10.陰日向1
あかりが今本当に高校二年生だと言うのであれば、五年前に会った彼女は未来の住人だったことになる。
それならば、今の静の存在を認知されては過去が変わってしまうという主張はきっと正しい。
見つかって同一人物だと見破られ、あかりとの過去が消えてしまうのが一番怖い静は、断腸の思いであの十一月の土曜日まで待つと決めた。
ただ、会いに行くなと言われても、そこにいると言われてじっとしていられるはずがない。
静にとっては気が遠くなるほど長い時間だったのだ。あの別れからずっと、あかりとの再会を切望していた。
叔父が最初、秋になったら教えてやると言ったのは静が我慢できなくなるのを危惧したからだったのだろう。
話を聞いた次の日、静は大学の帰りに昔よく使ったあかりの家の最寄り駅で電車を降りた。
次は通報するとあかりと同じ住所に住む男性に言われてからその人物と鉢合わせないよう使うのを控えていたのだけれど、御守りの発送先が同じなのに宛名が違うということは、もう引っ越したのかもしれない。
あかりは母親と二人暮らしだと言っていたし、苗字が違うので家族ではないはずだ。
本当に存在するのか、今はどうしているのか、元気でいるのかを確認するだけだと自分に言い聞かせる。
もし何も考えずにあかりを見つけてしまっては、衝動で飛び出して抱きしめてしまう危険性があった。それこそ警察を呼ばれてしまうし言い訳もできないので、絶対に気をつけなければ。
(そろそろあかりが学校から帰ってくる時間のはず)
静は身を隠すために駅構内にあるカフェに入った。変装アイテムは眼鏡だ。
姿だけでも見たいというこの行動が紛れもなくストーカーであることを自覚しながらも、そわそわと落ち着かない様子でブラックコーヒーをすする。
あかりに苦手だと話したことのあるコーヒーは、夢を見たくないからと毎日摂取したおかげで、ずいぶん苦味にも慣れた。
それでも好きになれないのは、辛い記憶とセットになってしまったからだろう。
(まだ、かな……)
窓の外を睨むように見つめる自分は、はたから見れば怪しい人物だ。
それでも構わず利用客の波がホームからやって来るたびに、その中に渇望した姿がないかと目を皿のようにして探す。
そして二十分ほど待ったかというところで、ついに人混みの中に、彼女の姿を、見つけた。
「……あかり」
思わず呟いて、彼女が見えなくなるまで目を離さない。いや、離せない。
街へと紛れていく背を見送った後、滲んでくる視界を隠すように、組んだ手を額に当てた。
間違いない。
やっと見つけた。
もう決して見失わない。
(好きだ。やっぱりどうしようもなく好きなのは、あかりだ)
違う女性に惹かれることすらできなかった。
静の心は、最初に会った時からずっとあかりに囚われ続けている。
その証拠に、ほんの数秒見ただけでもあかりの姿はこの目に焼き付いて、消えない。
たしかに、出会った頃のあかりだった。
「あの、大丈夫ですか?」
すぐ横からかけられた声にはっとして顔を上げると、恐る恐る、といった様子でこちらを窺う見覚えのない女性がいた。
何故か顔が赤い。
「……大丈夫です。失礼します」
危惧した通り怪しまれてしまったのだろう。
この店にはしばらく顔を出さないようにしようと決め、静も店を出た。
◇◇◇
それから、五年前も散々見つめた可愛らしい横顔を陰から見つめた。
と言っても静にも大学があるので、きっちりそれを終えてからだ。講義の予定を組む前に叔父に話を聞くことができたおかげで、できるだけ前期のうちに単位を取れるよう調整したのに、それを落とすなんてことがあってはならない。
日によってはその後大学に戻ることすらあるけれど、可能な限りあかりの帰宅時間のあたりはコマを空けたので、こっそり見守ることができる。
御守りを失った今、こうすることで心の均衡をなんとか保っているに過ぎない。
五年先に生きてしまったせいで、ゲームの静より背も伸びたし顔立ちだって幼さが薄れ輪郭もシャープになった。それを見たあかりが、もしゲームの主人公と違いすぎると静を拒否したら、という嫌な想像から逃れる必要があった。
説明したわけでもないのに叔父は相変わらずニヤニヤしていて、事情を聞いたらしい深澄は若干引いていた。
確かにこれが他の男だったら静もそういう目を向けるかもしれないので、刺さる視線は甘んじて受けようと思う。
静にまったく気がつかないあかりは、ぼんやりしている時もあれば眉間に小さくしわを寄せて何かを考え込んでいる時もあった。
それでも五年前の静と会った日付の帰り道は頬を緩めていることが多く、嬉しい反面過去の自分に嫉妬してしまう。
そんなにかわいい顔で歩いていたら危ない、と何度歯がゆい思いをしただろう。
(早く、十一月になってくれ)
この苦しみを乗り越えても、同じ想いを返してもらえるかはわからない。もう静のことは諦めたからと突き放されるかもしれない。
それでも堂々とあの子に会えて一から足掻ける方が、きっと何倍も満たされるに違いない。
五年前の最初の異変は五月の連休明けだった。
連絡が初めてとれなくなってしまって、約束の店であかりが来るのをじっと待っていた覚えがある。
次の日のトーク内容を不思議に思っていたけれど、今ならお互い時間のずれた同じ場所で待っていたのだろうとわかる。
あかりはその日、暗い表情で歩いていて、静は追いかけてしまいそうな足を必死で留めた。
六月になると五年前の静はレストアラーの都合で会う時間が減り、それが解決するまさにその日、あかりが消えるのを目撃する。
あの時彼女の身に何が起こったのかが知りたかった静は、悪いと思いながらも友人と出かけるあかりを追った。
まさか同じ店には入れないので、向かいにある手頃な店で簡単に昼食を済ませつつ小さく見える彼女の様子を窺う。
しばらくして連れの女の子が出て、あかりが一人になると、会計後にすうと姿が消えてしまった。
(!! いや、違う。過去に行っただけ、だ)
ばくばくと心臓がうるさい音を立てる。
静にとってあれはトラウマだ。けれど今後もあかりを見守るつもりならば、何度だって目撃することになる。
無理にでも慣れなければ。
(他の人は気づいてない。もしかしたら、素養がある人じゃないと認識できないのかもしれない)
少なくともゴーストとの戦闘が始まって少し経ってからでないとあかりは戻って来ない。
そうわかっていた静は、冷や汗が落ち着くのを待ってから、店を出た。
パスタ屋に近づき、中の人物から見えないよう建物の陰を観察する。
すると、少ししてから地面に投げ出されている人の足が浮かび上がった。
(戻って、きた)
意識を失っているとわかっていたため、静は躊躇なく近づく。
少しだけ触れた体は温かく、胸が震えてつい心を奪われてしまいそうになるけれど、目を閉じたあかりは顔色が悪い。
頭を打っているのだから病院に連れて行かなければとなんとか頭を切り替えた。
「すみません、外に女の子が倒れているので救急車をお願いします」
パスタ屋の裏口の戸を叩き、店員に電話をさせる。
もし静がしてしまうと、事情を聞かれて名前が間接的にあかりに伝わってしまう可能性があった。
できることなら一緒に乗って病院に付き添いたい。けれど、接触してはならない。
そしてざわめく場を名残惜しくも離れ、たんこぶを恥ずかしがる声やその後水族館に出かけた時の終始かわいらしい彼女の記憶を呼び起こして、心配に染まる心を無理やり静めた。
この辺りから、五年前の静があかりを家まで送っていく機会が増え、今の静があかりの姿を見ることすらできなくなる日が出てくる。
複雑な感情を抱いてもその対象はすべて過去の自分だ。
そのどうしようもない幸せな記憶の反動は、すべて卒業論文と就職活動にぶつけることになる。
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