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15.懺悔1

 午前の授業を終え、昼休み。

 あかりはいつもの友達二人と、教室でご飯を食べていた。


「ねえねえ、さいかわさん、だよね? 先週校門のとこに来てたイケメンと付き合ってるってホント?」

「っ、……えっと」

「はーい、すみませんねー。お願いされても紹介も合コンの斡旋もできないので悪しからず」

「そういうの十七人目なんで。ついでに同じ目的っぽい人にも言っといてくれると助かりまーす」


 口に食べ物が入っている時に声をかけられても答えられない。あかりは急いで飲み込んだものの、慣れたように立ち上がった友達が、面識のない女生徒を流れるようにクラスから追い出した。

 上履きの色から見て三年生のようだった。本来ならあかりが対応しなければならないのに、損な役回りを率先して引き受けてくれる二人には感謝しかない。


「ありがとう、いつもごめんね」

「ま、わたしたちは静さんに直接よろしくされましたし?」

「事情もきっちり聞かせていただきましたし?」

「これくらい任せときなよ」

「……うん、ありがとう」


 じゃあ報酬として、と言いながらあかり特製のたまご焼きをつまむ友達に笑いながら、あかりたちはお弁当の続きへと戻った。


 ――こうしてあかりの周りが騒がしくなったのは、先週の水曜日、静が学校に来てからだ。


 あかりだって、ある程度質問攻めにあうことくらいは覚悟していた。

 ところが同じクラスはもちろん、あらゆるクラスの女子と時々男子が、思っていた以上に噂のイケメンについて尋ねてくる。ほぼ話したことがない人なのに、あたかも親しい友人であるかのように話しかけてくる様は正直怖い。


 だからと言うわけでもないけれど、あかりが学校の中で静との出会いからプロポーズ予告までの一部始終を話したのは、この二人だけだ。「明日説明させて」という捨てゼリフの通り、次の日の休み時間を駆使してすべて話した。人が集まってくるので、こそこそと身を隠しながら。

 もちろん内容はカフェで母が聞いたのと同じ表向きのものだ。どう話せばいいのか静に相談するつもりだったはずが、口にする前に解決していた。


 二人は、案の定何度も驚いた。

 そしてやはり、なぜストーカーについて相談をしなかったのだとあかりを叱った。逆の立場ならあかりだって力になりたいでしょ、と。

 あかりの周りはみんな優しい。

 内心胸を打たれながら反省の意をひょうすと、二人は最終的にとても祝福してくれた。

 今では先ほどのように、年上イケメン彼氏が迎えに来た女子として注目を浴びるあかりの、頼れる防波堤となってくれている。


 そういえば、静が来た時に気がついた「以前聞いた年齢と違うのでは」問題は、相手が歳上すぎるからあかりがあえて間違えたのだろうと解釈されていた。あかりにとってもその方が都合が良いため、特に訂正はしないでいる。


「あかり」

「……え?」


 お弁当を食べ終わり、容器や箸などをランチクロスで包んでいると、今度は男性の声で名前を呼ばれた。

 学校内にあかりを下の名前で呼び捨てにするほど仲の良い男子はいない。不思議に思いながら顔を上げると――そこにいたのは、見覚えのある男の子だった。


「み、深澄くん!?」


 以前一度だけ会った、静の家族。

 激怒していた姿からは想像もできないほど、今日の彼は悠然としていた。


「やっと見つけた。普通にしてても会わないし、探しに来てもどっか行ってるし。めんどくさいからちゃんと教室にいてよね」

「ご、ごめん……?」


 思いがけない人物の登場に混乱するあかりをよそに、近くの空いている椅子を指差して「これ使っていいですか?」と友達に向かって聞く。静関連ではなさそうだと思ったのか、友達は間に入ろうとはせずに「今は持ち主いないから大丈夫」と返した。

 深澄はお礼を言ってからあかりの近くに椅子を移動させて、座る。


「話したいことあるから、連絡先聞きに来た。今日時間ある?」

「え。えっと」

「ないの?」

「あり、ます」

「ふうん。じゃ、ほら。早くスマホ出してよ」

「あ、うん」


 あかりは机の横にかけている鞄から、まだまだ新しいスマホを取り出す。ケースと保護シートは先日学校帰りに友達と選んだものだ。

 トークアプリを起動して、深澄に言われるがままQRコードを読み取る。表示されたアイコンの下にある追加ボタンを押したことを報告すると、深澄が操作をして無事お互い「友だち」になった。


「急遽用事ができたから、帰りは何時になるかわからないって迎えに言っといて」

「……はい」

「ん。じゃ、また後で。……お邪魔しました、先輩方」


 深澄はイスを直し、友達に軽く会釈すると、注目をものともせずに教室を出て行った。


 ――沈黙と、集まる視線。


 口火を切ったのは、やはりあかりの友達だった。


「……あ、あかり! 一年の王子とも知り合いだったの!?」

「えっ、誰?」


 いや、流れからして深澄なのはわかる。しかし王子とは一体。


「さっきのイケメンくんだよ! 態度はともかく行動がとにかく優しいって言われてるの!」

「授業中に倒れた女子をお姫様抱っこで保健室に運んだり、電車で咳してたサラリーマンにのど飴あげたりっていう目撃情報がたくさんあるんだよね」

「そうそう! しかも文武両道だから単純に女子人気も高いし。先生の手伝いとかもよくしてるらしいからそっちの評判もいいんだって」

「ただ優等生ってわけでもなくて、彼女は作らない宣言してるからか男子とも仲良いっぽいよ。あ、王子っていうのは、お姫様抱っこが広まって付けられたみたい」

「すごい、二人ともよく知ってるね」


 学年が違うのにそこまで情報が入ってくるのは、噂の元が深澄だからなのか、それとも二人が情報通だからなのか。

 あかりは部活をしていないので、名前を認識している一年生はほぼいない。同じ委員会で多少知り合いがいる程度だ。


「二年の中でも時々話題になってたんだけど……うん、あかりには静さんがいるからね。興味なくてもしょうがないか」

「最近この階でよく見かけるって噂されてたの、あかりを探してたからなんだねー」


 二人の話を聞く限り、どうやらゲームの深澄とはあまり共通点がないらしい。静のように別人だと思っていた方が良さそうだ。


「あ。てことはもしかして、あの子もあかりのこと実は好きだったとか?」

「それはないよ」

「えー、なんで? あるかもしれないじゃん」


 なんでと言われても、ありえないとしか言えない。

 あかりは少し考えて、まだ手に持っていたスマホで二人にメッセージを送る。


『だって深澄くん、静くんの弟だから』


 振動で気がついた二人が、画面に表示された文字を見て「えーっ!!」と叫んだ。

 視線がまた増えてしまった。あかりは声量を少し抑えて付け加える。


「それに顔を合わせたのは二回目だし、話したのもさっきが初めてだよ」


 もっと言えば、同じ学校に通っていることすら知らなかった。驚きすぎて間を置いた今でも心臓がばくばくしている。


(てっきり静くんの母校に通ってるのかと……)


 静も詠史も、なぜか深澄と同じ学校であることを教えてくれなかった。

 静はわからないにしても、恐らく詠史はおもしろいから黙っていたに違いない。


「え。それで呼び捨て?」

「さっきもさ、わたしたちには敬語だったけどあかりにはタメ口だったよね」

「そういえば……そうだね」


 そこは気にならなかった。

 むしろ『深澄』だと思うとタメ口が普通に感じる。小学生のイメージが強いせいで、逆に敬語を使っている姿に違和感がある――とまで言っては失礼か。


(話したいことって、なんだろう)


 気になるし、実はあかりも深澄に話があった。

 あまりに突然で心の準備が間に合う気がしないにしても、これはまたとないチャンスだ。


 とりあえずあかりは二人に断って、深澄の言う「迎え」である静にメッセージを打つ。


 先週の水曜日の帰り道、これからは迎えに行くと言っていた静は、宣言通りあかりの帰る時間に合わせて駅やバイト先の近くで待っていてくれるようになった。それも引っ越しの準備で慌ただしいという理由で、まっすぐ家まで送るだけのほんのわずかな十数分のために。

 どうやら静はわざわざ用事を中断してあかりを待ち、家に着けばまた用事に戻っていく、というのを繰り返しているようなのだ。


 あかりだって会えなければ寂しいし、会えれば嬉しい。けれど、そんな風に無理はしてほしくなかった。

 かと言って頼ってほしいとお願いされている手前、あかりを見つけて幸せそうに笑う静に「もうお迎えはいらないよ」と口にできるはずもない。


 深澄の言葉通りに送れば、今日だけでも自分のことに集中してくれないだろうか。

 そんな企みを抱きつつ、あかりは送信をタップした。



◇◇◇



 授業が終わり、新しい「友だち」からのメッセージに従って、あかりは社会科準備室のドアをノックした。


「どうぞ」


 中から聞こえたそっけない声は、深澄のものだ。

 あかりは初めて訪れる部屋に緊張しながら、失礼しますと声かけして中に入る。

 資料の独特な匂いと、教室に比べて狭い室内。いくつか教員用の机がある他は、本や段ボールが棚に収められているくらいしか特徴のない場所だった。

 深澄は窓際に立っていて、窓を閉めながらあかりを振り返る。


「適当に座って」


 そう言いながらあかりが入ってきたドアとは違う、引き戸ではないもう一つの扉に向かい、鍵をかけた。


 構造から考えると、向こうは社会科教室だ。視聴覚室よりは狭いけれど、映像機材が使えるため放課後は時々映画同好会が使っているらしい。今日もどうやら活動日らしく、何を話しているのかわかるほどではないものの、賑やかな笑い声が聞こえてくる。

 どうしてこの場所を指定したのか、そしてこの場所がどうして使えるのかなど、気になることは多い。


 あかりの表情が何か言いたげに見えたのか、先回りして深澄が口を開く。


「念のために言っとくけど、鍵は別にアンタに何かするとかじゃないから。ただ内容的に、他の奴に聞かれたくないだけ。誤解しないでよ」

「え? あ、そっか。うん、大丈夫だよ」


 最後、深澄が出入り口の鍵のつまみをガチャリと下ろす様子を眺めながら、そういう心配もあったのかと目をぱちくりさせる。その発想はなかった。


「……ならいいけど。ああ、これ」

「わ、っと」


 深澄は机の一つに置いてあった、小さなペットボトルの片方をあかりに押しつける。思わず受け取ってしまったあかりは、温かいお茶を手に首を傾げた。


「呼び出したお詫び。今日肌寒いし、風邪ひかれても困るから。返さないでよ」

「……ありがとう」


 少々ぶっきらぼうではあるものの、優しい。

 なんとなく静や詠史と通ずるものを感じて、あかりは一人ほっこりした。


 ぱきりともう一つのお茶の封を開けつつ、深澄が適当な椅子に座る。それを見てあかりも一番近くにあった席に座った。

 図らずも隣の席になったけれど、向き合っても近すぎない程度の距離があり、密談にはちょうど良さそうだ。


 あかりは心の中で気合いを入れて、先に話し出した。


「あの、もう知ってるかもしれないけど一応自己紹介しておくね。斎川あかりです。この間は挨拶もしなくてごめんなさい」

「……佐島深澄さしまみすみ。僕こそ、なんか迷惑かけたらしいって聞いた。ごめん」


 ぼそぼそと、目を逸らして謝られる。

 迷惑なんてかけられただろうか、と記憶を辿ると、思い当たる節があった。


「ううん、全然大丈夫だよ。むしろ私の荷物のせいで転ばせてごめんね」

「……転んだっけ」


 知らない人なら怖くても、深澄だとわかれば怖くなくなった。それなのに今まで気に病ませてしまっていたならあかりの方が申し訳ない。


「それに深澄くんの方が痛そうだったような」

「痛そう?」

「あれ、覚えてない? その、静くんに……」


 詳しく説明するのは憚られるものの、ソファから落とされたり、床を引きずられたりしていた。すごい音がしていたのに、本気で寝入っていたらしい。

 まさかいつもあんな扱いを受けているのでは、という疑惑が脳裏を掠めつつ、静はそんな人ではないと思い直した。


「あの日は鬼バ……じゃなくて、万智の特訓のせいでもともとボロボロだったから。一つふたつ傷が増えててもわかんないし、そもそも家に帰ってからの記憶が曖昧なんだよね」


 記憶が曖昧になるほどの特訓とは、一体。


「覚えてるのはオッサンの馬鹿笑いとアンタの顔と、アンタの――」

「私の?」

「…………なんでもない。とにかく、謝ったからね」


 よくわからないけれど、あかりは頷いておいた。


(こうして見ると、深澄くんて普通の子だ)


 もちろん良い意味で、だ。

 出会いが出会いだったからか、ゲームの印象通りもっと感情的な人物なのかと思っていた。

 話してみれば、ちゃんと年頃の男の子である。素直になるのが苦手そうなところが、特に。

 実際の年齢はそう変わらないのに、なんだか親戚の子を見ている気分だ。


 まさか王子と呼ばれているとは思わなかったけれど、そうやってみんなに好かれるほどもともと持っていた優しさを表に出せるようになったのは、きっと静や詠史たちがまっすぐ接した結果なのだろう。

 そう考えたら嬉しくなって、あかりの顔が緩んだ。


「何で笑ってんの?」

「あ、えっと深澄くんがね……あれ、ごめん。今さらだけど佐島くんって呼んだ方がいいのかな」

「は、なんで? 静と結婚すんなら身内でしょ。名前でいいよ」

「…………うん、ありがとう」


 この叔父にしてこの子あり、とでも言えばいいのか、またも自然に受け入れられていてなんとも面映おもはゆい。

 静への信頼も垣間見え、笑顔になるなという方が無理だった。


「で、何?」

「その、深澄くんが、静くんたちと仲がよくて嬉しいなと思って」

「……嬉しいの?」

「え? うん。嬉しいよ」


 深澄が目を丸くしてから、理解不能だと顔を歪めた。


「なんで?」

「なんでって……」


 どうして、苦々しい顔でそんな質問をするのだろう。あかりは戸惑いながら、理由を伝える。


「静くんが幸せだと私も嬉しいし、家族仲がいいのは良いことだし、深澄くんが幸せなのも――」


 良いことだ。

 そう言おうとして、遮る深澄の強烈な単語に、あかりは二の句が継げなくなった。



「それって僕が、人殺しでも?」


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