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9.衝撃

 数ヶ月後、驚くことに叔父のゲームは個人ゲームとしては完成度が高く、学校生活パートと戦闘パートでそれぞれ面白いとまあまあの高評価だった。

 当然本部にばれて叔父はしこたま怒られたのだけれど、本人はどこ吹く風だ。

 これで自分がレストアラーだと気がついた奴から連絡来るかもしれないし一石二鳥だろ、という持論で無理やり納得させたのだとか。


 静は自分が主人公にされていて、深澄に至ってはラスボスにされている。

 複雑だけれど確かにゲームとしては面白いので、二人で微妙な顔をしながらシナリオを確認作業中だ。

 名前はぼかされていたりいなかったりだが、今のところ身バレはしていない。主人公の名前が設定されていないのが大きいのかもしれない。


 そしてこのゲームでは主人公の夢に度々出てくる名前も姿も不明の謎の声の主がいる。

 性別は語られておらず、音声もない。ただ話し方で女の子だということはわかる。

 そのキャラクターは序盤から中盤までが出番で主人公にヒントや注意を促してくれるのだけれど、途中でさよならを告げて以降出てこない。

 ネットでは反転世界の住人じゃないかや二週目以降の誰かじゃないか、はたまたエンディングで主人公とすれ違う街の人の誰かじゃないかなどの推測が飛び交っている。


 叔父に聞いてもニヤリと笑うだけで何も言わないけれど、完全にあかりだ。

 現実にあったこととはまったく違うとはいえ、正体が掴めないという意味では合っている。

 もしあかりがこのゲームをやっていたら、静に気がついてくれるだろうかという期待を胸に抱いた。



◇◇◇



 静は大学四年生になった。

 一方的にあかりを想い続けてすでに約四年半も経つ。それなのに静の気持ちはあの頃から変わらないどころか日に日に強くなっていく一方だ。

 愛を渇望している人間が一度与えられてから取り上げられると、執着心が増すらしい。少なくとも静の場合は。


 結局、あかりの言う違う世界というものを見つけることはできなかった。

 そのため以前静が考えた、あかりが実は静と同じ世界に住んでいたのではという仮説を今は有力視しているところだ。

 ゲームと並行してあかり探しもしてくれていたらしい叔父からは、結局近辺に住む静と同学年の女性にあかりという名前の人はいないと毎年情報をもらうのだけれど。


 静はせめてどこかですれ違っていないかと彼女の姿を探しながら歩くのが習慣になってしまった。そして、ふと成長したあかりはどんな姿だろうかと想像しては、隣にいられなかった現実に苦しめられる。

 静を諦めてしまっただろうあかりが誰か他の男のことを好きになっていたら。そもそもすでに静のことなど忘れてしまっていたら。そう考えると、不安で夜もあまり眠れないのだった。


 違う大学へ進んだ仲間は、同じ学校にあかりがいないか探してくれたりと今でも協力はしてくれている。けれど、一度も一緒に写真を撮らなかったせいで同じ名前であったとしても本人であるか判断できない。そのため写真を送ってもらうか密かに顔を見に行っては、淡い期待を打ち砕かれるのを繰り返していた。

 静の記憶からあかりが消えてしまうことはないとはいえ、どうして一枚も彼女の写真を撮らなかったのかと今さら後悔している。


「お、戻ってきたか静」

「……ん、何か用事?」


 深澄の受験と入学も無事終わって、静はこれから講義の他に卒論と就職活動の準備が待っている。

 そんな四月の上旬、風呂上がりの静を叔父がわざわざ静の部屋の前で待っていた。

 ニヤニヤと笑みを浮かべているので何か叔父的におもしろいことがあったのだとは思うけれど、正直怖いし気持ち悪い。


「ふっふっふ……お前の使い古した御守り、新しいのに交換しといたからな」


 そう言って手渡されたのは、静のスマホだ。

 ストラップ代わりにつけていたいつもの御守りではなく、もっと小さく邪魔になりにくいものに変わっていた。


「は? 何を勝手に」

「いいだろ、お前らいつもかさばるって言ってたし。改良だよ改良」


 重さはそう変わらない気がするので、以前調整された時から特に境界の欠片が増減したわけではないようだ。


 レストアラーとしての活動は、深澄たちの件が済んでからはそもそも反転世界の住人がこちらへ来ること自体が少なくなり、新人が少し入ったこともあってどんどん落ち着いている。

 突発型コーラーによる暴走と、時折穴が開いて野良異形ーーあちらの住人がこちらへ迷い込むことがあるくらいだ。

 学生の方が社会人より自由に動ける時間が多いという理由で出動指示が若い方に割り振られるようになっているため、戦闘は高校二年の時に比べるとずっと減った。

 おかげでごく普通の学生生活を送れている、のだけれど。


 問題はかさばるか否かではなかった。


(いつも寝る時、あの御守りに願掛けしてたのに)


 数年前からずっと欠かさず行ってきた祈りの時間。それが途中で壊されたようで、静は苛立ちを隠せなかった。

 新しいものが嫌なのではなく、あかりが残してくれたものと同じ見た目であることが重要だったのに。


 これ以上叔父といると八つ当たりしてしまいそうで、静はもう部屋に入ることにした。


「……わかった。じゃあおやすーー」

「あ、そうそう。それからお前の好きな子な、見つかったぞ」


 こめかみを押さえる静に、最大級の爆弾が落とされる。


「…………は!!?」

「でもまだ内緒。秋くらいになったら教えてやる」


 驚きすぎていつもなら出さないような大声まで出てしまって、先に部屋に戻っていた深澄が迷惑そうに廊下へ顔を覗かせる。

 しかし今の静には彼を気にする余裕はなく、いつもの叔父のからかいかどうかを見極めるので忙しい。


(いや、叔父さんは適当ではあるけど大事な時に嘘をついたことはない)


 という、ことは。


「今すぐ会いたい。教えてくれ」

「内緒だっつってんだろ」

「嫌だ」

「嫌って、おま……ぶはっ」


 にんまりが一瞬真顔になったかと思えば、今度は盛大に吹き出す。

 感情の起伏が激しいと呆れるものの、つい子どものような返答をしてしまった自覚はある。

 冷静に話を聞くためにも、せめてもう少し落ち着かなければと自分に言い聞かせ、叔父の爆笑が落ち着くのを待った。


「はー、青い青い。じゃあ理由だけ教えてやる」


 そうして叔父が話したのは、去年行った『サイド レストアラー』の企画だった。

 なんでも静の使っていた御守りを主人公デザインのグッズとしてプレゼントする内容らしく、SNSで特定のハッシュタグをつけた投稿の中から抽選をしたのだとか。


「本当に、何を勝手にやってるの」


 すでに抽選を終えているから発送のために回収しに来たのだとのたまう叔父に、静はため息を禁じ得ない。そんなことのために手放すのにはさすがに抵抗があった。


「ちゃんとキレイに手直しして送るから、安心しろ」

「そこを心配してるんじゃない。ていうかそれなら一から作れば良いじゃないか」


 わざわざ本当に静のものを送ることはないだろう。そう思っての意見だったけれど、叔父は笑みを深めて、言った。


「お前のだからこそ意味があるんだよ」

「……? それ、どういう」

「郵送先は『斎川あかり』様、なんだよなぁ」

「っ! さいかわ、あかり……」

「ほんとは抽選じゃなくて、あかりちゃんのSNSを探そうとしてたんだけどな」


 静を知っていて、レストアラーやコーラーのことまで知っている。

 そんな人が『サイド レストアラー』というゲームを見つけたらどう思うのか。

 これまで公式のアドレスへ送られてきた連絡にあかりらしき人のものはなかった。

 それならばと違うアプローチを実践してみたら、見事に釣れたのだという。


「SNSを解析っつーか、まあそういうのをやってみたら本人だろうってわかったんだけどよ。んで、ここからがお前に会わせられない理由だ」

「……何?」

「その子、今高校二年生なんだ」

「え?」


 理解が追いつかない。

 静の知っているあかりは同い年で同学年。

 だからこの毎年叔父が調べてくれていたのも静と同じ年齢の人だった。

 それが、今高校二年だって?


「別人、じゃないのか?」

「通報するって言われてここ数年は諦めてたみたいだけどな。お前の言ってた住所が発送先だったぞ」


 心臓がうるさい。

 何が起こってるのか、わからない。


「お前、あの御守りに散々あの子に会わせてくれって祈りまくってただろ? それがあの子の手元に行ったらどうなると思うよ」


 なぜ知っているのか問い詰めたいところではあるけれど、それどころではない。

 高校三年に上がって叔父から聞いた『境界の欠片には願いを叶える力がある、かもな』という嘘のような話を信じてみたくて、静は夜御守りに祈るのを日課にしていたのだ。


 それがあかりの手元に行ったら。


「僕を、導いてくれるんじゃ」

「いやー……あの子が会いたいお前に会わせてくれるくらいの力は持っちゃってんだよなぁ」


 あんだけ強く願えばな、と叔父が遠い目をして呟く。


「……高校二年のあかりが会いたい僕?」


 今は四月。

 高校二年のあかりが四月にしてたことは。


『静くん!』

『好きです』

『私を、静くんの彼女にしてください』


「ーーまさか。高校二年の僕に、会いに行った!?」

「ごめいとーう。つまり、お前が会ってたあかりちゃんは未来から来てたってわけだ。すげーよな、愛は常識を超えんだな」


 もはや笑いが止まらないらしい叔父に顔が引きつる。


「ちょっと待った。それが本当ならあかりはまだ僕と会ってないってことでしょ。なのになんで僕に会いたがるんだ」

「そんなの、ゲームのお前に会いたいからだろ。現に初対面で告白されたんだよな? そんだけゲームのお前が好きだったんだろ」


 ーー衝撃だった。


(あの時あかりが泣くほど好きだと言ってたのは、現実の僕じゃなくて、僕がモデルの、ゲームの僕……)


 ずしりと、重たい何かが静の上に乗っかったような気分だった。


「わはは、お前のそういう顔、貴重だなー。まあゲームの主人公は出来るだけお前に寄せて作ってやったから、ほぼお前みたいなもんだって」

「……いや、全然違うでしょ」

「まあまあ。でもこれでわかったろ? 今お前が会いに行くと、もしかしたら過去が変わっちまうかもしれないってことだよ。だから会いに行くなよ」


 楽しそうに笑いながら残酷なことを告げる叔父を視界の端に捉えながら、僕は五年前の幸せな記憶を思い返していた。

 ……この先現代で会えても、あかりが好きなのはあくまで二次元の僕で、三次元はお呼びじゃない、なんてこと、ないよな。

Copyright © 2020 雨宮つづり All Rights Reserved

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