんが」

「違う違う、たまたま二人が話してるのがちょっと聞こえたんだって。その時は何のことかわからなかったのに、今日話しただけで私のことだってわかっちゃったみたい。そういうとこ、静くんたちと似てるよね」

「……」

「お母さんにお泊まりしていいって言われたのも、この間お母さんがいない日に電話してくれたのも、それが理由だったんだね」


 数日前のことだ。静は、珍しく夜に『今電話をしてもいい?』と連絡をくれた。

 どうやら母から夜勤の曜日を聞いて把握しているらしく、その日なら気兼ねなく話ができると知っていたのだろう、と解釈していたけれど――今考えると、あれは家に一人でいるあかりへの気遣いだった。


「……うん。どうしたらあかりが怖くなくなるかいろいろ考えたけど、それくらいしか思いつかなかった」


 眠れないのは精神的な問題だから、特効薬がない。それでも何かできないかと悩んで、行動してくれる静の気持ちが嬉しい。


「ありがとう。私のためにいっぱい考えてくれて」

「当然だよ。……今はどのくらい眠れてる?」

「あ、実はね、先月静くんに助けてもらった後からは段々良くなってて。今はお母さんがいない日に時々飲む程度で済んでるの」

「……そっか。じゃあ、あの日電話して正解だった」


 優しく笑う静に、胸がじんわりと温まる。


 言い換えれば、家に誰の気配もないと眠れないということだ。その説明してもいない苦しみを理解してくれる静に、あかりは本当に救われている。


「引っ越しも、そんなに待たせないから。ただ家具のことも考慮すると、来週の夜勤の日には間に合いそうになくて」

「え、あの、急がなくて大丈夫だよ! これから静くんが暮らしてく家なんだし、私のことは気にしないでゆっくり決めて」


 不動産屋に足を運んで、家を選んで、業者を頼んで、荷物をまとめて、掃除をして、引っ越して、荷物を解いて、足りないものを揃えて……と家を変えるには非常に多くの手間がかかる。

 あかりも中学生の時に今の家に越してきた経験があるので、その大変さはよくわかっていた。まして静は一人暮らしをするのだから、大抵の部分を親がしてくれていたあかりよりも、ずっとやることが多いだろう。


 何から何まであかりのためだとわかってしまった引っ越しだ。今さら止めるのも難しいだろうし、せめてこれ以上の負担をかけないようにしたかった。


「それは無理かな。あかりは僕の最優先事項だから」

「そ、うなの?」


 心臓が跳ねる。

 すごい発言だ。


「うん。だからね、これからは紗緒里さんがいてもいなくても、薬を飲まないと眠れないって感じた時は僕に教えて。電話する」

「えっ」

「この間はどうだった? 薬、飲んでた?」

「……飲んでなかった、です」

「そっか。じゃあ、やっぱり電話しよう。薬の代わりに、僕に頼って」


 あかりの頬がじわじわと赤く染まる。

 薬の代わりという言葉が、比喩でも何でもなかったからだ。


 母のいない夜、いつもなら布団の中で恐怖が蘇り、仕方なく薬に手を伸ばしていた。

 それが静の声を聞いたあの日は、自然とまぶたが重くなり――気がついたら朝になっていた。


 薬を使わなければ眠れないのが、まるで嘘のように。


(だって、静くんの声優しいし、低さがちょうど良くて心地よかったから……!)


 もちろんあかり自身、ひどく驚いた。まさか電話をしただけで、悪夢も見ないほど熟睡できるとは思っていなかったのだ。

 どれだけ静が好きなのかと恥ずかしくなる。


 もっとも、次回からは眠気を催したらすぐに通話をやめなければならないけれど。

 静がいつ電話を切ったのかがわからず、朝起きてから寝ぼけて変なことを口走っていないか、寝息を聞かれていないかなどを気にして、落ち着かなくなる一日をまた過ごしたくはない。


「……薬の他には、何か聞いた?」

「っ、他に?」


 しまった、もう話題が終わった。


「ええと、うーん」


 写真のことを話そうかという考えがちらつくも、イメージトレーニングが足りていないと別の選択肢を探す。

 慌てた頭が出したのは、二人が学校を出た後にした会話だった。


「あ、そう! 同じ学校だなんて、知らなかったねって。学年が違うと半年同じところに通ってても、気づかないものなんだね」


 特に目立つ生徒ではないあかりと、噂の的だった深澄。部活に入っておらず委員会も異なる二人は、校内で何の接点もなかった。


 とは言え、深澄が初対面である日曜日にあかりを見た時は、どこかで見た顔だと思ったそうだ。


 社会科準備室で言っていた通り、詠史が勝手に選んだ進学先に入学した深澄は、静の探している相手が「あかり」という名前であることは知っていた。そのため、いないとは思いつつも校内の該当人物を一応チェックしていたのだとか。

 ところが、その後静が現在のあかりについて情報を手に入れても、深澄にだけは何の協力も依頼しなかった。

 これに拗ねた深澄は――拗ねたかどうかはあかりの想像だけれど――協力してほしいと頼まれるまで、自分からは一切協力を申し出ないと決め込んでしまったのである。


 結局、静とあかりが十一月に再会した後も直接情報を与えてもらえず、とうとう静に言われなくても見つけてやると考え始めたある日、同級生が盗撮した「とある女子生徒を迎えに来た年上イケメン彼氏」の写真を目撃し、渦中にある人物であるあかりに至った――と聞いた。


(あの土曜日までならともかく、この二週間もまったく気づかなかったし……私、人の顔を覚えるのって結構苦手なのかも)


 新しい学校やクラスになると、いつも名前と顔を一致させるのに時間がかかる。

 初対面の詠史も知人かどうか判断ができなかったし、もう少し周囲へ興味を持った方が良いのかもしれない。


 ちなみに静の話と総合すると、詠史は深澄に指定した場所があかりのいる学校であることを知らなかったはずがないので、もし理由が深澄の言う通り「おもしろそうだから」だったとすれば、彼が愉快犯と呼ぶのも納得してしまう。


 万が一あかりが深澄に注目していたらどうなっていたのだろうか。

 今回ばかりは、人の顔を覚えるのが苦手で良かった。


「……やっぱり、気づいてるよね」

「え、何が?」


 考え事をしていたあかりの耳に、小さな声が届く。




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