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16.懺悔2

 硬直したあかりに、深澄は続ける。


「ゲームやってたアンタなら知ってるでしょ。さすがに人数とか日時とか被害者の背景とかは別物だけど、僕らが事件を起こしたのは事実だよ」

「……」


 そう、ゲームに登場したカマイタチ事件は、深澄たちによる実在の騒動だ。


 もっともあかりにとっては記憶にない事件のため、実在「らしい」と言った方が正しい。

 自分でもどうして覚えていないのかがわからず、何度も当時を振り返ってはみた。

 けれど自分について思い出せるのは、慣れない家事や両親の離婚の危機で、心がいっぱいいっぱいになっている姿ばかりだった。被害の中心地である都心が、住んでいた場所からそれなりに遠かったというのも、忘れてしまった要因の一つかもしれない。

 きっと幼いあかりにとって、身近でない危機よりも身近な危機の方が重要だったのだろう。


 その後も進学や引っ越し、新しい学校――と余裕ができる暇もないままゲームに出会い、とうとうゲームの知識としてしかカマイタチ事件を認識できないまま、静と出会う。

 そして、あの土曜日に静から説明を受けて、ようやく現実を知ったのだった。


(あれから気になってすぐネットで調べてみたけど……異形が関係してるとしか思えないような事件が何件もヒットした)


 時間も経っていたし、広大な情報の海の中から、入り交じる真偽の真だけをうまく掬いとれたかどうかはわからない。

 それでもゲームと同じ、次の瞬間ある範囲にいた人全員が怪我をしている、という被害の記録がいくつも見つかった。冬が近づくほど事件の規模が大きくなり、何人か死人も出ている。

 深澄が言っているのは恐らくこれだ。


 また、驚くことに『サイド レストアラー』も検索結果の上位にいた。

 よく考えればゲーム内で同じ名称を使っているのだから当然だ。

 中には「あの事件にもしこんな裏側があったなら、本当にそうだったのかもと思わせてくれるシナリオ」と書かれているブログもあり、プレイしている間なぜ気がつかなかったのかと改めて不思議に思った。


「世間的には自殺ってことになってるし、実際手を下したのも努さんだ。でも僕は僕の罪を忘れてない。ガキの浅知恵でやったことの責任は、今後一生かけて償ってくつもり」


 なんてことない、というトーンで淡々と話す深澄に、あかりは胸が苦しくなる。


 ゲームの中の表現が事実と相違ないのならば、深澄は努に、突発型コーラーから異形を切り離す方法を、単なる思いつきで提案してしまった。


 もともとコーラーは、喚び出した異形を強固な鎖で繋ぎ、自らの憎悪で汚染して暴れさせる。

 それをレストアラーが食い止めるには、異形を動けなくなるほど弱らせてから送還術を使うか、境界の穴に異形を無理やり押し込んでそれを塞ぐか、鎖自体を破壊して強制的に送還する、といった方法を用いる必要があった。


 その頃の深澄たちは世界を壊すことしか考えておらず、レストアラーに邪魔されないほどの強力な異形、もしくはコーラーからあまり離れられないという難点を解消した異形を生み出したかった。

 ところが、彼らは絶望の手助けはできても、そのコーラーがどんな異形を喚び出すかまでは予測できない。動ける範囲を広げようにも、原因である鎖を破壊してはそもそも異形が還ってしまう。

 そこで小学生だった深澄は、残酷な発想をする。


 ――召喚した対象と繋がったままのコーラーが死んだら、残った異形はどうなるか?


 結論から言えば、答えは彼らの望み通りになった。

 絶望の瞬間に起こる時間の停滞の中で殺したコーラーが、異形をより強い怨嗟えんさで侵食し、解き放ったのだ。

 不規則に移動する異形の足跡を辿るのは、限られた時間では難しい。そうして、修復が間に合わないほどの被害を出し、彼らは目的の一つであるレストアラーの翻弄に成功した。


(そこまでしたのに、全部を壊したいって気持ちが無くなったら)


 本部に保護され静たちと暮らすようになった深澄は、自分を受け入れてくれる家族の存在を、戸惑いながらも徐々に大切に思うようになっていったに違いない。

 そして気がつく。

 過去に自分がしたことは、他の誰かにとっての大切な人を奪う『罪』に他ならないのだと。


「もともと、漠然と悪いことをしたのはわかってた。でももし僕に力がなかったら、カマイタチでも呪いでも、自分を絶望させた奴らに復讐してから死ねる方がよかったから」


 他の人たちも同じだと思ってた、と言いながら、深澄が手をぐっと握りしめる。


「なのにいざ時間が経ったら、僕はまんまと静たちといられて楽しいって感じるようになった。両親だって、今は殺したいほど憎いわけじゃない」

「……」

「加害者の僕でも変わったんだから、被害者だった人たちならもっと幸せになれたかもしれない。そういう可能性を僕が潰したって、時間はかかったけど、やっとわかったんだ」


 一旦息を整える様子を、あかりはただ見守る。


「……証拠がないから刑務所には入れない。被害者の家族にだって謝りに行けない。だから僕は、自分で自分を裁くって決めた」

「自分で……」

「そう。取り返しがつかないなら、せめて今生きてる人の力になりたい。僕の手が届く人たちを助けたい。レストアラーとしても、個人としても」

「……そっか。だから、王子……」


 話を聞いて、納得した。

 周りにそう呼ばれているのは、深澄の努力を見ている人たちがいるからなのだと。


 誰かに言われてさせられる反省に意味はなく、自分で気がついて行う反省にこそ意義がある。

 静や詠史は深澄を支えたかもしれないけれど、きっと明確な償い方を教えてはもらえなかった。なぜなら、それでは深澄は変われない。

 だからこうして自分の罪を受け止めている深澄がいるのは、深澄自身が長い時間、相当な痛みと苦しみに苛まれながらも、悩んで悩んで悩み抜いて――ようやく見つけ出せた、ということなのだろう。


 正解のない問いに、深澄なりの答えを。


「それ、やめて。好かれたくてやってるわけじゃない。ただの罪滅ぼしだよ」

「あ、わかった。もう言わない」

「……ん。で、つまり何が言いたいかって言うと。僕のせいで静とアンタの仲が壊れるの、嫌なんだよね」

「えっ?」


 予想外の流れに、あかりは目を丸くした。

 深澄のせいとはどういう意味なのか。


「いきなりこんな話をしたのは、僕がゲームの時とは違うってわかってもらうためだよ」

「うん……?」

「これでも駄目なら、僕があの家を出て行く。転校もしたっていい。そもそもオッサンがここ通えって強制しただけだから別に愛着ないし」

「うん!?」


 話が飛躍してついていけない。

 あかりは頭の中を整理するために、深澄に待ったをかけた。


「ええと、ちょっとよくわからないんだけど、なんで深澄くんのせいで静くんと私の仲が壊れるの?」

「そりゃ……誰だって恋人のそばに犯罪者がいたら嫌でしょ。現に今静が引っ越しの準備してるの、アンタが静から僕を引き離したいからじゃないの?」

「違うよ!?」


 どうしてそうなった。

 静は深澄に何の説明もしていないのだろうか。男兄弟の会話はどうなっているのだ。


「引っ越しの準備をしてるのは、ストーカー対策です!」

「……は!?」

「恥ずかしながら、ついこの間まで私がその、被害に遭ってまして。犯人は静くんが捕まえてくれたんだけど、多分釈放される予定なの」


 もしかしたらもう釈放されているかもしれない。静に聞いたのはもう一週間近くも前なので、状況が変わっていてもおかしくなかった。


「ただその人の家とか会社が、私がいつも使ってる駅の近くらしくて」

「何それ。危ないじゃん」

「うん、だから怖いだろうってことで、静くんが引っ越しを……」

「ええ? いや、そこは意味わかんない」


 私もです、と心の中で同意する。

 ややこしくなるので口には出さない。


「えーと、私のお母さん看護師やっててね。夜勤で時々私一人になる日があるんだ」

「へえ」

「それで心配してくれた静くんが、ひ、避難場所としてですね」

「……ああ、なんかやっと話が見えた気がする」


 何か思いついたような顔をする深澄に、あかりの頬が赤くなる。

 夜勤の日に避難となれば、昼でないことは明白だ。どうか察さないでほしいと全力で祈った。


「あの時は何のことだかさっぱりだったけど、オッサンと静が話してた睡眠改善薬使ってるっていうの、アンタか」

「え。あ……うん。でも使ってるって言っても、土曜日に一回飲んだだけで――」

「一回? いや、今もでしょ」


 どくん、と一際大きく心臓が跳ねた。

 急に速くなった鼓動で呼吸が乱れる。


「……え」

「睡眠薬ならともかく、睡眠改善薬なんて、必要としてる人くらいしか知らないだろってオッサンが言ってたし。ストーカーのせいで睡眠障害にでもなったんだ」


 なるほどね、と納得する深澄を前に、あかりは呆然としていた。


(なんで、わかるの……!?)


 恐ろしいことに、まったくもってその通りだった。


 先月、非通知の着信が増えるにつれて、あかりは家の中にいても誰かに見られているのではないかと感じるようになった。特に夜は、誰かが玄関や窓から入ってくるのではという不安に襲われ、横になってもうまく寝付けない。

 それが何日も続けば、生活に支障をきたすのも当然だった。


 あかりは周囲に心配をかける前になんとかこの状態を打開できないかと、ネットで調べたいくつかの入眠方法を試した。

 しかし効果は出てくれず、どうしたものかと悩んでいた時――たまたま入ったドラッグストアで「睡眠改善薬」という種類の商品を見つけたのだ。

 指摘の通り睡眠薬しか聞いたことのなかったあかりは、ドラッグストアにいた薬剤師に相談までしている。


(詠史さんにしか、しかも飲んだとしか言ってないのに!)


 いや、日曜日に詠史とした会話で、静に聞かれて困るものはない。ただあの時はまだ母や静に叱られる前だったので、静との別れのためだけに薬を用意したのだと誤解する言い回しをしたはずだ。

 その上で服用の頻度を推測できてしまう、詠史の鋭さがおかしい。薬について漏れ聞いただけなのに、今のストーカーの話と結びつけられた深澄も同じである。

 これで静だけがわかっていないはずがなく、またもや隠し事ができていなかったのだと知った。


「ねえ、顔色悪いけど、大丈夫?」

「う、うん。まさか眠れなくて薬飲んでること、知られてると思わなくて」

「……隠してたんだ。あー、一応忠告しとくと、静もだけどオッサンは特にやばいよ。話してると全部暴かれる」

「あばかれる」

「そう。どこで聞いたんだってくらい秘密が知られてる。普通に怖い」


 深澄が一瞬震えて、腕をさする。何か嫌な思い出があるらしい。


「ああ、まあ、これで静がやたら過保護な理由がわかったよ。アンタを怖がらせたくないからいつでも迎えに行くし、家を用意してまで一人にさせたくないわけだ」

「……え」


 帰り道が怖いから迎えに来てと言ってほしい、という静のお願いの意味は、わかっていたつもりだ。

 けれど、深澄の言葉がもし引っ越しを急いでいる静の気持ちと同じならば、あかりは静にうまくごまかされていたことになる。

 ……いや、違う。薬のことを、あかりが言わなかったせいだ。

 静はごまかしたかったのではなく、ごまかさざるを得なかった。


 引っ越しの理由である「あかりを呼びたい」の真意は、一緒に寝たいからではなく、不安で眠れないあかりのそばにいたいから。

 母が高校生の娘を夜勤の日だけ泊まって良いと許可したのも、あかりが薬に頼っているのを静に聞いたから。

 そう考えれば辻褄が合う。


 ならば、静の行動は静自身のためではなく、何から何まであかりのためではないか。


(したいことしかしてないって言ってたのに……静くんてば、もう!)


 あかりはぎゅっと目をつむって、締めつけられる胸の痛みに耐えた。


 静の世界の中心が、まるで自分にでもなったかのような気分になる。

 大切にするという約束を、あかりの知らないところでも守ってくれていた。それが嬉しくてたまらない。


 好きだ。


 目の前にいなくたって、静は簡単にあかりの想いを溢れさせてしまう。


「…………」

「! あ、っごめん変なとこ見せて」


 気がつくと、深澄はいつの間にか机に頬杖をついて、じっとあかりを見つめていた。


 締まりがない顔を見られるのは恥ずかしい。それも静の身内に。

 あかりは手で緩みっぱなしの顔を隠しつつ、話を戻すことにした。


「あああの、そういうわけだから、私は深澄くんが嫌いじゃないし、出て行ったり転校したりもしないでほしい、です」

「……ん、わかった」


 なぜか目を逸らしながら、深澄が頷く。

 あかりは返事にほっとして、せっかくなのでもらったお茶で喉を潤した。


「ていうかさ、アンタ何も言わないんだね」

「え、何が?」

「だから、……僕の罪についてだよ。てっきり嫌な顔されるか、下手な慰めでもされるかと思ってた」


 深澄はそう言いながらも、あかりの反応を見ない。

 隣の教室からかすかに漏れる映画音楽の中で、あかりのキャップを閉める音がやけに大きく聞こえた。


「言わない、というか、言えないかな」

「言えない?」

「だって、すごく重いことだから。ゲームの深澄くんしか知らない私が、何を言ったって軽い言葉にしかならないよ」


 仕方なかった、という擁護も。

 大丈夫だよ、という気休めも。

 深澄の覚悟に触れるには、足りないものが多すぎる。


「静くんも詠史さんも深澄くんを受け入れてて、お互いが家族だって思ってる。私はそれだけ知ってれば、充分深澄くんを信じられるよ」

「信じる……」

「うん。話しづらかったのに、話してくれてありがとう」


 ゆっくりとあかりに向く視線を、まっすぐ受け止める。


 土曜日の出来事を謝ってくれて、ほぼ初対面にも関わらず深い事情まで打ち明けてくれた。自分を嫌っているかもしれない相手と向き合うのは怖かっただろう。

 今、あかりをどう思っているのかはわからないけれど、今度は、こちらが勇気を出す番だ。


 ペットボトルを持つ手に力がこもる。


「私ね、嫌いどころか深澄くんのこと好きだよ」

「っはあ!? す、好きって」

「もちろん詠史さんのことも。話してみて、二人ともすごく素敵な人だなって思った」

「……なんでそういうの面と向かって言えるんだよ」


 赤くなったかと思えば、深澄は何かを呟きながら眉間にしわを寄せる。

 けれどちょうど映画の爆発音に重なったのと、あかりが緊張で視線を落としたために向かいの様子には気づかない。


「むしろ嫌われて当然なのは、私の方、で」

「べ、別に嫌いなんて言ってな――」


 深澄の言葉を遮るように、あかりは首を振った。


「私、深澄くんに謝らなきゃいけないことがあるの」


 言うのは怖い。

 それでも深澄が自分の罪を告白してくれたのだから、あかりが逃げるわけにはいかなかった。






「――ごめんなさい。私、未来を知ってたのに何もしなかった」






 それが、あかりの「罪」だ。


 五年後の静に会って、お付き合いができて、信じられないほどに幸せで。

 今日まで、あかりはそこから目を背けていた。


「……はあ?」


 深澄の声が険しくなる。

 意味がわかったのだろう、今までで一番怒りが滲んでいた。


 しかし怯んでいる場合ではない。

 あかりは高校生の静と別れると決めた時から、ずっと心の底に巣食っていた真情を吐露する。


「ゲームだって思い込んでたからこそ、私は深澄くんたちが何をするつもりなのか知ってた。でもシナリオが変わるのが怖いとか、静くんの前から消えなきゃいけないって理由を免罪符にして、逃げたの」


 止められるのは自分だけだとわかっていたのに、あかりはこれから死ぬ人を黙って眺めるような、最低な行いをした。


 涙がせり上がってくる。

 泣くのは卑怯だとわかっていても、こらえられない。


「でも、何回同じ状況になっても、私は静くんが絶対うまくいくって決まってる道しか選べない。だから深澄くんは、見捨てた私を恨む権利が、ある」


 もう一度、今度は目を見てごめんなさいを絞り出す。


 許してほしいわけではない。

 もし深澄が会いに来てくれなければ、きっとまだ先送りにしていたであろうずるいあかりなんて、許さなくて良い。

 ただ、これからも何も言わないまま、嫌いではないと言ってくれる深澄と顔を合わせ続けていく勇気がなかっただけだ。


「…………」


 深澄はしばらくあかりを睨んでいたけれど、はあーっと大きなため息をつくと、緩慢な動作で立ち上がった。






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