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13.陰日向4

 静にとって、学園祭の記憶はあまり良いものではない。


 まず、高校二年の時の静の学園祭。


 五年前、先にあった静側の学園祭にあかりを誘って、行けそうにないという返事をもらった時点で、仲間やクラスメイトに似合うと言われた執事の格好をする意味がほぼ無くなった。


 静の担当は一般公開の前日だったけれど、もし好きな人が来るならその時だけ代わっても良いとどうしてかクラスの男のほとんどが協力的だった。

 残念ながらその善意は空振りに終わってしまったので、静は一般公開日、仲間と校内を回った。


 拡散されると困るという理由で写真は禁止。

 特定の人物を目当てに来る人が大勢いると予想されるので、一般客のためにお引き取りいただく。


 これらはクラスに騒がれる容姿の人物が主に二人おり、どちらの担当も前日で終了していたために設けられた二日目用の決まりごとである。

 当人である静にその自覚はなく、予算の都合上クラス内の担当分だけしか服を用意できなかったこともあって、当日は制服で仲間と回った。






(電話、繋がらない)


 あかりを見たと確信した静は、仲間を置いて一人で校内に入った。


 すぐに電話をかけても圏外になっている。

 最近のあかりは、携帯の調子が悪いということでなかなか返事をもらえなかった。今日もまた、不調は継続中のようだ。


 同時に視線を走らせるも人が多く、すれ違う中にあかりは見つからない。

 さらに静の行手を遮る女性が湧いてきて、避けながら進まなければならなくなった。

 幸いレストアラーの時にもっと凶悪な個体を相手にしているおかげで、間を縫って進むことはできた。


「え? 静の知り合いが来たかって?」


 やけに遠く感じた自分のクラスにたどり着いて、出口の方から中にいた男子に話しかける。

 どうしてか廊下がうるさいせいで、クラスメイトの声が聞こえにくい。


「ついさっき。黒い帽子かぶってたこのくらいの身長の女の子なんだけど」

「んー、あ、おい。お前さっき静の知り合いがどうのって言ってなかった?」


 話しかけたクラスメイトが、後ろを向いて明らかに静の視界から逃れようとしている男子を捕まえる。


「うげ。あー、静の知り合い? うんうん、何人か来たかもな?」

「誘ったのは一人しかいないよ。黒い帽子の女の子、いなかった?」


 目を泳がせる男子に、真剣な目を向ける。


 来てくれたのなら会いたい。

 ただでさえ最近のあかりは忙しくてあまり都合がつかないのだ。しかもあんなにかわいい子が一人で歩いていたらすぐに声をかけられてしまう。

 静はあかりが見知らぬ男に誘われてついていく想像をしてしまって、眉間にしわを寄せた。


「ひっ……ごめん!」

「ごめんって、何が」


 その先に続く言葉が、良いものであるようには思えない。

 目が据わる。


「お前、白状しとけば? 引き延ばすほど悪化しそうだし」

「うっ……き、来マシタ」

「何話したの?」

「静のこと聞かれて、あー今度は知り合いだって言うタイプかーと思って」

「言うタイプ?」

「静、今廊下にいる女子お前目当てのばっかだぞ。顔見て付き合いたいって思うようなやつ」


 最初に話しかけたクラスメイトが外を見るようあごで静を促す。

 仕方なく顔をのぞかせると、わっと黄色い悲鳴が上がる。向けられる目に背筋がぞくっとして、すぐ中に戻った。


「……なんで僕?」

「いやイケメンだからっしょ」

「顔って、会ったことないよ」

「見かけただけでじゅーぶんなの。顔が良けりゃなんでも良い子もいるんだよ」


 理解できない。

 静はあかりを顔だけで好きになったわけではない。たしかに世界で一番かわいいとは思うけれど。

 ただ一目で惹かれたのは事実なので、あまり非難できる立場でもないのだと気がついてしまった。


「それで、そのタイプだと思ったから何?」

「……そういうの門前払いしてるからって言イマシタ」

「は?」

「そしたらその子、わかったって。オレめっちゃ態度悪かったのにお仕事頑張ってって言ってくれてさぁ……!」

「お前サイテーだな」

「自分でも思ったわ! ほんとに知り合いなら入って良いって言ったけど、急いでるからって断られて……絶対オレのせいだよな」


 あああ、と呻きながら頭を抱えるのを、静は呆然と見下ろした。


(つまり、会いに来てくれたあかりを追い返した?)


「それで帰りますって言ってすぐ行っちゃって……静、ほんとごめん!! その子にオレが謝ってたって伝えといて!!」

「いや、たぶん今聞こえてないんじゃね? こんな静初めて見たわ。おもしろ」


 静が目撃した時点で帰ろうとしていたのならば、すでに学校は出てしまっただろう。

 電話も電源を切っている。

 まさか今日は携帯の不調ではなく自分の意思なのでは、と考えて、静は人目を気にする余裕もなくしゃがみ込んだ。


(来るって教えてくれなかったのは、たぶんわざとだ。格好だっていつもと全然違かった)


 今、間違いなく静はあかりに会いたくないと思われている。

 原因はもちろん修学旅行の前、静が好きだと言ったらどうする、なんて聞いてしまったからだ。


 あかりが特別静に好かれようとしないことには気がついていた。

 静に好きな人ができれば身を引くと宣言したことも、自分の話をしないことも、静が好意を見せると困ることも、何か大きな秘密を抱えていることも。


 あかりはきっと、静と本当に付き合いたいわけではない。


 好きな人に避けられることには慣れたと思っていた。けれど、あかりの場合は想像以上の痛みを伴った。


 辛い。

 苦しい。

 悲しい。

 寂しい。


 どうしたらいいかわからなかった。

 あの時に告白紛いのことなんてしなければ良かったのか。それとももっと初めから、彼女になりたいと言ってくれた時に了承していたら良かったのか。


 悩んでいる間にも、あかりの魅力に気がつく男は静だけではないと思い知らされる。

 自信なんてない。ただあかりに好きになってほしいという思いだけが静を動かしていた。


 試験前になんとかお試しの彼女でいてくれると言ってもらえたけれど、あかりの心の奥に入れてもらえないまま、上げては落とされるのを繰り返す。

 ただ会えた時に向けてくれる熱だけは疑いようがない。

 静はそれだけを支えに、あかりの隣にしがみついているのだ。


 何を悩んでいるのか、その憂いを取り除けたら、いつか本当の恋人になれるだろうか。


(避けないでほしい。理由を話してほしい。一緒に解決していきたいよ、あかり)


 そうして静は、仲間が回収しに来るまで、カーテンで仕切られたクラスの調理スペースで沈み込んでいた。






 そして、あかりの学園祭。


 誕生日の電話で来てみてほしいと言われ、嫌な予感が拭いきれないまま蒼真と向かってみれば、斎川あかりという人物はいないと答えられた。

 学校は絶対にここだ。また、クラスを聞き間違えてもいない。

 それなのに出し物はスタンプラリーではなく、あの子の姿もなかった。


 同じく混乱する蒼真に連絡してみろと言われても、すでに朝の時点でまた連絡が取れなくなっているとわかっていた。

 そこで初めて、あかりはお互いに圏外になるあの現象を自ら引き起こせるのだと知った。


 あかりが伝えたかったのは、自分が学校に在籍していないという事実だったのだろうか。

 それならばとあかりの最寄り駅からバイト先であるおにぎり屋へ行ってみた。けれどそこでも知らないと言われた。

 最後、あかりの家のインターホンを押す。

 部屋番号のポストには違う名前が書かれていた。それが間違いかもしれないという希望のもと、応えた声はーー男性だった。

 そしてここでも、あかりなんて人は住んでいないと言い放たれたのだ。


(しかもそれからあの土曜日まで、あかりは過去から離れた)


 あの頃の謎は五年経った今、ほぼすべて解けている。世界が違うという発言も、好きな人ができたら身を引くという条件も、好きだと言われて青褪める理由も。


 あかりにとっての静たちは、あくまでもゲームの中に生きる存在だった。

 静の体験から作られたゲームは、プレイしたあかりにはゲームに沿って進んでいるように見えたはずだ。


 もしあかりが御守りを手放さなければ、永遠にあかりと同じ時間を歩けなくなるところだった。

 この空白が絶対に必要なことだったのだとわかっていても、五年は長い。静はずっと喉が乾いているような感覚で息をしていた。


「なあ、静。空気重いぞー」


 今日は、十一月三日。

 今度こそあかりの学園祭へ行こうとした静は、出かける寸前に訪ねて来た蒼真によって、外出を禁じられていた。


「……納得できない」

「仕方ないだろ! お前が高校の文化祭なんて行ったら話題になっちまうっつの」

「目立たないように変装する」

「この時期のサングラスとマスクは怪しすぎて諸先生方に止められんだろ」

「でも」

「バレても良いのか?」

「…………っ」


 不幸中の幸いと言って良いのか、ストーカーを捕まえた日、静はあかりに顔を見られなかった。そのおかげで過去が変わることなく今日を迎えている。

 そのため、五年前には見られなかった学園祭でのあかりを記憶に残すためこっそり忍び込もうとしていたのに、無駄に整っているらしい顔のせいで姿を見ることすら叶わないらしい。

 面倒ばかり運んでくる顔なんて、もしあかりが気に入ってくれていなければ変えてしまいたいくらいだった。


 そのまま説得を続けられ、妥協案を出され、叔父に食事をせがまれ、とうとう学園祭が終わりそうな時間。


「お、ほら。念願の写真が届いたっぽいぞ」


 静の携帯が鳴って、メッセージの着信が表示される。万智から送られてきたそれが、蒼真の言う妥協案だ。

 静がすぐさま確認すると、ぱっと開いた画像はとんでもないものが映し出していた。


(ひつじ……)


 呼吸が止まる。


 女性と二人で映った、控えめに笑むあかりの姿。

 くるりとしたツノと、やわらかそうなボリュームの上下、その下からブラウンのタイツに包まれた足がすらりと伸びている。

 きょとんとした顔、少し照れた顔、二人がアップで並んでいるもの。


 どう見てもすべてがかわいい。


「へー、やっぱあかりちゃん、昔会ったまんまだな。わかっちゃいたけど、変な感じだわ」

「……」

「隣の誰だろ、オレらの方が歳近そう。つか美人じゃね?」

「……」

「……おーい、しずかー。帰ってこーい」


 今まで写真を一緒に撮ったことがなかったけれど、再会できて無事あかりと恋人になれたなら、絶対に写真をたくさん撮ろうと決めた。

 専用のフォルダを作って、鍵をかけて。自分だけしか見られないように。


「おま、静、目がマジだぞ。こえーよ」

「あと四日、あと四日……」

「無理もねーか。じゃ、オレ帰るわ。残りたった数日なんだから、ヘマすんなよ」


 落ち着いたら報告よろしくと言って、スマホを食い入るように見つめる静を置いたまま、相棒は部屋を出て行った。

Copyright © 2020 雨宮つづり All Rights Reserved

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