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1.夢のあと1


「ん……」


 長い夢から切り離されたような、心もとない気分で意識が浮上する。

 それなのに、あたたかくて気持ちがいい。とても良い香りに包まれて、あかりはもっと眠っていたかったとさえ思った。


 暗い。

 ここはどこで、どのくらい寝てしまったのだろう。


「あかり、起きた?」


 少し掠れた、優しい声がする。

 聞き覚えのある声に一気に我に返った。

 そうだ、静の家に御守りを置いたまま、二度と会えない覚悟で眠ったのだった。


 飛び起きて振り返ってみれば、横になったままあかりを見上げる静がいた。


「そんな……」


 確かに御守りを手放してから眠ったのに、どうして静がいるのか。

 予想していたものとまったく違う展開に衝撃を受けていると、体を起こした静があかりの頬にそっと触れた。


「あかり、好きだよ」

「え……?」


 暗闇の中、お互いだけがなんとか見える近さで、まるで愛おしいものを見つめているかのような静が告げる。

 その表情が普段よりずっと大人びていて、あかりは目を奪われた。


「全部終わった。やっと会えた。こうやって話ができて、触れて……今、死ぬほど嬉しい」


 絞り出すような声で吐露する静は、次第に切なそうに目を細めていく。


(え? え?)


 寝起きだからかこの状況をうまく飲み込めない。

 静に何を言われたのかほとんど頭に入らず、あかりはただ一つ『さよならに失敗した』ことだけを理解した。

 なんとかしなければという強い使命感があかりを襲う。


「だめ! 私はもう、静くんとは会わないって決めたの」

「っ、あかり」

「静くんは、えっと……そう、錯覚してるだけなんだよ。私じゃなきゃ駄目だって思い込んでるだけで、本当は他に好きな人ができるのに」

「できないよ」

「できるの!」

「できない」


 あかりは思考がおぼつかないことに焦っていた。

 意識はあるのに、まだ脳の後ろの一部分が寝ているような感覚がある。そのせいで自分の言葉がいちいち静を傷つけているという自覚をする余裕がないまま、口を動かしていた。


 昼の時は、ゆっくり訪れる眠気が感情を抑えてくれていたおかげで、穏やかに話すことができたのだろう。

 今のあかりは逆に、眠気に足を引っ張られるせいで、まるで駄々をこねる子どものようだ。


(なんで静くんはこんなにひどいこと言われても、まだ好きだなんて言ってくれるの?)


 そばにいられないのなら、せめて嫌いになってほしかった。そうしていつかきちんと忘れて、恋人を作って幸せになってほしかった。

 だからどんなにあかりの心が嫌だと叫んでも、『あなたは愛してくれるなら誰でも良い』などという、信じられないほど残酷なことまで口にして、静を幻滅させようとしたのに。


 どうして、今もまだ。


「僕が好きなのは、あかりだよ」

「っ!」


(どうしようーー嬉しい)


 そう、嬉しい。

 好きな人にこれほど想われて、嬉しくないはずがない。


 けれど、あかりは静の世界では普通に生きていけるかもわからないのだ。

 突然ゲームの世界に入れなくなり、御守りを使っても静に会えなくなるかもしれない。逆に、ゲームの世界を選んだ代償として突然元の世界から切り離され、静と蒼真以外あかりのことを知る人がいない状態で放り出されるかもしれない。


 あかりはその不安定さが怖い。

 覚悟も、足りない。

 何より、ある日急にいなくなってしまうのなら、そばにいるなんて無責任なことを静にだけは絶対に言ってはいけなかった。


 今だって、御守りを手放した以上長くここに留まれないのではないかと思うと、気が逸って仕方ない。

 早く終わらせて帰らなければ。


「自分から好きになるのと、誰かの好きを受け入れるのは違うんだよ。静くんは受け入れようとしてくれただけ。でも、もういいの」


 ゲームではリンク相手との絆が深まると、女性キャラは全員主人公と付き合うフラグが立つ。

 攻略サイトのない時にプレイしていたあかりは、リンクイベント中に「静ってほんと、良いやつだよね」と言われて何も考えずに「紗南が大事だから」と返したら、その後主人公は紗南と恋人同士になっていた。

 本当に恋愛要素があるのだと知った瞬間である。

 てっきり仲間としてかと思っていたので、告白を受け入れたことになっていて、正直目を疑った。


 静が付き合えるのは、仲間二人とレストアラーの先輩、マンションの隣人、バイト先の常連客の五人だ。あかりがいなくなればその席に誰かが座れる。

 誰もが、とも言えるけれど……さすがに目の前の静が複数人と付き合う想像はつかない。

 あかりはたった一人、自分以上に静を愛してくれる誰かに、席を譲りたいのだ。


「僕は本当に……っいや、そうじゃない。ねえ、あかりは今の僕のことは、嫌い?」

「っ!? そんな、まさか」


 はっと無意識のうちに下がっていた視線を上げると、痛みを堪えるような顔をした静がいて、言葉に詰まる。

 胸に、ナイフが刺さった気がした。


(そういう顔をさせてるのは私なのに。私が傷ついてどうするの)


 あかりはできるだけ静に苦しまないでほしいだけだ。会えなくなる人を好きで居続けるほど辛いことはない。

 そのために、静があかりを好きになったのは偶然で、あかりでなければだめだという先入観を無くしたいのに。

 どうしてうまくいかないのだろう。


「でもあの時とはもう違うから。よく見て。今の僕は、あかりの好みじゃない?」

「今の……?」


 ふと、なんだか噛み合わない部分がある気がして、やっとあかりの頭が違和感を訴え始めた。


 目が暗闇に慣れて最初よりは全体が見えるようになった今、まず静の服が眠る前と違うという変化に気づく。また、顔立ちが大人っぽくなったように感じる。

 あとはーー暗くてよくわからない。


「電気、点けようか。ごめん、そこから始めるべきだった」


 静がベッドから下りて、ドアの横にあるスイッチを押すと部屋がぱっと明るくなった。

 それに備えてつむっていた目をゆっくり開いて、静の姿を確認する。どこか緊張したような表情すら凛々しくて素敵だ。


「ーーあれ? なんか背、伸びてる……?」

「うん。五センチ伸びた」

「ごっ……こんな数時間で!? 関節すごく痛くない!?」


 驚きのあまり浮かんだことをそのまま口に出せば、静が思わずという風にふっと笑う。

 格好いい。胸がきゅっとした。


「あれから五年経ったからね。成長痛はそんなになかったかな」


 おかしな言葉が聞こえた。


(五年……って言った?)


 ぽかんとしながら、さらに静を観察する。


 ぱっと見て目線が高いと気がついた身長は、立つと昼に見た時より天井が近くなったと思う。

 伸びた分体格も良くなっていて、きちんとトレーニングを続けているのだとわかる。それでも細身の部類に入りそうだ。

 髪は少し短くなっていて、清潔感がある。

 普段はクールなのに笑うと優しくなる目元はそう変化がない。ただし疲れが滲んでいるのが気にかかった。

 全体的な顔立ちだって、幼さが抜けてきている。

 声は特に低くなったりはしていないけれど、話し方が少し落ち着いたトーンになったかもしれない。

 そして、服装がやはり違う。シンプルなシャツを着ているだけなのに色気まで感じる。スタイルが良いからだろうか。


 ーーどう見ても、大人になっている。


(いつの間に2が発売されたの?)


 成長した主人公。

 つまり新たな敵。

 となれば続編しか考えられない。


 発売したという話は聞いたことがない。続編だとしても、どうしてまた静のところにあかりが来てしまったのだろう。そもそも、どうやってここに来たのだろう。


 そんな混乱したあかりが言えることはーー


「今の静くんも、とても好みです……」


 それに尽きた。

 わかっている。もっとよく考えなければいけないこと、不安になるべきことがたくさんある。

 けれど大好きな人が大人になって目の前に現れたら、それしか出てこなかった。


(静くんて、大人になったらこんな感じなんだ……すごい、格好いい、素敵)


「……ありがとう」


 うっとりというには少々興奮が強いあかりの様子に、マイナスの印象を与えなかったらしいと理解した静は、ほっと胸を撫で下ろし照れたように微笑む。

 か、かわいい。胸がぎゅっとした。


「はあ。安心したらちょっと冷静になったかも。遅くなってごめん、ちゃんと説明する」


 そうして静は、あかりが眠ってしまった後のことを明かしたのだった。

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