7.静と家族2
「さて、邪魔者はいなくなったな。あー……強引で悪い、どうしてもあかりちゃんと話してみたくてよ」
「は、はいっ」
身を起こして詠史が座るのに合わせて、あかりもそちらへ体を向けた。
改まるとやはり緊張する。何を言われるのか、少し怖い。
(詠史さん……にとっては、私って静くんを振り回した悪女、みたいなものだよね。もしかして別れろって言われるんじゃ)
自分の想像に、血の気が引く。
そんなあかりに詠史は小さく言った。
「ありがとな。アイツを人間にしてくれて」
「――!」
あかりは息を呑んだ。
ゲームの人物像からは想像もつかないほどに、優しい笑顔だったからだ。
(静くんに、似てる)
見た目はそこまでではない。けれど今の笑い方はそっくりで、あかりはふっと肩から力が抜けるのがわかった。
「っあー、ガラじゃねぇ。つか遠くねーか? もうちょいこっち来なよ」
「……はい」
性格も話し方もまったく違うのに、どこか静を思い起こさせる、という理由で安心してしまうあかりは現金だろうか。
言われた通り素直に近づき、広いソファの端に座らせてもらった。近すぎず、遠すぎない位置は話すのにちょうど良い。
「俺こういうの苦手なんだよ。静がいたら絶対話せねーから、今のうちな」
「内緒ですか?」
「おー。聞かれたら死ねる。だから小さい声で頼むわ」
リビングに隣接する、キッチンの方を見て詠史が苦い顔をする。
確かにゲームの詠史は、主人公たちの扱いが丁寧とは程遠かった。いきなり優しくしたら蒼真あたりに「明日槍でも降るんじゃね?」とでも言われそうだ。
キッチンからは冷蔵庫の開閉やコンロの点火、包丁などの音が忙しなく聞こえてくる。この後具材を炒め出せば、話し声はきっと届かないだろう。
(だから時間のかかりそうなメニューを選んだんだ)
詠史の意図をやっと理解したあかりが声量を抑えて了承すると、詠史はにやりと笑った。
「まずは、ゲーム遊んでくれてどうもな」
「いえ、そんな。あの、とてもおもしろかったです!」
「それはよかった。まさに生の声だな」
詠史は目尻を下げたものの、すぐに真剣な顔に変わる。
「あのゲーム、特に静のことはほとんど事実に忠実に作ったつもりだ。だからあかりちゃんが知ってることは大体実際あったと思っていい」
「はい、そう聞いています」
「あー……昨日アイツにどこまで聞いたかはわからねぇがな。当然、静の生い立ちもだぞ」
「!」
すべてのゲームは、あくまでもフィクションだ。けれど『サイド レストアラー』に関しては、その境目が曖昧であることを知った。
静からゲームの内容はほとんど現実だと教えられたのに、恋人候補はそうではなかった。同じように、静の過去だって例外の一つだと考えてしまってもおかしくなかったのだと、今気がついた。
詠史はあかりが静に直接聞けないだろうと思って、先回りしてくれていたのだ。
「静くんは……その、本当にあんな」
「ああ。両親が気味悪がって祖父母に押し付けたのも、祖父母が静を持て余してたのも、葬式での母親のセリフも、な」
ひどい。
あかりは無意識のうちに、手を強く握り込んだ。
「俺、姉貴とは昔から折り合いが悪くてな。あっちは俺の不真面目なとこが、俺はあっちの生真面目なとこが駄目だったんだ。早々に家出てほとんど連絡とってなかったし、実家行くのもタイミングずらしてたから小さい静に会ったこともほぼ無かった」
「……」
「そもそも静がじーさんばーさんに引き取られてたってのも知らなかったんだよ。年に一回ちょろっとしか顔見せに行かなかったし、そん時もちょうどアイツが学校にでも行ってるタイミングだったのか、マジで会わなかった」
レストアラーだった詠史が幼い頃の静に会っていたら、静は理解者を得られたかもしれない。心が擦り切れるほど、辛い思いをしないでいられたかもしれない。
けれど様々な要因が絡み合って――そうはならなかった。
「んで久々に親の葬式で顔合わせたらとんでもないクソ親になってて唖然としてな。そんで、俺が育てるっつって勢いで引き取ってきたまでは良いんだが……アイツずっと無表情で返事も碌にしねぇときた」
「返事も、ですか?」
「あかりちゃんから、初めて会った時の静がどう見えてたのかは知らねぇがな。ずうっと暗い目してたんだよ」
それが高校生でも一人暮らしさせられなかった理由だ、と言う詠史に、あかりは四月に出会った時のことを思い出す。今よりずっと表情がなく、口数が少なかったのはたしかだ。
ただ、詠史の語る静とあかりの知る静が重ならない。あかりの知る静は、最初から優しかった。
「変わったのはこっちの高校行き始めてからだったか。ケータイ気にするようになって喜怒哀楽が出てきて。そんでちゃんと話すようになったと思ったら素養持ちだろ。そっからはもうアイツどんどん人間らしくなって、こりゃもう大丈夫だと思ったら――」
詠史がだんだんおもしろがる顔に変わっていく。
「今度は好きな子――あかりちゃんにフラれてコーラーになりかけてたんだよなぁ」
「!? コーラーに……なりかけたって、静くんがですか?」
そんな話、あかりは聞いていない。
つい声が大きくなってしまい、詠史が伸ばした人差し指を何度も自分の口に当てているのが目に入って、なんとか音量を下げた。
「はは、やっぱな。絶対自分からは言ってねーと思った。ま、言えるわけねぇか」
「……それは、私には知られたくないってこと、なんでしょうか」
「単に情けねーって思ってるのと、あかりちゃんの罪悪感をわざわざ刺激したくねぇだけだろ。でも俺は知っといた方が良いと思うから話した。悪いな」
「いえ。知れて、よかったです」
コーラーになりかけた。それが本当のことだとすれば、五年前の今頃は大騒ぎだったのではないだろうか。
もし静が異形を喚んでしまえば、ドラゴンをも凌駕するほどの何かが現れたかもしれない。そこもゲームの通りなら、静の素養はきっとラスボスよりも高いのだから。
「一歩間違えばアイツ自身がラスボスになるとこだった。いなくなる前に止めてくれてマジで助かったよ。ありがとな」
「? 私は何も…………あ」
首を傾げたあかりの脳裏を、泣きながら離れたくないと首を振る高校生の静がかすめる。
「そういえば、言った、かもしれません」
「そういえば!?」
ぎょっとする詠史に、あかりは慌てて言い繕う。
「あ、あの時はまだ、静くんには紗南ちゃんとか理香子ちゃんがいるから私がいなくなっても大丈夫だと思ってて」
「あー……なるほど」
「でも静くんは何を言っても嫌いになってくれないし、すごく必死に引き留めてくれるから。なんだか言わなきゃいけないような気がしたんです」
それが静の絶望を止めたのならば、眠気で朦朧とした意識の中でも付け加えられて本当に良かった。
あかりは静のためにも、絶対に絶望させないよう気をつけなければと心に刻んだ。
「……これは多少、俺のせいな気がしないでもないな」
「え?」
「いや、なんでもねぇ。とにかく、今後はあかりちゃんが静を見放さなきゃ大丈夫だろ。どうしても離れたいってなった時は、心の準備がしたいから先に俺に言ってくれ」
「そん……な日は来ませんよ!?」
「ふはっ。冗談だよ」
絶句するあかりに、詠史が吹き出す。
笑い上戸なのだろうか。会って数十分しか経っていないのに、楽しそうな姿ばかり見ている気がする。
(静くんが、大事に思われてるからなんだろうな)
そうでなければ、きっとあかりはこんな風に受け入れてもらえなかった。
詠史はコーラーになりかけた静を引き留めたのはあかりの言葉だったと思い込んでいるけれど、きっとそれだけではなかったはずだ。詠史や蒼真たちがそばで支えていなければ、静はとっくに闇に呑み込まれていたと思う。
あかりが言った通り、静はみんなに愛されていた。
「あの、私が言うのも変ですが。静くんを引き取ってくださって、ありがとうございました」
「うお。よせよ、むず痒いだろ」
「すみません。でもゲームをしてた頃から思ってたんです。静くんが詠史さんのところに来なかったら、どうなってたんだろうって」
静が詠史と暮らさなかったら、時間の停滞を今でもどこかでさまよっていたかもしれない。
蒼真たちのような一生の仲間とも出会えず、詠史たちもカマイタチ事件を止められなかったかもしれない。
「ぜんぶ詠史さんのおかげです。静くんに詠史さんがいてくださって、よかった」
あかりが素直に伝えれば、詠史は「この二人なんか似てんだよなぁ」と呟いた。ぽりぽりと頬を掻いて、そっぽを向く。
「……本当はさ、ずっと会ってみてぇなって思ってたよ」
「私と、ですか?」
「ああ。五年前、静がああなるくらいだからそらもうすごい子なんだろうなーと思うだろ」
「き、期待外れですみません」
並外れた静と違い、あかりがすごい子でないことだけは確かだ。釣り合わないと思われても仕方ない。
そんな心配を跳ねのけるかのように、詠史は満面の笑みを浮かべた。
「いや、期待以上だった。すっげぇ静馬鹿」
しずか、ばか。
想像もしていなかったセリフに、あかりはぽかんとする。
「無理もねーわ。こんだけ想われたらそりゃ手放したくなくなるわな」
「え、え?」
「どんだけ静のこと好きなんだよ、過去に飛ぶなんて相当だぞ。まあ静の方も相当だが」
「……」
「あとアイツの顔やばくね? デレデレどころかドロッドロだったよな。別人かと思ったわ」
「……えーと」
「はー、何年も探したかいがあった。昨日のことは静に根掘り葉掘り聞いてやろ」
最早あかりの話は聞いていない。
しかもなにやらメモを取り出して書き付けている。
どうやらゲームの『叔父さん』よりお喋りで、よく笑い、ずっと静のことが好きらしい。
そんな詠史に、あかりの顔は自然に綻んだ。
「そうだ、参考までにいろいろ聞いていいか? 境界の欠片が願いを叶える例なんてそう無いからな。気になることが多いんだよ」
「はい。私でわかることなら」
「ありがとな。じゃあまず五年前の土曜、どうやって静の前から消えたんだ?」
「ええと……あれは、薬です」
そういえば、昨日静には聞かれなかったので、この話を口に出すのは初めてだ。
あかりは、もともと御守りを近くに置いて眠るとゲームの世界と繋がれると思っていたこと、静との話が終わったら目の前でいなくなるのを見せて二度と会えないと信じてもらおうとしたこと、そしてその手段として睡眠改善薬を飲んだことなどを説明した。
「そこまでするか。やべぇ、あかりちゃんおもしれー。眠れなかったらどうするつもりだったんだよ」
「その時は、仕方ないので普通に帰るつもりでした。効果は半減してしまいますが」
「普通の別れ話になるだけだもんな。まあ静が素直に帰さなかったとしても一生寝ないなんて無理だし、そこはあんま変わらねーか」
だいぶ気になる部分があったけれど、なんとなく触れてはいけない気がしたので、あかりは賢明にも口をつぐんだ。
「てことは、御守りをここに置いてったのは本気で繋がりを断ち切ろうとしてたからか」
「……はい。手元にあったら、意志薄弱で、何度も使っていたかもしれません。私が静くんを諦めるためにも、ゲームの中に残していきたかったんです」
方法があるから迷うのだ。
ゲームの世界に入ればきっとトークアプリを通して静にも伝わってしまうし、徒らに惑わせるくらいなら手放すのが正解だと思った。
「でも今考えると、ゲームに出てこないものを置いていくなんて浅慮でした。同じ見た目の御守りが二つあったら怪しいですよね」
「まあ、混乱は多少あったな。つっても込められてるモンが違うから、長くレストアラーやってる奴ならなんとなくわかるが」
「そう、なんですか?」
レストアラーにはそんな特殊能力まであるのか。ゲームで語られていた部分なんて、実情のほんの一部だけなのかもしれない。
「境界の欠片には願いを叶える力があるってのはゲームでも言ってたよな? あれはまだ解明できてねーことも多いんだが、今のところ一方的な願いは無効になるとされてる」
「一方的な願い、ですか」
「俺たちレストアラーはみんな、『日常生活では力を抑えたい』と願ってる。もともと何か守りたいものがあるような奴らだ。多かれ少なかれ、心の深層じゃ他人と違う自分を怖がってて、バレたら今までの生活が壊れるとわかってる」
「はい」
「だから『時間の停滞でだけレストアラーの力を発揮できる』ように願った御守りを持つと、効果が表れるわけだ。んで、力が使えるようになると、異形と渡り合う手段が必要だと思い込む。それが御守りを武器という形に変える」
武器はその人の力のイメージ、というわけだ。だから静は刀、蒼真は銃と各々違うものに変化するのか。
「こんな風に、自分と対象の双方に同じ願いがなけりゃ意味がない。あかりちゃんのところに届いたやつは、力を抑えるための欠片を約四年半かけて『会いたい』で上書きしまくった、重ーい御守りだったわけだ」
あの静の力を抑える分とほぼ同等の量だぞ、とからかうような笑みで言われて、あかりは意味を理解すると同時に赤面してしまう。
どれだけ想われているのかを、文字通り形で表されていたのだ。嬉しいけれど、気恥ずかしい。
ではあかりが置いていった御守りも、静を守ったという話だったから、あかりの願いで上書きされていたのだろうか。
「で、でもそんな簡単に上書きできちゃうと、皆さんの御守りがすぐ不安定になってしまいそうで心配になりますね」
「簡単なわけがねーんだよな、これが」
「え」
詠史は顎にペンのノック部分を当てて、眉間にしわを寄せる。
「願いが叶う云々は、条件が厳しい。双方の願いが合致してなきゃならねーし、それに伴った願いの強さが不可欠だ。それを消費して叶えるからな」
ちらりとキッチンに目をやる詠史につられて、あかりも静のいる方を見る。ジュウジュウと何かを炒めている音がしていて、良い匂いが漂う。
ふと、熱を出した時に見た背中を思い出した。
もし一人で待っていたなら、料理をする静が見たくて覗いていたかもしれない。
「願いの尽きた空っぽの欠片ならともかく、もともとの願いを塗り替える、なんて聞いたこともねーよ。アイツはそこんとこも規格外ってこった」
どうやって知ったのか、詠史はあかりが消えてからの静が毎晩眠る時に願いを込めていたことを教えてくれた。あかりが過去に飛ぶために必要だった条件も、そのせいではないかという推測付きで。
「こう言うと脅しみたく聞こえるかもしれねーけどな。昨日を待ち望んでたのはなにも静だけじゃない。俺も、蒼真たちも、事情を知ってる奴はみんなあかりちゃんを待ってた」
「……はい」
「他でもない静が選んだ子だし、会ったこともない静のために過去に飛ぶようなあかりちゃんなら、恐らく大丈夫だとは思ってる。けど、アイツはもう充分大人にも力にも振り回された」
詠史のまっすぐな視線があかりに向けられる。
自然と背筋が伸びて、気が引き締まった。
「だから――頼む。息子のこと、大事にしてやってくれ」
息子。
その言葉で、一気にあかりの涙腺が刺激された。
「はい。お約束します」
あかりは、潤んだ目を逸らさずに、しっかりと頷いた。
静を大切にすること、幸せにすることは、すでに昨日決めている。そこに迷いはない。
涙が出るのは、普通なら当たり前に受けられたはずの愛情を、実の親ではない詠史が与えてくれているのが伝わって、胸がいっぱいになったせいだ。
静だけでなく、静の大事にしている人たちも大切にしよう。
あかりはこの時、そう強く思った。
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