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12.陰日向3

 その日は、外せない用事が入っていた。

 代わりに万智があかりの帰りを見守ってくれる日で、トークアプリには『もう閉店しててそろそろあかりちゃんが出てきそう』とメッセージが来ていた。

 静はまだ電車に揺られており、あかりの帰りにはぎりぎり間に合わなさそうだ。


 十月に入って不審者が出ると駅に張り紙がしてあるのを見つけた時、静は立ち止まってじっくりと読んだ。

 内容は、暗く人通りの少ない道で、中肉中背の男がじっと立っているというものだった。

 目撃情報からして、あかりの帰り道とちょうど重なる。静にとっては絶対に流せない内容だ。


(あれから一ヶ月近く経ったけど、絶対に何かある。あかりが日に日に憔悴してるのがその証拠だ)


 車窓から眺める外は、暗いのに電気で眩しい。

 これだけ明るければとも思うけれど、駅前から離れ住宅が増えていくほど危険になっていく。

 そこをあかりが通るのだ。


 あかりは最近また少しやつれた、というのか、人前では普通にしようと頑張り、一人になると疲れが表情に出るようになった。

 そしてやはり、怯えている。


 五年前はどうだっただろうと考えて、もう一度、静の誕生日まで一時連絡ができなくなっていたことを思い出そうとする。

 学園祭に来てくれたあかりを見つけて、探したけれど会えずに終わったその後、クラスで起こったことを謝るために何度電話をかけても、ついに折り返しはもらえなかった。

 そうしているうちにメッセージが送れなくなってーーあれは、いつからだった?


(今日の夜、だ)


 心臓が嫌な音を立てる。


 いつも連絡が取れなくなる時、あかりは泣いたり、気を失って入院していた。

 最後はあかりが消えた世界を見せるためだったとしても、三回目はなぜだ。


 不審者、怯える女の子、夜。

 そこから導き出されるのは、一つしかない。


 どうしてこれほど大事なことを忘れていたのか。

 恐ろしいことに、五年前の静はあかりから不審者について何も聞いていなかった。

 悩みがあるとも言わず、ただ携帯が不調だから連絡が遅れるとだけ。本当はその携帯に、弱り果てるような何かがあったのでは。


 何も起こらないならそれが一番良い。

 けれどあかり側の事情を知っている今、静にわざと話さなかっただけで、何かはあったのだと言っているようにしか思えない。


(あかり、無事でいて)


 静は、急いで万智にメッセージを打った。






『今だいぶ後ろ歩いてる』

『あかりちゃん結構早歩きだね。ついてくの大変』

『今小学校の角曲がったとこ』


 逐一入る報告に、静は走る方を優先したために返事を打てないでいた。

 それでも信号で仕方なく立ち止まっては、時間と現在位置を頭の中の地図に照らし合わせる。

 万智は頼んだ通り、あかりに何かが起こってもすぐにわかるよう、いつも以上に細かく教えてくれている。


 乗り換えの時、あかりの最寄り駅を通る方を選んで良かった。走ればきっと間に合う。

 不審者が目撃されたのはもう少し先のはずだ。


『やばい、ヒールの音で警戒されたっぽい』


 青になって、また走り出す。

 スーツじゃなければもっと動きやすいのに、と思って乱暴にネクタイを緩めた。


『なんか前方に男がいる』

『あかりちゃんいつもと違う道入った』


(男? 違う道?)


 静はもうかなり近くまで来ている。

 このままでは通り過ぎてしまうかもしれない。それよりは万智の存在を声で気がつかれる方がマシだと、メッセージ画面の右上のアイコンから電話をかけた。


『あ、今どの辺?』

「近いはずです。どこで曲がりました?」

『目印無いから説明難しいなぁ。男がいたのは角に自販機があるとこだったけど』


 お互いに小声で話す。

 本人に内容を聞かれてはまずい。


「たぶん、今そこ見えてます。でも男なんていませんよ」

『え? なんかじっと今静ちゃんのいる道見てた気がしたから気持ち悪って思ったのに』


 おかしいな、とぽつりと聞こえる。

 その手前で曲がったのならば、と左を向けば、小さくなった万智の後ろ姿が見つかった。

 少しだけほっとして、追いかける。


『ーーあれ、また曲がって……あかりちゃん元の道に戻ろうとしてる?』

「え?」

『アタシのせいかも。でもこのままだとさっき見た男のとこ通るんじゃ』


 男。

 まさか。


「あ、なんだ間に合ったんだ良かった。ってちょっと、ダメだよ見つかるでしょ」


 角の手前で立ち止まる万智を通り過ぎてそのままあかりの方へと進もうとして、慌てて引き止められる。


「ここ右行ってちょっと歩いたらまた右曲がれば元の道でしょ。一回あかりちゃんが曲がるまで、顔出しちゃまずいって」

「でも、男がいなかったってことは」


 静の中の警鐘が止まないのだ。

 走ったせいだけではない、早い鼓動で耳の奥が痛い。


「ーーちょっと待って。何か聞こえる?」


 そう口にしてすぐ、角からそっと万智が顔を出す。静も、勝手に乱れてしまう呼吸がうるさいので自分で口を押さえながらあかりを探した。

 暗くても、ライトに照らされたあかりは一瞬で見つかった。そして、その細い腕を掴む男の手も。


 あかりは、震えていた。


 それを視界に入れた瞬間、静は足が動いてーー今度は腕で遮られた。


「なんで電話に出てくれないの?」


 男の声量がだんだん大きくなって、何を言っているのかはっきり聞こえてくる。

 静は苛立ちのままに万智を睨んだ。


「退いてください。あかりを守らないと」

「いいの? 顔見られてもう二度とあかりちゃんと会えなくなっても」

「っ!!」


 言われてやっと思い出す。

 何のためにこの半年、すぐそこにいるあかりから隠れて見守っていたのか。


(嫌だ、絶対に)


「今警察呼ぶから、それまで……あ、もしもし。すみません、今道路で高校生の女の子が男に手を掴まれて怖がってるみたいなんですけど」


 けれど今助けに行かなければ、静は一生、あかりの隣に居る資格がなくなるという確信があった。


(そっちの方が、嫌だ!)


「だからっ、他の男と手を繋いだことを謝れ!! こうやってお前に触っていいのは俺だけだろ!!」


 違う!!


「その子に触るな!!」






 気がつけば、静は男を蹴り飛ばしていた。


 ずさ、とあかりが倒れた音で我に返り、つい声をかけそうになる。


「だい……」


 すでに顔を上げて吹っ飛んだ男を見つけていたあかりは、静の声にもびくりと体を揺らす。

 五年の空白の後、すぐ近くで彼女を見るのは二回目だ。

 恐怖で血の気の引いた顔。地面に倒れ込んだその華奢な体は、見てわかるほどに震えていた。


(声をかけるな!)


 抱きしめて、もう大丈夫だと言って慰めたい衝動を必死に堪えて、静は無理やり男の方へ視線を動かす。


「う、うわああああっ」


 同時に男が逃げ出した。

 そばにいたい気持ちを戒めるようなヒールの音が後ろから聞こえて、静は未練を振り切るように駆け出す。


「……っくそ!」


 絶対に許さない。

 静にできることは、あの男を捕まえてあかりを本当の意味で安心させてやることだけだ。


 レストアラーで鍛えた足ですぐに追いつき、一発で仕留めるつもりで飛び蹴りを喰らわす。

 男は豪快に顔から地面に滑り込み、うつ伏せになったところを足で押さえつける。

 もっと痛めつけてやりたい本能と、してはいけないと止める理性がせめぎ合い、なんとか理性が勝利した。

 そうして、静は警察に電話をかけた。






 同行した警察署では、少々手荒であったことは否めないけれど、犯人を現行犯で捕まえた礼を警官に言われた。

 万智のフォローがなければ静の方が危なかったかもしれないレベルだったので、やり過ぎたと反省はしている。もちろん後悔はしていない。


 あかりに会ってはならない静は、今男が近寄ると怖がらせてしまうからと理由をつけて面会を固辞した。

 あかりには現在万智がそばにいる。二人暮らしだという母親もきっとすぐに来るだろう。


(なんで僕に何も言ってくれなかったんだろう)


 事情聴取を終えて、静はショックを受けていた。

 五年前の静は、あかりがこれほど危険な目に遭っていたなんて一切知らなかった。そして恐怖心を打ち明け、頼る相手に選ばれなかったという事実が、静を打ちのめす。


 ストーカー行為をしていた刀川には見覚えがあった。バイトをしていたと知るきっかけになった男だ。

 九月、様子がおかしいと感じていた頃にはもう、苦しんでいたのだろう。

 どれだけ辛い思いをして、笑っていたのだろう。


(あかり……)


 自分が情けない。

 静の誕生日に電話をした時、お姉さんのところに行っていたとあかりは話した。本当はずっと、心身を休めていたのかもしれない。

 それなのに、寂しかったなどと言って、あかりに酷な決断をさせて。


 静はあかりに我慢ばかりさせている。

 土曜日、あかりとどんな顔で会えばいい。

 あの頃と同じで、静はあかりに対してだけは、ひどく臆病なままだ。

Copyright © 2020 雨宮つづり All Rights Reserved

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