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10.永遠の別れ2

 学校の前で話をしてしまったあかりは、走ったついでに静に急いでいる旨を伝えた。

 そうすれば、乗る予定だった電車は無理でもその次の発車時刻には間に合うかもしれないし、一本でもずらせれば学校の知り合いと鉢合わせる可能性が減るからだ。


 しかしあかりのお願いを、静は重く受け止めたらしい。

 学校から駅までにある複数の信号以外では、なんと一度も止まろうとしなかったのだ。


 そのおかげと言って良いのか、乗ろうと思っていた電車に無事、学校の誰にも捕まることなく乗り込むことができた。


「はぁ、は……っし、しず、」

「あかり、大丈夫? まず息整えよう」


 肩で息をするあかりの背を、同じ距離を同じスピードで走ったはずの静が、大して疲れた様子もなく撫でてくれる。

 おかしい。むしろ後半は逆にあかりが引っ張ってもらっていたくらいなのに。


 レストアラーの体力、恐るべし。


「それにしても、やっぱりあかり足速いね。たぶん蒼真以上だ」

「じ、持久力は、微妙です、けど」


 幸いそれほど乗客は多くなく、いくつか席も空いていた。ただし二人並んで座れる場所はないようで、あかりは静に促され一人、席に座った。静はあかりの前に立ってつり革の根本を掴んでいる。


「あり、がとう」


 静だけを立たせるのは心苦しいけれど、今は体力が尽きかけている。なんなら実力以上を出し切ったせいで足まで震えているので、回復するまでは素直に休ませてもらうことにした。


 あかりはうっすらと流れてきた汗を取り出したハンカチで押さえながら、涼しい顔で正面に立つ静を見上げる。


「あの、静くん、なんで疲れてないの……?」

「ん? これくらいはいつもやってるからかな。追いかけられたり追いかけたりしない分、気も楽だし」


 それは異形相手に、という意味でしょうか。

 聞きたい気持ちはあるものの、公共の場でレストアラー関連の話はできない。


 ただ言われてみれば、異形退治の時に走る・跳ぶ・避けるは当たり前で、さらに武器まで振るわなくてはならないのだ。大怪我の危険性と隣り合わせでもあるし、張り詰めた戦闘は疲弊する。静くらい体力がなくては務まらないのかもしれない。


「そ、そっか……。えっと、それで、なんで学校に?」


 昨日のバイト帰りに送ってもらった際、今日は会えないとたしかに伝えた。その上で事前に連絡もなく会いに来たということは、何か理由があるに違いない。


「あ! その前に友達がごめんね、変なこと言って。あれほとんど冗談だからね」


 あの二人はあかりのことを思うあまり、少々大げさに話してしまっただけだ。

 ストーカーや静との決別であかりの元気がなかったのを、すべて静が待たせているせいだと勘違いしたのだろう。だから浮上したあかりが、静とうまくいったのだとわかった。


 けれどたとえ二人の言葉が本当だったとしても、あんなこと、静は知らなくて良かった。恋人が自分以外にもモテるなんて話、少なくともあかりは具体的に聞きたくない。

 先ほどの牽制発言だって、友達が煽ったりしなければ出なかったはずだと思うと、時間を戻したくてたまらない気持ちになる。

 明日学校に行くのが、少し怖い。


「冗談、か。でもそろそろ……」

「え?」

「いや。まあ牽制が理由なのは本当だよ。ただそれともう一つ、あって」


 そこまで言って、静は言葉を迷い出す。

 恥ずかしいセリフでも顔色を変えずに口にする静にしては珍しい反応に、あかりは目を丸くした。


「僕も連絡もらったの、今日の昼、なんだけど」

「連絡? 誰から?」

「……ごめん、ちょっと自分でもどう説明したら良いかわからない。でも、一緒に行った方が説得力があると思って」

「うん……?」


 やはり、要領を得ない。

 けれどあかりはそこよりも、眉間にしわを作って視線をさまよわせる姿の方に気を取られていた。


(こんなにまごまごしてる静くん、すごく貴重……どうしようかわいい…………)


 と、半ば感動すら覚えていると、ふと静があかりを見て難しい顔を緩ませる。そしてハンカチを額に当てた時にはねてしまっていたらしいあかりの髪の毛を、ちょいちょいと直してくれた。

 子どものようで恥ずかしい。あかりは頬を染めて「ありがとう」と礼を言った。


「ええと、よくわからないけど言えないならいいんだよ。それよりその、今日は会えないと思ってたから……」


 ――その先は、人目のある電車内では音にならない。


 そうでなくともあかり側の座席にいる数人は、すでに静に見惚れている。これ以上は勇気が出なかった。


 それなのに静は、まるで声が聞こえたかのように、とろけるような笑みを浮かべた。


「うん。僕も」


 あかりはきゅうと締めつけられる胸を押さえて、同じように笑い返した。






 あかりの最寄り駅に着いた二人は、とりとめのない話をしながら改札を抜ける。

 静が駅のコインロッカーに預けている物があると言うのでそれを取り出し、手を繋いで外へ出る。それがあまりにも自然だったものだから、あかりはこれから向かわなければならない場所があるというのに、静の意図にやっと気がつく。


 もしかして、あかりの目的地まで送ってくれるつもりなのでは、と。


(いつもならすごく嬉しいけど、今日はできれば静くんには知られたくないんだよね)


 あかりが静に学校へ来た理由を詳しく尋ねないように、静もあかりに今日の用事が何なのか聞こうとしない。きっと言うつもりがないと気がついているのだろう。


 普段ならまっすぐ進む道を、今日は待ち合わせのために曲がるつもりだ。その場所に差しかかったタイミングで、静に別れを切り出そうと決心する。

 その時、静がぎゅっと手に力を込めた。


「あかり。今日の約束って、……お母さんと?」

「えっ」


 言っていないのに、なぜわかるのだろう。

 あかりは驚いて静を見上げるものの、静は前を向いたまま歩き続けている。


「う……うん」

「そっか」


 母との約束であることは知られても良い。問題は、そこに同席する人の存在だ。

 何も言っていないのだから推測できるわけがないのだけれど、静ならしれっと当ててしまいそうで恐ろしい。例えばそう、主人公の勘のようなもので。


 今日はこれ以上何も白状しないぞと一人気合を入れ直し、しばらく無言で歩く。

 すると、とうとう曲がる予定の交差点を前方に認めた。


 ほっとしたような、残念なような。あかりは複雑な気持ちで静に声をかける。


「静くん、私ここで――」

「左、だよね」


 静は最初からそのつもりだと言わんばかりに角を曲がった。


(え、え? なんでわかるの?)


 二回目だ。

 誰と、ならともかく、行き先まで。


 ――まさか静は。


「心が読める……?」

「ふはっ」


 つい呟いてしまったあかりに、思わず、といった様子で静が小さく吹き出す。

 一度も見たことがない姿に、あかりは瞬きも忘れて見入ってしまった。


「ふ、っごめん。そうだったらよかったけど、あいにく心は読めないよ」


 静の口元には、緩やかな弧。

 高校生の静よりも、やはり表情が豊かだ。


(今の笑い方、詠史さんみたいだった)


 それを口走っては微妙な顔をされてしまいかねないので、あかりはとっさに空いている方の手で口をふさぐ。

 もちろん似ているとは言っても詠史のような豪快さはなく、ずっと控えめでおとなしいものだ。


(移っちゃうくらい、そばにいたんだなぁ……)


 変化は嬉しい。

 けれど、ほんの少し寂しかった。


「あかり。僕、今すごく怪しいと思うけど……できれば何も言わずについてきてほしい」

「え、と」

「お願い」


 信号待ちで立ち止まった静は、真剣な目をあかりに向ける。


 静には知られたくない。けれど静にそう言われたら何も言えない。

 わかって言っているのだとしたら、ずるい。


 幸い約束の時間までは余裕があった。

 あかりは葛藤の末に頷いて、手を引かれるまま、いつもと違う道を静と歩くことにした。



◇◇◇



 カランカラン、とドアにつけられたベルが鳴り、あかりは静が押さえていてくれる間に少々ためらいつつ中へと体を滑り込ませる。


 着いたのは駅の近くにあるレトロなカフェだ。

 母や友達と何度か利用したことのあるここは、ケーキやパスタなどはもちろんかき氷がおいしい。駅近な割に非常にわかりにくい位置にあるため、コーヒーのチェーン店に比べるとそれほど客は多くない印象だ。


(なのに、静くん迷いもしないでここに来れた)


 ついてきて、と言われてたどり着いたのは、あかりがもともと行こうとしていたこの店だった。

 嫌な予感が的中した瞬間である。

 いくらなんでも予定が知られているなんてことは、ないと、信じたい。


 高校生の頃、静はあかりを送るためにこの駅で降りていた。いなくなった後も探してくれていたということだったから、その時に利用していたのかもしれない。

 だとしても、なぜ今日ここに来たのだろう。


「静くん、私……」

「大丈夫。お母さんはいない?」

「え、あ……いた」


 店内を見回し母の姿を見つけたあかりは、目が合って手招きをされる。

 カフェを営んでいる老夫婦に待ち合わせであることを伝え、席へ向かう――前に静を見上げる。


「静くんは、その」

「一緒に行く。……そんな顔しないで」


 動揺をを隠せないあかりに、静は小さく苦笑いした。


 戸惑いながらあかりが歩き出せば、その後ろを静がついてくる。

 心臓が痛い。日曜日の家族遭遇イベントに続いて、家族紹介イベントまで起こるとは。

 もちろん決して母に会わせたくないわけではないのだけれど、待ち合わせの相手は母だけではないのだ。


 そして突然彼氏を連れて来られた母にも、この状況をどう説明すれば良いのだろう。

 今のあかりの頭では答えが見つけられず、ついに母のいる一番奥のテーブルに着いてしまった。


「あかり、おかえり」

「た、ただいま」

「えっと、後ろの人は……どなた?」


 当然の質問に目が泳ぐ。

 言葉が喉に引っかかって出てこないあかりを助けたのは、静だった。


「はじめまして。あかりさんとお付き合いさせていただいている、朝永静と申します」


 ――え?


「えっ! まあどうもはじめまして、あかりの母の紗緒里さおりです」


 声のトーンが上がり、椅子からも立ち上がる。

 あからさまに興奮している母とは対照的に、あかりは硬直していた。


「……ん? 朝永?」

「はい。メールでは、何度かやり取りさせていただいています」

「え? じゃあ、あなたが……あかりを助けてくれた人?」






 ――え!?


 二人に置き去りにされたあかりは、一人雷に打たれたような衝撃を受けていた。






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