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19.懺悔5

 オレンジ色を、薄暗い青がゆっくりと追いかけていく時間。

 夕方特有の影の濃淡は隣を歩く深澄でさえ見づらくしていて、日に日に早くなる日の入りが否応なしに秋の終わりを感じさせた。


(そろそろマフラーの出番かな)


 そう考えた途端、ぴゅうと冷たい風が吹く。

 学校から駅に向かう途中、信号待ちをする人たちの後ろで立ち止まったあかりは、その寒さに思わず体を震わせた。


「……っ」

「ん、寒いの?」

「う……ちょっとだけ。深澄くんは寒くないの?」

「今は動いてたから別に」


 深澄の答えにああそうか、と納得する。

 以前静から聞いた話によると、どうやら深澄は今、レストアラーの中でも異形を対処する主力メンバーに抜擢されているようなのだ。初対面である日曜日も特訓のせいでボロボロになっていたことから、きっと普段からもきちんとトレーニングをしているに違いない。

 となれば静と同じように、細く見えてもしっかり筋肉がついている。あかりより体温が高くて当たり前だった。


(静くんと手を繋ぐとあったかくて気持ちいいのも、そのおかげなんだろうな)


 そんな風に、深澄と話しながらも静を思い出していたからだろうか。

 あかりはふと、前にいる人たちの隙間から、横断歩道を挟んだ反対側の歩道に立つ人影の一つが目に留まった。


 落ち着いた色のパーカーにジャケットを羽織ったその人は、スマホの画面を見るために少々下を向いている。

 この距離では顔が見えにくいものの、黒髪に高い身長、姿勢の良さ、そして独特の雰囲気が、非常にとある人に似ている気がした。


「静くん……?」


 浮かんだ考えがそのまま声に出る。

 ただでさえ車通りの多い信号だ。さらに話し声などいくつもの音があふれていることもあって、まさか小さく漏れただけの声が聞こえたはずもない。


 それなのに、その人――静はぱっと顔を上げ、たしかにあかりと目を合わせた。


「っ!」


 思わず息を呑む。


 驚いたからではない。

 いや、事実驚いたのだけれど、遠いのに目が合ったからだとか、どうしてここにいるのか不思議だからだとか、そういう意味で驚いたわけではなかった。

 いつもなら抱いていたであろうそれらの疑問が吹き飛んでしまうくらい――目に入ってきたものが衝撃的だったのだ。


(な、なに、あれ……!?)


 脳が理解するよりも、心臓が騒ぎ出す方が早い。

 あかりの顔が、ぼっと火がついたように赤くなった。


「げ。待ってるのはアンタの方の最寄り駅じゃなかったわけ?」


 いつの間にか、深澄もあかりの視線の先にいた静の存在を確認していたらしい。見ていないのでどんな表情なのかはわからないけれど、心なしか嫌そうな声で問われた。


「い、つもはそうなんだけど……今日は何も連絡してない、から」

「……ああ、てことはアレが原因か」


 アレ、とは。そう聞きたいのに、意識が静に奪われていて会話に集中できない。


 そうしているうちに信号が変わった。


 方向だけで言うのなら、駅に向かうあかりたちがここを渡るべきだ。けれどあかりは未だ動揺が抜けきらず、うまく足が動かせない。逆に静は何のためらいもなく歩き出しており、その長い足でどんどん距離を詰めている。

 嫌なわけがない。ないのに、静が近づけば近づくほどあかりは後退りしたくてたまらなくなった。


「おかえり、あかり。深澄も」


 少し離れたところから静の声が届く。

 足はまだ止まらない。


「た、だいま」

「ただいま」


 挨拶をしてくれた静になんとか返せたあかりと違って、深澄の方は意外にも返事がスムーズだ。

 深澄が間髪を容れず続ける。


「静さぁ、フットワーク軽すぎじゃない?」

「飛んで来たくなるようなものを見たからね」

「だからって……」

「え、え?」


 深澄と話しながら道路を渡り終えたにも関わらず、静はまったく止まる気配がない。明らかに自分に向かって進み続ける静に、あかりは先ほどまでの努力の甲斐なく後ろへと下がってしまう。


「この時間にここ通るかはわかんないじゃん」

「あの時点で学校にいるってヒントくれたのは深澄だよ」

「いや、あれは別にヒントのつもりじゃ」

「あの、っ!?」


 道の端まで追い詰められ、建物にぶつかりかけたところを静の手に庇われる。そのままもう片方の手が頬に触れ、静の心配そうな眼差しが向けられた。


「目、赤い。大丈夫?」


 ――近い。


 目よりも心臓が大丈夫ではない。高鳴りすぎて痛いくらいだ。

 ただでさえ熱かったのに、顔の温度がまた上がっていく。


(もう、無理……っ)


 遠くても衝撃が大きかったのだ。これだけ近ければその威力は計り知れない。

 あかりはとうとう目が回りそうになって、涙目で静の服を弱く握った。


「め、眼鏡は、ずるいと思います……!」

「……うん?」

「……は?」


 心の声が漏れたあかりに、二人分のきょとんとした視線が注がれる。


 ――そう、今日の静は、なんと眼鏡をかけていたのだ。


 何を隠そう、あかりが静の眼鏡姿を見るのはこれが初めてである。黒縁のフレームが恐ろしく似合う。

 こんな状態の静を見て、取り乱すなと言う方が無理だろう。何の前触れもなく好きな人が自分の知らない魅力を携えて現れたのだ。高揚しないはずがない。


「ええと、これはこの前目立ちすぎてあかりに迷惑かけてるって聞いたから。変装に」

「伊達、なの? すごく、すごく格好いい、ですっ」


 変装と言うだけあって、雰囲気が少し変わった静は文句なしに素敵だった。許されるならいつまでも見つめていたいくらいだ。


 うっとりするあかりに、静は頬をほんのり赤く染めてとろりと笑った。


「あかりが気に入ってくれたなら、いつでもかけ――」

「ああもう、ストップ! 二人ともここが公共の場だって忘れてない!? 見てるこっちが恥ずかしいんだけど!」

「わっ」


 近すぎ、と怒った深澄に腕を引っ張られ、あかりは強制的に静の腕の中から抜け出した。勢いのわりに力加減は優しかったので、特に痛みはない。


 ない、けれど。


(私、人目のあるところで一体何を……!)


 熱が離れて少しだけ冷静さを取り戻したあかりは、自分の行動を省みて、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。

 あかりだって外でのスキンシップはわきまえるべきだと思っている。それも明るく、人の目が多い場所ならなおさら。

 だというのに、抱きしめられていると言っても過言ではないほどの距離で見つめ合い、静以外何も目に入らない状態になっていたのだ。しかも止められなければ、あれを今でも続けていた可能性すらある。

 常識を見失わせるほどの、眼鏡の魔力が怖い。


 また、深澄の前で静を独り占めしたのも配慮が足りていなかった。まだ認めようとしていないとはいえ、深澄は静が大好きなのだ。怒られても仕方ない。


「ごめんね、気をつける」

「善処して」


 あかりは深澄に謝り、自分から静と適切な距離をとった。


「…………ずいぶん、仲良くなったんだね」


 静の声にはっとする。

 そうだ、深澄をフォローしなくては。


「は、はあっ? 別に仲良くなんか」

「そう、なったの! ね、深澄くん」


 指摘が当たっていると、とりあえず否定する癖があるのはもう知っている。深澄はいわゆるツンデレなのだ。

 静には会って早々充血した目に気づかれてしまったし、これが深澄のせいだと勘違いされないためにもきちんと説明しておかなければ。


「深澄くんね、ずっと優しくしてくれてたんだよ。この目は私が勝手に泣いただけだから、誤解しないでね」

「なら、いいけど」


 静はちらりと、赤い顔でそっぽを向いている深澄を見やる。


「……深澄、僕はあかりと寄るところがあるから先に帰ってて」

「!」


 珍しい。最近の静はあかりを急かすことこそしないものの、家まで送る以外の提案もしなかったのに。

 思いがけず一緒にいられる時間が増えるのだと知って、嬉しくなる。


「ふうん。わかった」

「深澄くん、またね。今日はありがとう」

「別にお礼言われるようなことしてないし」


 深澄は手を振るあかりから目を逸らし、信号の方へ移動し始める。

 けれどすぐに「あ、そうだ」と振り返った。


「今日は静がいるから先に帰るけど、もし忙しくて迎えに来れない日があったら、僕が代わりにアンタを送ってあげてもいいよ」

「え。あ、りがとう……?」

「ふはっ。なんで疑問形なの」


 首を傾げたあかりに、深澄が吹き出す。初めて見る笑顔はとてもかわいらしく、普段の無愛想さが嘘のようだった。


(あ、私がストーカーの話をしたからか。……やっぱり優しいな)


 笑い方がまた詠史や静に似ているものだから、あかりもつられて微笑んだ。


「――いい。あかりは僕が送る」

「は? 静は来年から仕事じゃん。就職したらさすがに迎えは無理でしょ」

「……他の人に頼む」

「同じ学校の僕が一番適してると思うけど?」


 なんだろう、この言い争いは。

 そもそも「代わりに云々」というのはここ一、二週間の話ではなかったのか。静も、さも当然と言わんばかりに来年も迎えを継続するという前提で話を進めないでほしい。

 そんなことより自分の時間を大切にしてほしい、という意味を込めて恐る恐る「一人で帰れるよ」と口を挟むと、二人同時に「それは駄目」とたしなめられた。


「アンタ、放っとくと変なの引き寄せてそうで危なっかしいんだよ」

「え」

「心配で何も手につかなくなるから、それだけはやめて」

「……はい」


 長い間同じ家で暮らすと考え方まで似てくるものなのだろうか。大変なのは迎えに行く側だというのに、人のことばかり優先しようとする。

 引っかかる部分はありつつも、二人を無駄に心配させたいわけではないので、あかりはひとまず頷いておくことにした。


「あ、青。とにかく、そういうことだから。じゃあね、あかり」

「う、うん。バイバイ」


 別れ際、深澄の言葉にどこか違和感を覚えながら、その背を見送る。

 今度は振り返る気配もなさそうだ。


 それに安心して、あかりは隣に立つ静へそっと視線を向けた。




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