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3.あの時の答え

 夜、落ち着いた静と手を繋いで、あかりの家までの道を歩く。


 まだ目元が赤く、帰ったら冷やさなければ明日に残りそうだ。静は格好悪いと恥ずかしがっていたけれど、それでもきちんと送ってくれるのだから優しい。

 それに、あかりからしてみれば静はいつだって格好いいし、かわいい。今だって静は色気が増していて、もし明るければすれ違った人から二度見されていたかもしれないくらいには魅力的だった。


(あったかい)


 十一月ともなれば夜はそれなりに冷える。

 静の家に行った時は薄いブルゾンを着ていたのに対し、今はざっくりと編まれたニットのカーディガンを羽織っている。オーバーサイズなのでゆったりと着られてとてもかわいいし、寒くない。


(静くん、こういう服が好きなのかな)


 今あかりが身につけている上着と靴、鞄は新品だ。

 なんと静が用意してくれたものである。


 五年前に置いてきてしまった荷物は、静が丁寧に保管してくれていた。出かけた時と比べるとさすがに傷みがわかるようにはなっていたけれど、使用していなかったのでまだ問題なく使えると思う。

 というより、返ってきただけですごい。正直ゲームの世界なら失くなっても仕方ないと思っていたくらいだ。

 それより五年も置かせてもらっていたなんて邪魔だったのでは、と心配するあかりに、静はあかりがいた証があって嬉しかったと言ってくれた。


 それだけでも充分なのに、帰る準備を始めるあかりに、静がクローゼットから箱を取り出して元のものより上等な製品を差し出したのだから驚く。定期的に手入れをしながらも経年劣化していくのを見て、代わりに購入してくれたらしい。

 貰えないと遠慮するあかりに構わず、静は正面に立ったままカーディガンを広げてふわりと後ろからあかりにかけると、かわいいと微笑んだ。

 それに見惚れた結果、保管されていた荷物は紙袋にまとめられ、あかりは用意されたものを身につけるしかなくなっていたのだった。


(あの後、ありがとうって言っただけで、あんな風に笑ってもらえるなんて)


 今思い出しても頬が熱くなる。

 想いが通じ合った後の静は、壁をすべて取り払ってしまったかのように無防備な笑みをあかりに向けるのだ。

 まるで全身で好きだと言われている気分になってしまう。


「こんな感じ、だったのかな」

「ん?」


 ぽつりとこぼした呟きを、静が拾ってくれる。

 言葉もなく歩いていたのに、二人の間の空気をやわらかく感じるのは気のせいだろうか。あかりと同じように、静もこの時間を心地良いと思ってくれていたら良いのに。


「初めて会った時、静くんが言ってたよね。『僕のこと好きなんだね』って。そんなにあからさまだったかなってちょっと恥ずかしかったんだけど、今はなんだかわかる気がする、というか」


 言いながら、少し後悔する。私のこと好きでしょ、という上から目線な言い方をしてしまったように感じたからだ。

 慌てて静を見上げるものの、彼は首を傾げているだけで特に不快な様子はなく、あかりはこっそり胸を撫で下ろした。


「僕、そんなにわかりやすいかな」

「えっと、うん」


 どうやら無意識だったらしい。

 あかりも同じらしいため人のことは言えないけれど、静の場合普段が無表情なので、ギャップが激しいのだ。あんな眼差しと笑顔を向けられれば、きっと誰にでもわかる。


「そうなんだ……ああ、でもその方が良いか。あかりに誰でもいいわけじゃないって信じてもらいやすいし」


(あ……)


 瞬間、あかりの頭の中に「愛してくれるなら私じゃなくてもいいんだから」という声が響いた。

 先ほど静はあかりの暴言について、どうでもよくなったと言って許してくれた。それは嘘ではなさそうだったのに、こうしてふと出てきてしまうということは、静の意識していない部分に傷跡が残っているのかもしれない。


 あかりのことでこれ以上傷つかないでほしい。

 自分勝手にもそう思って、あかりは口を開いた。


「本当にごめんね。私、ちゃんと静くんが私だけを見ててくれてるって、信じてるよ」

「え?」

「静くんの誕生日にした電話で、その、確認したでしょう? あの時にはもう、静くんの『好き』がどれだけ大きなものなのかはわかってた……つもりだよ」

「そう、なんだ。じゃあ五年前の今日言ってたやつは、嫌われるための嘘だった?」


 言い訳じみてしまう本音でも信じてくれるらしい。それにほっとしながら、あかりは静の問いに首を振った。


「嘘というか、……」


 嘘であって、嘘ではない。それをどのように伝えれば良いのかと、あかりは視線をさまよわせた。

 言葉が続かないあかりに静は怒る素振りもなく、優しい声で話し手を代わってくれる。


「あのね、あかり。僕、あのゲームがあかりの行動の基になってたって知ってから、いろいろ考えたんだ」

「……いろいろ?」

「うん。例えば、恋人候補のこと。僕にそういう相手がいるって思ったから、彼女だって紹介されたり僕から好きって言われると困ったのかな、とか」


 どきりとした。

 当たっている。


 そのまましてくれた恋人候補の補足によると、静は完成したゲームを発売前からプレイさせられていたらしい。けれどリンク相手と付き合うことになるイベントが起きるのは物語中盤。静が存在を知ったのは、発売した後だった。

 当然事実とは異なっていると叔父に抗議をしたものの、「女の子と仲良くなったら恋愛に発展しないとつまんねーだろ」と一蹴されてしまい、すでに配信されているということもあり、為す術もなく諦めてしまったという。


 後にあかりが静をそのゲームの主人公だと思い込んでいたと知って、諦めたことを非常に後悔したのだとか。


「とは言え無理に省いてたら逆に悪影響が出てたかもしれなくて、怒るに怒れないんだ」

「それは怖い、ね」


 もしゲームから恋愛要素が消えていたら、プレイしたあかりは静に恋人候補がいないと思って行動していたはずだ。

 その場合、今のあかりと違って素直に静の好意を受け止めていたのか、もしくはゲームの世界だと思っているのは変わらないため同じく距離をとったのか。それ以前に好意を向けてもらうことすらできなかったかもしれない。


 もしかしたら静といられない今があったか思うと、ここに至るまでに悩んだ時間すべてが必要なものだったのだと感じた。


「でも、悩ませてごめん。叔父さんには八つ当たりしてあるから」

「八つ当たり? 静くんが?」


 意外なセリフにあかりは目を丸くしてしまう。

 詳しく聞きたかったものの、子どものような発言をしてしまったと照れて顔を逸らす静がかわいくて、それ以上触れることはできなかった。


「とにかく、そうやって自分なりに答えを探したら、五年前はわからなかったあかりの行動に大体納得できた」

「そっか……」

「だからあかりが何を悩んでるのかもなんとなくわかる、と思う」


 静が足を止めて、あかりは振り返る。


「さっきは事実と僕の気持ちを伝えることで頭がいっぱいだったから、後回しになってごめん。あかりは――最初に告白したのが自分だから、僕が好きになったと思ってる、よね」

「っ!!」


(どうして、それ)


 唐突に落とされた爆弾に、あかりは声を失った。

 それは静と両想いになっても消えなかった、あかりの負い目だった。


 先ほど言ったように、静の気持ちは本当に信じている。

 だからこそ誰かを好きになる心を知った静がその相手を簡単に手放さないと考えて、きちんと理由を話してから消える決心をした。結局あかりの想像を超えて、静は探し続けてしまったけれど。


 引っかかっているのは、静があかりを好きになってくれた理由に、『最初に告白した』かどうかが関係していないかという点だ。

 彼の運命の相手だと思い込んでいた恋人候補が実はそうではなかったと言うなら、尚更だった。


 静に初めて駅のホームで会った時、あかりがもしも告白をしていなかったら。静が今のようにあかりを好きになってくれるとは思えない。

 蒼真と付き合っていない紗南や泰介を知らない理香子と出会って、学園祭の時のように静に好意を寄せる多くの女の子と出会っても、その中からたった一人、あかりだけを選んでくれただろうか。


 ゲームであろうとなかろうと、あかりが静の選択肢を奪ったことには変わりがないのだ。


「この五年、何度もあかりの言葉を思い出して、嘘だって思い込もうとした。でもそれにしては妙にリアルだから、本心なんだろうなって、思って」


 静は一度目を逸らし、またあかりに戻す。


「想い続けたことを知ってもらえれば、これからの僕があかりしか見えないことはわかってもらえると思う。でもあかりを好きになる前は――」

「違うの! あれは私が、自分に言い聞かせてたこと、だよ」


 静の勘違いを止めるために、あかりは繋いでいる手を強く握った。

 あんな言葉を静は受け止めなくて良い。どうしてそんなところまで強いのだ、と理不尽な怒りまで湧いてくる。


「あかりに……?」


 予想していなかった、という反応に、あかりは頷いた。


 そう、あかりでなくても良いや他の人が先に告白していたら、という内容はすべて、以前からあかりが抱いていた不安そのものだった。

 どうしてあかりに優しくしてくれるのか、思わせぶりな態度をとるのか、突き詰めていくと一つの結論が出てしまう。


「静くんが好きになる人は、最初に告白した人ならきっと誰でもよかった。静くんなら、その人の良いところを見つけて、ちゃんと好きになれるから」


 昨日まで静から嫌われるにはどうしたらいいのか考えていて、ふとあかりを苛む言葉をそのままぶつけたら良いのではないかと気がついた。同時に、離れたくないと泣くあかりの心を戒められるのではないかと期待して。


「そんなことは……」

「良いんだよ。誰かを好きになる前からたった一人が決まってる人なんて普通いない。静くんの場合は特に、最初に好きって言ってくれた人に惹かれるのは自然なことだってわかってるの」


 愛情に飢えていた静に、愛情を向けてくれた相手を無作為に好きにならないでくれとは責められない。

 もともと誰かを好きになるきっかけも、タイミングも、理由も、すべて本人の自由だ。他人がとやかく言うことではない。


 そうわかっているのに気にするのは、あかりにゲームの知識を活用したという後ろめたさがあるせいだ。


「なのに今日……ううん、五年前静くんに反転させて言ったのは、ちょうど疑ってるみたいに聞こえてがっかりしてくれるかなって思ったから、です」

「……」

「ごめんね、好きって言って。こうやって傷つけたり、五年も待たせたりしない人が静くんのそばにいたかもしれないのに」


 そばにいると約束しておいて、今さら懺悔するなんて卑怯だ。けれどあかりの心のおりを、静のものにはしたくなかった。


 触れ合う手に視線を落とすと、勝手にそこから力が抜けていく。

 ここにいるのはあかりでない方がよかったのでは。そう考えることはこれから何度もあるだろう。

 ただ、好きになってもらった以上、静を幸せにできるのはあかりなのだ。


 そばにいさせてほしいと改めて伝えたい。そう思って、あかりがもう一度自分より大きな手を握り直そうとしたところで――静の方がぎゅ、と力を込めた。


「駄目だよ、離さない」


 その声は硬く、見上げた静の目は強い焦燥をまとっていた。

 昼の静が重なって、あかりは戸惑う。


「悩んでること、自分の中だけで完結しないで。僕にもあかりのそばにいる意味をくれても良いだろ」

「い、み?」

「僕があかりじゃなきゃ駄目だから一緒にいてもらうのに、あかりは僕に何もさせてくれない。あの日告白されなくても、絶対にあかりを好きになったって納得させることくらいできるのに」

「えっ」


 待ってほしい。一度に与えられた情報が多すぎて、処理が追いつかない。

 ……あかりが告白しなくても、静はあかりを好きになってくれた?


 静はぽかんとするあかりに構わず、その先を口にする。


「あかりが好きになってくれたゲームの主人公はね、あかりを好きになった僕だから生まれたんだよ。断言できる。万が一他の人を好きになってたら、あのゲームは発売されてなかった」


 あかりが消えて、叔父に相談して、静の経験をもとに作られたのが『サイド レストアラー』だ。

 静は好きになった相手があのような消え方をしなければ叔父に詳細を話そうとは思わなかったはずだし、叔父も不思議を見慣れている分ありふれた話には興味を示さない。

 その場合、すでに大部分が出来上がっていたらしいゲームシステムはそのままに、まったく別のキャラクターとシナリオで世に出ただろう。


「ね? だからあかりが僕を好きになってくれた時点で、僕があかりを好きになることは決まってたんだよ」

「……!」


 ーー目からうろこが落ちる、とはこういうことを言うのかもしれない。


(もし両想いじゃなかったら、私たち最初から会うこともできなかったんだ)


 あかりと静、どちらの想いが先なのかはわからない。けれど片方でも欠けた瞬間、二人の知る過去は無くなっていた。

 ならば高校二年生のあかりが高校二年生の静に会えたという、その記憶こそがあかりでなければ駄目だという――証明になる。


(ほんとだ。静くんすごい……また私の悩み、消してくれた)


 あかりは、静によって水底に沈んでいた暗い感情が掬いとられるのを感じた。

 心が、徐々に元の色を取り戻していく。


「あかりみたいに、相手のためを思って動いてくれる人がどれだけ得難いのか……君は知らないんだ。あかりに会えば、僕はあかりしか好きになれないよ」

「……静くんが言ってたやつだ。買い被り、だね」


 そう言って笑うと、やっと静の表情が和らいだ。


(好き、だなぁ)


 そんな気持ちで静を見上げて、彼の背が伸びたことを改めて意識した。立って向き合うとその違いは明らかだ。


 あかりのよく知る静が、こうして大人の男性になってもずっと自分だけを想ってくれたのは奇跡に違いない。

 そんな静に似合う女性になりたい。昨日までは考えることも諦めていた未来を、あかりは自然に思い描き始めていた。


「……あかりが告白されたって聞いた時、不安だった」

「え?」

「好きな人がいたって揺らぐ人はいるから。もしそうなってたら、僕は知らない間にあかりの隣を他の男に譲らなきゃいけなくなってた」

「何の話……あ」


 想像もしたくない、と少し表情を歪める静に、あかりは修学旅行の時にした電話のことを思い出した。友達二人が電話を切る直前に暴露した内容を、まさか今でも覚えているのだろうか。

 どちらにしても、あかりは静が妬いてくれているようで、少しだけ嬉しくなってしまった。


「私は、静くんがいいな」

「……うん、ありがとう。でもこれからは、もし気持ちが離れたって過去は変わらない。あかりはかわいいから、いつ他の男に奪われるか心配なんだ」

「!? そんな心配いらないよ」

「いるよ。だから、ちゃんとあかりの特別だって言える肩書きがほしい」

「――っ!」


 気がつくと、あかりは静のあまりにも真剣な瞳に貫かれていた。

 隠そうともしない熱が真っ直ぐ向けられて。


 息を、忘れていく。






「愛しています。僕を、あかりの彼氏にしてください」






 ーー時間が止まる。


 静以外の何も見えない。

 静の吐息以外何も聞こえない。


 自分の心臓の音すら遠く、それが少しずつ近づいて、耳の奥で鳴り響いていると気がついた頃。

 返事をしなければと口を開いた。


(声、でない)


 焦って、苦しくて、静に背中を優しくさすられて、やっと呼吸ができるようになる。


「大丈夫、落ち着いて。ゆっくりでいいから」


 あかりは静に抱き寄せられていた。

 あたたかくて、ドキドキするのに安心する。

 静の香りがして、いつの間にか硬直していた体と心が解けていくのがわかった。


「はい」


 想定より小さくなってしまった音に、届いたかどうか不安になるーーより前に、ぐっと抱きしめられた。


『大好きなんです。私を、静くんの彼女にしてください』


 四月、あかりがした告白を、今度は静がしてくれた。

 そして、あの時にほしかった答えを、今あかりが返した。


(覚えててくれた。嬉しい……どうしよう、好き。静くんが好きすぎて、苦しい)


 こんなの、どうしたって泣いてしまう。


 手に入らないと思っていた人が、あかりだけを見つめて、愛を囁いてくれる。

 あかりだけを望んで、抱きしめてくれる。


 大好きなその背に手を回す理由を、もう探さなくても良いなんて。


「ありがとう。絶対、大事にする」

「っ、うん……っ」

「……やっと、ちゃんとした恋人になれた」


 もう少し、もう少しだけこうしていたい。

 人の気配で静が仕方なくあかりを離すまで、あかりはさっきと逆だなぁと泣き笑いながら、幸せな熱に包まれていた。






Copyright © 2020 雨宮つづり All Rights Reserved

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